4世紀

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千年紀: 1千年紀
世紀: 3世紀 - 4世紀 - 5世紀
十年紀: 300年代 310年代 320年代 330年代 340年代
350年代 360年代 370年代 380年代 390年代
コンスタンティヌス1世帝。ミラノ勅令によりキリスト教を公式に認め新首都コンスタンティノポリスを造営した。画像はローマのカピトリーノ美術館にある皇帝の巨像(コロッスス)。
背教者ユリアヌス帝。ローマ帝国のキリスト教化が進む中で古来の神々の復興を意図するも早すぎる死によりその計画は挫折した。画像はパリのクリュニー中世美術館フランス語版にある皇帝の像。
最後の統一ローマの皇帝テオドシウス1世。この皇帝の遺詔によりローマ帝国は東西に分裂した。画像は「テオドシウスの銀皿(Missorium Theodosii)」(スペインのメリダ国立ローマ博物館蔵)のレプリカ。
キリスト教修道制の始まり。エジプト大アントニオスらの砂漠の師父により修道生活の基礎が築かれた。画像は大アントニオスを追慕して356年に建てられたエジプトのスエズ県にあるコプト教会の「聖アントニオス修道院」。
ゲルマン民族の大移動。ローマ帝国国境を越えたゲルマン諸族は各地で混乱や衝突を起こした。画像は1920年代に描かれた西ゴート族の王アラリック1世アテナイ入城(395年)の挿絵。
画聖顧愷之。顧愷之は東晋の画家で、画絶・才絶・癡絶の三絶を備えると云われていた人物。画像は代表作「女史箴図」(大英博物館所蔵)。
書聖王羲之。王羲之は東晋の書家で「蘭亭序」他の作で知られ、歴代皇帝にも愛好された。画像は宋末元初の文人画家銭選が王羲之を画題として描いた「蘭亭観鵝図」(台湾故宮博物院蔵)。
七支刀が所蔵されている石上神宮。ここの七支刀が『日本書紀』神功記に記載のある百済から献上されたものだと推定されている。
チャンドラグプタ2世の金貨。チャンドラグプタ2世はインド・グプタ朝の領土を最大に広げ、繁栄をもたらした。
シャクンタラー』。指輪をめぐるシャクンタラー姫の数奇な運命の物語でチャンドラグプタ2世王時代の宮廷詩人カーリダーサによりまとめられたとされる。画像はラヴィ・ヴァルマによる物語絵。

4世紀(よんせいき)は、西暦301年から西暦400年までの100年間を指す世紀

できごと[編集]


300年代[編集]

310年代[編集]

320年代[編集]

330年代[編集]

340年代[編集]

350年代[編集]

  • 350年
  • 350年頃
  • 353年
    • コンスタンティウス2世がローマを再統一する。
    • 東晋の書家王羲之曲水の宴を蘭亭で催し『蘭亭序』を書く。
  • 356年 - 朝鮮半島で秦の始皇帝の労役から逃亡してきた秦人達を中心に辰韓が統一され、多民族を纏め新羅が建国される。
  • 357年 - 前燕が中原に進出する。これにより高句麗が再起する。

360年代[編集]

  • 360年
  • 361年
    • ユリアヌスがコンスタンティウス2世の死去に伴い首都に入城。「異教」復活政策を開始(背教者ユリアヌス)。
  • 363年
  • 365年
    • クレタ島沖を震源地とする大地震が発生。
      • この地震と津波によりギリシア・シチリア島・エジプト・イベリア半島・リビア(キュレネサブラタ)が壊滅的な被害。
  • 366年 - 前秦支配下の敦煌鳴沙山の断崖に僧楽僔が石窟を掘る(敦煌莫高窟の始まり)。
  • 367年 - アレクサンドリア司教アタナシオスが『新約聖書』を現行27文書に限定することを通達(復活祭書簡)。
  • 369年
    • 倭国が朝鮮半島南部に任那を建国、倭国の北限とする。
    • 石上神宮に所蔵されている七支刀は銘文によるとこの年に作られたか。
    • 第287回オリンピック。記録に残る最後のオリンピック。

370年代[編集]

380年代[編集]

390年代[編集]

  • 390年
  • 391年 - 軍が渡海して百済・新羅を破り、臣民とする(高句麗広開土王碑)。
  • 392年 - 皇帝テオドシウス1世がローマ帝国内での異教を禁止する。
  • 393年 - 第293回オリンピック。古代オリンピック最後の年といわれるが、記録には残っていない。
  • 394年
  • 395年 - テオドシウス1世が死去し、ローマ帝国が東西に分割相続される。
    • 東ローマ帝国をアルカディウス帝が、西ローマ帝国をホノリウス帝が継承。
    • 東ローマ皇帝の後見者ルフィヌスが、西ローマ皇帝の後見者スティリコと対立し殺害される。
  • 396年 - 高句麗の談徳(広開土境好太王)が百済を攻め、その北部を領土とし、城下の誓いをさせる(広開土王碑)。
  • 397年
  • 398年 - 北魏の道武帝が盛楽から平城に都を遷す。
  • 399年
    • 中国の法顕が仏典を求めてインドに赴く。
    • 百済が3年前の誓いに背き、倭と連合して新羅に侵入したため、新羅は高句麗に援助を求める(広開土王碑)。

空白の4世紀[編集]

中国の歴史文献において266年から413年にかけての倭国に関する記述がなく、ヤマト王権の成立過程などが把握できないため、日本において「空白の4世紀」とも呼ばれている。

文化[編集]

人物[編集]

地中海世界[編集]

アフリカ[編集]

ペルシア[編集]

インド[編集]

東アジア[編集]

五胡十六国から北魏[編集]

西晋・東晋[編集]

  • 司馬越(? - 311年) - 西晋の皇族(東海王)・八王の乱を終結させ懐帝を擁し実権を握る・その死とともに永嘉の乱が始まる
  • 郭象252年 - 312年) - 西晋の官僚・思想家・清談に優れ何晏王弼玄学に続き『荘子』に注をつける
  • 王衍256年 - 311年) - 西晋の政治家・八王の乱後の西晋を東海王越とともに支えるが石勒に捕縛され殺害される
  • 王敦266年 - 324年) - 西晋から東晋の政治家・従弟の王導と共に東晋の建国に協力・後に王敦の乱を起こす
  • 司馬睿276年 - 322年) - 東晋の初代皇帝(元帝)(在位318年 - 322年)・長安陥落に伴い建康を都として晋を再興
  • 王導276年 - 339年) - 西晋から東晋の政治家・東晋の建国に協力し琅邪王氏の基礎を築く
  • 蘇峻(? - 329年) - 西晋から東晋の軍人・王敦の乱の鎮圧に功があったが不満を持ち蘇峻の乱を起こす
  • 郭璞276年 - 324年) - 西晋から東晋の文学者・卜者・王導に重用され『爾雅』『方言』『山海経』に注をつける
  • 葛洪283年 - 343年) - 西晋から東晋の道教思想家・著作に『神仙伝』『抱朴子』がある
  • 干宝(? - 336年) - 東晋の史官・元帝に『晋紀』を上奏した・志怪小説集『捜神記』の著者でもある
  • 王羲之303年 - 361年) - 東晋の政治家・書家で「書聖」とも呼ばれる・代表作に「蘭亭序」がある
  • 桓温312年 - 373年) - 東晋の政治家・軍人・土断法の実施や軍事的成功により政権を掌握し禅譲を望むが失敗
  • 支遁314年 - 366年) - 東晋の僧侶・老荘思想の概念で仏教を解釈する格義仏教の中心人物・著作に『文翰集』がある
  • 謝安320年 - 385年) - 東晋の宰相・桓温の簒奪の阻止し淝水の戦いを勝利に導く
  • 黄初平328年? - 386年?) - 東晋の道士・金華山で活躍し後年は「黄大仙」として祀られる・「叱石成羊」の故事で有名
  • 王献之344年 - 386年) - 東晋の書家・父の王羲之と並び「二王」と称される・代表作に「中秋帖」「地黄湯帖」がある
  • 顧愷之344年? - 405年?) - 東晋の画家で「画聖」とも呼ばれる・代表作に「女史箴図」「洛神賦図」がある
  • 孫恩(? - 402年) - 東晋の宗教家(五斗米道)・江南の信徒を集め反乱を起こし建康に迫るが敗走し自殺
  • 司馬道子364年 - 402年) - 東晋の皇族・政治家・簡文帝の末子で孝武帝の末弟・政局を壟断するが桓玄の乱で殺害される

脚注[編集]

注釈

出典

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関連項目[編集]

  • ウィキメディア・コモンズには、4世紀に関するカテゴリがあります。