いしかり (フェリー・初代)

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いしかり(初代)
20090724 anek olympic24.jpg
Endeavor Lines時代の本船
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本
所有者 太平洋フェリー
運用者 太平洋フェリー
建造所 内海造船瀬戸田工場(第384番船)
姉妹船 だいせつ
IMO番号 7394747
経歴
起工 1974年
進水 1974年9月19日[1]
竣工 1974年12月23日[2]
就航 1974年12月
運航終了 1991年
最後 2010年、インド・アランで解体
要目
総トン数 11,880 トン[2]
載貨重量 4,092 トン[2]
全長 175.6 m[2]
垂線間長 162.0 m[2]
24.0 m[2]
深さ 9.7 m[2]
喫水 6.3 m[2]
機関方式 ディーゼル
主機関 MAN-三菱 V7V52/55 2基
推進器 2軸
最大出力 27,580馬力(連続)[2]
最大速力 26.1ノット[2]
航海速力 23.4ノット[2]
旅客定員 905名[2]
車両搭載数 8トントラック130台、乗用車105台[2]
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いしかりは、太平洋沿海フェリーが運航していたフェリー。太平洋フェリーの同名の船としては1代目。1974年に就航し、1991年に引退した。

概要[編集]

1974年内海造船瀬戸田工場で建造され、1974年9月に進水の後、1974年12月に就航した。

1982年の航路譲渡により太平洋フェリー継承された。

1991年いしかり(2代)の就航により引退した。

1990年ギリシャen:Strintzis Linesに売却され、IONIAN SEAとなった。

1991年en:Minoan Linesに売却され、EROTOKRITOSとなり、改装工事を受けた。 1992年、パトラ - アンコーナ航路に就航した。 1997年、パトラ - イグメニツァ - コルフ - ヴェネツィア航路に転配された。 1999年、Minoan Flying Dolphinsに売却された。

2002年、Maritime Wayに傭船され、モンファルコネ - バーリ - イグメニツァ - パトラ航路で運航された。 2003年、パトラ - イグメニッツァ - ブリンデジ航路に転配された。 2004年、Maritime Wayに売却された。

2006年、Endeavor Linesに売却されEROTOKRITOS Tに改名した。 2007年、パトラ - イグメニツァ - ブリンデジ航路で運航された。

2010年10月、KRITOSと改名してスクラップとして売却され、インドのアランに回航の後、解体された。

設計[編集]

ランプウェイは船首(バウバイザー付)、右舷後部、船尾中央の3箇所に設けられていた。

1980年1月半ばに、船体延長工事を行い、船体を12.5メートル延長して車両搭載能力を強化した。この改造により車両搭載面積は約6パーセント増加、8トントラック14台が新たに搭載可能となった[3]がこの船体延長工事には無理があり、定検時に溶接箇所にクラックが見つかることあった。

1987年きそ(初代)の就航後はロビースペースの拡充が行われた。

船内[編集]

船室[編集]

  • 特別室(2名×1室)
  • 特等洋室(4名×18室)
  • 特等和室(4名×2室) 
  • 一等洋室(149名,25室)
  • 二等寝台(132名)
  • 二等和室(498名)
  • ドライバー室(44名)

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 世界の艦船(1974年11月号,p116)
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 世界の艦船(1975年2月号,p114)
  3. ^ 世界の艦船(1980年2月号,p152)