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河合美智子

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かわい みちこ
河合 美智子
本名 鈴木 一栄
別名義 オーロラ輝子
生年月日 (1968-06-13) 1968年6月13日(48歳)
出生地 日本の旗 日本 神奈川県平塚市
身長 162 cm
血液型 B型
職業 女優歌手
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1983年 -
配偶者 一般人男性(2007年 - 2011年
峯村純一(2017年 - )
主な作品
テレビドラマ
ふたりっ子

河合 美智子(かわい みちこ、1968年6月13日[1] - )は、日本女優歌手である。本名、鈴木 一栄(すずき かずえ)[2]神奈川県[1]平塚市出身[2]。身長162cm、血液型はB型[1]ABP inc.に所属していた[1]オーロラ輝子(オーロラ てるこ)としても歌手活動を行う。

来歴

1983年に映画『ションベンライダー』の主役としてデビュー。役名の「河合美智子」がそのまま芸名になった。同映画の主題歌『わたし・多感な頃』で歌手デビューも果たしている。これと同時期に、同じキティフィルムのテレビアニメ『みゆき』の2番目のエンディング曲「サマー・ホリデー」も歌っている。10代から20代の時期は演技派の若手女優として評価され、映画、テレビ、舞台と出演を重ねていた。

1996年、NHK連続テレビ小説ふたりっ子』に「通天閣の歌姫」こと[3]叶麗子をモデルにしたオーロラ輝子役で出演。これが当たり役となって一気に知名度を上げた。同ドラマ内で歌ったオリジナル曲「夫婦みち」を役名のオーロラ輝子名義でCD化すると85万枚を超える[4]大ヒットとなり、1997年の『第48回NHK紅白歌合戦』にも出場。そのため、本来の芸名である河合美智子とドラマの役名であるオーロラ輝子の、ふたつの芸名で活動することとなった。

その後はしばらく連続テレビ小説に出演していなかったが、2008年に『』でモンスターペアレント役でゲスト出演。また、同年度の『だんだん』にも出演しており、同作で三倉茉奈・佳奈との12年ぶりの共演を果たしている。

たけし・逸見の平成教育委員会』に「第一期」入学生徒としてセミレギュラー出席。常識人的な解答や理科実験の正解率の高さ(生徒紹介場面で「理科の実験は得意」と紹介されたことも)の反面、「かまとと」の語源と意味をヒントに「ぎょっ」、「かまをかける」の語源と意味をヒントに「カツ丼食うか?」等の珍答で番組を大いに盛り上げた。優等生として番組オリジナルブレザーも数回貰っている。
2008年7月13日放送の『熱血!平成教育学院』過去レギュラー編では、最高得点をとった上に海外留学問題も正解してその実力を示した。

1998年にはテレビアニメBビーダマン爆外伝』のオープニング曲を担当。元々アニメ好きでもある。また、漫画好きとしても相当なレベルにある事が、1997年9月25日放送の『BSマンガ夜話』のゲスト出演で発言されている。所有コミックはこの時点で3000冊を超え、コミックの保存にもかなり気を使っている様子を語った。

2014年3月末で文化放送高田純次 毎日がパラダイス』への出演を終了したことを機に、高田純次が社長を務めるテイクワン・オフィスからABP inc.へと所属事務所を移籍した[5]

私生活では、金山一彦との不倫で騒がれたことがある(金山の当時の妻は芳本美代子)。2004年に仕事上で知り合った12歳年下で25歳の番組制作会社のディレクターと、自身の誕生日である2007年6月13日に結婚、2011年5月末に離婚した。2013年8月に2011年5月末に離婚していたことが報じられた[2][6]

2016年8月13日脳出血を発症し入院。開頭手術はせず済み、9月27日にはリハビリテーション専門の病院に転院してラジオ番組への出演や12月13日のNHK大阪わが心の大阪メロディー』への生出演など可能な仕事をこなしながら右半身の後遺症の完治を目指してリハビリを続け、2017年1月10日に退院[7]。同年2月11日に行われた出演映画『ママ、ごはんまだ?』の初日挨拶に登壇した[8][9]。闘病生活を支えた俳優の峯村純一と、3年半の交際期間を経て2017年3月29日に結婚した[10]

出演

映画

テレビドラマ

音楽番組

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1997年(平成9年)/第48回 夫婦みち 16/25 河村隆一 オーロラ輝子として出場
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

その他

ラジオ

DVD

舞台

  • GENKIプロデュースvol.4「ジャンケンポン」(2011年10月5日-16日、シアターグリーン BASE THEATER)
  • GENKIプロデュースvol.5「スイートメモリーズ」(2012年2月21日-26日、笹塚ファクトリー)
  • 2014シアターグリーンプロデュースNOMUZUプロジェクト第二回公演「どーしんぼの浜」(2014年6月17日‐22日、シアターグリーン BOX in BOX THEATER)

CM

音楽

シングル

  1. わたし・多感な頃/スクール・デイズ (1983年1月10日)
  2. サマー・ホリデー/季節、変わり頃 (1983年7月10日)
  3. アイランド/年頃トマトは事件がいっぱい (1984年6月25日)
  4. 本日晴天さかな気分/敏感エイジ (1984年10月25日)
  5. とことん I Love You/夢みing・イースター (1986年10月25日)
  6. まごころの橋/夫婦みち (1996年11月21日) - “オーロラ輝子(河合美智子)”名義
  7. 花ごころ/せつなくて (1997年7月30日) - “河合美智子(オーロラ輝子)”名義
  8. 好きやねん(1997年10月1日) - 生瀬勝久とのデュエット
  9. きっと明日は晴れるから(1998年2月28日) - 『Bビーダマン爆外伝』オープニングテーマ
  10. それがしぶとく生きる道/そっと抱きしめて(1998年9月15日)
  11. 東京パラダイス(2005年11月23日) - 高田純次とのデュエット

アルバム

  1. オーロラ日和(1998年10月21日)

書籍

  • たなぼた オーロラ輝子繁盛記(1997年、光文社

脚注

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  1. ^ a b c d 河合美智子”. アジア・ビジネス・パートナーズ. 2016年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月18日閲覧。
  2. ^ a b c “「オーロラ輝子」の河合美智子、極秘離婚していた”. MSN産経ニュース. (2013年8月18日). http://www.sankei.com/entertainments/news/130818/ent1308180004-n2.html 2014年6月7日閲覧。 
  3. ^ “”通天閣の歌姫”叶麗子、道頓堀から再出発”. 日刊スポーツ. (2014年12月19日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20141219-1411114.html 2015年3月29日閲覧。 
  4. ^ 朝日新聞』1997年11月28日付朝刊、3頁。
  5. ^ 今日は…”. 河合美智子オフィシャルブログ「河合美智子のラッコな気分♪」 (2014年4月23日). 2014年4月23日閲覧。
  6. ^ 河合美智子、2年前に離婚していた 所属事務所認める”. ORICON STYLE (2013年8月19日). 2016年12月7日閲覧。
  7. ^ “河合美智子「7、8割戻った」脳出血で入院していた”. 日刊スポーツ. (2017年1月17日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1766446.html 2017年4月3日閲覧。 
  8. ^ 河合美智子 脳出血で闘病中 「恋ダンス」リハビリで順調回復 - Sponichi Annex、2017年1月13日 5:30配信、同月14日閲覧
  9. ^ 河合美智子 監督に支えられ登壇 笑顔、そして涙「本当に幸せ」 - Sponichi Annex、2017年2月11日13:06配信、同日閲覧
  10. ^ “河合美智子、脳出血乗り越え3月に結婚 夫・峯村純一「突き進むしかない」”. ORICON NEWS (oricon ME). (2017年4月3日). http://www.oricon.co.jp/news/2088552/full/ 2017年4月3日閲覧。 
  11. ^ 一青窈の姉・妙によるエッセイが映画化、「ママ、ごはんまだ?」石川ロケ報告”. 映画ナタリー (2016年1月31日). 2016年2月1日閲覧。