親王妃

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親王妃(しんのうひ/みこのみめ、: Princess)は、親王、またはその身位にある人をいう。日本における親王妃は皇室典範第5条により皇族(女性皇族)と規定される。なお、皇太子妃も、親王妃に含まれる。敬称は「殿下」である(同法第23条第2項)。江戸時代までは御息所ともいわれた。

現在、親王妃は皇太子妃を含めて、皇太子徳仁親王妃雅子皇太子妃)、文仁親王妃紀子秋篠宮妃)、正仁親王妃華子常陸宮妃)、崇仁親王妃百合子三笠宮妃)、寛仁親王妃信子憲仁親王妃久子高円宮妃)の6名である。

概要[編集]

近世以前であれば、内親王女王出身以外の皇族妃は、単に皇族の配偶者の1人という扱いだったが、旧皇室典範制定により、近代皇族の妃としての地位と栄誉を得ることになった。[1]

親王・内親王の身位が「文仁親王」のように名の後に付され呼称の一部と見なされるのに対し、親王妃(及び王妃)は「文仁親王妃紀子」のように用いられる。親王・内親王の表記にならって「紀子親王妃」のような逆順の表記をすることは、公式表記の観点からは誤用となる。

親王妃が成婚前より皇族(内親王又は女王)であった場合は、成婚後も(皇后となるまでは)親王妃であるとともに引き続き元来の身位も併存(保持)する。

  • 具体例:(久邇宮良子女王裕仁親王妃良子女王(皇太子妃)→皇后皇太后香淳皇后(追号)

皇族以外の女子で親王妃となった者は以下のいずれかを満たした場合、皇族の身分を離れ親王妃としての地位を失ふ(同法第14条)。

  • 親王が薨去し、親王妃が皇族を離れることを希望した場合。
  • 親王が薨去し、かつやむを得ない特別の事情があり、皇室会議の承認を得た場合。
  • 親王と離婚した場合。

現在の親王妃[編集]

生年月日 続柄・出自 成婚 子女 備考
Crown Princess Masako of Japan.jpg まさこ
雅子
徳仁親王
皇太子妃
1963年(昭和38年)
12月09日(53歳)
小和田恆第一女子 1993年 愛子内親王
Princess Kiko 20091223.jpg
きこ
紀子
秋篠宮
文仁親王
1966年(昭和41年)
09月11日(50歳)
川嶋辰彦第一女子 1990年 眞子内親王
佳子内親王
悠仁親王
Princess Hitachi 2012-1-2.jpg はなこ
華子
常陸宮
正仁親王
1940年(昭和15年)
07月19日(76歳)
徳川昭武第一女子
清水徳川家旧華族
1964年
Princess Mikasa 2012-1-2.jpg ゆりこ
百合子
三笠宮
崇仁親王
1923年(大正12年)
06月04日(93歳)
高木正得第二女子 1941年 甯子内親王
寬仁親王
宜仁親王
容子内親王
憲仁親王
寡婦
のぶこ
信子
寛仁親王 1955年(昭和30年)
04月09日(61歳)
麻生太賀吉第三女子
吉田茂の孫
麻生太郎の妹
1980年 彬子女王
瑶子女王
寡婦
Princess Takamado (3558516892).jpg ひさこ
久子
高円宮
憲仁親王
1953年(昭和28年)
07月10日(63歳)
鳥取滋治郎第一女子 1984年 承子女王
典子女王
絢子女王
寡婦

近代以降の親王妃一覧[編集]

読み 身分 結婚 続柄 出身
景子 ひろこ 伏見宮邦家親王妃 1835 鷹司政煕 4/公爵 公家摂家
広子 ひろこ 有栖川宮幟仁親王 1848 二条斉信5女 4/公爵 公家・摂家
明子 あけこ 伏見宮貞教親王妃 1862 鷹司輔煕七女 4/公爵 公家・摂家
頼子 よりこ 小松宮彰仁親王 1869 有馬頼咸長女 伯爵 諸侯筑後久留米
貞子 さだこ 有栖川宮熾仁親王 1870 徳川斉昭11女 4/公爵 水戸徳川
董子 ただこ 有栖川宮熾仁親王 1873 溝口直溥7女 伯爵 諸侯・越後新初田
郁子 いくこ 華頂宮博経親王妃 1873頃 南部利剛長女 伯爵 諸侯・陸奥盛岡
利子 としこ 伏見宮貞愛親王 1876 有栖川宮
幟仁親王4女
2/女王 2/皇族
光子 北白川宮能久親王 1878 山内豊信長女 5/侯爵 諸侯・土佐高知
慰子 やすこ 有栖川宮威仁親王 1880 前田慶寧4女 5/侯爵 諸侯・加賀金沢
富子 とみこ 北白川宮能久親王 1886 島津久光養女 4/公爵 諸侯・薩摩島津分家
伊達宗徳次女)
智恵子 ちえこ 閑院宮載仁親王の妃 1891 三条実美次女 4/公爵 公家・清華家
八重子 やえこ 東伏見宮依仁親王妃 1892 山内豊信3女 5/侯爵 諸侯・土佐高知
周子 かねこ 東伏見宮依仁親王 1898 岩倉具定長女 4/公爵 公家・羽林家
勢津子 せつこ 秩父宮雍仁親王 1928 松平保男養女 子爵 諸侯・会津若松
松平恆雄1女)
喜久子 きくこ 高松宮宣仁親王の妃 1930 徳川慶久次女 4/公爵 徳川宗家別家

[1]

  1. ^ a b 『皇族 天皇家の近現代史』 小田部雄次 中公新書 2009