阿部祐二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
あべ ゆうじ
阿部 祐二
阿部 祐二
2015年
別名義 伊達 祐二
生年月日 (1958-08-14) 1958年8月14日(58歳)
出生地 東京都板橋区
国籍 日本の旗 日本
身長 185cm
血液型 A型
職業 俳優、テレビリポーター
活動期間 1983年 -
配偶者 礒村まさ子
著名な家族  阿部桃子
事務所 テンダープロ

阿部 祐二(あべ ゆうじ、1958年8月14日[1] - )は、日本のテレビリポーター俳優テンダープロ所属。

人物[編集]

東京都板橋区出身[2]。板橋区立弥生小学校、板橋区立上板橋第一中学校東京都立小石川高等学校早稲田大学政治経済学部卒業[1]。身長は185cm。妻はプロゴルファーの阿部まさ子(旧姓:礒村)。長女の阿部桃子はファッションモデル・タレントとして活動しつつ、2017年度ミス・ユニバース・ジャパンに選出された[3]。現在は千葉県浦安市在住。

ビッグモーニング』(TBS)でリポーターに転身するまでは、雑誌『POPEYE』でモデルを務めたり、俳優としてテレビドラマに出演していた。俳優時代初期の芸名は伊達 祐二(だて ゆうじ)[2]。伊達祐二の芸名でテレビドラマ『婦警さんは魔女』(TBS)で俳優デビュー[2]

エピソード[編集]

  • 特技は剣道(1984年当時の段位は三段[2])。デビューのきっかけは、東京高田馬場のトレーニングセンターで、藤岡弘、にスカウトされたことだった[2]
  • 小学生の時にわんぱく相撲大会で優勝したことがある。これがきっかけで、ある相撲部屋に誘われたことがある[2]
  • テレビネットなどでは、「阿部ちゃん」や「阿部さん」の愛称で親しまれている。英語及び英会話に長けており、ハリウッド俳優に対して通訳を介さず流暢な英語でインタビューしたり、外国での事件・事故が発生した際には自ら現地の関係当局への電話取材を行うなど知性派の側面が見られる。
  • 大学在学中から36歳までは、芸能・取材活動のかたわら、プロの家庭教師として教え子を数々の有名校へ進学させていた。29歳の時には、家庭教師を派遣する有限会社を自ら設立している。
  • 阿部自身は、モデル・俳優業からテレビリポーターに転身した背景として、大学を卒業する頃に記者を志望していたことを挙げている。
  • 2005年9月6日、『ザ!情報ツウ』に台風の現場を伝えるリポーターとして出演していた。激しい強風に飛ばされそうになりながらもしゃがみこんで耐えながらリポートした直後に、普通に歩きだした様子が放送され、やらせだという風聞が発生した。この映像はYouTubeに投稿され150万近く再生され、テレビ関係者からも批判を受けた。阿部は風が止んだので歩いたと説明し、やらせを否定している[4]
  • スッキリ!!』ではレポーター以外にも「突撃!!隣のWBC」(「突撃!隣の晩ごはん」を模したWBCを観戦する企画)やプロスポーツ選手とのスポーツ対戦など、バラエティーな企画をやっている。
    • 前述『ホンネ日和』の対談では、恐妻家になった理由として、自分が不遇の時期に結婚したことを告白。「(プロゴルファーとして有名な)妻との収入に大きな格差があった状況で結婚したことから、今でも(家庭内における妻との関係を)絶対に挽回できない」と述べている。
    • 2012年2月25日には、自身初の著書として、『「恐妻家」が成功する22の法則』を講談社から発売。同年6月5日には、「“恐妻家”としても話題の人気リポーター」という触れ込みで、『徹子の部屋』(テレビ朝日)へ初めて出演した[5]
  • 2011年1月10日西宮神社で行われた福男選びの抽選で赤のくじを当て、見事最前列の108人枠からスタートを切った。
  • 2011年3月11日未明、浦安市内の交差点で帰宅のために乗車していたタクシーに乗用車が衝突して首第二頸椎骨折など全治3ヶ月の重傷を負い入院した。この日の午後、東日本大震災が発生したが、取材活動には加わることができなかった[6][7]。6月2日の『スッキリ!!』で復帰[8]。復帰後初のリポートは日比谷公園内にある松本楼で行われた「第5回 全国プロポーズの言葉コンテスト2011〜絆」の授賞式。席上、飛び入り参加で妻へのプロポーズを行ったが、サプライズとして妻が来場していた。また入院中は妻が病院に泊り込んで、毎晩夕食を作り、献身的に看病していたことや、事故の瞬間に意識を失っていても妻に電話をかけていたことを明かした。
  • 『スッキリ!!』2014年8月18日放映分取材のため、前日となる8月17日に東京ビッグサイトで行われたコミックマーケットへと取材に赴いた。その最中に通りすがりの一般人から「大門巌さん」と呼びかけられ、最初は「人違いをされた」と思っていたが、その名前が自身がかつて出演していた特撮テレビドラマ特捜エクシードラフト』での役名だったことを知らされて、「思いだして嬉しくなっちゃった」と語り、困惑が感動に変わったことを番組内でコメントした[9]

出演[編集]

モデル[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

情報番組[編集]

バラエティー[編集]

アニメ[編集]

CM[編集]

PV[編集]

  • Dr.Metal Factory「Jupiter」 - 同曲収録の『カヴァメタ Now』と『カヴァメタ Then』のジャケット写真にも登場。
  • ET-KING「mother」

Vシネマ[編集]

  • コスプレ探偵(2013年)

ラジオ[編集]

著書[編集]

  • 「恐妻家」が成功する22の法則(2012年2月25日初版刊行、講談社、ISBN 978-4062174121)

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』 日外アソシエーツ、2004年6月、48頁。ISBN 978-4-8169-1852-0。
  2. ^ a b c d e f 週刊テレビ番組(東京ポスト)1984年3月9日号 p.26
  3. ^ ミスユニバース日本代表に阿部祐二レポーター娘「信じられない」と父興奮”. デイリースポーツonline (2017年7月4日). 2017年7月5日閲覧。
  4. ^ 台風中継の“台本”疑惑に阿部祐二が反論「風には強弱がある」”. 阿部祐二のココが現場だ!. 株式会社DMM.com (2014年9月24日). 2014年9月24日閲覧。
  5. ^ 今週の徹子の部屋 2012年6月5日(火)出演 阿部祐二
  6. ^ デイリースポーツ (2011年3月17日). “阿部祐二リポーターが交通事故で重傷”. 2011年6月1日閲覧。
  7. ^ サンケイスポーツ (2011年3月18日). “阿部祐二、交通事故…全治3カ月の重傷”. 2011年6月1日閲覧。
  8. ^ ORICON STYLE (2011年6月1日). “全治3ヶ月の重症…『スッキリ!!』阿部祐二リポーターが復帰へ”. 2011年6月1日閲覧。
  9. ^ ライブドアニュース 2014年08月18日 「スッキリ!!」レポーター・阿部祐二、コミケ会場でファンの言葉に感動 「役名で呼んでくるなんてさすがコミケ」