赤塚真人

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あかつか まこと
赤塚 真人
本名 赤塚 真人
生年月日 (1951-03-19) 1951年3月19日(66歳)
出生地 日本の旗 日本茨城県
民族 日本人
血液型 O型[1]
ジャンル 俳優
活動期間 1967年 - 現在
事務所 (株)オフィスAMI

赤塚 真人あかつか まこと、本名 同じ、1951年3月19日[1] - )は、茨城県出身の俳優。血液型はO型。「まさと」と読まれがちだが「まこと」である。命名の由来は、ろくに働かず家に居つかなかった父親が、久しぶりに帰宅した時に誕生した為、「真人間になりますように」の願いを込めて名づけられたという。(株)オフィスAMI所属。劇団裏長屋マンションズ座長。趣味水彩画作詞ギター東北弁

来歴・人物[編集]

少年期に家族とともに上京し、東京都江東区で育つ。1966年江東区立深川第三中学校を卒業する。劇団ひまわりを経て東宝に入る。子役、青年役で映画出演。その後、松竹映画『同胞(はらから)』忠次役での軽妙な演技が認められ売れっ子となる。その後も『幸福の黄色いハンカチ』『男はつらいよ 知床慕情』など山田洋次監督作品に出演する。三枚目かつ善良な庶民的人物を演じることが多い。山田洋次監督の藤沢周平原作3部作にも主人公の同僚下級武士役で出演する。

杉良太郎主演作への出演も多い(同心暁蘭之介喧嘩屋右近等)。

2007年1月30日から2月3日まで、千代田区内幸町ホールでの演劇『掌(たなごころ)一杯の温もりー親子戦争ー』の主演を務めた。これは、昭和40年代人気を博した日本テレビ日曜夜8時の青春学園シリーズ(日本テレビ・東宝製作)でメイン監督を務めた高瀬昌弘監督の病後復帰作。赤塚は、1967年に『でっかい青春』でデビュー、翌年の『進め!青春』にも出演し、高瀬監督に教えを受けている。

2002年には劇団TA2を旗揚げ。以後東京の小劇場をベースに人情喜劇を上演。2007年夏からは組織変更にともなって団体名を「劇団裏長屋マンションズ」とし、座長として活動している。

義理や友情を重んじる昔気質で、友人がパーソナリティを務める山形放送ラジオ『なつメロリクエスト電話でこんばんは!』(現『なつかし楽し歌謡アワー』)に頻繁に友情出演し、爆笑トークを繰り広げている。

私生活では、女子・男子二人の子供に恵まれたが、子供が幼い時に離婚。妻は出て行き、残された子供二人を男手ひとつで育て上げた。本人はこのエピソードを、「子供が幼い時に、妻は買い物に出かけて帰らないまま15年が過ぎ去った」と笑いのネタにして『ライオンのごきげんよう』で披露している。その喋りの面白さで、『ごきげんよう』に出演する度に、年間MVPや月間MVPを受賞している。その話術を本人は、山形でのラジオ出演やトークショーで鍛えたと語る。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

ラジオ[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』 日外アソシエーツ、2004年6月、16頁。ISBN 978-4-8169-1852-0。