臣民

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索

臣民(しんみん、英:subject)は、君主国において、君主に支配される者としての人民を指す語[1]

概念[編集]

中国文化及び儒学においては、臣と民は全く異なる存在であった。「臣」とは朝廷に仕える士大夫即ち政府高官であり、「民」とは朝廷に統治される民衆であって、皇帝は臣の輔弼のもとに民を統治するものとされた。そのため、行動様式も倫理も、臣と民では根本的に異なっていた。例えば、国家が滅んだ際、民が新国家の民となるのは普通のことであったが、臣がそれを行うと「弐臣」として厳しく批判された。

ヨーロッパの歴史においては臣民の呼称は封建主義から絶対王政へ移る中での近代国民国家形成の重要な意味を持っている[1]。封建主義時代のヨーロッパは身分制のもとにあって身分別特権があり、法的にも社会的にも様々な不平等が存在したが、絶対王政期には国王は特権をとりわけ多く保有する貴族と教会に対して君主権力の絶対性・無制約性(国家主権)を主張することでこれを剥奪した。これによって君主以外のすべての者は君主の臣民として平等化されていった。すなわち臣民とは国民形成の第一段階を成すものだった[1]

日本においても身分制を基礎とした江戸時代が終わって近代に入ると大日本帝国憲法第18条において「日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」と定められ、天皇皇族以外の国民を指す語として使用されるようになった[1]。官僚であれ民衆であれ、同じく天皇に従属すべき者として「臣民」という名称が用いられた[2]。皇族でも軍人としては「臣民」であるとされ、現役海軍将校だった頃の高松宮宣仁親王が、紀元二千六百年式典の際に「臣・宣仁」と称した例がある。戦後になると、日本国憲法国民主権の建前からこの表現を公的に使用するのは避けられるようになった[1]。私的に用いられることも極めて稀で、吉田茂昭和天皇に対し「臣・茂」と称した程度。

イギリスでは「イギリス臣民(British subject)」は現在も公的に国民を指す語として使用され続けている表現である。イギリス国民は「王の臣民=王の保護と臣民の忠誠」という概念のもとにある[3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 世界大百科事典』(1988年版)(平凡社)「臣民」の項目
  2. ^ 牧野英一『刑法に於ける重点の変遷 再版』(有斐閣、1935年)93頁
  3. ^ 神戸史雄 2005, p. 307.

出典[編集]

  • 神戸史雄 『イギリス憲法読本』 丸善出版サービスセンター、2005年(平成17年)。ISBN 978-4896301793。

関連項目[編集]