あばよ (研ナオコの曲)

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あばよ
研ナオコシングル
初出アルバム『泣き笑い
B面 強がりはよせよ
リリース
規格 7インチシングル盤
ジャンル J-POP
時間
レーベル キャニオン・レコード
作詞・作曲 中島みゆき
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1976年度年間46位(オリコン)
  • 1977年度年間25位(オリコン)
  • 研ナオコ シングル 年表
    LA-LA-LA
    1976年
    あばよ
    (1976年)
    風をくらって
    1977年
    収録アルバム泣き笑い
    わすれ鳥のうた
    (5)
    あばよ
    (6)
    あなたと私のティータイム
    (7)
    テンプレートを表示
    あばよ
    中島みゆき楽曲
    収録アルバム おかえりなさい
    リリース 1979年11月21日
    規格 LP
    ジャンル フォーク
    レーベル アードバークキャニオン
    作詞者 中島みゆき
    作曲者 中島みゆき
    プロデュース 中島みゆき

    おかえりなさい収録順

    あばよ
    (1)

    (2)

    あばよ」は、1976年9月25日研ナオコが発売した12枚目のシングルである。

    オリジナル7インチシングル盤規格品番:C-22。

    概要[編集]

    前作から3ヶ月ぶりのシングルで、アルバム『泣き笑い』よりシングルカットしたものである。研自身オリコンで唯一の1位を獲得、研の最大のヒット曲となった。第18回日本レコード大賞歌唱賞、日本歌謡大賞放送音楽賞、FNS歌謡祭最優秀歌謡音楽賞を受賞している(但し『NHK紅白歌合戦』では一度も披露しておらず、研自身初出場だった1976年『第27回NHK紅白歌合戦』では「LA-LA-LA」を歌唱)。

    研が出演した『ミノルタカメラ』(現:コニカミノルタ)のCMで、共演した愛川欽也カメラで研を写そうとするが〝美人しか撮らない〟と言いながらカメラを研から逸らすというシーンで一躍有名になった研を見て中島が〝あれだけ人を笑わせることができるんだから、泣かせることもできるんじゃないか〟と思ったという[1]。また研も、中島の曲「アザミ嬢のララバイ」を航空機の音楽サービスで聴いて感銘を受けたことから、曲提供を依頼したということもあった[2][3]

    1980年1月3日放送のラジオ番組『みゆきと飛んで60分』(HBC)の中で、中島みゆき本人は「あばよ」について、パーソナリティの田中徳志郎(当時HBCアナウンサー)から、〝研ナオコさんとかなり綿密なディスカッションというのはあったんですか? 曲を作るときに。〟と聞かれ〝いいえ。お会いしてませんでした。〟〝これ彼女(研ナオコ)用の曲でないもん。〟と答えている。

    続けて〝誰用の曲だったわけですか?〟と訊かれ〝わたし用。〟と答えている。

    さらに〝それを研ナオコサイドの方から “歌わしてくんないか?” という話があったわけですか?〟と聞かれ、〝うん。“なんかない?” ってことでね。〟と答えている。

    中島は1979年のアルバム『おかえりなさい』で両曲をセルフカバーした[4][5]

    収録曲[編集]

    (全作詞・作曲:中島みゆき、編曲:クニ河内

    1. あばよ
    2. 強がりはよせよ

    カバー[編集]

    脚注[編集]

    1. ^ 【1976年11月】あばよ/7年目 ようやく歌手として認められた研ナオコ”. スポニチアネックス. スポニチ (2011年11月6日). 2017年11月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月28日閲覧。
    2. ^ バイキング 2017年9月4日(月)”. gooテレビ番組. goo (2017年9月4日). 2018年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月28日閲覧。
    3. ^ あの年この歌〜時代が刻んだ名曲たち〜』(BSジャパン)2018年2月13日放送分より、研本人談。
    4. ^ ただし「強がりはよせよ」は「強がりはよせ」となっており、JASRACデータベースには「強がりはよせ」が正題として登録されている。作品コード:052-2227-3。
    5. ^ JASRAC作品データベース検索サービス J-WID 検索結果

    関連項目[編集]