縁起

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縁起(えんぎ、: pratītya-samutpāda, プラティーティヤ・サムトパーダ: paṭicca-samuppāda, パティッチャ・サムッパーダ)とは、仏教の基本的教説で、他との関係が縁となって生起すること[1]。全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立しているものであって独立自存のものではなく、条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるということを指す[1]。因縁生、縁生、因縁法ともいう[1]

開祖である釈迦は、「此(煩悩)があれば彼()があり、此(煩悩)がなければ彼(苦)がない、此(煩悩)が生ずれば彼(苦)が生じ、此(煩悩)が滅すれば彼(苦)が滅す」という、煩悩と苦の認知的・心理的な因果関係としての此縁性縁起(しえんしょうえんぎ)を説いたが、部派仏教大乗仏教へと変遷して行くに伴い、その解釈が拡大・多様化・複雑化して行き、様々な縁起説が唱えられるようになった[要出典]

概要[編集]

仏教の縁起は、釈迦が説いたとされる、

此があれば彼があり、此がなければ彼がない、此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば彼が滅す

という命題に始まる。これは上記したように、煩悩と苦の因果関係としての此縁性縁起(しえんしょうえんぎ)であり、それをより明確に説明するために、十二因縁(十二支縁起)や四諦八正道等も併せて述べられている。

部派仏教の時代になると、膨大なアビダルマ(論書)を伴う分析的教学の発達に伴い、衆生(有情、生物)の惑業苦・輪廻の連関を説く業感縁起(ごうかんえんぎ)や、現象・事物の生成変化である有為法(ういほう)としての縁起説が発達した。

大乗仏教においては、中観派の祖である龍樹によって、説一切有部等による「縁起の法」の形式化・固定化を牽制する格好で、徹底した相互依存性を説く相依性縁起(そうえしょうえんぎ)が生み出される一方、中期以降は、唯識派の教学が加わりつつ、再び衆生(有情、生物)の内部(すなわち、「仏性如来蔵」「阿頼耶識種子」の類)に原因を求める縁起説が発達していく。7世紀に入り密教金剛乗)の段階になると、曼荼羅に象徴されるように、多様化・複雑化した教学や諸如来・菩薩を、宇宙本体としての大日如来を中心に据える形で再編し、個別性と全体性の調和がはかられていった。

歴史的変遷[編集]

初期仏教[編集]

経典によれば、釈迦は縁起について、

私の悟った縁起の法は、甚深微妙にして一般の人々の知り難く悟り難いものである。

— [2]

と述べた。またこの縁起の法は、

わが作るところにも非ず、また余人の作るところにも非ず。如来(釈迦)の世に出ずるも出てざるも法界常住なり。如来(釈迦)は、この法を自ら覚し、等正覚(とうしょうがく)を成じ、諸の衆生のために分別し演説し開発(かいほつ)顕示するのみなり

と述べ、縁起はこの世の自然の法則であり、自らはそれを識知しただけであるという。

縁起を表現する有名な詩句として、『自説経』では、

此があれば彼があり、此がなければ彼がない。此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば彼が滅す。

— 小部経典『自説経』(1, 1-3菩提品)

と説かれる。

この此縁性縁起(しえんしょうえんぎ)の命題は、「彼」が「此」によって生じていることを示しており、この独特の言い回しは、修辞学的な装飾や、文学的な表現ではなく、前後の小命題が論理的に結び付けられていて、「此があれば彼があり」の証明・確認が、続く「此がなければ彼がない」によって、「此が生ずれば彼が生じ」の証明・確認が、「此が滅すれば彼が滅す」によって、それぞれ成される格好になっている。

既述の通り、この「此」と「彼」とは、煩悩を指しており、その因果関係は、十二因縁[注釈 1]四諦としても表現されている。

また、この因果関係に則り、煩悩を発見し滅することで苦を滅する実践法(道諦)として、八正道三学等が、説かれている。

また、上記した人間の内面、心理的・認知的側面に焦点を当てた此縁性の他に、

およそ生ずる性質のものは、全て滅する性質のものである

といった、後に部派仏教で(「不相応行法」を含む)有為法(ういほう)として分析対象となったり、大乗仏教で諸行無常の拡張的な意味として理解されるような、より広い意味での縁起も、初転法輪[3]から『大般涅槃経』に至るまで、繰り返し述べられていることも、憶えておく必要がある。

(したがって、分別的に言えば、仏教には元々、「縁起(現象)的現実」全般を表現する「有為法」的な「大きな縁起」と、人間(有情)の認知的・心理的な「煩悩と苦」の因果関係としての「此縁性」的な「小さな縁起」という、大きく分けて2種類の縁起説があるとも表現できるが、両者は「人間の認知的・心理的な縁起も、「縁起(現象)的現実」の一部・一環である」とか「「縁起(現象)的現実」も人間の認知的・心理的な縁起によって形作られたものに過ぎない」といったように、それぞれ一方が他方を包含・吸収できる関係にあるため、両者の区別は必ずしも自明ではない。実際、特に後世の大乗仏教においては、両者の区別は極めて曖昧になる。)

以上の初期仏教の内容をまとめると、ありのままの縁起(現象)的現実に対する無明(無知)に端を発する、煩悩習慣を背景とした、特定の事物・概念への愛着・執着(という本来的には誤認的・錯誤的な態度)によって、それが得られなかったり失われたりする(と錯覚した)自己原因的な苦しみ(苦)を繰り返す自縄自縛状態から抜け出すために、戒律によって習慣的態度を改め、禅定観想を通して「自分の認知的なあり方」や縁起(現象)的現実に対する理解・知見(智慧)を深め、無明(無知)という根本的原因を克服し、自縄自縛の苦しみ(苦)の連鎖を断ち、そこから脱することの推奨ということになる。

特定の概念的認識への囚われから脱して、ありのままの縁起(現象)的現実を感得することが悟りであり、それによって生死・有無といった二辺の迷い・境涯を超えた解脱(再生の遮断)の境地に至った段階が、修行完成形態としての阿羅漢(果)と呼ばれる。

部派仏教[編集]

部派仏教の時代になり、部派ごとにそれぞれのアビダルマ(論書)が書かれるようになるに伴い、釈迦が説いたとされる「十二支縁起」に対して、様々な解釈が考えられ、付与されていくようになった。それらは概ね、衆生(有情、生物)の(カルマ)を因とする「惑縁(煩悩)・業因→苦果」すなわち惑業苦(わくごうく)の因果関係と絡めて説かれるので、総じて業感縁起(ごうかんえんぎ)と呼ばれる。

有力部派であった説一切有部においては、「十二支縁起」に対して、『識身足論』で 「同時的な系列」と見なす解釈と共に「時間的継起関係」と見なす解釈も表れ始め、『発智論』では十二支を「過去・現在・未来」に分割して割り振ることで輪廻のありようを示そうとするといった(後述する「三世両重(の)因果」の原型となる)解釈も示されるようになるなど、徐々に様々な解釈が醸成されていった。そして、『婆沙論』(及び『倶舎論』『順正理論』等)では、

  • 刹那縁起(せつなえんぎ)--- 刹那(瞬間)に十二支全てが備わる
  • 連縛縁起(れんばくえんぎ)--- 十二支が順に連続して、無媒介に因果を成していく
  • 分位縁起(ぶんいえんぎ)--- 五蘊のその時々の位相が十二支として表される
  • 遠続縁起(えんばくえんぎ)--- 遠い時間を隔てての因果の成立

といった4種の解釈が示されるようになったが、結局3つ目の分位縁起(ぶんいえんぎ)が他の解釈を駆逐するに至った。説一切有部では、この分位縁起に立脚しつつ、十二支を過去・現在・未来の3つ(正確には、過去因・現在果・現在因・未来果の4つ)に割り振って対応させ、過去→現在(過去因→現在果)と現在→未来(現在因→未来果)という2つの因果が、過去・現在・未来の3世に渡って対応的に2重(両重)になって存在しているとする、輪廻のありようを説く胎生学的な「三世両重(の)因果」が唱えられた。

(なお、この説一切有部の三世両重(の)因果と類似した考え方は、現存する唯一の部派仏教である南伝の上座部仏教、すなわちスリランカ仏教大寺派においても、同様に共有・継承されていることが知られている[4]。)

これはつまり、「前世の無明・行によって今生の自分の身体・感覚・認識(すなわち総体としての存在)が生じ、今生の愛着・執着によって再び来世へと生まれ変わっていく」という輪廻の連鎖を表現している。こうした輪廻を絡めた解釈・説明は、各種の経典で言及されている四向四果の説明(すなわち、一度だけ欲界に生まれ変わる一来果、二度と欲界に生まれ変わらない不還果、涅槃への到達を待つだけの阿羅漢果といった修行位階の説明)や、『ジャータカ』のような釈迦の輪廻譚など、釈迦の初期仏教以来、仏教教団が教義説明の前提としてきた輪廻観とも相性がいいものだった。

三世両重(の)因果
過去因→現在果 現在因→未来果
無明 愛・取
名色・六処・触・受 老死

また、説一切有部では、こうした衆生(有情、生物)のありように限定された業感縁起だけではなく、『品類足論』に始まる、「一切有為」(現象(被造物)全般、万物、森羅万象)のありようを表すもの、すなわち「一切有為法」としての縁起の考え方も存在し、一定の力を持っていた(参考 : 五位七十五法)。

一般的に因(いんねんしょうき)の有為法として説明される縁起説[5][出典無効]もその一形態である。これは、ある結果が生じる時には、直接の原因(近因)だけではなく、直接の原因を生じさせた原因やそれ以外の様々な間接的な原因(遠因)も含めて、あらゆる存在が互いに関係しあうことで、それら全ての関係性の結果として、ある結果が生じるという考え方である。

なお、その時の原因に関しては、数々の原因の中でも直接的に作用していると考えられる原因のみを「因」と考え、それ以外の原因は「縁」と考えるのが一般的である。

因縁生起

大乗仏教[編集]

大乗仏教においても、部派仏教で唱えられた様々な縁起説が批判的に継承されながら、様々な縁起説が成立した。

ナーガールジュナ(龍樹)は、『般若経』に影響を受けつつ、『中論』等で、説一切有部などの法有(五位七十五法)説に批判を加える形で、有為(現象、被造物)も無為(非被造物、常住実体)もひっくるめた、徹底した相依性(そうえしょう、相互依存性)としての縁起、いわゆる相依性縁起(そうえしょうえんぎ)を説き、中観派、及び大乗仏教全般に多大な影響を与えた[要出典]

中村元によれば、中論の主張する縁起は、有部の縁起論とは著しく相違するが、後世中国の華厳宗の法界縁起の思想には非常に類似しているという[6]。法界縁起の説においては、有為法・無為法を通じて一切法が縁起していると説かれるが、その思想の先駆は中論に見いだされるという[6]

大乗仏教では、概ねこうした、有為(現象、被造物)も無為(非被造物、常住実体)もひっくるめた、壮大かつ徹底的な縁起観を念頭に置いた縁起説が 、醸成されていくことになるが、こうした縁起観やそれによって得られる無分別の境地、そして、それと対照を成す分別等に関しては、いずれもそうした認識の出発点としての心・識なるものが、隣り合わせの一体的な問題・関心事としてついてまわることになるので、(上記の部派仏教(説一切有部)的な「業感縁起」等とは、また違った形で)そうした心・識的なものや、衆生のありようとの関連で、縁起説が唱えられる面がある。(大乗仏教中期から特に顕著になってくる、仏性如来蔵の思想や、唯識なども、こうした縁起観と関連している。)

主なものとしては、

  • 唯心縁起(ゆいしんえんぎ)--- 『華厳経十地品で説かれる、三界(欲界・色界・無色界)の縁起を一心(唯心)の顕現として唱える説(三界一心、三界唯心)。
  • 頼耶縁起(らやえんぎ)--- 『解深密経』で説かれる、阿頼耶識(あらやしき)からの縁起を唱える説。
  • 真如縁起(しんにょえんぎ)・「如来蔵縁起」(にょらいぞうえんぎ)---一切有為(現象(被造物)全般、万物、森羅万象)は、真如仏性如来蔵)からの縁によって生起するという説。馬鳴の名に擬して書かれた著名な中国撰述論書である『大乗起信論』に説かれていることでも知られる。

などがある。

また、 真言宗修験道などでは、インドの六大説に則り、万物の本体であり、大日如来の象徴でもある、地・水・火・風・空・識の「六大」によって縁起を説く六大縁起(ろくだいえんぎ)などもある。

その他[編集]

機縁説起[編集]

華厳宗では縁起を、機縁説起という意味に解する[1]。この「機」は人間・衆生を意味し、「縁起」は人の素質の良し悪しに応じて説を起こすことを意味する[1]。縁起因分という。これは、さとりは、言語や思惟をこえて不可説のものであるが、衆生の機縁に応じるため、この説けないさとりを説き起こすことをさす[要出典]

その他の用法[編集]

本記事で解説した仏教用語としての用法の他に、次のような用法もある。

  1. 事物の起源、沿革。由来[7]
  2. 社寺などの由来または霊験などの伝説[7]。寺社縁起、縁起絵巻、縁起状など。
  3. 吉凶の前兆[7]。「縁起を担ぐ」、「縁起が良い」、「縁起が悪い」、縁起物縁起直し、縁起棚など。

注釈・出典[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 初期の経典によれば、釈迦は常に十二という数でばかり説いたわけではなく、縁起支の数については、二支・六支・九支・十支などと数は不定である。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 中村元 『広説仏教語大辞典』上、東京書籍、2001年6月、137頁。
  2. ^ 『南伝大蔵経』12巻、234頁[要追加記述]
  3. ^ パーリ仏典』律蔵大品[要追加記述]
  4. ^ 馬場紀寿 「三世両重因果の成立 - 上座部大寺派の縁起支定義 」 『印度學佛教學研究』 51(2), pp.834-832, 2003-03-20。
  5. ^ 縁起とは - 世界大百科事典/コトバンク
  6. ^ a b 中村元 『龍樹』 講談社〈講談社学術文庫〉、pp194-196。
  7. ^ a b c 新村出(編) 『広辞苑』 岩波書店、1986年10月、第三版、274頁。

関連項目[編集]