皇居東御苑

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国土交通省提供の航空写真に見る皇居東御苑付近。1989年撮影。皇居外苑に隣接している。(写真下方向。)

皇居東御苑(こうきょひがしぎょえん)は、東京都千代田区皇居の東側に付属している広さ約21ヘクタール庭園宮内庁の管轄。皇宮警察がある。

歴史[編集]

当地はかつての江戸城本丸二の丸三の丸跡に位置し、少し離れた場所の西の丸を含めた、この範囲のことを江戸城といった。

明治時代から戦前までは宮内庁や皇室関連の施設があった。戦後の1963年特別史跡に指定され、1968年10月1日から一般に公開されるようになった。

苑内は緑豊かな雑木林に日本庭園や皇室関連の施設、江戸城の遺構など歴史的な史跡も見ることができ、国内のみならず海外からの旅行者も多く訪れる。

2014年7月27日、開園以来の来場者数が2500万人を達成[1]

主な施設[編集]

  • 三の丸尚蔵館…宮内庁所管の美術品、絵画など貴重な品々を展示している。1993年開館。入館料は無料。
  • 宮内庁書陵部庁舎…40万点に及ぶ皇室の古文書と全国に存在する陵墓の管理を行っている。
  • 宮内庁楽部庁舎
  • 桃華楽堂…香淳皇后の還暦を祝い、1966年に建てられた音楽堂。
  • 同心番所…同心が江戸城へ登城する大名の供を監視した。以前はこの番所の前に橋があり、御三家を除くすべての大名・役人はここで乗り物から降りて徒歩で本丸へ登った。
  • 百人番所…本丸・二の丸へ続く大手三之門を警護していた門。鉄砲百人組と呼ばれる甲賀組・伊賀組・根来組・二十五騎組の同心100人が昼夜交代で警護に当たった。
  • 大番所…本丸へと通じる中之門警備のための詰所で、最後の番所であり、位の高い与力・同心によって警護されていたとされる。
  • 諏訪の茶屋
  • 富士見櫓…現在のものは明暦の大火の後(1659年)に再建されたもの。江戸城の天守は、明暦の大火で焼失した後に再建されることがなかったので、それ以後、江戸城のほぼ中央に位置していたこの富士見櫓を天守の代わりにした。
  • 松の廊下
  • 天守台(江戸城天守跡)…本丸の北端に位置している。最初の天守は1607年に完成し、このときの天守台は少し南にあった。3代将軍家光が大改修を行い、最終的な完成をみたのは1638年。このとき、現在の天守台ができた。天守は、外観5層、内部6階建てで、天守台を含めた高さが58mであり、天気が良ければ房総半島からでも見ることができたという。しかし、明暦の大火で焼失してしまい、再建策もあったが、家光の弟である保科正之(会津松平家藩主)の反対により再建は延期され、それ以後天守は建設されなかった。

ギャラリー[編集]

アクセスなど[編集]

  • 当苑へは、大手門・平川門・北桔橋門の各門より出入りする。利用可能駅は以下の通り。
  • 入苑料:なし(無料)。
  • 開苑日:原則として月曜日と金曜日以外の各日に開苑している(天皇誕生日以外の祝日の場合は開苑。月曜日が祝日の場合は翌火曜日が閉苑)。その他、天皇誕生日、年末年始(12月28日から翌年1月3日)や臨時に閉苑する日あり。
  • 開苑時間:午前9時から午後4時45分(4月15日から8月末日)、午前9時から午後4時15分(3月1日から4月14日、9月1日から10月末日)、午前9時から午後3時45分(11月1日から2月末日まで)いずれも、入苑は閉苑の15分前まで。
  • 入苑者が定員超過した場合、一時的に入苑を中止することがある。

脚注[編集]

  1. ^ 皇居・東御苑入園者 2500万人到達(msn産経、2014年7月29日)

関連項目[編集]

外部サイト[編集]