田島真吾

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田島 真吾(たじま しんご、1955年4月27日 - )は、東京都出身の俳優

人物・来歴[編集]

  • 本名・田島 信一
  • 身長:178cm。体重:67kg。血液型:O型。趣味:料理。特技:英会話。
  • 兄弟姉妹はいなく一人っ子で育ち、中学生から高校生にかけては野球少年であった[1]
  • 1977年(昭和52年)、『忘れてください』の作品で歌手として芸能界デビューする。
  • 歌手活動をしている一方、バラエティにも進出し、同年、TBSのバラエティ番組「ぎんざNOW!」の木曜日の司会を務めた。それらが認められ、俳優に転向した[2]
  • 1988年(昭和63年)、知り合いの実業家に誘われ 俳優を引退して事業に参加する[2]
  • 1993年(平成5年)、事業に参加していた会社が倒産し 俳優に復帰する[2]
  • 俳優の復帰後は、映画を中心に活動する。
  • 俳優の復帰後の映画出演作のひとつである「イルカに逢える日」では、船酔いばかりしている中年男性の役をコミカルに演じた。
  • 名前の漢字は「真悟」「慎吾」「慎悟」と誤表記されている場合がある。
  • 芸能事務所所属経歴は、「東映俳優センター」 → 「ケイエンタープライズ」 → 「吉田裕史事務所」 → 「オフィストザワ」 → 「ケイマネジメントオフィス」
  • 好青年やエリートといった感じの役どころが多く、二枚目俳優として鳴らした。
  • TBSの刑事ドラマ「明日の刑事」で共演した鈴木ヒロミツに何から何まで親切に面倒みてくれており、「焼鳥食べながら梅割飲むのを教えてくれたのもヒロミツさん。感謝、感謝。」とありがとうの意を述べている[1]

出演歴[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

  • 爆走トラッカー軍団(5) 激闘!・香港マフィアVS女トラッカー」(1994年5月27日・ケイエスエス
  • 「イルカに逢える日」(1994年11月5日・ヒーロー
  • 「日本一短い「母」への手紙」(1995年11月23日・東映
  • 「お日柄もよくご愁傷様」(1996年2月24日・東映
  • 「Morocco 横浜愚連隊物語」(1996年5月4日・ムービーブラザース)
  • 修羅がゆく(3)・九州ヤクザ戦争」(1996年5月25日・KnacK)
  • 「新宿の顔 新宿愚連隊物語」(1997年3月15日・ムービーブラザース)
  • 「借王 シャッキング」(1997年10月11日・日活
  • 友情 Friendship」(1998年5月16日・ムービーブラザース)
  • 「新・極道渡世の素敵な面々 きりとりブルース」(1999年10月23日・ムービーブラザース)

バラエティ[編集]

レコード(シングル)[編集]

  • 「忘れてください(A面)/麦と少年(B面)」(1977年4月25日・プレイボーイ・PB-603)
  • 「僕は40℃(A面)/潮風の中で(B面)」(1977年8月10日・プレイボーイ・PB-607)
  • 「ヴァイオレット・ラブ(A面)/愛のレッスン(B面)」(1978年2月25日・トリオ・3B-125)
  • 「白い靴(A面)/そして誰もいなくなった(B面)」(1978年9月25日・トリオ・3B-143)

写真集[編集]

  • 「田島真吾 写真集・モノローグ(MONOLOGUE)」(1978年10月・株式会社ペップ出版)

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 「田島真吾 写真集・モノローグ(MONOLOGUE)」(1978年10月・株式会社ペップ出版) 41・53・58・65・84・94・96頁。
  2. ^ a b c 「テレビ・タレント人名事典(第2版)」(1995年7月27日・日外アソシエーツ株式会社) 523〜524頁。