花柳幻舟

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花柳 幻舟(はなやぎ げんしゅう、生年月日非公表)は舞踊家、作家、フェミニスト。

人物[編集]

2歳で舞台に立ち、旅役者の子であることを理由に転校先の学校でいじめにあう。18歳で結婚して家父長制の矛盾に直面し、夫から自立するために日本舞踊花柳流に入門。花柳流名取となったが家元制度に疑問を感じ、その根源に天皇制があるとの認識を持つにいたって、家元制度打倒の運動を開始。花柳流家元(三世)花柳寿輔を襲撃して包丁で斬りつけ、傷害罪で服役。天皇即位礼の祝賀パレードで爆竹を投げて道路交通法違反(路上危険行為)で罰金の支払いを拒絶し服役。2004年、放送大学を卒業し、その報告をまとめた『小学校中退 大学卒業』を上梓する。

経歴[編集]

京阪神を中心に西日本各地を巡回する劇団の子として大阪市に生まれる。

幻舟は、2、3歳のときから旅回りに連れられて舞台に立った。兵庫県宝塚市立小浜小学校に入学。以後は父との旅回り生活が始まる。旅回り先での教師や同級生からの差別やいじめにあい、保護者参観日などでは教師から「(学校に)こなくていい」と登校を禁じられ、学校でのいじめに耐えられず小学校中退となる。

15歳のおわりごろ、父が旅回りをやめ、父娘2人で就職のために奔走。しかし、幻舟は学歴がないことを理由に断られ続けた。

その後、学歴を高卒と詐称して申告し、建設省近畿地方建設局の第二阪神国道工事事務所に就職、昼は建設省、夜はパチンコ屋、電話交換、飲み屋、キャバレーの歌手、ホステスなど、土曜・日曜はモデル、子守り、犬の散歩などのアルバイトをこなす。18歳の時、建設省の事務所でアルバイトをしていた男にプロポーズされて結婚するが、その後離婚。一時期、歴史学者の羽仁五郎と交際があり、羽仁は幻舟を「僕のガールフレンド」と呼んでいた。

幻舟が出演した映画『秘(まるひ)色情めす市場』は、大阪の飛田界隈に生きる娼婦の姿を描き、周辺の新世界釜ヶ崎界隈の情景・空気と、時代の虚脱感・無気力感を描いた田中登の代表作。原題は『受胎告知』だったが、のちに田中は『日活の意向で無理矢理改題させられた』と説明している。主演は芹明香(丸西トメ役)で、幻舟はその母親・丸西よね役だった。映画のクライマックスでは通天閣が重要な役割を果たしているが、これは幻舟が通天閣社長と旧知の関係だったことで撮影許可が下りたもの。田中は「天の配剤だった」と述懐している。 東京国立近代美術館フィルムセンターに収蔵されている。

事件[編集]

1980年2月21日、幻舟は、東京・千代田区隼町国立劇場の楽屋廊下で花柳流宗家家元三世花柳寿輔の首に「思い知りなさい」と言いながら包丁で斬りつけ、全治2週間の傷を負わせた[1][2]。後に懲役8月の実刑判決を受け栃木刑務所で服役。獄中体験はテレビドラマ化された。

1990年11月12日、天皇即位礼の祝賀パレードが行われた厳戒下の東京・港区南青山の青山一丁目交差点付近(赤坂御所前)で、ボディーチェックを通過した幻舟はカツラをつけ、厚化粧で変装し、ウォークマンで音楽を聞くふりをしてパレードの中継ニュースを聴きながら待ちかまえ、天皇のオープンカーめがけて点火した爆竹約60本の束を投げつけた。

幻舟はその場で現行犯逮捕された。その際、幻舟を奪い取ろうとして暴れた右翼数名が公務執行妨害と傷害罪で逮捕された。道路交通法違反(路上危険行為)と東京都道路交通規制違反の罪に問われ、東京簡易裁判所で罰金4万円の有罪判決が確定。

罰金の支払いを拒否して自ら小菅の東京拘置所で20日間の労役に服し、服役中に英語の習得を目指した。服役中、英語のテキストが閲読不許可になったこと、また休憩時間中のストレッチ体操をとがめられ、中止させられその後休憩時間を与えられなかったことについて、出所後、国を被告として損害賠償訴訟を提起。

一連の事件について、事件の動機から訴訟に至るまでの経緯は著書『冬の花火』に詳しい。

テレビドラマ『花柳幻舟獄中記』[編集]

1983年5月7日、夜9時02分よりテレビ朝日系列にて放送。脚本掛札昌裕、監督野田幸男。主演は花柳幻舟本人が演じた。 出演、花柳幻舟、児島美ゆき宮下順子芦川よしみ加茂さくら中原早苗、他

映画『幻舟』[編集]

キム・ロンジノット監督が、1989年、共同監督ジャノ・ウィリアムズとともに幻舟を撮影したドキュメンタリー映画。原題タイトルは、『Eat the Kimono(着物を食え)』。日本女性を縛る因習を描いた作品である。拘束衣でもある着物に家父長制の象徴的な意味を込め、「着物を着て自由を表現したい」「着物に食われてはいけない、着物を食え(着物に食われて身動きのとれない女性になってはいけない)」と作中で語る幻舟の言葉からつけられた。ロンジノットは黒澤明のファンだったが、映画に登場する日本女性に親しみを持てず違和感を覚えていたところ、花柳幻舟の記事を読んで興味を持ったことが撮影のきっかけとなった。英国のテレビ局・チャンネル4が放映、アセン国際映画祭ではグランプリを獲得した。

著書『小学校中退、大学卒業』[編集]

1995年、幻舟は放送大学学園に入学、途中、司法試験を目指して勉強した3年間のブランクをはさみ、2004年3月に卒業した。禁固以上の刑を受けた者は弁護士の欠格事由(弁護士法六条の一)となることを知り、どうせやるなら最難関をと目指した司法試験は断念することになった。 卒業論文は、「メディアの犯罪、その光と影-ある創作舞踊家が逆照射した現代の報道イズム」で、著書『小学校中退、大学卒業』に掲載されている。卒業式の国歌斉唱では起立しなかった。同書は、文字通り幻舟の大学生活を報告する書となっている。

年譜[編集]

  • 1966年 花柳流の名取となる。
  • 1968年 大阪・中座で「花柳幻舟リサイタル」を開き家元制度を告発。
  • 1977年 矢崎泰久中山千夏ばばこういちを中心にして結成された革新自由連合に企画委員として参加。
  • 1980年2月21日 花柳流家元・花柳寿輔を襲撃して包丁で斬りつける
  • 1981年5月 栃木刑務所からの出所報告講演会(四谷公会堂)
  • 1990年11月12日 天皇即位礼祝賀パレードの天皇に向かって爆竹を投擲。
  • 1991年6月20日 東京簡易裁判所判決で罰金4万円。
  • 同年9月 罰金を拒否し、東京地方検察庁に自ら出頭して東京拘置所で20日間の労役囚に服役。
  • 同年12月 東京拘置所服役中の処遇を不服として本人訴訟で国を被告に損害賠償訴訟を提起。
  • 1993年2月 天皇即位礼での爆竹の投擲をつづった『冬の花火』を出版。
  • 1995年 放送大学入学。
  • 2004年3月 日比谷・松本楼で「放送大学卒業と『小学校中退、大学卒業』出版を祝う会」を開催。
  • 2004年5月 自転車操業インターナショナル連合会(略称: 自操連)を創立し、自らが永世総裁となる。

著書[編集]

  • 1972年『花柳流に反逆する 愛と憎しみの谷間で』(『ワニの本』193)ベストセラーズ
  • 1976年『子宮からの出発 生・愛・死』真海出版社
  • 1979年『無学盲目体当り』話の特集、(長谷川きよしと共著)
  • 1981年『修羅 家元制度打倒』三一書房
  • 1982年『夕焼は哀しみ色』三一書房
  • 1984年『舞踊狂殺人事件 家元連続殺人 本格長篇推理〈私〉小説』作品社、ISBN 4878938048
  • 1984年『女のたびだち』作品社、ISBN 4878930969
  • 1986年『オッサン何するねん! 文化人エンマ帖』データ・ハウス、ISBN 492444233X
  • 1993年『冬の花火』パンドラ、ISBN 4768477267
  • 2004年『小学校中退、大学卒業 新・学問のすすめ』明石書店、ISBN 4750318760
  • 2004年『逃げたらあかん! 何もしなければ、何も変わらない』ロングセラーズ、ISBN 4845407523
  • 2005年『十四歳の死刑囚』現代書館、ISBN 4768469140
  • 2005年『ウソつきは、人間の始まり あなたに贈る勇気と希望と強く生きるための言葉』健学社、ISBN 4779700035
  • 2009年『小学校中退、大学卒業 「放送大学」卒業論文-メディアの犯罪、その光と影―』MINAえんたあぷらいず

出演作品[編集]

映画[編集]

  • 怪談残酷物語(1968年) - とよ
  • 秘帳 女浮世草紙(1968年)
  • 異常性愛記録 ハレンチ(1969年)
  • 妖艶毒婦伝 お勝兇状旅(1969年)
  • おんな牢秘図(1970年)
  • 曼陀羅(1971年)
  • 続・色暦大奥秘話 淫の舞(1972年)
  • 江戸小町 淫の宴(1972年)
  • 新・色暦大奥秘話 やわ肌献上(1972年)
  • 戦国ロック 疾風の女たち(1972年)
  • (秘)・大奥外伝 尼寺淫の門(1973年)
  • (秘)色情めす市場(1974年)
  • 秘本 袖と袖(1974年)
  • 実録阿部定(1975年)
  • 淫乱な関係(1976年)
  • 処女の刺青(1976年)
  • 河内のオッサンの唄 よう来たのワレ(1976年)
  • 花芯の刺青 熟れた壺(1976年)
  • 壇の浦夜枕合戦記(1977年)
  • 江戸川乱歩の陰獣(1977年)
  • 私は犯されたい(1978年)
  • 純(1980年)
  • エロスの少年(1983年)
  • 待ち濡れた女(1987年)
  • 幻舟(1989年)
  • 扇の刃(1990年)※本作で、ライプツィヒ国際映画祭にてグランプリを受賞

テレビドラマ[編集]

舞台[編集]

  • 情死考
  • 赤道幻歌

[編集]

  • 1975年 『残・曽根崎心中』[ミッキー吉野グループ共演] (コロムビアレコード)
  • 1975年 『幻舟のかき節』(B面: 『旅芝居の歌』)(キングレコード)
  • 1984年 『女の子守唄』『お幻旅姿』(ソーラスマーキュリーレコード)
  • 2004年 『残・曽根崎心中 CD復刻版』[ミッキー吉野グループ共演] (ブリッジ)
  • 2007年 『TABIDACHI 花柳幻舟の世界(CD版)』(MINAえんたあぷらいず)


脚注[編集]

  1. ^ 包丁ではなくナイフであったという記述が散見されるが誤りである(なぜならば、購入の際不審に思われることを避けようとしてまな板を同時に購入していたため)
  2. ^ “『舞踊界、女の刃傷ざた』国立劇場 楽屋の廊下で”. 朝日新聞(朝刊) (朝日新聞社): p. 23. (1980年2月22日) 

関連項目[編集]