浮世亭三吾・美ユル

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三吾・美ユル(さんご・みゆる)は、松竹芸能所属の親子漫才コンビ。1994年1月道頓堀浪花座で初舞台。コンビ名は、浮世亭三吾・さやかみゆる→浮世亭三吾・美ゆる(2005年頃~)→浮世亭三吾・美ユル(2008年頃~)→三吾・美ユル〔亭号なし〕(2011年頃~)と変遷している。

芸風[編集]

初期は音曲漫才で、美ユルが生恵幸子のように流行歌を金切声で独唱したり、舞台上にピアノを持ち込んで童謡を合唱したりしていたが、その後、美ユルが三吾の欠点を早口で一方的にあげつらい、三吾が狼狽したところで突如敬語になり「…お父さま」で締める、今喜多代の芸を摸したしゃべくり漫才に移行した。三吾の弟子には大吾・小吾がいる。

メンバー[編集]

三吾(さんご、本名・沼口正利、1943年12月14日 - )

  • 大分県出身。福岡県吉備中卒業後、サラリーマンをしながら喜劇曽我廼家明蝶主催の「明蝶学院」で修行を積む。浮世亭とん平に入門し、学院で同期だった十吾と浮世亭三吾・十吾(一時期コンビ名は3×5=15)を結成。1969年に大阪万国博覧会で初舞台を踏み、若手実力派から中堅へと順調に育ったものの、十吾の引退に伴い1989年に解散。しばらく弟弟子で日系人の浮世亭ジョージ[1]と、「浮世亭三吾・ジョージ」名義で活動したが、娘と組むため1993年にコンビ解消。
  • 顔が獅子舞に似ている(ジョージと組んでいた頃からよく弄られていた)。

美ユル(みゆる、本名・沼口美ゆる、1976年2月28日 - )

  • 三吾の長女。幼少時から漫才師志望が強く、尼崎市立尼崎産業高等学校卒業を待って父と組む。
  • 当初は「さやか」という屋号があった。

出演番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 元「浮世亭ジョージ・ケンジ」。ジョージは太平サブロー・シローを一時解散していた太平シローと1970年代末にコンビを組んでいたことがある。ケンジは「国分健二」の芸名で落語芸術協会に所属。
  2. ^ 2014年10月、「チケット兵動」コーナーに結成20周年ライブの宣伝でゲスト出演。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属者の出演が圧倒的に多い同コーナーでは珍しい松竹芸能所属ゲストとなった。