おいこっと

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おいこっと
JREast Kiha110-235 oykot 20150510 02.jpg
概要
種類 快速列車
現況 運転中
地域 長野県新潟県
運行開始 2015年4月4日
運営者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
しなの鉄道
路線
起点 長野駅
終点 十日町駅(冬季は戸狩野沢温泉駅
営業距離 86.1 km (53.5 mi) (長野 - 十日町間)
使用路線 しなの鉄道:北しなの線
JR東日本:飯山線[1]
車内サービス
クラス 普通車
技術
車両 キハ110形気動車
長野総合車両センター
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 非電化
運行速度 最高100 km/h (62 mph)
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おいこっとは、東日本旅客鉄道(JR東日本)およびしなの鉄道長野駅 - 十日町駅間を北しなの線飯山線経由で運行している臨時快速列車であり、この列車に使用される車両の愛称である。

運行概況[編集]

JR東日本長野支社では2014年7月18日長野総合車両センター所属のキハ110系気動車を改造した列車を2014年12月下旬から定期列車として導入し、2015年春から飯山線観光列車として運行させることを発表した[2]12月4日に列車愛称が「おいこっと」に決まったことを発表[3]。愛称の由来は東京のローマ字表記(TOKYO)を逆読みしたもの(OYKOT[4]12月23日飯山駅で車両展示会を開催し[5]2015年1月2日から定期列車として[6]、同年4月4日より観光列車として運行を開始した[7]

使用車両[編集]

キハ110-236 (←314) 車内
改造ベースとなった
キハ110系300番台・秋田リレー号
(画像は-303)

キハ110形気動車200番台2両(長野総合車両センター所属、-235(←313), 236 (←314) )

車両は元北上線特急秋田リレー号」用300番台(南秋田運転所所属)で、200番台への編入及び長野への移籍に際し、座席の一部(東側)またはすべてがレール方向(東向き)に向けて、飯山線沿線の景色が楽しめるように改造された車両で、「眺望車"ふるさと"」と命名されていた[8]
外観デザインは、アイボリーえんじを基本に藁葺き屋根の民家障子などをイメージしたラッピングが施されているが、運転台や出入り台付近がキハ110-235がアイボリー基調、236がえんじ基調と配色が逆になっている[9][10]

側面には唱歌「故郷(ふるさと)」の歌詞に登場する「」などがアイコン化して描かれており、室内にはアイコンを利用した照明装置も取り付けられている。室内も、"ふる里"のイメージを具現化したソファタイプのロングシートや、障子をイメージした柄のロールカーテン等に変更されている。[11]

ダイヤと停車駅[編集]

「おいこっと」として運転される時は、長野 - 十日町間を1往復している。また、冬季は「冬のおいこっと」として、長野 - 戸狩野沢温泉間を2往復している。「おいこっと」及び「冬のおいこっと」での停車駅は以下の通り。
長野駅 - 替佐駅 - 飯山駅 - 北飯山駅 - 戸狩野沢温泉駅 - 森宮野原駅 - 津南駅 - 十日町駅

「おいこっと」としての運転がない日には他の車両と共通運用が組まれ、飯山線及び北しなの線・上越線・信越本線で運行している。

沿革[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 定期列車での運行時はこの限りではない
  2. ^ 飯山線に新しいコンセプトの列車が誕生します。 (PDF) - 東日本旅客鉄道長野支社、2014年7月18日
  3. ^ 飯山線新コンセプト列車の車両名決定および車両展示会の開催について (PDF) - 東日本旅客鉄道長野支社、2014年12月4日
  4. ^ “おばあちゃんち”みたいな列車--観光列車「おいこっと」飯山線に登場 - えん乗り、2015年1月30日
  5. ^ 飯山線「おいこっと」古民家風に 飯山駅で車両展示会 - 信濃毎日新聞 信毎おでかけガイド、2014年12月24日
  6. ^ 飯山線観光列車 おいこっと おいこっとQ&A - 東日本旅客鉄道長野支社
  7. ^ 飯山線の新観光列車「おいこっと」運行開始 - 信濃毎日新聞、2015年4月5日
  8. ^ 飯山線の観光列車"おいこっと"登場 - 鉄道ホビダス 2014年12月25日
  9. ^ 飯山線の観光列車『おいこっと』運行開始…「古民家」風の車両
  10. ^ 2両目改造完了! - JR東日本長野支社(2015年4月4日更新 / 2016年1月8日閲覧)
  11. ^ ただし一般車との共通運用も組まれるため(後述)、吊革やワンマン運転関連機器は残された。