毒蝮三太夫のミュージックプレゼント

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毒蝮三太夫のミュージックプレゼント
ジャンル 公開生番組
放送方式 生放送
(毒蝮休暇時のみ録音)
放送期間 1969年10月6日 -
放送時間 月-木曜11:23 - 11:38頃(15分)
放送回数 1万2666回(2016年末現在)[1]
放送局 TBSラジオ
ネットワーク 関東ローカル
パーソナリティ 毒蝮三太夫
テーマ曲 Edmundo Ros and His Orchestra
『Whipped Cream』
提供 後述参照
公式サイト 公式サイト
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毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』(どくまむしさんだゆうのミュージックプレゼン)は、TBSラジオ1969年10月6日から放送されている公開生放送ラジオ番組である。2014年10月に45周年を迎えた長寿番組パーソナリティは開始当初から、毒蝮三太夫が務めている。

本項では、2016年4月から平日の同枠で金曜日のみ放送される音楽番組高橋芳朗のミュージックプレゼント』についても記述する。

概要[編集]

毒蝮三太夫が店舗や会社・工場などを訪問し、スタジオのワイド番組のパーソナリティや訪問先に集まった観衆らとトークを行う。冒頭では数分間、毒蝮がスタジオのパーソナリティ、ゲストとトークを行い、その後に観衆の中に入るという形が多い。

観衆は高齢者が多く、毒蝮は「ジジイ」「ババア」などと毒を込めて呼ぶ。

平日10:30の枠を当番組の枠として押さえた当初、パーソナリティは当時の文化放送の番組『ダイナミックレーダー〜歌謡曲でいこう!〜』のコーナー『午後2時の男』などで人気を博していた月の家圓鏡(後の八代目橘家圓蔵)を想定し、オファーをしたが、圓鏡は「お世話になった文化放送は裏切れない」として断り、パーソナリティ候補として上がったのが、毒蝮だった[2]

『ミュージックプレゼント』のタイトルを名付けたのは、当時のTBS制作部長の白井明と副部長で、プロデューサーの松沢良昌[2]

開始当初は番組名の通り「音楽リクエスト番組」で、パーソナリティがリスナーから届いたハガキを読み、リクエスト曲を流していた。現在は音楽ではなく、トークが番組の主眼になっている。観衆の中から1人ないし2人を選んでリクエストを受けるが、毒蝮と客との会話が盛り上がり、リクエスト曲がBGM程度にしかかからないことも頻繁にある。

この番組のチーフディレクターによれば、「蝮さんは下町育ち。ご近所付き合いというか、人に構う、というのが日常生活にあった方。その“蝮さんの日常”をたまたまマイクが拾っている、というのがこの番組。でも、出演いただいた街の方やリスナーの皆さんとっては、それが“非日常”として楽しんでいただけているんだと思います」と話している[1]

放送時間[編集]

放送時間の概説[編集]

番組開始時の放送時間は月曜 - 土曜 10時30分頃だったが、1981年2月2日より、月曜 - 金曜 10時30分頃に変更。その後も、放送時間は月曜 - 金曜 10時30分頃に固定されていたが、2016年4月11日より『ジェーン・スー 生活は踊る』に内包され、放送時間は月曜 - 木曜 11時23分頃に変更。金曜の『ミュージックプレゼント』は毒蝮に代わり、高橋芳朗がパーソナリティを務める『高橋芳朗のミュージックプレゼント』に変更した。

腸閉塞による休演[編集]

  • 2005年12月より「急に食欲が減りが張る」という体調の異常に気付き、迎えた大晦日プライベートで静養中の鎌倉で急に胃の激痛があり、救急車で都内の病院に搬送され診断の結果「腸閉塞」で入院をすることになるが、2006年2月20日より、レギュラー番組である『ミュージックプレゼント』の生中継で仕事に復帰している(生涯でこれほどの大病は初めてだと語る)。
  • なお、腸閉塞による入院加療中、レギュラー番組である『ヨークマート ミュージックプレゼント』は、ピンチヒッターを招聘し、月曜は本人が病室より電話での出演、火・木曜は歌謡司会の玉置宏による『懐かしの昭和歌謡』を放送した(美空ひばり石原裕次郎舟木一夫橋幸夫島倉千代子テレサ・テンザ・タイガースザ・ピーナッツ等といった一日一人{一グループ}をテーマに当時のエピソードを朗々と語る)。
    • 同じく水・金曜日は毒蝮の出演時と形態が一緒だが、落語家の三遊亭小遊三がピンチヒッターとしてヨークマートからの中継司会を務めていた(なお、三遊亭小遊三の代わりに、1月13日の中継は落語家の林家いっ平[3]が、2月15日は三笑亭夢之助が司会を務める。ちなみに毒蝮の復帰が決まった2月中旬頃にヨークマート鎌ヶ谷店からの中継の際、司会の三遊亭小遊三が遅刻をし、放送時間の大半が終了した10時40分過ぎに到着するというアクシデントがあった。練馬の自宅からのアクセスが良くなく、申し訳ないと謝罪した。小遊三到着前までは、はぶ三太郎が場を盛り上げていた)。しかし、この番組のチーフディレクターによれば、ピンチヒッターについて「皆さん口々に『蝮さんみたいにはできないよ』と仰っていました。あの(蝮さんの)話芸はやっぱり誰にも真似できないことなんだな、と痛感しました」と当時の様子について話している[1]

番組の歴史[編集]

中継先について[編集]

  • 2016年9月26日からは主に以下の場所から中継が行われている。なお、一部例外はある[9]
    • 月曜日・水曜日:一般公募の商店や工場、企業
    • 火曜日:銭湯など
    • 木曜日:年配者が多いサークル活動場や集会場
  • 登場する商店・企業は個人経営や小規模のところが多いが、時折大企業からも中継を行うことがある。一般公募については、ゆうゆうワイド放送中に電話で受付を行っており、時折大沢が当番組終了時に告知を行っている。店舗や企業が中継の費用を負担する必要はないことも告知される。
  • 中継で使用された店舗には毒蝮のサイン(オリジナル台紙)が贈られ、放送回の音声が収録されたCDが後日寄贈される。[要出典]

事前収録・特別企画[編集]

  • 毒蝮のスケジュールの都合および休暇時(主に夏休みと年末年始)は事前に収録済のものを放送していた。この場合、大沢が「生放送風録音」や「録音生風」と称して毒蝮との掛け合いをうまく入れていた。
  • しかし、「ジェーン・スー 生活は踊る」になってからは、夏休みと正月は事前収録という形で、毒蝮と番組のメンバーによるトークを放送[10][11]。また、2016年の場合、事前収録ではなく、2016年12月26日から12月29日まで、生中継を行った[12]
  • 放送開始以来、毎年クリスマス・イブ及びクリスマス前後の中継では、毒蝮が自作の童話『来なくてよかったサンタクロース』を披露するのが恒例となっている。

番組内での使用音楽[編集]

ジングル[編集]

『ゆうゆうワイド』に内包されていた当時、当番組も『ゆうゆうワイド』で用いられているジングルでスタートとなっていた。『ゆうゆうワイド』のうち当番組で使用されるジングルについては毒蝮自身が歌っていた。

  1. おっ、おっ、さっ、わっ、ゆうりのーゆうゆうわいどーっ。軽いねこりゃ、毒蝮だよ
  2. おおさわーゆうりのーゆうゆうわいどーっ。さわやかだねぇー。まむちゃんみたい
  3. おおさわゆうりのーゆうゆうわいどーっ。うまいねぇーまむちゃんよ
  4. おおさわゆうりのーゆうゆうわーいーどーっ。カーネギーホールだな、こりゃー
  • 以前、ジングルの用意が間に合わなかったためか中継先の毒蝮が即興でその節を歌ったことがあるが、その時は最後に「マムシだー」と叫んだ。
  • ジングルの後に以下のような音声が流されることがある。いずれも過去の放送でのものである。
    • 「おたけさーん」
    • 「ドクマ@#★%’?!$ €*P‘¥!&…」(金曜にかかる可能性大)
    • 「どっくまむし! 毒蝮!!」と子供達が連呼した後、「まーむちゃーん」と言う声
    • 「行け行けまむしっ! フレッフレッまむしっ! わーーー」という女子学生ソフトボール部の応援声出し風のジングル(昭和の時代に、当時の同好会の習志野の女子学生から収録した)
    • 「何歳なの?」「2歳4ヶ月!」(前述)※その後、再び彼女が番組に登場したときには「秘密!」と言っていた。
    • 「お主時間守れよ、ウヒヒヒヒー」
    • 「いいお種をいただこうと思って」「お種をいただきたい? おい、誰か布団敷けそこへ!」
    • 「まむちゃん。今度一緒に寝よ」
    • 「あ、まむしさん。72歳なのに元気よね」
    • 「おいくつ」「82歳です」すかさず別の人が「3(83歳)でしょ」
    • (幼児に)「いくちゅ(何歳)」「ひみちゅ(秘密)」「もう一回聞こう。いくちゅ」「ひみちゅ」
    • 「本日の試合のバッテリーをお知らせ致します。ピッチャー、毒蝮。ピッチャー、毒蝮」「打てそうもないよ…」
    • 悠里さんいつまでも元気で長生きしてね。みちよさんどうして歌ヒットしないの?」[13]
  • 他にも、毒蝮による「腸閉塞の歌」の一部が流れることもある。

テーマ曲[編集]

当番組における毒蝮の主な語録[編集]

  • 「汚ねえババア(ジジイ)だな」[14]
  • 「くたばり損ないのババア(ジジイ)」[15]
  • 「ババア(ジジイ)、まだ息してっか?」[15]
  • 「死ぬのを忘れちゃったんじゃねえのか?」[16]
  • 「○○みてえな顔しやがって」[17]
  • 「俺に会うからって、その顔は化粧品無駄に使ったってどうにもならないぞ」[18]
  • 「きったねえ店だね。ちゃんと客くんのか?」[19]
  • 「店はきれいなのに、客はみんな汚ねーなー」[20]
  • 「暇なジジイとババアばっかり集まってるよ」[20]
  • 「○○愛しているよって言ってやれ」 - 妻または夫持ちの観覧客に対して[21]
  • 「○○ちゃんと言ったらマムちゃんって言うんだよ」 - 「ハイ」と返答されると「ハイじゃねえだろ」と言い返す[22]
  • 「○○駅から歩いて3日」 - 中継先が最寄り駅から遠い場合に言う[23]
  • 「あと2、3年(2・3日、2・3時間)は大丈夫だな」 - 歳を聞いた時に高齢の人に対して言う。「もう先はねーなー」「もう長いことないよ」と言うことも[24]
  • 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」 - 老人に向かって言うケースが多い。この後に「御親戚の方からどうぞ」などと言うこともある[24]
  • 「お前が殺したのか?」- 身内などで亡くなった人の話をした観覧客に対して[25]
  • 「俺のこと知ってる? 木村拓哉って言うんだよ」[26] - 時々、田村正和東山紀之堂本剛に人物名が変わったこともある[27]
  • 「日本の将来は任せろ、って言えよ」- 主に子供に対して[28]
  • 「この放送は北は北千住から、南は南千住まで、TBSを中心にお送りしました。……N・H・K」 - 地名のくだりは時々、北朝霞南越谷などに変わったこともある[29]

「ババア」発言のきっかけ[編集]

『東食ミュージックプレゼント』時代の当初は毒蝮がお年寄りを「ババア」と呼ぶことはなかったが、1973年8月に毒蝮の母親が死去した際、葬儀の席で母親の遺影を前にした毒蝮は子供のように泣きじゃくったという。その後1週間番組を休んだ後に復帰した毒蝮は、中継場所でやたら元気に大声でしゃべるお婆さんと出会うが、母親を亡くしたばかりの悲しみと元気なお年寄りへの羨ましさとが入り混じった複雑な感情も手伝い、思わず「憎らしいくらい元気なババアがいる」「ババア、まだ生きてやがって。オレのオフクロは死んじまったというのに、こっちはなんて元気なババアなんだ」と発言してしまう。

番組には抗議の電話が殺到したが、当時、内包していたワイド番組『こんちワ近石真介です』の近石真介は「本当に元気なババアだったらババアでいいじゃないか」と毒蝮を擁護し、謝罪を拒否した。近石は、毒蝮と一緒に番組を降板することまで覚悟していたということだったが、それに対して番組スタッフもこのままの路線で行くことを決め、当時のスポンサー・東食もGOサインを出した。つまり、暴走する毒蝮に極力制限を加えない路線を選択したわけである。結果的にこの決断が、番組のターニングポイントとなった。この時、抗議と同時に寄せられた「ババア」発言を支持するリスナーからの声に励みを得たと毒蝮は語っている[30]

この番組のチーフディレクターによれば、「それが今では、『ジジイババア』と言われたいリスナーが集まってくる。それは、蝮さんだからこその空気感、人柄のなせる業だと思います。」と話している[1]

書籍・ビデオ[編集]

  • ラジオの鉄人 毒蝮三太夫(山中伊知郎著、1999年風塵社、ISBN 978-4938733728)
  • マムちゃんが行く!(番組30周年記念ビデオソフト)
  • 元気になる毒蝮三太夫語録(山中伊知郎著、2012年、山中企画、ISBN 978-4434172595)

高橋芳朗のミュージックプレゼント[編集]

高橋芳朗のミュージックプレゼント
ジャンル 音楽番組
放送方式 生放送
放送期間 2016年4月15日 -
放送時間 金曜11:23 - 11:38頃(15分)
放送局 TBSラジオ
ネットワーク 関東ローカル
パーソナリティ 高橋芳朗
テーマ曲 Edmundo Ros and His Orchestra
『Whipped Cream』
公式サイト 公式サイト
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高橋芳朗のミュージックプレゼント』はTBSラジオで、2016年4月15日から放送されている生放送の音楽番組。『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』が月 - 金曜から、月 - 木曜に縮小になったことにより、金曜の番組として始まった。本番組を内包する『ジェーン・スー 生活は踊る』の選曲監修を担当する音楽ジャーナリストの高橋芳朗がパーソナリティを務める。

テーマ曲は『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』と同じ『Whipped Cream』を使用している。

同名の番組だが、毒蝮とは趣を異にしている。番組タイトルに沿い、洋楽を中心に「音楽」を特集する番組となっており、TBSラジオのスタジオで、『生活は踊る』の出演者であるジェーン・スー堀井美香とトークを繰り広げる形式となった。

関連項目[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b c d “終了相次ぐ人気番組…それでも生き残る長寿ラジオの秘密”. R25. (2017年1月20日). https://r25.jp/entertainment/00055130/ 2017年1月20日閲覧。 
  2. ^ a b ラジオの鉄人 毒蝮三太夫 p.116
  3. ^ 当時、現・2代目林家三平
  4. ^ 現在ではお馴染みの「奥さんに『愛してる』って言ってやれ」のやりとりは、このコーナーが由来。
  5. ^ 1985年4月11日から10月3日までは、木曜日のみ『村野武憲のいきなりラジオ』に内包
  6. ^ “TBSラジオ「大沢悠里ゆうゆうワイド」30年で幕”. 日刊スポーツ. (2016年1月18日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1593581.html 2016年1月18日閲覧。 
  7. ^ 毒蝮三太夫 TBSの長寿ラジオ継続,デイリースポーツ,2016年2月24日
  8. ^ ジェーン・スーの生活は踊る公式サイト
  9. ^ 一例として、ウルトラマンフェスティバルが東池袋にあるサンシャインシティで開催されている時は、その週の最後(ゆうゆうワイド時代は金曜日に、相談は踊る時代は木曜日)に中継先として組み込まれる。
  10. ^ 毒蝮三太夫のミュージックプレゼント 8/22〜8/25の訪問先と、マムシさん夏休みのお知らせ”. 2016年8月22日閲覧。
  11. ^ 毒蝮三太夫のミュージックプレゼント 1/2〜1/5の内容は”. 2016年12月30日閲覧。
  12. ^ 毒蝮三太夫のミュージックプレゼント 12/26〜12/29の訪問先は”. 2016年12月29日閲覧。
  13. ^ さこみちよが「(子供が)言わされている!」と突っ込む事が多い
  14. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.21
  15. ^ a b 元気になる毒蝮三太夫語録 p.8
  16. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.9
  17. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.22 - 23
  18. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.21
  19. ^ ラジオの鉄人 毒蝮三太夫 p.116
  20. ^ a b 元気になる毒蝮三太夫語録 p.18
  21. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.32
  22. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.29
  23. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.20
  24. ^ a b 元気になる毒蝮三太夫語録 p.24
  25. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.25
  26. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.148 - 149
  27. ^ ラジオの鉄人 毒蝮三太夫 p.25 - 26
  28. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.33
  29. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.141
  30. ^ 元気になる毒蝮三太夫語録 p.107 - 108、ラジオの鉄人 毒蝮三太夫 p.112 - 116