水野貴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
水野貴史
Takashi-Mizuno20101126.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県
生年月日 (1972-11-02) 1972年11月2日(44歳)
血液型 A型
騎手情報
所属団体 埼玉県浦和競馬組合
所属厩舎 小嶋一郎(浦和)
勝負服 胴黄・緑二本輪、袖緑
初免許年 1990年
免許区分 平地
調教師情報
初免許年 2013年6月1日
テンプレートを表示

水野 貴史(みずの たかし、1972年11月2日 - )は、地方競馬浦和競馬場小嶋一郎厩舎所属の元騎手で、現調教師である。父は高崎競馬場の元調教師水野清貴、双子の兄は日本中央競馬会 (JRA) 所属の元騎手・水野貴広調教師。

来歴[編集]

1990年4月10日に高崎競馬場所属騎手としてデビューし、4月11日にデビュー8戦目で初勝利を挙げる。兄より騎手デビューは早かった。

1991年8月4日高知競馬場で行われた第6回全日本新人王争覇戦出場(10頭立て3着)[1]

1996年10月6日にJRA初騎乗及びJRA重賞初騎乗となった東京競馬場での毎日王冠では、12番人気だったダンディテシオに騎乗し11着だった。

2002年4月21日京都競馬場で行われた第12レースを15番人気だったブランニューカラーで勝利し、JRA初勝利を挙げた。2007年9月時点で唯一のJRAでの勝利となっている。この年は857戦155勝で高崎のリーディングジョッキーとなる。

2003年、948戦148勝で2年連続で高崎のリーディングジョッキーとなる。

2004年12月31日の開催を最後に高崎競馬場が廃止される。1061戦137勝を挙げ最後の高崎でのリーディングジョッキーとなった(3年連続)。

2005年、北関東から南関東に移籍し、4月8日付で浦和競馬場の浜村恵厩舎所属となる。4月16日に移籍後初騎乗となった浦和競馬第1競走では3着となり、同日第10競走で勝利し、移籍後初勝利を挙げた。

2007年2月20日大井競馬場で行われたフォーチュネイト水仙特別で、兄の管理馬であるリアルファンタジーに騎乗し7着となる。このレースは兄にとって地方競馬への初出走だった。6月23日から7月21日まで武者修行の為にオーストラリアに遠征し、メルボルン地区にあるバララット競馬場を中心にパケナム競馬場、サンダウンパーク競馬場などで騎乗した。6月28日にはバララット競馬場で遠征後初騎乗で初勝利を挙げた。

2008年12月24日、浦和競馬の第19回オーバルスプリントをトーセンラヴで優勝[2]し、南関東移籍後初重賞制覇。

2013年5月31日、平成25年度第1回調教師免許試験に合格したのに伴い騎手を引退。翌6月1日付けで調教師となった。

2016年3月16日大井・京浜盃をタービランスで制し、調教師としての重賞初勝利[3]

主な騎乗馬[編集]

  • カツサニー(1991年群馬記念
  • テンリットル(2002年 - 2003年高崎大賞典ほか)
  • タイガーロータリー(2003年北関東ダービー、北関東菊花賞ほか)
  • トーセンラヴ(2008年オーバルスプリント)
  • ドラゴンウィスカー(2011年ニューイヤーカップ

主な管理馬[編集]

エピソード[編集]

  • 2007年のオーストラリア遠征時には、現地で開業している繁実剛調教師に世話になった。

脚注[編集]

  1. ^ 9R 全日本新人王争覇戦 C - JBISサーチ
  2. ^ オーバルスプリント、トーセンラヴが重賞初制覇 - netkeiba.com
  3. ^ 水野調教師 重賞初制覇!!”. 浦和競馬 (2016年3月18日). 2016年4月4日閲覧。

関連項目[編集]