胆沢郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
日本 > 東北地方 > 岩手県 > 胆沢郡
岩手県胆沢郡の範囲(緑:金ケ崎町 薄緑:一時他郡に編入された区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

胆沢郡(いさわぐん)は、岩手県陸奥国陸中国)の

人口15,826人、面積179.76km²、人口密度88人/km²。(2016年10月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

明治11年(1878年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町に奥州市の一部(北上川以西)を加えた地域にあたる。

なお、金ケ崎町六原はもともと本郡の所属だったが、1878年以降、東和賀郡・胆沢郡・北上市・胆沢郡と変遷している。

歴史[編集]

近世以降の沿革[編集]

上衣川村、下衣川村、白鳥村、前沢村、目呂木村、上麻生村、関村、中畑村、小山村、六日入村、中野村、下姉躰村、上姉躰村、堤尻村、須江村、瀬台野村、安土呂井村、四丑村、茄子川村、下河原村、八幡村、佐野村、三ヶ尻村、相去村、西根村、永沢村、百岡村、永徳寺村、上葉場村、栃木村、北下葉場村、塩竈村、南下葉場村、柳田村、新里村、若柳村、都鳥村

町村制以降の沿革[編集]

1.水沢町 2.前沢町 3.佐倉河村 4.真城村 5.姉体村 6.白山村 7.古城村 8.衣川村 9.小山村 10.南都田村 11.若柳村 12.永岡村 13.金ケ崎村 14.相去村(赤:奥州市 紫:北上市 橙:金ケ崎町)
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。特記以外は全域が現・奥州市。(2町11村)
    • 水沢町 ← 塩竈村、北下葉場村、常盤村[安土呂井のうち一葉起・肥後起・三本木]
    • 前沢町 ← 前沢村、白鳥村、稲置村[目呂木]
    • 佐倉河村 ← 宇佐村、下河原村、満倉村、常盤村[四丑・茄子川、安土呂井のうち水沢町編入分以外]
    • 真城村 ← 中野村、秋成村[須江・堤尻]、常盤村[瀬台野]
    • 姉体村 ← 秋成村[上姉体]、白山村[下姉体]
    • 白山村 ← 白山村[六日入]、稲置村[上麻生]
    • 古城村 ← 古城村、稲置村[関]
    • 衣川村 ← 上衣川村、下衣川村
    • 小山村(単独村制)
    • 南都田村 ← 南下葉場村、都鳥村、東田村[柳田]
    • 若柳村 ← 若柳村、東田村[新里]
    • 永岡村 ← 永栄村、永沢村(現・金ケ崎町)
    • 金ヶ崎村 ← 西根村、三ヶ尻村(現・金ケ崎町)
  • 明治30年(1897年)4月1日
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会を廃止。残務処理のため郡役所は存置。
  • 大正14年(1925年)9月1日 - 金ヶ崎村が町制施行して金ヶ崎町となる。(3町11村)
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和29年(1954年
  • 昭和30年(1955年
    • 3月1日 - 金ヶ崎町・永岡村が合併し、改めて金ヶ崎町が発足。(2町6村)
    • 4月1日(2町2村)
      • 前沢町・古城村・白山村が東磐井郡生母村と合併し、改めて前沢町が発足。
      • 小山村・南都田村・若柳村が合併して胆沢村が発足。
  • 昭和42年(1967年)4月1日 - 胆沢村が町制施行して胆沢町となる。(3町1村)
  • 平成18年(2006年)2月20日 - 前沢町・胆沢町・衣川村が水沢市・江刺市と合併して奥州市が発足し、郡より離脱。(1町)
  • 平成19年(2007年)10月1日 - 金ヶ崎町が町名表記を金ケ崎町に改定。

変遷表[編集]

行政[編集]

  • 胆沢・江刺郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 出納貞武 明治12年(1879年)1月28日 明治13年(1880年)8月21日
2 直江兼重 明治13年(1880年)10月23日 明治14年(1881年)10月6日
3 板垣四郎 明治14年(1881年)10月7日 明治18年(1885年)12月26日
4 下田栄光 明治19年(1886年)8月25日 明治27年(1894年)3月21日
5 鈴木愿治 明治27年(1894年)3月22日 明治30年(1897年)3月31日 廃官
  • 胆沢郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 鈴木愿治 明治30年(1897年)4月1日 明治35年(1902年)4月22日
2 長谷川四郎 明治35年(1902年)4月22日 明治36年(1903年)7月7日
3 尾形亀寿 明治36年(1903年)7月7日
4 勝俣元長
5 佐土原親則
6 鹿野宏
7 木村友次郎
8 亀山忠之助
9 山田彦四郎 大正15年(1926年)6月30日 郡制廃止により、廃官

脚注[編集]

  1. ^ 明治元年12月23日(1869年2月4日)の「諸藩取締奥羽各県当分御規則」(法令全書通番明治元年太政官布告第1129)に従って設置された県だが、明治政府が権知県事を任命したわけではなく、そのため明治政府の公文書には全く記録が残っておらず、正式な県とは認められていない。
  2. ^ a b 稲置村は、明治8年(1875年)上麻生村・目呂木村・関村の合併により成立。明治22年(1889年)解村し、旧・上麻生村域は白山村へ、旧・目呂木村域は前沢町へ、旧・関村域は古城村へと編入された。

参考文献[編集]

関連項目[編集]