玉川カルテット

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玉川カルテット
出身地 日本の旗 日本
ジャンル 浪曲
活動期間 1961年 -
事務所 ファミリーアーツ
公式サイト 玉川カルテット
メンバー 玉川平太郎
松木ぽん太
二葉しげる
上原和
旧メンバー 玉川ゆたか
松浦武夫
伊丹明
仲俊二
玉川平助
玉川玉太郎
玉川平次

玉川カルテット(たまがわカルテット)は浪曲を取り入れたボーイズスタイルの歌謡浪曲グループ。小松プロモーションを経てファミリーアーツ所属。 二葉の「♪ 金もいらなきゃ女もいらぬ、あたしゃも少し背が欲しい」のギャグがお馴染みであった。玉川一門のお家芸である任侠物を得意にする。

成員[編集]

  • 玉川ゆたか(たまがわ ゆたか):初代リーダー。本名:茶間豊[1]。1939年生まれ。神奈川県横浜市出身。1956年、3代目玉川勝太郎に入門し(初代)玉川福助を名乗った[2]コメディアン玉川良一は叔父弟子にあたる。『一本刀土俵入』『吉良の仁吉』『瞼の母』等を得意とした。1996年5月19日、肝臓ガンのため死去。バラエティー番組にもピンで時折出演していた。メンバーで唯一、楽器を持っておらず、迫力ある声とメンバーを叩いてツッコむために持っていた扇子がトレードマークだった。
  • 松木ぽん太(まつき ぽんた):三味線担当。1937年生まれ。福岡県出身。幼少時からバイオリンを習い、続いてウッドベースもマスター。浅草常盤座専属楽団員を経て、1958年からは天津羽衣歌謡浪曲バンド「木の実グループ」で活動。楽器は一通りこなす芸達者で、三味線の早弾きで場を盛り上げる。おかまキャラで、ネタでは必ず女性役を演じた。素通しのロイド眼鏡がトレードマーク。
  • 二葉しげる(ふたば しげる):ギター担当。1939年生まれ。コミックバンドのメンバーを経て、1964年に上京し二葉百合子や4代目天中軒雲月に師事する。1965年に松浦と共に玉川ゆたかに誘われ加入。コブシ回しが売り物。メンバーの中で一番背が低く「金も要らなきゃ 女も要らぬ 私ゃも少し 背が欲しい」という一節は「玉川カルテット」の代名詞となっていた。
  • 松浦武夫(まつうら たけお):前ギター担当。1938年生まれ。長崎県出身。1964年、「あきれたトリオ」に加入、翌年二葉と共に移籍し、天才バカボン忍者ハットリくん似の愛敬ある風貌で人気者に。「松浦たけお」と名乗っていた時期もある。ギター演歌の節は一級品だったが、病魔に倒れ2005年頃、引退。

全盛期ふくめ、上記メンバーの期間が長く、事実上の正規メンバーである。

他メンバー
  • 伊丹明(いたみ あきら):前三味線担当。曲師の第一人者として活躍中。日本浪曲協会所属。
  • 仲俊二(なか しゅんじ):ギター担当。1947年生まれ。北海道出身。前職は錦糸町のギター流しで、持ち歌『女泣かせの錦糸町』がある。松浦引退後入ったが、入って1年立たず脳溢血で倒れ引退。
  • 玉川平助(たまがわ へいすけ):2代目リーダー。1941年生まれ。愛知県出身。1971年、玉川カルテットに運転手兼マネージャーで採用される。曲師の吉野静の実弟。病気により引退。
  • 玉川平次(たまがわ へいじ):3代目リーダー。2010年加入。元マネージャー。
  • 玉川玉太郎(たまがわたまたろう):4代目リーダー。2011年加入。玉川カルテットのメンバーとして活動する場合の名義である。
  • 上原和(うえはら かず):ギター担当。2010年に仲俊二の後任として加入。
  • 玉川平太郎:5代目リーダー。玉川ゆたかの弟子。2013年に加入。

来歴[編集]

1961年3代目玉川勝太郎門下の玉川ゆたかが、夫婦浪曲漫才コンビ「玉川兄弟」を結成。1962年に伊丹明が加入し「玉川トリオ」となる。間もなく伊丹が脱退し、天津羽衣門下から松木ぽん太が加入。1965年に二葉しげるが加入し「玉川カルテット」が成立。同年「あきれたトリオ」(後のあきれたダンディーズ)から松浦武夫が加入し、入れ替わりで玉川ゆたか夫人が脱退。

1996年にリーダーの玉川ゆたかが死去。グループ解散の危機に瀕するも、同年6月に運転手兼マネージャーの玉川平助を形式上の新リーダーに昇格させ、活動存続。

1998年大瀧詠一のプロデュースで『列島どっきり宅配便』(テレビ東京系)の番組テーマ曲『玉カルのアンアン小唄』をリリース。22年振りの新曲だった。

2005年に松浦が病に倒れ脱退。同年4月に仲俊二が加入。 2010年に病弱の仲俊二と入れ替わりで、上原和が加入。 2010年に病気の玉川平助と入れ替わりで、玉川平次が加入。 2011年に玉川玉太郎(イエス玉川)が新リーダーとなる。

2013年に横浜にぎわい座にて「玉川カルテット最後の公演」を行い解散。 イエス玉川が2月に抜けたことにより、このメンバーでの玉川カルテットの活動は最後ということであり、3月からは新リーダー、玉川平太郎が加入し、従来通り玉川カルテットとして全国各地で活動している。現在は株式会社ファミリーアーツが営業窓口となっている。 この件に関して、「玉川」の名跡を預かる玉川勝太郎三代目本家とトラブルになっている。

出演番組[編集]

受賞歴[編集]

  • 1975年 放送演芸大賞 ボーイズ部門

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ No.36 玉川 豊(たまがわ ゆたか) - ACC 公益財団法人 荒川区芸術文化振興財団
  2. ^ 唯二郎「実録 浪曲史」巻末 最新浪曲家系図で確認。