黒沢年雄

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くろさわ としお
黒沢 年雄
本名 黒沢 年男
生年月日 (1944-02-04) 1944年2月4日(73歳)
出生地 日本の旗 日本神奈川県横浜市西区
身長 175cm
血液型 AB型
職業 俳優
活動期間 1964年 -
配偶者 街田リーヌ
著名な家族 黒沢レイラ(娘)
くろさわ博(弟)
事務所 プロダクション・クロ
公式サイト 株式会社プロダクション・クロ 公式サイト
主な作品
テレビドラマ
ザ・ハングマン
映画
日本のいちばん長い日
修羅雪姫
バラエティー番組など
踊る!さんま御殿!!
CM
オウミ住宅

黒沢 年雄(くろさわ としお、1944年2月4日 - )は、日本俳優歌手。本名・旧芸名(2000年に改名)、黒沢 年男(読み同じ)。株式会社プロダクション・クロ代表取締役。神奈川県横浜市西区出身。日本大学高等学校中退。弟はくろさわ博(元ヒロシ&キーボー)。妻は街田リーヌ(本名・街子、旧姓・宮崎)、娘は黒沢レイラ(旧芸名・三井万裕美、本名・裕美)。

来歴・人物[編集]

1964年、第4期東宝ニューフェイスとして東宝に入社。俳優を志した理由は「有名になって金持ちになりたかったから」[1]

岡本喜八福田純西村潔松林宗恵などの作品に多く起用されて人気が出る。

テレビドラマでも『ザ・ハングマン』への出演で知られるようになる。

独特の低音声が特徴で、『やすらぎ』と『時には娼婦のように』には大ヒットとなった。

平成に入ってからはオウミ住宅のCMが話題を集め、トーク番組では中尾彬などと並んで出演が増加した(『踊る!さんま御殿!!』内では一時期「八方一郎(やかた いちろう)」という名前で呼ばれ、頻繁にゲスト出演していた)。

1992年大腸癌が発覚し、それまでアイパーをかけていた頭髪を短く刈り込み(現在はそれに加えて白く染めている)、その後は無精髭(長さは2mmに揃えている)を生やし、ニット帽(当初はファッションモデルの夫人が持っていたピエール・カルダンのニット帽だった)を被るようになった。

2010年、著書『二流芸能人が、何度がんになっても笑って生きている理由』(講談社刊)を上梓、2008年膀胱癌内視鏡手術を行っていたことを告白した。

2015年5月14日白内障の手術を受け、成功[2]

東宝で面接を受ける日、わざと遅刻して面接会場に現れ、「自分を合格させないと映画界の損失になる」と言い放った(その時面接を受けた男性希望者で合格したのは黒沢ただ一人だった)。

トレードマークとなったニット帽は先述の通り妻が持っていたものであるが、黒沢は、ある日「このままでは自分の存在が薄くなって忘れ去られてしまうのではないか」と思い立ち、今までの自分を捨てて新しくイメージを構築することを思い立ち、まず頭を丸めたが、「まだ何か足りない」と思っている時、妻が自分の古い写真を見つけ、さらにその中で被っていたニット帽が箪笥の中から出てきたので被ってみると、思いのほか似合っていたため、この格好に決めたという(さらに髭を伸ばして見たとき、自ら「ショーン・コネリーに似ている」とも思ったと述べている)。

当初は『ウルトラマン』のウルトラマン(ハヤタ)役の候補に挙がっていた[3][1]。黒沢本人は、当時所属していた東宝プロデューサーの藤本真澄が黒沢に映画の仕事を優先させるために断ったのではないかと推測している[1]

いつみても波瀾万丈』出演時によると、デビュー前後に関わらず、ケンカに明け暮れていた。その腕っ節は強く、警察に職務質問を受けても捕まらなかった。

映画スターとなってかなりの収入があったが、森繁久彌から「貯金を残すな」と言われ、そのとおりに遊興し、東宝との契約解除や『ハングマン』の主役交代などで幾度か収入がピンチになってしまい、「森繁さんの言うことさえ聞いてなければ、今頃は…」とコメントしたことがある。

三年目の浮気』を歌う依頼があったが、当初、ニヒルな二枚目としてのイメージがあった黒沢は、コミカルな歌の内容からこれを断り、バンド活動をしていた弟に白羽の矢が立てられた。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

ゲーム[編集]

吹き替え[編集]

バラエティ[編集]

テレビ番組[編集]

CM[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 僕の恋人どこにいる(1966年8月、ビクター、SV-446)
    (c/w パンチ野郎)※歌唱:和久田竜
  2. 僕についておいで(1967年3月、CBS / コロムビア、LL-10019-JC)
    (c/w ふたりの汐風)
  3. 花と海(1967年、CBS / コロムビア、LL-10040-JC)
    (c/w 夕陽が落ちても)
  4. 海の子守歌(1968年5月、CBS / コロムビア、LL-10054-J)
    (c/w 君と離れても)
  5. 俺は行く(1969年4月25日、コロムビア、LL-10096-J)
    (c/w 恋しい君)
    • 日本テレビ系ドラマ『おやじとオレと』挿入歌
  6. 銀のふね(1969年、コロムビア、LL-10106-J)
    • 作詞:鈴木淳 / 作曲・編曲:筒美京平
    (c/w さよならはさりげなく)
  7. 明日にいのちを(1970年、コロムビア、LL-10138-J)
    (c/w 燃える旅路)
  8. 朝には別れを(1971年3月、コロムビア、LL-10160-J)
    • 作詞:橋本淳 / 作曲:中村泰士 / 編曲:森岡賢一郎
    (c/w 街の酒場の夜)
  9. 星が呼んでる(1971年6月、コロムビア、LL-10165-J)
    (c/w 青い真珠)
  10. 燃えつきて(1972年10月、コロムビア、LL-10199-J)
    (c/w 汽車を待ちながら)
  11. 寒い心のブルース(コロムビア、P-334)
    (c/w 愛と呼ぶには)
  12. やすらぎ(1975年5月1日、コロムビア、P-403)
    (c/w 許してくれよ)
  13. 今夜は送らないぜ(1975年10月、東宝、AT-1126)
    (c/w おふくろのうた)
  14. 気がかり(1975年10月、コロムビア、P-428)
    (c/w そして今は)
  15. いつかおまえに(1975年12月1日、コロムビア、P-439)
    • 作詞:中山大三郎 / 作曲:鈴木淳 / 編曲:竜崎孝路
    • TBS系ドラマ『影同心II』主題歌
    (c/w 別れたあとで)
  16. すれちがい(1976年4月、コロムビア、P-448)
    • 作詞・作曲:中山大三郎 / 編曲:竜崎孝路
    (c/w 遍歴)
  17. ゆきずりの花(1976年10月、コロムビア、PK-30)
    (c/w 風のたより)
  18. やめなよ(1977年8月1日、コロムビア、PK-70)
    (c/w さよならの前に)
  19. 時には娼婦のように(1978年2月10日、コロムビア、PK-101)
    (c/w あやまち)
  20. 仮面舞踏会(1978年10月1日、コロムビア、PK-125)
    • 作詞・作曲:なかにし礼 / 編曲:高田弘
    (c/w そして誰もいなくなった)
  21. 紫すみれ(1979年4月、コロムビア、PK-144)
    • 作詞:黒木望 / 作曲:徳久広司 / 編曲:高田弘
    (c/w 想い出よおまえは)
  22. 親父ごめんよ(1979年、コロムビア、PK-169)
    • 作詞・作曲:なかにし礼 / 編曲:高田弘
    (c/w 魔女に乾杯)
  23. アスファルト・ジャングル(1980年、コロムビア、AK-613)
    (c/w 男は男)
  24. あばよ!ゆかり(1980年、コロムビア、AK-726)
    • 作詞・作曲:佐々木勉 / 編曲:戸塚修
    (c/w 水割りグラスのセレナーデ)
  25. 酒場から愛をこめて(1981年4月、コロムビア、AH-67)
    (c/w 男と女は遠かった)
    • 東映映画『ダンプ渡り鳥』挿入歌。
  26. 泣き虫じゃいけないよ(1983年2月)
    (c/w 片隅にひとり)
  27. 東京砂漠のかたすみで(1984年1月21日、コロムビア、AH-398)※共演:叶和貴子
    • 作詞:なかにし礼 / 作曲:浜圭介 / 編曲:竜崎孝路
    (c/w 真夜中のラブ・コール)※共演:叶和貴子
  28. 酒とバラの日々に(1985年2月21日、コロムビア、AH-556)
    • 作詞:ゆうき詩子 / 作曲:水森英夫 / 編曲:竜崎孝路
    (c/w ラビア)
  29. て・れ・な・い・で -Don't be so shy-(1986年、コロムビア、AH-707)
    (c/w ララバイ・よこはま)
  30. みんな思い出にすればいい ─眠りたい子の子守唄─(1988年9月、コロムビア、AH-746)
    (c/w ララバイ・よこはま)
  31. 愛妻宣言(1994年、コロムビア、CODA-517)
    • 作詞:なかにし礼 / 作曲:浜圭介 / 編曲:川村栄二
    (c/w ハーフ アンド ハーフ)
  32. GANBARIST ガンバリスト(2005年5月10日、ダイキサウンド、FLJT-1)
    (c/w Good bye Hard Days)

オリジナル・アルバム[編集]

  1. 海の子守歌(1970年、コロムビア、YS-10069-J)
  2. ATTACK THE SUN(1971年、コロムビア、YS-10099-J)
  3. やすらぎ(1975年7月、コロムビア、JDX-7060)
  4. 通りすぎた悲しみに…(1976年9月、コロムビア、PP-7009)
  5. メモリー33(1978年4月、コロムビア、PX-7052)
  6. 東京砂漠のかたすみで(1984年、コロムビア、AF-7305)※共演:叶和貴子
  7. 媚薬(1989年9月6日、東芝EMI、CT32-5514)

ライブ・アルバム[編集]

  1. 黒沢年男 ファースト・ライブ・イン・ベラミ(1978年7月、コロムビア、PX-7061、ナイトクラブ「ベラミ」にて収録)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 「黒沢年雄インタビュー」『別冊映画秘宝 円谷プロ怪奇ドラマ大作戦』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2013年、127頁。ISBN 978-4-8003-0174-1。
  2. ^ 黒沢年雄、白内障の手術成功”. デイリースポーツ online (2015年5月15日). 2015年5月15日閲覧。
  3. ^ 黒部進がトークショーで語ったところによる。[要出典]