田宮五郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
たみや ごろう
田宮 五郎
本名 柴田 英晃
しばた ひであき
別名義 田宮 英晃
たみや ひであき
生年月日 (1967-01-13) 1967年1月13日
没年月日 (2014-11-06) 2014年11月6日(満47歳没)
出生地 日本の旗 日本東京都
死没地 日本の旗 日本東京都
身長 186cm
血液型 O型
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 2006年 - 2014年
活動内容

2006年:俳優デビュー

2012年:くも膜下出血発症
配偶者 なし(離婚歴有)
著名な家族 田宮二郎(父)
藤由紀子(母)
柴田光太郎(兄)
事務所 キャストパワー
主な作品

テレビドラマ
功名が辻
孤独の賭け〜愛しき人よ〜
千の風になって ドラマスペシャル ゾウのはな子
ドラマスペシャル 暴れん坊将軍
水戸黄門
官僚たちの夏

七人の敵がいる! 〜ママたちのPTA奮闘記〜

映画
カンナさん大成功です!

カムイ外伝

田宮 五郎(たみや ごろう、1967年1月13日 - 2014年11月6日)は、日本俳優。本名、柴田 英晃(しばた ひであき)[1]。旧芸名、田宮 英晃(たみや ひであき)。

東京都出身。東京農業大学農学部畜産学科卒業[1]。身長186cm[2]体重85kg[要出典]。スリーサイズはB97・W87・H104[2]。靴のサイズは29cm[2]。趣味・特技はトロンボーンピアノ[2]

父は俳優の田宮二郎。母は元女優の藤由紀子。兄は俳優・教師の柴田光太郎[1]離婚歴あり(詳細は後述)。芸名の姓は父親の芸名「田宮二郎」、名は父の本名「吾郎」に因んでいる[1]。また、父・田宮二郎の代表作『白い巨塔』での役名が「財前五郎」であることも意識されていると言われるが関連は全く無い[要出典]

2006年2月、高瀬プロダクションに所属、芸能界入りし、同年7月1日、NHK土曜ドラマ『人生はフルコース』で芸能界にデビュー。2007年3月、ABeBe(現・アベベネクスト)に移籍。2011年、キャストパワーに移籍。主にテレビドラマで活躍[3]

目の表情、ゆっくりした話し方など父・二郎の面影を髣髴とさせる。またその容貌も、父親譲りの甘いマスクにニヒルな影を漂わせ、186cmという長身に恵まれて、多くの体験を積み人間的深みを得た俳優としてこれからが大いに期待されていたが[4]2012年4月にくも膜下出血で倒れ、病気療養の末に[5]2014年11月6日に急死。

略歴[編集]

人物[編集]

幼少時から俳優を志していたが[1]、「俳優になるなら人間を知ってから」との父・二郎の遺言を守り、大学在学中から日本語教師や住み込みの新聞配達、料理人、大工、造園業、司法書士事務、記者[8]など60種類以上に及ぶ職業を経験[9]。記者としては1997年に女子プロレスラーデビュー時の千春の密着取材も担当している[10]。飲食業では2002年6月から2003年4月まで大田市場正門前にて「喰処かぶき」を経営[11][12]

28歳の時に中尾彬と結婚したものの約8年後に離婚。中尾の姪との間に1女をもうけている[13][14]

2006年、39歳の時に「田宮英晃」名義で『人生はフルコースコック役で俳優デビュー、その時の「TVフェイス」『朝日新聞』7月15日付朝刊、12版、23面によると、子供の頃から二郎に「俳優は演じる役の本質を分からなくてはだめだ」と言われてきて、前述の通りに二郎の言葉を身を持って体験するために十指に余る職業を経験、遅い俳優デビューは二郎の遺言を最上級に完璧を目指した結果でもあり、「単なる二枚目でなく、悪の部分を表現できる俳優」の二郎を目標として、初演技で俳優に必要なのは「精神の筋肉」と知って、「それには場数を踏むこと。僕には時間がないので何でもやります。」と語っている。その後ラジオドラマ『青春アドベンチャー ウォーターマン』にケビン役で、テレビドラマ『功名が辻』に黒田長政役でそれぞれ出演。

2007年3月13日、父の没年齢に近づき、ついに「急がなければ」と[15]、本格的に俳優活動をすることを宣言し、芸名を「田宮五郎」に改名する[1]。TBSドラマ『孤独の賭け〜愛しき人よ〜』で、伊藤英明演じる主人公とライバル関係になる投資ファイナンス会社常務という冷徹なビジネスマン役での大役に抜擢され[1]注目される[16]。31日にはTBS『オールスター感謝祭'07 超豪華!クイズ決定版』の「赤坂5丁目ミニマラソン」にも参加9位。

2009年、『水戸黄門』に出演。同作品の撮影見学に訪れていた劇作家・脚本家・演出家・作曲家・俳優・映画研究者・振付師の大野裕之によると、「周りに気を使われる方。」だったという[17]

2012年4月12日、東京都内の自宅で役作りのため筋力トレーニング中にくも膜下出血で倒れて緊急搬送され、翌13日に8時間に及ぶ手術を受けた。術後の4日間は昏睡状態が続き生死の境をさまよったが、その後左半身に麻痺が残り[14]リハビリを開始するまでに回復した。五郎には腎臓病による高血圧の持病があったという。しかしレギュラー出演していた『七人の敵がいる! 〜ママたちのPTA奮闘記〜』は途中降板した(代役は冨家規政が務めている)[18]

同年7月にはリハビリ専門病院に転院、12月には退院した事が報じられている。車いすの使用から杖を使っての歩行が可能になったという。退院の際には交際が発覚した浅野ゆう子も付き添っている。復帰を目指して今後もリハビリを継続する、としていた[19]

2014年11月2日、早朝に交際中の浅野ゆう子の自宅で[20]、くも膜下出血で倒れ、東京都内の病院に入院していたが、浅野に看取られ11月6日未明に死去[21]。47歳没。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオドラマ[編集]

映画[編集]

その他のテレビ番組[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g “故田宮二郎さん二男40歳俳優デビュー”. スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社). (2007年3月13日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/archive/2007archive/KFullNormal20070313034.html 2014年12月31日閲覧。 
  2. ^ a b c d 田宮五郎 | キャストパワー”. キャストパワー. 2014年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月11日閲覧。
  3. ^ “俳優・田宮五郎さん死去 最後まで現場復帰に意欲”. テレ朝news (テレビ朝日). (2014年11月10日). http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000038500.html 2015年4月13日閲覧。 
  4. ^ 沢山の経験を糧に俳優デビュー|俳優 田宮五郎さん/新聞奨学生通信/新聞奨学生コラム”. アドエイト. 2014年11月11日閲覧。 “目の表情、ゆっくりした話し方など田宮二郎さんの面影を髣髴とさせる田宮さん。またその容貌も、父親譲りの甘いマスクにニヒルな影を漂わせ、1メートル86センチという長身に恵まれている。それに加えて、多くの体験を積み人間的深みを得た俳優としてこれからが大いに期待される。”と記述。
  5. ^ “訃報:田宮五郎さん47歳=俳優、故田宮二郎さん次男”. 毎日新聞 (毎日新聞社): p. 27. (2014年11月10日). オリジナル2014年11月12日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20141112144801/http://mainichi.jp/select/news/20141111k0000m060038000c.html 2014年12月12日閲覧。 
  6. ^ 田宮 英晃”. 高瀬プロダクション. 2009年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年12月9日閲覧。 “このたび、高瀬プロダクションにおいて本格的に俳優として活動していくことになりました、今は亡き父・俳優 田宮二郎の次男、田宮英晃です。未熟者ではありますが、今後もより一層精進してまいりますので、ご指導、ご支援をよろしくお願い申し上げます。2006年2月吉日 田宮 英晃”
  7. ^ ABeBe 田宮五郎”. アベベネクスト. 2009年8月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月11日閲覧。
  8. ^ 「冥福祈念スペシャル 〜名言&証言で振り返る〜 2014年下半期 天に召されたあの人の心に残るエピソード 俳優 田宮五郎さん 偉大な父の教えを守った風変わりな役者人生」、『週刊女性』第59巻第1号、主婦と生活社2014年12月16日、 39頁。
  9. ^ 沢山の経験を糧に俳優デビュー|俳優 田宮五郎さん/新聞奨学生通信/新聞奨学生コラム”. アドエイト. 2014年11月11日閲覧。 “その父が「俳優になるなら人間を知ってから」との遺言を残した。田宮さんはそれを守り、様々な職業を経験したという。大学在学中から、日本語教師、大工、造園業、料理人など、なんとその数は60種以上にのぼり、住み込みの新聞配達も経験している。”と記述。
  10. ^ 千春(アイスリボンはっぴぃりんぐあな)2014年11月10日の発言
  11. ^ 柴田光太郎 (2002年12月31日). “大晦日”. 柴田光太郎 official Web site. 2015年7月17日閲覧。
  12. ^ 柴田光太郎 (2003年4月26日). “エピローグ”. 柴田光太郎 official Web site. 2015年7月17日閲覧。
  13. ^ 浅野ゆう子 同棲相手・田宮五郎が逝去。結婚を阻んだ“偏愛”週刊女性)2014年11月18日更新
  14. ^ a b 「独占! 追悼秘話 長男・柴田光太郎が語る(父)田宮二郎と(弟)五郎 弟は父のように頑張って…」、『サンデー毎日』第93巻第56号、毎日新聞出版、2014年12月14日、 147頁、 ISSN 00395234
  15. ^ 沢山の経験を糧に俳優デビュー|俳優 田宮五郎さん/新聞奨学生通信/新聞奨学生コラム”. アドエイト. 2014年11月11日閲覧。 “父の亡くなった年齢に近づき、ついに「急がなければ」”と記述。
  16. ^ 沢山の経験を糧に俳優デビュー|俳優 田宮五郎さん/新聞奨学生通信/新聞奨学生コラム”. アドエイト. 2014年11月11日閲覧。 “今、放映中のTBSの人気ドラマ「孤独の賭け〜愛しき人よ〜」(4月12日スタート 木曜後10・00)で冷徹なビジネスマン役で注目されている田宮五郎さん”と記述。
  17. ^ 大野裕之2014年11月11日の発言
  18. ^ デイリースポーツonline (2011年5月21日). “田宮五郎、くも膜下出血から生還”. 2012年12月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月27日閲覧。
  19. ^ 田宮五郎 極秘退院していた!「杖を使って歩けるように…」」、『女性自身』第56巻第2号、光文社、2012年12月24日2014年11月27日閲覧。
  20. ^ “田宮五郎さん、交際中の浅野ゆう子に看取られ死去”. サンケイスポーツ. (2014年11月11日). http://www.sanspo.com/geino/news/20141111/oth14111105000008-n1.html 2014年12月2日閲覧。 
  21. ^ “田宮五郎さん くも膜下出血で死去”. デイリースポーツ. http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/11/10/0007491152.shtml 2014年11月10日閲覧。 
  22. ^ NHKアーカイブス保存番組検索結果詳細 こんなステキなにっぽんが「りんごの花 咲くころ~青森市~」”. NHK. 2014年11月11日閲覧。 “【旅人】俳優・田宮五郎”