渡瀬恒彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:顔写真の画像提供をお願いします。2016年1月
わたせ つねひこ
渡瀬 恒彦
渡瀬 恒彦
本名 渡瀬 恒彦
生年月日 (1944-07-28) 1944年7月28日
没年月日 (2017-03-14) 2017年3月14日(満72歳没)
出生地 日本の旗 日本 島根県能義郡安来町(現・安来市
死没地 日本の旗 日本 東京都
身長 174cm
血液型 AB型
職業 俳優歌手
活動期間 1969年-2017年
活動内容 1969年:デビュー
1973年: 『仁義なき戦い
1976年: 『狂った野獣
1978年: 『皇帝のいない八月
1980年: 『震える舌
1983年: 『南極物語
1984年: 『天城越え
1985年: 『真田太平記
1992年: 『十津川警部シリーズ
2002年: 『おみやさん
2006年: 『警視庁捜査一課9係
配偶者 大原麗子(1973年 - 1978年)
渡瀬い保(1979年 - 2017年)
著名な家族 渡哲也(兄)
渡瀬暁彦(長男)
事務所 東映マネージメント
主な作品
映画
殺し屋人別帳』/『仁義なき戦いシリーズ』/
鉄砲玉の美学』/
暴走パニック 大激突』 /『狂った野獣
赤穂城断絶』/『事件』/『皇帝のいない八月
戦国自衛隊』/『影の軍団 服部半蔵
『神様がくれた赤ん坊』/『震える舌
天城越え』/『南極物語』/『敦煌
忠臣蔵外伝 四谷怪談』/『釣りキチ三平
テレビドラマ
大激闘マッドポリス'80』/『特命刑事
真田太平記』/『炎立つ
事件・市民の判決』/『武蔵 MUSASHI
北アルプス山岳救助隊・紫門一鬼
世直し公務員 ザ・公証人
十津川警部シリーズ
タクシードライバーの推理日誌
おみやさん』/『警視庁捜査一課9係
医師・円城寺修

渡瀬 恒彦(わたせ つねひこ、1944年7月28日[1] - 2017年3月14日[2])は、日本俳優歌手。本名同じ。島根県能義郡安来町出身。東映マネージメント所属。兄は俳優の渡哲也、長男はTBSディレクターの渡瀬暁彦。身長174cm[1]血液型AB型[1]

来歴[編集]

幼少の頃に島根県から兵庫県津名郡淡路町に移り、三田学園中学校・高等学校卒業(6年間の寮生活)。高校在学中は水泳部に所属[3]早稲田大学法学部除籍(1単位不足だったと「徹子の部屋」出演時の本人談[4])。大学在学中は空手道部に籍を置き、段位は弐段。電通PRセンターに勤務していた[5]

兄の渡哲也日活の青春スターとして地位を確立していた一方で、渡瀬は芸能界に興味がなく、入る意思はまったくなかった[5][6]。当時の東映時代劇から任侠映画アクション映画へ転換を図っており[7]、渡瀬は企画製作本部長の岡田茂(のち東映社長)に口説き落とされ[8]。、エリートサラリーマン生活にピリオドを打って、1969年(昭和44年)に東映と契約した[9]。渡が芸名で活動しているのに対し、本名で活動し始めたのは、高倉健を意識した東映に「大倉純」という芸名を付けられそうになったが気に入らず、それなら本名の方が良いと申し出たことに由来している。

1970年(昭和45年)、石井輝男監督の映画『殺し屋人別帳』の主役としてデビュー[10][11]。「仁義なき戦いシリーズ」や『狂った野獣』などのヤクザ映画アクション映画の出演を経て[5][11][12][13][14]1978年(昭和53年)に『赤穂城断絶』、松竹映画『事件』で、ブルーリボン賞日本アカデミー賞・キネマ旬報等助演男優賞を受賞し演技派として評価を上げ[7][12]、同年は松竹映画『皇帝のいない八月』でも、狂気を湛えた元エリートの反乱分子を演じている。1979年(昭和54年)には松竹映画『震える舌』『神様のくれた赤ん坊』でキネマ旬報主演男優賞を受賞した[15]

三本目の映画『三匹の牝蜂』で共演した大原麗子1973年昭和48年)9月に結婚したが[10][16][17]、5年後の1978年昭和53年)2月13日に離婚した[16][18]。翌1979年(昭和54年)、一般人女性と再婚。

作品のアクションシーンでは代役を立てることを好まず、基本的にスタントは自分自身で演じてきた[19]1976年(昭和51年)の『実録外伝 大阪電撃作戦』では走り出す車のドアに摑まりそのまま引きずられたり、同年の『狂った野獣』、『暴走パニック 大激突』でのカーアクションシーンは自ら運転し、1977年(昭和52年)の『北陸代理戦争』ではジープで転倒して下敷きになり、片足を失いかけるほどの大怪我を負ったこともある(作品は降板、代役は伊吹吾郎[20][21]。予告編はすでに劇場で上映されており、そのまま渡瀬の出演シーンが挿入されている(発売中のDVDに収録)。近年の作品ではスタントマンが代役を務めることもある。ただし、2002年に放送された『十津川警部シリーズ24伊豆の海に消えた女』では、下り坂を下るトラックの先に回り込んで車をスピンさせて停車させるというカーアクションシーンがあり、当初、スタントマンにより撮影が行われていたが何度もフレームアウトしてしまったため、監督と相談して渡瀬が自ら運転しそのシーンは撮影されている[22][出典無効]

映画話題作で存在感を見せる一方、映画界の斜陽化に伴って『十津川警部シリーズ』や『おみやさん』など、テレビドラマでも活躍した[2][10]

故郷の兵庫県が阪神・淡路大震災で壊滅的な被害を受けた時に、渡ら石原軍団と共に被災地を訪れ、炊き出しを行った[10][23]

1994年平成6年)に脳梗塞を起こしていたことを、『徹子の部屋』で明らかにした。『徹子の部屋』には2008年(平成20年)にも出演した際、普段は刑事役で知られているものの、実生活では「振り込め詐欺」の被害に遭いそうになったことを告白した(その後、この際の経験は『おみやさん』第6シリーズ最終話での演技に生かされることになる)。

2004年(平成16年)の『十津川警部シリーズ 東北新幹線「はやて」殺人事件』では、最初の妻だった大原と26年ぶりの共演を果たした。

2011年(平成23年)12月23日放送のTBSの年末スペシャルドラマ『帰郷』では、渡と約40年ぶりの共演を果たした[10][24]。1971年度放送のNHKの連続ドラマ『あまくちからくち』以来のことで、その時と同じく兄弟役で共演した[25]2015年(平成27年)の夏から秋にかけ、体調不良による入院で検査の結果胆嚢がんが見つかり、5か月間仕事を入れずに抗がん剤放射線による治療に専念。渡は、恒彦の死去時に、この時点で「ステージIV、余命1年」を宣告されていたことを明かしている[26]。その後、病状が安定したこともあって、同年12月に『おみやさん スペシャル』の撮影で現場に復帰し[27]、以降も通院治療を継続しながら日常生活を過ごして[28]2016年(平成28年)には『警視庁捜査一課9係 season11』や『おみやさん スペシャル2』などの作品に出演した。

2017年(平成29年)4月には『警視庁捜査一課9係 season12』への出演を予定し[28][29]、3月からの撮影に備えていた矢先の2月中旬、息苦しさを感じ、都内の病院に向かったところ、左肺の気胸と診断され、そのまま入院生活を送るも、復帰に向けて撮影の打ち合わせに参加するなど死去前日までは大きな異変はなかった。しかし、同年3月14日敗血症を併発して容体が急激に悪化し、同日23時18分、多臓器不全により東京都内の病院で死去。72歳没[2][30][31][32]。本人および遺族の意志により、葬儀は親族のみにて執り行われることが発表され[30]、渡はマスコミに公表した直筆のコメントにおいて、言い表せない喪失感を吐露し、長年人生を共に歩んだ実弟の死を悼んだ[26]

2017年2月12日にクランクアップを迎えたテレビ朝日系列のスペシャルドラマ『そして誰もいなくなった』(2017年3月25日・26日放送)が遺作となった[33]

人物[編集]

早稲田空手部仕込みの腕っぷしの強さでも知られ、"芸能界最強"とも噂された[23][34]。普段は温厚だがけんか腰で議論することもあり、『炎立つ』に北大路欣也の代役として出演した際、脚本家中島丈博と意見を対立させている[35]。40年以上の親交がある成瀬正孝は、グセの悪い菅原文太に一喝、先輩だけど財布も出させていた現場にかつて遭遇した事がある[36]など枚挙にいとまがない。

2006年のインタビューでは、芸能界一ケンカが強い噂について笑って自ら否定していた。2006年当時、性格は丸くなっていると自らを分析しているが、昔はそうではなかった事は否定していない[37]

動物好きで有名[38]。初めて渡哲也が東映京都撮影所に訪れた時、弟の思い出として「幼少時代、みんなが止めるのも聞かずに1度に犬4匹を連れて散歩しに行って案の定傷だらけになって帰ってきたこと」を東映関係者に話している[39]。「南極物語」で共演した犬のタロとジロを撮影休止のため帰国している間、監督に世話したいと自ら志願[37]。撮影が終わってからも「厳しい環境には戻せない」と自宅に引き取った[19][40]。自宅近くの公園によく犬を連れて散歩しに来ている姿が目撃されていた[38]。25年以上に渡り、東映のカレンダーには自分の飼っている犬と2ショットで登場していた[41]

バラエティ番組には殆ど出演しなかったが「徹子の部屋」だけは特別のようで、複数回の出演歴がある。時には黒柳徹子の話に目を丸くしたり、お腹をよじって笑っていた [41][42]

スター然した扱いを苦手とした。プロデューサー煙草に火をつけようとすると、自分でつけるからいいと断った場面を元付き人が目撃している[43]。また現場にたまにしか顔を出さないプロデューサーを非常に嫌ったという[43]

初婚だった大原との間に子はいないが、再婚した妻との間に二児(長男と長女)をもうけている。長男・暁彦はTBS社員で、テレビドラマのディレクターを務めている。「親でも結婚相手には口を出せない」としながら、娘が「俳優の男性と結婚したい」といったらはっきり反対すると父親の顔をのぞかせていた[37]

親族にプロテニスプレイヤーの錦織圭がおり、渡・渡瀬兄弟と錦織の母がはとこにあたる。

交友関係[編集]

  • 俳優の江藤潤は40年来の親友であり、家族ぐるみで交流を続けていた。がん闘病以降は「絶対人には弱みを見せない」渡瀬の美学を慮り、お見舞いには一切行かなかった。そんな江藤が家族葬で弔問時に対面した渡瀬はいつもの柔和な表情を浮かべていたという[44]
  • 東映のやくざ映画やアクション映画などに出演した際に親交を深めた志賀勝川谷拓三片桐竜次野口貴史岩尾正隆小林稔侍らが結成した「ピラニア軍団」の発起人となったことでも知られている。そのピラニア軍団の成瀬正孝はプライベートでも親友の間柄で、普段から「俺、お前」と言い合うほどの付き合いであった。
    • その成瀬が2016年6月当時「おみやさんスペシャル」を撮影している渡瀬へ陣中見舞いに訪れた。「調子はどうですか?」と聞くと隠さずに「よくない」と答えた。それでも渡瀬は成瀬たちを食事へ連れて行ったという[36]
  • 1990年から2年ほど、渡瀬の付き人をしていた俳優・永井なおきは付き人を辞めてからも年に2回渡瀬の自宅へ出向き、近況報告を続けていた。偶然胆のう癌告知翌日に近況報告が重なった時も、笑顔で永井の話を聞いていたという。[43]
    • 永井が付き人になった時、先輩の付き人から申し送られたことは「渡瀬がプロデューサーにキレそうになったら、先に殴られて阻止しろ」[43]
  • 1977年「かあさん堂々」での共演から親交があり、俳優の傍ら東日本大震災における社会貢献活動をしている堀内正美へ東日本大震災の被災者に心を寄せた内容の直筆メッセージを託しており、渡瀬の死をきっかけにTwitter上で公開した[45]

備考[編集]

  • ダウンタウン司会による『ダウンタウンDX』で川谷拓三がゲストの時(1995年8月17日放送)に同番組のクイズコーナー「芸能人イメージレース」で『仁義なき戦い』の映像を基に元極道で富士山を描く放浪画家・山本集に「次の5人のうち誰が最も本物に見えるか?」として松方弘樹(坂井鉄也役『仁義なき戦い』)、室田日出男(早川英男役『代理戦争』)、梅宮辰夫(岩井信一役『代理戦争』)、渡瀬恒彦(有田俊雄役『仁義なき戦い』)、川谷拓三(西条勝治役『代理戦争』)のなかから選んでもらったところまず、松方弘樹は育ちのよさが見えることから外され、次に梅宮辰夫も(眉毛を剃っているものの)ムリしてる感じがあり、室田も同様の理由で外され、最終的に川谷と渡瀬が残ったが、川谷も本職らしく見えると評価するものの最終的には渡瀬が選ばれ、山本曰く「渡瀬だったら極道として通用すると思う」とお墨付きのコメントをする。同コーナーの解答者としてゲストの川谷拓三志賀勝が渡瀬を言い当てており、司会の浜田から「なんでわかったんですか?」と訊ねられたところ「そりゃ、やっぱり渡瀬さんは…なあ」と川谷と志賀が互いに顔を見合わせながら口ごもるのを見て司会のダウンタウンも「きっとお二人にしかわからん事もあるんでしょうね」と察していた。
  • あまりにも喧嘩が強い渡瀬に対し先輩の松方弘樹や梅宮辰男は「冗談でも怒らせないようにしていた」と芸能リポーター石川敏男に話すくらいだった[46]

受賞[編集]

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

その他[編集]

CM[編集]

[編集]

シングル[編集]

  1. さすらい人別帳(1970年、クラウン、CW-1038)
    • 作詞:星野哲郎 / 作曲:鏑木創 / 編曲:鏑木創
    • 東映映画「人別帳」シリーズ主題歌
    • (c/w 掟)
  2. ごっかんブルース(1970年、クラウン、CW-1068)
    • 作詞:東耳男 / 作曲:鏑木創 / 編曲:鏑木創
    • 東映映画「監獄人別帳」主題歌
    • (c/w 俺は忘れもの)
  3. 三千世界のブルース(1971年4月、クラウン、CW-1129)
    • 作詞:東耳男 / 作曲:不詳
    • 東映映画「博奕打ち いのち札」挿入歌
    • (c/w 命うりたし)
  4. 人間稼業(1971年10月、クラウン、CW-1196)
    • 作詞:星野哲郎 / 作曲:鏑木創 / 編曲:鏑木創
    • 東映映画「悪の親衛隊」主題歌
    • (c/w 鉄砲玉ブルース)
  5. とんずらトンボ(1979年、キング、GK-285)
  6. 静かにマイ ウェイ(1985年、東芝
  7. だいこんおろしの歌(1985年12月21日、東芝)
  8. 裸の王様(1991年9月21日、ビクター、VIDL-10153)
  • おとこ雲

オリジナル・アルバム[編集]

  1. 傷だらけの獣たち 渡瀬恒彦真夜中に唄う(1970年、クラウン、GW-6019)
  2. 渡瀬恒彦〜手さぐりの日々(1978年、キング、SKS-54)
  3. だいこんおろしの歌(1986年、東芝、TP-90377)

「渡瀬恒彦」を演じた俳優[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 渡瀬恒彦”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年1月2日閲覧。
  2. ^ a b c “渡瀬恒彦さん死去…72歳、胆のうがん 15年から闘病も完治せず”. スポーツニッポン. (2017年3月16日5時30分). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/03/16/kiji/20170315s00041000579000c.html 2017年3月16日閲覧。 
  3. ^ 渡瀬恒彦さん死去 母校三田学園の同級生らが惜しむ声
  4. ^ 徹子の部屋 - ゲスト 渡瀬恒彦” (日本語) (2002年5月9日). 2003年10月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年10月10日閲覧。(個人サイト)
  5. ^ a b c 広告の中の人 俳優・渡瀬恒彦「テレビCMがお客さんとの距離を近くする」」、『宣伝会議』2014年8月、株式会社宣伝会議、2017年3月19日閲覧。
  6. ^ 渡哲也 悲痛「弟を失った喪失感は言葉にならない」中日スポーツ
  7. ^ a b "強い男"を演じてきた渡瀬恒彦さんを悼む - BLOGOS
  8. ^ “伊東四朗、東映岡田裕介会長ら/渡瀬さん追悼談話”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2017年3月17日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1793291.html 2016年9月29日閲覧。 
  9. ^ 撮影所マイスター対談vol9 「渡瀬恒彦さんと東映京都撮影所」”. 東映] (2010-). 2017年3月25日閲覧。
  10. ^ a b c d e 兄渡哲也、元妻大原麗子さん/渡瀬恒彦さん写真特集 - 芸能 : 日刊スポーツ
  11. ^ a b 渡瀬恒彦 狂犬NIGHTS/ラピュタ阿佐ケ谷
  12. ^ a b 渡瀬さん 東映で硬軟多彩 兄の渡哲也は日活スターで活躍― スポニチ
  13. ^ 【芸能】渡瀬恒彦さんの盟友・中島貞夫監督が語る「やんちゃな恒さん」
  14. ^ 渡瀬恒彦さん追悼秘話 ヤクザ映画で“革命的な極道”模索
  15. ^ “渡瀬恒彦さん死去…「仁義なき戦い」シリーズ”. 読売新聞 (YOMIURI ONLINE). (2017年3月16日). オリジナル2017年3月16日時点によるアーカイブ。. http://archive.fo/9ShdO 2017年3月19日閲覧。 
  16. ^ a b 大原麗子が綴った「森進一との離婚」「渡瀬恒彦と暮らした日々」(週刊現代)
  17. ^ 映画と夜と音楽と…[429]大原麗子のスウィートヴォイス/十河 進
  18. ^ 友が明かす渡瀬さん秘話 大原麗子さんとの結婚…離婚/芸能/デイリースポーツ
  19. ^ a b 追悼・渡瀬恒彦さん、甦るマッドドッグ伝説 菅原文太さんも怒らせた体当たりスタント
  20. ^ 病魔と闘う荒ぶる役者たちの不屈秘話 「第3回・渡瀬恒彦」(3)アクションに代役は不要だ”. アサ芸プラス(週刊アサヒ芸能) (2016年11月2日). 2017年3月25日閲覧。
  21. ^ 撮影所マイスター対談「渡瀬恒彦さんと東映京都撮影所」ロケで見ている人から一番声がかかるのが「おみやさん」”. 東映株式会社 (2010-). 2017年3月23日閲覧。
  22. ^ 西村京太郎ミステリー紀行〜十津川警部が見た風景〜(2010年2月28日初回放送、BS-TBS)
  23. ^ a b ケンカ最強伝説も…渡瀬恒彦さん 兄・渡哲也の前だけでは“弟の顔”
  24. ^ ドラマ特別企画2011 『帰郷』”. TBSテレビ (2003年8月14日). 2014年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月17日閲覧。
  25. ^ 渡哲也&渡瀬恒彦兄弟が共演! 家族の絆を問うドラマ「帰郷」が完成! ザテレビジョン 2011年12月23日[リンク切れ]
  26. ^ a b “渡瀬恒彦さん死去 渡哲也さん「喪失感は言葉にならない」”. 毎日新聞. 毎日新聞社. (2017年3月16日). http://mainichi.jp/articles/20170316/k00/00e/040/279000c 2017年3月16日閲覧。 
  27. ^ “渡瀬恒彦 胆のうがんだった 経過順調で仕事復帰”. スポニチアネックス. (2016年5月27日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/05/26/kiji/K20160526012659110.html 2016年5月27日閲覧。 
  28. ^ a b “渡瀬恒彦、がん闘病の心境を激白 「奥さんへの態度変わった」”. 中日スポーツ (中日新聞社). (2017年2月19日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2017021902000154.html 2017年3月16日閲覧。 
  29. ^ “渡瀬さん4月から「警視庁捜査一課9係」出演予定だった…強い思い入れ届かず”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2017年3月16日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/03/16/kiji/20170315s00041000583000c.html 2017年3月16日閲覧。 
  30. ^ a b “渡瀬恒彦さん、3月からの撮影に準備していた…所属事務所FAX全文”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2017年3月16日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170316-OHT1T50077.html 2017年3月16日閲覧。 
  31. ^ “渡瀬恒彦さん、死去前日まで仕事復帰に意欲…「警視庁捜査一課9係」打ち合わせしていた”. スポーツ報知. 報知新聞社. (2017年3月16日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170316-OHT1T50109.html 2017年3月16日閲覧。 
  32. ^ “渡瀬さん、死去前日まで9係の打ち合わせ 最期は家族3人に看取られ…”. デイリースポーツ online. (2017年3月16日). https://www.daily.co.jp/gossip/2017/03/16/0010004439.shtml 2017年3月16日閲覧。 
  33. ^ “渡瀬恒彦さん最後の撮影現場、仲間由紀恵に「本当にありがとね、いろいろごめんな」”. スポーツ報知. (2017年3月24日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170324-OHT1T50067.html 2017年3月24日閲覧。 
  34. ^ 渡瀬恒彦死去で改めて語られる「芸能界最強」壮絶エピソード–アサ芸プラス、渡瀬恒彦さんのケンカ伝説とデビュー秘話 「安岡力也をボコボコにした」腕っぷし現場で国会議員を一喝! “ケンカ最強”故・渡瀬恒彦さんの知られざる武勇伝渡瀬恒彦さん追悼――最強伝説「“芸能界ケンカ強い”ベストイレブン」ではキーパーに選出坂上忍「かっこいいのなんの」渡瀬さん武勇伝明かす松本人志、渡瀬恒彦さんと対面で思わず叫んだ過去 - おくやみ : 日刊スポーツ
  35. ^ 中島丈博『シナリオ無頼』。
  36. ^ a b 病魔と闘う荒ぶる役者たちの不屈秘話 「第3回・渡瀬恒彦」(1)キャリアの段差をぶち壊せ!”. アサ芸プラス(週刊アサヒ芸能) (2016年10月31日). 2017年3月25日閲覧。
  37. ^ a b c ひとりごと”. 産経新聞社 (2006年4月22日). 2017年3月23日閲覧。
  38. ^ a b 渡瀬恒彦さん哀悼秘話、芸能界”最強の男”が10年以上通い続けた650円の支那そば”. 週刊女性 (2017年3月23日). 2017年3月24日閲覧。
  39. ^ 撮影所マイスター対談「渡瀬恒彦さんと東映京都撮影所」今までサラリーマンやっていた奴が、数日後に映画の主演やるんですよ(笑)”. 東映株式会社 (2010-). 2017年3月24日閲覧。
  40. ^ “情に厚い男だった渡瀬さん「南極物語」タロとジロ 共演後も飼い続けた”. スポーツニッポン (スポーツニッポン社). (2017年3月16日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/03/16/kiji/20170315s00041000581000c.html 2017年3月24日閲覧。 
  41. ^ a b 愛犬の死やサギもネタに? 黒柳徹子が渡瀬恒彦相手に大暴走!”. 株式会社サイゾー (2008年10月20日). 2017年3月23日閲覧。
  42. ^ 徹子の「干したヘビ」発言に、渡瀬恒彦笑い死に……?”. 株式会社サイゾー (2009年7月8日). 2017年3月23日閲覧。
  43. ^ a b c d 病魔と闘う荒ぶる役者たちの不屈秘話 「第3回・渡瀬恒彦」(2)タバコの火は自分でつける”. 徳間書店 (2016年11月1日). 2017年3月25日閲覧。
  44. ^ 渡瀬恒彦「兄貴程度の芝居しかできなかったら消えていた」”. 週刊ポスト (2017年3月24日). 2017年3月25日閲覧。
  45. ^ 2017年3月20日03時53分のツィート-堀内正美公式Twitterアカウント
  46. ^ 渡瀬恒彦、肺炎で緊急入院も「迷惑かけられない」と強行退院”. 週刊女性 (2015年7月7日). 2017年3月23日閲覧。
  47. ^ あまくちからくち - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス
  48. ^ “『おみやさんSP』渡瀬恒彦&貫地谷しほりのコンビで第2弾 10月放送決定”. ORICON STYLE. (2016年8月17日). http://www.oricon.co.jp/news/2076884/full/ 2016年8月17日閲覧。 
  49. ^ “『そして誰もいなくなった』渡瀬恒彦、共演陣は「クセがあるというか」”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2017年1月31日). http://www.sanspo.com/geino/news/20170131/geo17013105030022-n1.html 2017年3月16日閲覧。