おしん

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おしん
ジャンル テレビドラマ
原作 橋田壽賀子
脚本 橋田壽賀子
出演者 小林綾子(少女期)
田中裕子(青年期)
乙羽信子(中年期)
泉ピン子
伊東四朗
大路三千緒
高森和子
北村和夫
ガッツ石松
並樹史朗
今福将雄
金田明夫
山下真司
田中好子
長岡輝子
渡辺美佐子
小林千登勢
渡瀬恒彦
ナレーター 奈良岡朋子
時代設定 明治後期〜昭和後期
製作
プロデューサー 岡本由紀子(小林由紀子
制作 NHK放送センター
放送
放送国・地域 日本の旗 日本ほか#海外での放送を参照
放送期間 1983年4月4日 - 1984年3月31日
放送時間 月曜〜土曜 8:15 - 8:30
放送枠 連続テレビ小説
放送分 15分
回数 297[1]

特記事項:
撮影=4:3 SDTV

おしん』は、1983年昭和58年)4月4日から1984年(昭和59年)3月31日まで放送されていたNHK連続テレビ小説第31作。

8月15日から8月20日までの6日間は『もうひとりのおしん』放送につき中断、NHKの連続テレビ小説では『鳩子の海』以来の1年間放送となった。全297話。NHKテレビ放送開始30周年記念作品。

概要[編集]

解説[編集]

連続テレビ小説の定番である“戦中と戦後の混乱期を逞しく生きた女一代記”の一つ。下記の理由から、朝ドラの最高傑作とされる。

  • 1983〜84年の平均視聴率52.6%最高視聴率62.9%。これはビデオリサーチの統計史上、テレビドラマの最高視聴率記録となっている。
  • 小林綾子の少女期おしんは第4回から第36回まで、田中裕子の青春・成年期おしんは第37回から第225回まで、乙羽信子の中年期おしんは第226回から。老年期(役は中年期と同じく乙羽。白髪の様相が特徴)おしんは第1回から登場するが、人生の進行に伴っては第285回から登場する。
  • スリランカインドネシアフィリピン台湾香港ベトナムアフガニスタンシンガポールエジプトイランなど世界68ヶ国や地域で放送され、苦難に遭いつつも決してあきらめず、明治大正昭和を生きた主人公・おしんの姿が、日本だけでなく世界各国で人々の共感を呼び、「オシンドローム」という言葉を生み出した。「世界で最もヒットした日本のテレビドラマ」とされ、なおファンが多く根強い人気がある。
  • 朝日新聞2010年9月25日付のbeランキング「心に残る朝ドラヒロイン」アンケート結果では、本作の田中裕子が第2位だった(第1位は樫山文枝おはなはん』、第3位は国仲涼子ちゅらさん』)。
  • 作品では、おしんの幼年期の苦労を描いただけではなく、義理や周りを見ることなく他人を押しのけてまで銭儲けをしてもいずれ自分を追いやってしまう、人として本当に大切な物は何かというメッセージが、おしんが人生の歩みの中で出会ってきた沢山の恩人の言葉を通して散りばめられている。
  • NHKの連続テレビ小説において、初めてクレジットロールに方言指導者が明示された作品である(定着するのは『いちばん太鼓』から)。田中ゆかりは『おしん』を「『本格方言ドラマ』の嚆矢」としている[2]。また、1983年10月放送の『おしん』において、日本初の字幕放送の実験放送が行われた(本放送は『いちばん太鼓』から)[3]

本編以降の放送日程[編集]

  • 90年代以降、総集編がBSと地上波で放送された。
    放送日:BS2 1999年10月25日 - 1999年10月28日 20:00 - 21:30
    地上波:2000年3月20日 - 2000年3月23日 21:35 - 23:05
  • 2003年4月からは、本放送20周年記念で、毎週月曜日 - 土曜日の夜7時30分からNHK衛星第2テレビジョンで全297話が再放送され、放送終了後の7時45分からは藤原勝也が司会進行で『BSおしんだいすき』という5分間のミニコーナーで、次回予告や視聴者からのお便り紹介、ドラマに登場した当時の風俗や用語解説を行った。また小林綾子丸山裕子今福將雄がゲストで登場したこともあった。なお、当番組が放送されていたため、2000年から12月1日に放送されている『デジタルドリームライブ』は、この年に限って15分遅い放送開始となっている。
  • 2008年から2010年にはファミリー劇場でも全話297回を2年間に渡って2回リピート再放送されている。
  • 連続テレビ小説の放送50周年を記念し「おしん総集編」が2011年11月25日に、NHKよりDVD-Videoがリリースされた。 なお売り上げ本数は9,000セットで、ちりとてちん(テレビドラマ)に抜かれるまで朝ドラDVD最高記録だった[4]
    総集編はおしんの成長に合わせた展開で進み、小林と田中が活躍する部分に旅する老年期のおしんは一切登場する事無いが、最終話「最上川・時の流れ」で山形と東京を見て回るシーンが少し挿入されている。
    【収録内容】
    • DISC.1 第一話「最上川・ふるさと」 第二話「結婚・大震災」
    • DISC.2 第三話「流転」 最終話「最上川・時の流れ」
    • DVD2枚組
    • 収録時間354分/画面サイズ4:3/モノラル/カラー/日本語字幕
  • 2013年、本放送30周年記念で、総集編と全297話がBSプレミアムで放送された[5]
    総集編:2013年1月1日〜4日 18:00〜19:30
    全297話:2013年1月6日〜12月15日 毎週日曜日 10:00 - 11:30(毎週、1週間分を放送)、字幕放送
  • 2019年、連続テレビ小説100作放送を記念して全297話がBSプレミアムで再び放送される事になった[6]
    全297話:2019年4月1日〜2020年3月(予定) 毎週月~土曜日 7:15 - 7:30、字幕放送

『おしん』誕生[編集]

  • 『おしん』誕生の切っ掛けは、「ある明治生まれの女性が、人に言えない過去を病床で綴ったものでした。子守り奉公したり、“女郎屋”に売られたりね」という、1979年に原作者の橋田壽賀子へ寄せられた1通の手紙であった。静岡県榛原郡川根本町出身の丸山静江の半生を、次女の千鶴子が代筆し、橋田壽賀子が「主婦と生活」誌で連載していた「母たちの遺産」に送った事が発端である。その後のドラマ化にあたり、橋田壽賀子やNHK番組関係者から取材を受け、脚本作りに協力した。ドラマでは、丁稚に出る幼いおしんが、最上川で下るシーンが名場面として知られているが、丸山静江も榛原郡金谷丁稚に出る為、大井川を筏で下って行ったと言う[7]
  • 明治世代の人の苦労を伝えるのは、自分達の世代の義務だと感じた。「でもテーマが地味過ぎて、どのテレビ局にも断られました。NHKでも、かなり反対があったんですよ。『明治物は、当たらない』と言われてましたし…。川口幹夫放送総局長(当時)の賛成で、やっと決まったんです」と橋田は述べている[9]
  • おしんというネーミングの由来は「信じる、信念、心、辛抱、芯、新、真」などの「しん」とされており、「日本人は豊かになったが、それと引き換えに様々な『しん』を忘れてしまったのではないかと思って名付けた」と橋田は述べている[10]

ドラマ撮影[編集]

  • 第7回で、両親が口減らしのため丁稚奉公に出す『おしんを見送る最上川川下りのシーン』は、貧困による窮乏と悲惨さを象徴し、本ドラマの代表シーンとして、必ず引き合いに出されるほど有名なシーンである。しかし、父の作造が登場する場面は別撮りで、後年になって伊東四朗は、おしんの姿を見ずに演じることが大変であったことを明かした。
    • なお伊東は、2000年の連続テレビ小説『私の青空』に、ヒロインの父親として登場し、船に乗って旅立つヒロインとその子供を港で見送るという、当作のようなオマージュシーンが存在する。
  • 小林綾子演じる少女時代のおしんが奉公先から脱走するシーンは、ロケ地の雪山で本物の雪を巨大な扇風機で飛ばして撮影された。その後の山小屋暮らしの撮影も雪山で行われ、麓の旅館と雪山を30分かけて往復したという[11]
  • 中村雅俊が演じる脱走兵・俊作がハーモニカで奏でている曲はアイルランド民謡原曲の『庭の千草[1]』という明治時代の小学唱歌で、何度かおしんも吹いている。

物語[編集]

1983年昭和58年)新春、へ向かう列車の中である老婦人が座っていた。彼女の名は田倉(たのくら)しん

三重県志摩半島各地に構えるスーパーマーケットの経営者であった彼女は、新店舗開店という記念すべき日に行方を眩ましてしまった。一族が騒然とする中、おしんとは血こそ繫がらないものの、孫同然の間柄である大学生・八代圭(やしろ けい)は昔、おしんが語ってくれた思い出話を頼りに、山形県銀山温泉へ、当ても無い捜索の旅に出た。

その地で偶然におしんと出会った圭は、今すぐ三重へ戻るよう説得するも、おしんは帰ろうとせず、山形の山奥にある廃村に行こうとしており、話を聞かない。だが圭はおしんの願いを叶えてあげたいという気持ちになり、彼女をおぶって雪深い山道を進み、廃村へと辿り着いた。そこがおしんの故郷であり、雪の中で廃屋となっていた我が家を見た、おしんの眼に涙が浮かんでいた。

そうして、おしんは圭にこの家出が80年以上の人生で自分は一体何を得て、何を失ってしまったか。また、自分のことだけしか考えない経営方針に突き進む息子・(ひとし)を、何処でそういう息子にしてしまったのか、を振り返るための旅だと打ち明けた。

少女編(第1回〜第36回)[編集]

物語は明治40年(1907年)の春、明治も終わりにさしかかった山形の貧しい小作の娘・谷村しんの少女時代から始まる。おしんの家は父・作造、母・ふじ、祖母・なか、兄・庄治、既に年季奉公に出ている姉・はる、みつ、そして弟・正助、妹・こうにおしんを入れて9人家族だった。その年、数え年で7歳になるおしんは、4月から尋常小学校へ通うのを楽しみにしていた。しかし家はここ数年の凶作地主への借りも積り、食事は大根飯で食いつなぐ貧しい生活だった。作造は口減らしの為におしんに奉公に出るよう命じる。おしんは嫌がり、ふじとなかはおしんがまだ7つだと反対する。だが、おしんはなかがおしんの為に食事の回数を減らしていたのを知る。後日、おしんはふじが冷たい川に入っていくのを見て助けを呼ぶ。ふじは引き上げられるがそれは堕胎の為だった。おしんはこれから生まれる子の為に一年の奉公に出る事を承知する。口入れ屋・源助が年季奉公の前払いとして米一俵を届けてくる。奉公に出る日、なかはおしんにこっそり50銭銀貨を渡す。最上川を材木問屋の奉公人・定次の筏で下る途中、堤防では追いかけてきた作造が泣き崩れていた。おしんは父も苦しんでいたと知った。

左澤町の中川材木店で、おしんは店の主人の軍次の子・武の子守をする。おしんのお目付け役である材木店の奉公人・つねは厳しく、ここでも大根飯、雪降る中で川でおしめを洗う辛い奉公生活だった。ある日、尋常小学校を覗いたおしんは授業をしていた松田先生と出会う。松田は夕方中川材木店を訪ねて来て、軍次ときんにおしんを小学校に来させるように説得。軍次は子守りを承知でならと承諾する。おしんは喜ぶが、つねは反対し、おしんを昼飯抜きにする。おしんはそれでも学校へ通う。見かねた松田はおしんに昼飯を持ってくる。しかし同級生たちは松田の贔屓を快く思わず、おしんをいじめる。武への危害を恐れ、おしんは学校をやめる。定次から上流から筏を流すついでに谷村家にお使いに行ってやると言われたおしんは習い覚えた片仮名で手紙を出す。定次は字の読めないふじとなかに手紙を読み聞かせる。おしんは心配させぬようつらい事は一切書かず、腹一杯食わせてもらっていると嘘を書いた。町では憲兵が脱走兵を探し回っていた。季節は冬になっていた。つねの財布から50銭銀貨がなくなる。疑いをかけられたおしんは大事な50銭銀貨を取り上げられてしまう。辛抱の糸が切れたおしんは川の上流の家に向かい吹雪の中歩き出す。

気がつくとおしんは見知らぬ青年に抱かれていた。猟師の俊作が吹雪の中行き倒れとなっていたおしんを見つけ、体を温めてくれたおかげで、おしんは凍死を免れる。ゆくあてのないおしんは、俊作と炭焼き・松造が暮らす月山が見える山小屋に春まで厄介になることになる。持病の高熱で倒れた俊作をおしんは懸命に看病する。回復した俊作はおしんに読み書きや算術を教える。おしんにせがまれ、俊作は与謝野晶子の詩、『君死にたまふことなかれ』を朗読し、戦争の残酷さ、反戦を説く。おしんが失踪してから20日。つねの財布から50銭銀貨を持ち出したのは軍次だったと判明するが、つねはおしんが家に逃げ帰ったと思い、源助を呼びつけると、前払いの米一俵の回収と50銭銀貨の返却を依頼する。源助から銀貨を渡されたふじは、おしんが死んだと思い悲しむ。

おしんは、毎日腹いっぱい食べ、勉強できる幸せな日々を送っていた。春がきていよいよ家に帰ることになる。足をくじいた松造にかわって、普段人前に出ない俊作がおしんを連れて山を下りる。俊作から愛用のハーモニカをもらったおしん。だが山狩りの兵隊につかまり、もみ合いの末、俊作は射殺される。おしんは憲兵の取り調べで、俊作が脱走兵として追われる身だったと知る。ようやく家に帰ったおしんにふじとなかは喜ぶが、作造は激怒、兄の庄治も村で白い目で見られると愚痴る。松造はおしんをこっそり訪ね、俊作の身の上を話したあと去っていった。家では妹のすみが生まれていた。

はるが年季が明け家に戻ってくる。次は製糸工場に行くという。おしんの次の奉公先はなかなか見つからなかった。はるはおしんが身につけたものに感服し、石版と石筆の為に銭を渡す。その年も米が取れそうにない。作造は一家でブラジル移民に行く事に決めるが、なかは置いていくという。ふじは反対する。なかは一人川へ身投げしようとするが、危機一髪おしんが引き留め、移民の話は立ち消えになる。そこで今度は、生まれて間もない末妹・すみが養女に出されたうえ、ふじが銀山温泉へ酌婦として働きに出ることになる。おしんは村の共同作業の杉苗植えをする。

りきが子守り奉公の話を持ってくる。2年で米5俵で奉公先は酒田米問屋加賀屋だという。おしんはふじのいる銀山温泉に寄って酒田を目指す。ふじはおしんの訪問に驚くが、一夜を共にする。朝、おしんは収納棚の上のこけしがふじに似ているという、それを見たふじはこけしを譲ってもらい、おしんに渡す。加賀屋に着くが、奉公は頼んでいないと言われる。小夜の子守奉公の件を、りきにみのは話してはいたが、実はまだ決まりではなく、手違いだった。しかしおしんは粘る。おしんは頼りなく見えたが、くには不憫に思い、奉公が決まる。つねのしごきのお陰か、おしんの働きは感心される。くにはおしんと同い年の孫娘・加代を比べるようになる。加代が登校した後、おしんは覗くなと言われた加代の部屋に入り、無断で本を持ち出す。加代に見つかり、くにらに呼び出され、問い詰められる。おしんは少し借りて読みたかったと言い、くには読んでみろと言う。予想を裏切り、おしんは本を読んで見せる。くには加代に持っている本をおしんに貸してやれと言う。面白くない加代は、本を急に読み出す。おしんが奉公を逃げ出して脱走兵と暮らしてた事が知られる。おしんがハーモニカを吹いてると加代がやってきてハーモニカを自分のものにしようとする、取っ組み合いの喧嘩になり、おしんは加代に怪我をさせてしまう。暇を出される事になるが、今度は加代がおしんを庇い、またしても難を逃れる。加代はおしんに心を開くようになる。しかしみのと清太郎は訝しむ。加代はくににおしんを学校に行かせて欲しいと言う。だがくには行かせず、その代りくには子守奉公の仕事が終わった後おしんに寺子屋仕込みの手習いや算盤を教える。そんな折、加代がおしんに一緒に来いと言う。工夫が加賀屋に電気を通す為に電信柱を建てている、加代が近づき工事を見てると工夫が電柱を支えきれず倒れてくる、あわや加代が下敷きになるところをおしんが庇い、事なきを得る。みのは敬服するのだった。やがて正月になり、おしんは9歳になっていた。初詣に行くと、男とすっかり酌婦になったふじがいる。加賀屋に戻り夜になると外に不審な女がいるという。出てふじと話す。加代がまたわがままを言う。洋服を買ってくれなければ学校に行かない、洋服を買うまで飯は食わないと言う。くにはおしんに大根飯を炊かせる。くにはおしんと加代に大根飯を食べさせる、加代はおしんの境遇を想い、聞き分ける。りきがひな祭りに来る。よく聞くと、なかが危篤だと言う。おしんは暇を出され帰る。おしんはなかに白米粥を炊き、食べさせる...。野辺の送り。あの時の、なかが布を織って貯めた50銭銀貨は形見になった。おしんは傲る事なく奉公人と勤め、加賀屋になくてはならない存在になっていった。

青春編(第37回〜第86回)[編集]

第一次世界大戦後の好景気に沸く大正5年(1916年)、おしんが加賀屋へ奉公に来て7年の歳月が過ぎた。おしんはあらゆる事を身につけわずか16歳で女中頭となっており、そろそろ年頃と言うことで縁談が持ち込まれていた。最初おしんは貧乏のつらさ、またくにの紹介でもあり見合い相手と結婚するつもりだった。一方、加代は絵描きを目指す自由奔放な女に成長し、女学校を辞めようとしていた。ある日、加代は風景画を描く為に砂丘に出かける。みのに頼まれ、おしんは加代を呼びに砂丘に行く。そこで警察に追われる高倉浩太を助ける事になる。加代は浩太に惚れる。ところが浩太はおしんを気に入り、何かと用を頼む。浩太は地主の息子で小作争議に命をかける男だった。おしんはそれを知り浩太に惹かれるようになる。加代に内緒でおしんが浩太と会った事が知られる。おしんは難しい立場に立たされる。浩太は過去に奉公人との悲恋がありそれが今の運動をするきっかけだという。ふじが加賀屋に口利きしてもらい、女丁持になる。加代はおしんへの浩太からの手紙を盗み見て浩太の下へ行き、おしんの縁談を浩太に教え、二人で東京へ行ってしまう。おしんは浩太に出会った事で縁談を破談にしてしまう。おしんはくにらに加代と浩太の事をひた隠しにし、またせっかくの縁談を破談にしてしまった事から、加賀屋にいる事が耐えられず加賀屋から暇を貰い、帰郷する。

実家へ戻ったおしんを待っていたのは、奉公先の製糸工場で肺病を患い死の床に伏した姉・はるだった。おしんははるが密かに好意を寄せていた、製糸工場の監督員・平野にはるのお見舞いを願い出る。作造が口入れ屋・勝次を連れてくる。はるは勝次の顔に覚えがあった。勝次は製紙工場の女工を騙して売っていた女衒だったのだ。はるはおしんに逃げるように言い、はるが髪結いになる夢の為に行く予定だった東京の髪結いの師匠の所書きと残りの銭を渡し、はるは19歳で力尽きる。おしんはふじの協力で家を抜け出し上京し、浅草の髪結い・長谷川たかの下へ向かう。

おしんはたかの店・髪結い長谷川まで来るが、たかに姉・はるの所書きを見せても人を入れる余裕がないと言われる。おしんは粘る。店の裏手に回り、消えかけの竈火を回復させる。そしてたかに哀願する。おしんの年季の入った仕事に、たかは様子を見る事にする。奉公人の中で一番若い下働きりつはおしんに仕事を取られ立つ瀬がない。おしんはりつに迷惑がかかるとたかに諦めると言うが、たかはやる気があるなら何人でも置くつもりだと言う。おしんは気兼ねなく働く。おしんは出来るだけりつに店の方をやらせ自分は裏の仕事をやる。いつしか先輩奉公人たちの心も開いてゆく。髪結いは12,13歳で弟子入りし、3年下働きし、それからやっとすき手になりまた何年も奉公し、一人前になるまでに7~10年もかかると言う。たかは加賀屋で仕込まれたおしんの仕事に、なぜ今更髪結いになりたいのか問う。忙しい年末年始が来て、たかはおしんにすき手をやらせる。年始が過ぎ、先輩奉公人のおけい、お夏が辞めると言う。おしんが1年に満たない内にすき手になった事が面白くなかったのだ。おしんが間に入り元の鞘に収まったが、たかはおしんは意気地がないと言い、以降客の髪を触らせなかった。そしておけい、お夏はおしんに心を閉ざしてしまう。

おしんが来て下働きのまま2年が経ち、大正7年(1918年)髪結いの世界も変わり始めていた。洋髪が流行り出していたのだ。おしんにふじから手紙が届き、おしんが子守奉公をしていた小夜の訃報を知らせる。スペインかぜ。おしんは暇を貰い加賀屋へ向かうのだった。加代も戻らない中、小夜も亡くなり、みのはおしんを引き留めるが...。帰京したおしんは日比谷公園での米騒動を聞きつけ、浩太の姿を求め日比谷公園に向かい、検挙されてしまう。たかの下に巡査が来て身元引き受けをする。たかはおしんほどの娘が2年も下働きをさせられて、嫌になったのかと杞憂する。逮捕された事で噂になり、先輩奉公人らの風当たりも強くなる。戻ってから十日が経ち、たかはおしんを呼び出し最近客が減ったのはおしんのせいではなく、日本髪を結う客が減ったからだと言い、これからは洋髪だとおしんに洋髪の為に日本髪の基礎を教える。

たかの店に、神田カフェの女給・染子が訪れ、たかはおしんに初めて洋髪をさせる。染子は、最初激怒して料金も払わず出ていってしまうが、周囲から似合うと言われおしんの洋髪が気に入り、おしんは染子の店、神田のアテネに出髪をするようになる。アテネでは他の女給にも気に入られ髪をするようになる。おしんは女給たちに恋文の代筆を頼まれるようになる。宛はすべて田倉竜三という男だった。おしんはたかの下から独り立ちする事になる。染子経由で銀座のカフェで出髪を頼まれ、行ってみると店の用心棒に出髪はつるに決っていると言われ取っ組み合いになる。竜三が店から出てくる。倒れたおしんを助け起こした女給は行方不明になっていた加代だった。脱兎の如く逃げ出す加代。銀座の街を疾走する二人。加代はおしんを裏切った事でおしんに会うのが怖くて酒田に戻れなかったと言う。加代は浩太とのすれ違いに諦めていると言い、おしんは妹の小夜の死を告げ、加賀屋の跡取りは加代しか残っていないと言う。加代は酒田に一度のつもりで帰るが...。

おしんは独り立ちし、たかの店の近くの老夫婦の家に下宿する。竜三は自分が染子を介して、おしんに出髪を依頼したせいで迷惑をかけたとして、何かと世話をやくようになる。加賀屋ではくにらが加代の男(浩太)から何の連絡もない事に見切りをつけ、婿を決める。家柄のいい政男である。加代は浩太を諦めきれず抜け出そうとする。が、くにに見つかり...。加代はおしんに連絡を取り加代の下宿に浩太が来たら知らせてほしいと言う。加代の下宿におしんが入るとそこには浩太が。浩太は相変わらず小作争議の為に逃げ回る生活。おしんは加代の想いを改めて浩太に伝えるが、浩太は自分に会った事は言わないで欲しいと言う。おしんは酒田に行き、沈黙のまま加代の祝言の文金高島田を結う...。

祝いに来ていたりきに会い、おしんは故郷に戻る。小作は相変わらず厳しく、おしんは作造、ふじ、庄治の仲の為にも再び仕送りを始める。おしんは加代の下宿で浩太を追っていた刑事に連行されてしまうが、竜三のお蔭で釈放される。竜三はおしんに求婚するが...。そんな中おしんの仕送りで田舎の借金も返済のめどが立ち、庄治にも嫁が決まるがそれは家を建てるのが条件だった。作造はさらに無心をする。おしんは無理が祟り過労と心臓脚気で倒れ入院する事になる、竜三は母・源右衛門(源じい)の制止を振り切りおしんに付きっきりで看病する。仕送りが途絶えた事で作造はおしんの様子を見に上京する、作造の態度に嫌気したおしんは竜三の大切さが身に沁み、作造の前でうっかり竜三への好意を口にする。作造は逆上し、田倉羅紗におしんと共に向かう事になる。互いの想いを知り、おしんと竜三は遂に祝言を挙げる。大正10年(1921年)の春であった。おしんは田倉羅紗店に住むようになる。結婚に反対していた源右衛門は次第におしんが身につけている礼儀作法や商才、人柄に感服し、竜三の父・大五郎に二人の結婚を認めるよう執り成す。源右衛門は佐賀に帰る予定だったが、おしんは引き止めそのままになる。

そんな折、作造危篤の報が入りおしんは帰郷する。新居が出来ていて庄治の嫁にとらが来ていた。作造は肝臓を悪くしており、死の床でおしんへの感謝と贖罪をする。上京した時の事を悔いており、おしんが祝言を挙げた事を告げると最後と祝杯を挙げ、息を引き取る。新居に小作争議の為に小作人が集まって来ていて、浩太と再会し、おしんは結婚した事を告げる。酒田にも報告に上がるが、加代と政男の夫婦仲は冷えきっていた。加代は未だ浩太への未練を断ち切れず...。おしんも苦悶する。おしんと竜三はたかの下へ挨拶に行くが、戦後恐慌もあり、日本髪を結う客がめっきり減って、たかとりつだけになっていた。

試練編(第87回〜第136回)[編集]

おしん竜三夫妻の為にカフェ・アテネで結婚祝賀パーティーが開かれる。竜三も源じいも酔いつぶれる中、おしんは店員に田倉羅紗店が卸している洋服店が明日にも破産宣告をすると伝えられる。おしんは独断で洋服店から卸した生地を回収する。それは加賀屋のくにの教えであった。竜三は激怒するが、洋服店は潰れおしんの回収は功を奏す。大正10年の暮れになり急に日本髪の客が増え、髪結い長谷川が忙しくなり、おしんは手伝う。たかはおしんに50円の報酬を支払う。不況の中、竜三の羅紗店が手も足も出ない中、羅紗店の危機におしんはよかれと再び髪結い長谷川で働く事を思いつく。たかは洋髪をやるつもりもなく店を畳もうかとも考えていたが、おしんの申し出に店の再出発を決める。おしんの持ち前の才覚で髪結い長谷川は洋髪店として盛況となる。喜々とするおしんに竜三の顔は曇っていく。

竜三の努力のかいあってか久しぶりに大口の注文が入り、羅紗を納入する。しかし後日おしんが洋髪店から帰ると竜三が塞ぎ込んでいる。久々の大口の注文は詐欺で、羅紗を騙し取られてしまったのだ。おしんが洋髪店から帰ると竜三は家を空けている、深夜に酔いつぶれた竜三と女給が帰ってきて、女給が高額のツケの支払いを要求する。おしんは竜三に理解を示し、ツケを支払う。髪結い長谷川はおしんとたか、りつでは手が足りず、新しい結い手を雇うほど忙しくなっていた。田倉羅紗店は開店休業の状態がつづき、竜三は完全に商売への意欲をなくし、おしんが稼ぎ出した金で遊び歩くようになる。見かねたたかはおしんに忠告するが、おしんには理解できない。放蕩しきった竜三が女給を連れてカフェ・アテネへくり出すが、見かねた染子が竜三に叱咤する。戻った竜三はとうとう男の沽券を理解しないおしんに鬱憤をぶちまける。おしんは竜三と別れる気になるがおめでたになる。たかは髪結いの亭主、自分の過去の話をする。おしんはやっと誤りに気づき、働くのをやめる事を決意する。

おしんが髪結いをやめてから二ヶ月が経ち、とうとう日々の食事にも事欠くようになる。見かねたたかが訪ねて来てお金を差し出すが、おしんは退ける。突然、うな重の出前が届く、地主の息子竜三はかつて面倒を見たの小作の伜にまで頭を下げて借金をしたのだ。竜三は知り合いに子供の洋服の需要が伸びてきたから、子供服の商売をしたらと勧められる。その資金の為におしんは不良在庫の羅紗を露天商で売る事を思いつくが、竜三は渋り、知り合いの洋服店で勤めに出ると言う。だがおしんは羅紗の仕入れ値を調べ、竜三と源右衛門の留守中に一人で羅紗を持ち出し露天商で売りに出る。ところが、男衆がやってきて無許可だからと帰れと言われる。納得のいかないおしんは男衆ともみ合いになり騒ぎに。そこに的屋の元締め・中沢健が現れ取りなす。健の説得でおしんは帰る。戻ったおしんは売上が入った袋を忘れてきたと悲嘆する。次の日、田倉羅紗店を健が訪ねてくる。腹の虫が収まらないおしんは健に食って掛かる。健は笑い、売上が入った袋を差し出す。売上を取り戻したおしんは上機嫌。健と意気投合。健はおしんがチフスで亡くなった妹に似ているという。健の力を借り所場代を払い正式に露天商をする事になる。羅紗は飛ぶように売れ商売の資金確保に漕ぎ着ける。

嬉々としておしんは新しい商売の準備を始めるが、竜三は洋服店へ勤めに出ており、乗り気ではなかった、しかし、おしんが子供服を一着縫い上げると目の色を変え積極的に協力するようになる。大正11年(1922年)9月、田倉商会は子供服専門店として再出発する。しかし、十日経っても一向に売れなかった。おしんは失敗と思い辞めようと思ったが、呉服屋・大野屋の仕入れ担当が来て、子供服の納入の話になる。竜三の申し入れだった。大野屋に納入した子供服が飛ぶように売れ竜三はすっかり有頂天、おしんに無断で縫い子と足踏みミシンを6台に増やし、もっと大きな作業場も建てると言い出す。勤めていた洋服店も辞める。さらに裏庭に小さな作業場を建てミシンを5台増やす。身重のおしんを尻目に竜三はすっかり天狗になり遊び歩く。竜三は夜も縫い子を雇いミシンを動かすと言いだすが、おしんは製糸工場での無理が祟り早死したはるの話をし反対する。源右衛門は竜三を見かね諌める。

竜三は源右衛門の忠言もあり山形からふじを呼び寄せる。庄治夫妻は難産だが第一子が生まれたという。おしんは親孝行する。大正12年(1923年)1月。長男が産まれる。お七夜、竜三はと命名。戦争嫌いのおしんは軍人になりそうな名前だと言う。お七夜のお祝いをする。引き留めるおしんを振り切りふじは山形へ帰る。佐賀から大五郎が来る。大五郎は作業場を見て金を融資すると言う。竜三から融資の話を聞いておしんは心配し、万が一の事を考えおしんは大五郎に融資を辞退したいと言うが...。作業場の為の土地が見つかる。酒田から出産祝いに加代が来る。縫い子の糸子が怪我をし、処遇に関して竜三とおしんは言い合いになる。加代はそれを見て本当の夫婦だと羨む。加代は加賀屋での生活に嫌気し酒田には二度と帰らないと言う。また、東京の実家にいる浩太の消息がわかったので今度こそやり直すのだと言う。土地を落札する。加代と浩太は会うが...。雄をおぶったおしんと浩太が会う。一晩塞ぎ込んだ加代は踏ん切り、酒田に帰る。

今までの店の儲けを総てつぎ込み借金づくめで悲願の作業場を新築する。9月1日、留守と子守りの為に源右衛門と雄は羅紗店に残り、おしんたちは工場で落成祝い...正午二分前、関東大震災。竜三とおしんは羅紗店の方へ向かう。店は無残にも瓦解している。源右衛門の手が見える。冷たい。泣き声。雄を庇い...。火災が発生し炎が迫る。雄を抱いた竜三とおしんは上野公園に向かい歩く。二日野宿し、3日。火災が落ち着いたのを聞いて、店を見に行くが...。たかとりつに会う。たかは工場の辺りは焼け野原になったと言う。竜三は動転し、走り出す。健も無事だった。竜三が戻ってくる。茫然自失。憮然。竜三はもう佐賀に帰る事しか頭になくなる。だがおしんは東京に残りたいと言う。ふじが加賀屋の助けを借りやってくる。雄の事もあり、おしんは折れ、竜三とおしん、雄は、別れを惜しみ、一路佐賀へ。

おしんにはやっと辿り着いた田倉家の敷居は高かった。田倉家は震災を逃れた竜三、雄の無事を安堵する。おしんは不安で背筋に冷たいものが走っていた。借金までした東京の商いの失敗に譴責。源右衛門の死も。清はおしんさえいなければと。竜三の長兄・福太郎も仏頂面。相談なしに竜三に金を出した大五郎も立場がない。おしんと竜三は物置のような一室を割り当てられる。竜三が雄のおしめを洗う。清は割って入る。嫁を甘やかすなと。おしんは姑にどう気に入られるか思案。竜三一家無事の祝い、おしんの膳はない。おしめの事で清はおしんに小言。福太郎の嫁・恒子に女は男衆が食事を済ませてから頂く、この辺の習慣だと言われる。風呂もしまい湯。おしんは家事を手伝いたいが、本家の嫁の勤めだと。恒子は余計だと突っぱねる。竜三とおしんは開墾、野良仕事をする事になる。田倉家は地主で竜三は畑仕事をした事がなかった。だが大五郎の代での失敗で凋落していたのだった。おしんは洗濯の石鹸はどこかと恒子に尋ねるが、石鹸は一家ごとに別だという。買う金は清に貰うのだと言う。清はおしんに山形の実家は何もしないのかと小言。飯、竜三がおかわり、廊下のおしんがお櫃に手を伸ばすと嫌味。

佐賀に着いた翌日から竜三とおしんは作男・耕造とその妻・佐和と開墾を始める。佐和は思いがけず美人である。開墾は重労働。辛い。弁当は握り飯二つのみ。竜三は不満。見ると耕造と佐和は小さな一本の薩摩芋を分け合う。米の飯は小作や作男は祭りの時のみでましだと言う。耕造の家は母と小姑が三人だという。どこも嫁はつらいと。家に戻り、耕造の話になると、佐和は島原女郎だったのだと清は言う。村のつまはじきだと。清はおしんに佐和と口を利くなと言うが、おしんはあっけらかんと女郎のどこが悪いのかと言い、清は憤慨する。清が竜三に餅を差し出すと竜三はおしんにもと言う。清はおしんにおなごは腹が減っても自分のものまで亭主に差し出すものだと小言。

おしんは、佐和の髪が見事なので野良で一度髪を結う。耕造と佐和は喜ぶが、案の定清は激怒する。田倉家に泥を塗ったと。佐和の髪を見て、田倉家におしんに髪を結ってもらえないかと人が来たという。それを聞いたおしんは喜び髪を結いに行きたいと清に言うが、清は開いた口がふさがらない。溝は深まるばかり。おしんは竜三になぜ髪結いしてはならないのかと不満。竜三は清の言うことを斟酌しろと言う。竜三はおしんの立場も理解せず母・清に無心する。またおしんは小言を言われる。ますます拗れる。夫婦仲も険悪に。わかってくれるのは佐和だけ。耕造は佐和の身請の為に田畑を売ってしまい、作男になったという。佐和も針のむしろだと。

おしんは竜三に田倉家を出て町に出ようと言うが、竜三は自信がない。竜三は大五郎がやっている有明海の干拓の組に入る事を思いつく。清は干拓事業には泣かされている、畑になるまで10年もかかると言うが、竜三は入る事になる。おしんはなんとか気に入られようと再度家事の手伝いを願い出るが叶わない。長兄の子供たちに穀潰しと囃し立てられる...。清も福太郎も干拓事業には望みがない、おしんは竜三を囃し立てたと文句を言われる。干拓にはおしんも逡巡するが、竜三は聞き入れない。険相。鬱憤の中虚しく時が過ぎていく。山形や東京への手紙には辛い事は一切書かなかった。おしんはいつしか口数の少ない女になっていた...。

大正13年(1924年)の正月。たかから年賀状が届く。髪結い長谷川を3月にも再会できそうだとの事。おしんは心の中で3月までの辛抱だと呪文のように繰り返していた。おしんは再度竜三に田倉家を出るつもりはないかと問うが干拓に賭ける竜三の意思は固い。竜三とおしんは衝突し、竜三とおしんはとうとう家庭内別居をする。おしんは来るべき時がきたかと思う。

おしんが源右衛門の墓前に仏花を供えいると、誰かが身投げしたという。行ってみるとそれは佐和だった。一命を取り留める。後日、おしんは佐和を訪ねる。佐和は納屋で寝起きをしていた。聞くと佐和は自分が女郎であった為に耕造が姑に糞味噌に言われ...気づいたら飛び込んでいたのだと言う。あのまま死んでいたらよかったと。おしんは佐和と、一緒に東京に行こうと言う。おしんは東京に行くあてがなければ自分も身投げしかねなかったと言う。佐和は黙って聞いている。彼岸の中日に発つと決め、おしんは佐和に汽車賃を渡す、とおしんは佐和の前で悪阻。計画の日、竜三の次兄で陸軍大尉亀次郎が来て挨拶する。末妹・篤子も来ておめでただという。おしんは雑木林で汽車の時間を待つ。ところが、佐和は干拓に出ている竜三を呼び出し、計画を漏らしてしまう...。竜三に見つかり行くなら雄を置いていけと言われる。修羅場。雄を奪う竜三に掴みかかるおしんは振り解かれ...。遠のく意識の中で汽車を追うおしん。

竜三はおしんを運ぶために荷車を取りに行く。佐和が来る。泣き喚くおしん。佐和は奥様は身二つになるまで...と。おしんはもう佐和を責める気力すらなかった。二度と戻るつもりのない田倉家の敷居を再度跨ぐ。亀次郎が怪我を診る。しばらく右手が使えないという。医者に見せる。おしんの怪我はひどく、首から右肩にかけてざっくりと肉が裂けていた。激しい出血のあとの衰弱と傷からくる発熱とで3日ほど昏睡状態になる。清は金がかかり疫病神だと言う。天井を見つめるおしん。竜三は清に怪我に至った顛末を隠す。十日経ち右手は使えないがびっこだが歩けるようになる。おしんは篤子と自分の中の小さな命を比べ哀れに思う。おしんは、竜三に佐賀に出る時に加賀屋から出ていた100円で怪我にかかった費用を出しておいてほしいと言うが、竜三は清らの気持ちがわからいのかと咎める...。血を分けた母親の事は見えないのねとおしんは言う。

篤子の帯祝いの日、おしんは床上げするが右手がしびれて思うように動かない。おはぎも握れず、小鉢も割ってしまう。竜三は怪我は首と右肩なのだから手が自由にならない筈がないと言う。清は図り針仕事くらいは出来るだろうと言う。清がおしんに縫い物を持ってくる...。針が持てない...。おしんは再び開墾に出るようになる。佐和に会う。佐和は東京に出る筈の金をおしんに返すと言うが、おしんは突っぱねる。おしんは身籠った事を誰にも話していない、佐和は竜三にだけは話した方がいいと言うが...激昂。おしんは誰にも言うつもりはなかった。

怪我から一月経ったが、右手は相変わらずで思うように働けない。その事で清ばかりか、竜三にも疎んじられる。見かねた大五郎はおしんを町医者に見せに行くが...。竜三が大五郎、清に呼び出され、おしんを実家に帰してはどうかと、清は竜三に離婚を迫る。おしんが佐和から貰った腹帯を竜三に見られ、妊娠を覚られる。竜三は里に帰って産んだほうがいいと言うが、おしんは谷村家はもう兄の代だからと田倉家にいると言う。竜三はおしんの覚悟知り、おしんに腹帯を締める。竜三は清におしんとは別れないと言う。

おしんが佐和と逃げ出そうとしていた事が耕造の母親から清に知らされる。佐和が何もかも白状したという。心配になっておしんが向かうと道すがら耕造が。佐和は逃げ出した後だった。佐和の小姑がおしんの渡した汽車賃を見つけ、何の金かと佐和は姑小姑に折檻されたという。再び身を売った金なのかと疑われ、おしんに貰ったと白状するしかなかったのだ。そしてとうとう大五郎、清らにもおしんの妊娠が知らされる。

清は竜三に、一つの家にお産が二つあると、どちらかが欠く。忌み嫌うと言う。大五郎はそんな風習はただの迷信だと言う。恒子も心配する。野良仕事から竜三とおしんが帰ると桶にドジョウが、お産にはドジョウがいいと言う。案の定篤子にだけである。恒子は、同じ姑を持つ嫁の立場から、とうとう見かねて、おしんに山形に帰りお産したらどうかと言う。風習を信じる清はおしんが身二つになるまで、預かってくれる所が見つかり、行けと言うが、おしんは迷信に納得せず、清は激怒し決裂する。清は竜三に自分は一度も姑に逆らった事はなかったと泣きつく。おしんの最後の意地である。

自立編(第137回〜第185回)[編集]

田植えの一番忙しい時期が来て、おしんは身重の体を押して田植えをする。篤子は一日遊びぜんざいを食べる。清に憤怒する竜三をおしんは宥める。おしんは竜三にまた清に文句を言われると窘めるが、頼られていないのかと竜三はへそを曲げる。竜三は仕方なく清に何も言わなくなる。ふじから手紙が届き、おしんは枕を濡らす。ふじからおしめと産着が届く。雨の中田植えをする。カンカン照りの中草取りをする。さしものおしんも疲労困憊。洗い物をしながら居眠りしてしまう。大五郎は休ませようとするが、後を恐れ竜三は...。

やがて、稲刈りの季節を前にして産み月になる。清はお産は不浄なので、裏の納屋代わりの離れを使うために掃除しろと言う。荒屋。恒子が安産の為の魔除けの麻の葉を刺した厚地の木綿の下敷きをくれる。おしんと竜三は稲刈り。夕刻、篤子が産気づき、竜三が町の産婆を呼びに行く。夜になり離れのおしんも産気づくが誰も気づかない。篤子の産婆は手に負えず、医者を呼んでくれと、真夜中の雨の中竜三が行く事になる。朝までに、産まれなければ赤子を堕ろして母体を助けねば双方死んでしまう。おしんは離れから竜三を呼ぶが届かない。おしんは離れの前に突っ伏す。朝。篤子の方は医者が間に合い、母子とも無事。竜三がやっと離れの方へ行くと...。迷信は現実になってしまった。

気を失っていたおしんは目覚め、産んだ子を見たいと言う。竜三は切り出せない、一方で談笑する清たちに怒りをぶつける。竜三に代わり大五郎が真実を告げるが...。おしんはと名付けたと言う...。放心。おしんは飲ませる子もなく乳が張る。乳汁来潮。一方篤子は乳がわずかしか出ない。清は竜三におしんに乳を分けてもらえないかと言う。篤子は嫌がる。竜三は怪訝。だが恒子はおしんの為にもと。おしんは赤子を抱き黙ってお乳を...。清はおしんに何でも精のつくものをと恒子に言う。竜三はおしんを一人にした事を悔恨する。清は懴悔し頭を垂れる。篤子の子は結局、愛と名付けられた。怪我から遠ざけられていた雄といる事も許される。

やがて愛の宮参り。篤子と愛は嫁ぎ先に帰る。佐和から手紙が届く。東京にいるという。おしんは毅然と東京に行くと竜三に言う。自分が愛を殺したのも同然だと。ここにいては何にもならないと。黙って行かせて下さいと。竜三は返す言葉もなかった。そしておしんは大五郎と清に雄と二人で出ていくと言う。だが清は雄は田倉の子だと譲らない。翌日、荷物をまとめたおしんは恒子に雄をどうするのかと尋ねられ、これから頼むと言うと、恒子は雄を連れ出してきてくれると言う。おしんは恒子の言葉を信じ、源右衛門の墓の前で待つ...恒子は清の留守を狙い、雄を連れ出しおしんに渡す。おしんは恒子の思いがけない機転に感謝し佐賀を後にする。

おしんは、再建した髪結い長谷川に身を寄せる。たかに佐賀での日々を打ち明ける、怪我で右手が利かないのも殆ど治ってはいたが。おしんは手始めにたかの髪を結うように言われるが、コテがたかの頭皮に当たってしまう。佐賀での怪我の事、その事で右手が不自由になった事を話す。髪結いが出来ない以上、たかの下へいる理由もない。佐和に会う。健が会いに来る。健はおしんに露天商の話を持ちかける。それを聞いたたかは反対するが、手が不自由になったおしんはたか達の髪結いを見ているのが辛いのだと言う。健がおしんに頼まれていた借家に長屋を見つけてくる。おしんは髪結い長谷川を出る事をたかに言っておらず、たかは驚き、寂しがる...。どんどん焼きの屋台を始め、忙しく明け暮れる中、大正14年(1925年)1月、おしんは佐賀の竜三に手紙を出す。佐賀に届くが、清が破り捨てる。恒子は手紙の事を口止めされる。

健は雄を可愛がり、何かとおしんの為に用立てる、それを見たたかは世間の口はうるさいと諭す。佐賀では清が竜三に見合い話を持ってくる。おしんからの手紙が竜三の手に渡らない事で心細い竜三。夜遅く健がいつものようにおしんを長屋まで送ると後をつける影が。おしんが布団を敷いたところで健の女が長屋に踏み込んでくる。愁嘆場。出るとこ出たら姦通罪になると言われる。おしんは二人を帰らせる。おしんは健の気持ちを初めて知りつらい。翌日、健が謝りに来る。たかと話す。別れ。

山形の実家におしんが帰った頃、髪結い長谷川に竜三から手紙が届く。谷村家では庄治とら夫妻に二人目が生まれている。小作争議で小作米は4割に、麦飯は食べれるようになっていた。庄治はおしんが田倉家を出てしばらく谷村家にいると聞かされると仏頂面。庄治は長男は家と親の面倒を見なければならない、おまけに兄妹が転がりこんできたら貧乏をついで長男くらい引き合わないものはないと文句。それを聞いたふじはおしんの為に庄治夫妻と所帯を別にする。とらはおしんはわがままだと夫・庄治に文句、庄治は一度嫁に行ったら石にかじりついてでも辛抱するのがおなごの道だと言う。

ふじはおしんが手紙に書かなかった佐賀での暮らしを聞いて、清は鬼だと言う。庄治がおしんに子守りで家にいるのか、いい身分だなと嫌味を言う、ふじは嫁・とらも同じではないかと返す。りきが会いに来る。子供の泣き声。とらが雄に折檻している。とらの子・貞吉のアメを雄坊が取り上げたのだという。それを聞いた姑・ふじは嫁・とらに激怒する、庄治は嫁・とらには甘く、財布を握らせている。おしんは宥めるが、ふじは庄治夫妻に無断で米を銭に代え雄の為に菓子を買ってくる。ふじは実子・おしんには甘い。夫・庄治は納屋に南京錠をつけ、鍵を嫁・とらに。ふじは息子・庄治は尻に敷かれていると不満。嫁と姑は対立する。おしんはりきの世話で手の足りない農家の手伝いを始める。佐賀では再三のおしんからの手紙を姑・清が破り捨てていた。田植えの季節になり、庄治はおしんをあてにするが、おしんは他の農家に田植えに行く約束があった。ふじは嫁・とらに田植えをさせろと息子・庄治に言う、乳飲み子を抱えても出来ない筈はないと。そこまで言われた庄治はとらに田植えの支度をしろと怒鳴る。姑・ふじは得意げ。

そんな中、加賀屋のくにが倒れたと聞き酒田に出かける。大往生。別居していた政男が線香を上げに来るが加代は...。初七日。加代はりきに佐賀でのおしんの事を聞いており、おしんに酒田にいるように言う。そして加賀屋に借金をして主が夜逃げした空き家で商売をするように勧め、元手も融資するという。清太郎、みのもおしんの境遇を知り、大正14年初夏吉日、おしんは飯屋・めし加賀屋を開店をする。開店した日に政男が仲人の下、加賀屋に戻ってくる。加賀屋は加代が取り仕切っていたが、夫を立てるために政男に任せられるようになる。おしんは飯屋のビラを作り、張り紙し、配る。ビラに加賀屋の名前がある事で、政男は恥さらしだと言い、加代と対立してしまう。清太郎、みのは何とか娘夫婦の夫婦仲を修復しようとする。しかし、飯屋が忙しい事もあり加代は加賀屋を空けおしんの店に入り浸ってしまう。だが政男は理解を示す。客の一人が酒を出すように言う。おしんは飲み屋ではないと断るが、加代は酒を出す。1杯15銭。飯の客よりよっぽど儲かると。おしんは店の空気が荒れると気が進まない。しかし背に腹は代えられず酒を出す事になる。政男が加代の様子を見に店に来る。雄が麻疹にかかり、店を休む。酒田に来てからも、おしんは佐賀の竜三に手紙を出すが、やはり清に破り捨てられる。

大正14年の秋。日本農民組合の庄内支部が酒田にでき、小作の代表として浩太が、加賀屋の主、地主の代表として政男が会ったという。政男は運動をする浩太の事を、惜しい男だと言う。おしんと竜三は互いに手紙が届かず、佐賀では清が竜三に再婚を強いる。

めし加賀屋の評判を聞き、偶然、浩太がやってくる。おしんは夫と別れ、子供を一人抱えた寡婦。浩太は東京からのおしんの消息を知らなかった。加代は浩太におしんが飯屋を始めるまでの顛末を話す。加代は自分が回り道させたおしんと浩太の縁を結ぼうとする。そして、浩太はおしんに雄の父親になるつもりだと告げる。しかし、今年4月に治安維持法が制定され、農民運動や労働争議が弾圧され始めたという。浩太はまた隠れて運動をしなければならない...。浩太は竜三の気持ちを確かめたいと佐賀へ手紙を出す。清が開封し見る。

めし加賀屋でおしん、加代、浩太が大正15年(1926年)の新春を迎えていると、りきがやって来て、谷村家のふじへ竜三から手紙が来ておしんの消息を教えて欲しいと書いてあったという。りきはおしんに手紙一本くらい出してやれと言う。そんな筈もなく。浩太は何かの手違いで手紙が竜三の手にわたっていないのではないかと言う。佐賀の田倉家でも新春を迎えている。再婚を渋る竜三に清は、おしんは他の男と一緒になるつもりだと、浩太からの手紙を見せる。竜三は清に自分宛の手紙をなぜ勝手に開けたかと怒る。手紙にはおしんが竜三に何度も手紙を出したと書いてあったが、清はしらを切る。それを見た恒子は清が破り捨てていた手紙を裏張りしたものを竜三に渡す。総てが明るみになる。

竜三の手紙がとうとうおしんの下へ届く。そんな中、店の客同士があわや刃傷沙汰を起こす。酔っ払いを相手にするおしんを見かねた浩太は商売代えを勧める。おしんの店に入り浸る加代をとうとうみのが見かねて、おしんに話すが、加代は言う事を聞かない。浩太がおしんの為に新しい仕事を見つけてくる。浩太の親戚が三重県の伊勢で漁師をしていて魚の行商の仕事である。酒田を後にする。

伊勢の網元神山ひさの下に身を寄せる。ひさは運動にかぶれる浩太の事を親不孝だと言う。浩太の父は大地主の多額納税者の貴族院議員だという。雄を乗せた箱車を押し、魚の行商人としての第一歩を踏み出す。強かな商魂で軌道に乗る。その年の暮れ大正天皇が崩御、時代は大正から昭和に変わり、ひさの世話になって一年が経つ。

浩太が会いに来る。浩太は今は農民運動も公に認められているが、小作争議の形態が変わってきており、小作が地主に小作料の引き下げを要求していたのを、地主が小作に小作料の引き上げを要求するようになったという。小作争議は泥沼だという。加代は加賀屋の若奥様に収まっている。魚の行商としての信用もつき、自分の店を持てるという段階になり、おしんは竜三に手紙を出す。しかし竜三から返事はない。おしんを気に入ったひさは田倉家が竜三を、亭主を置いて逃げたおしんのところへよこすはずがない、諦めろと言い、店を出す事はない、自分の下にいろという。浩太もおしんに一人でいて欲しいのだと言う。

佐賀では竜三が考えあぐねていた。竜三は自分には甲斐性がない、おしんが行商した金で店を開くのに亭主面して乗り込めるのかと。男の意地、干拓に拘る。大五郎は煮え切らず、伊勢に行く気のない竜三におしんを諦めろ、おまえがおしんの下に行けと一喝。結局竜三は伊勢には行かないと手紙に書く...。

伊勢で返事をもらったおしん。ひさは竜三に呆れる。その年の夏も過ぎようという頃、ラジオで今度の嵐は大きく、九州では被害が出ているという。長崎や佐賀では堤防が破れたという。台風が過ぎた佐賀の田倉家では、嵐の中干拓を見に行った竜三と大五郎が濡れ鼠になって戻って来る。竜三号泣。翌朝、竜三は置き手紙をして田倉家を出る。おしんと雄の姿をひと目見る為に伊勢に来た竜三は、下関から関釜連絡船に、汽車で満州大連まで行くと言う。日本は不景気、新天地満州なら仕事があるのだと。...竜三は雨の中重い箱車を押して長い道のりを行商するおしんを見て折れる。

夫婦が揃った事でひさの下から独り立ちし、鮮魚店・田倉魚店を出す事になる。最初魚の名前もわからない竜三は悪戦苦闘。竜三が御用聞きをする。ひさは竜三が出る事で店の売上が減り心配するが、おしんは店の主人は竜三だと言う。落ち着くと、おしんは佐賀の田倉家へ手紙を書く。清は母より嫁かと涙。

昭和4年(1929年)雄の小学校入学の晴れ姿を見せようと、おしんはふじを呼び寄せようと山形に手紙を出す。ふじは思うように働けなくなっており、庄治夫妻は冷たかった。手紙を受け取った庄治はりきに読んでもらい、口減らしが出来ると喜々とする。伊勢に来たふじは自分の体の不調を隠し、雄の入学式を見たらすぐ帰ると言う。入学式。庄治から手紙が来てふじを預かれという。ふじを返さない口実をどうするかと。おしんは悪阻。竜三はふじにおしんが無事出産するまでついていてくれと言う。ふじは自分の体の事を打ち明け、穀潰しだから帰ると言うが折れ、伊勢に留まる。

お腹の子も順調に育つ中、加代から手紙が届く。加代も9ヶ月だという。おしんはこれで加賀屋も安泰だと安堵する。やつれ、顔色がすぐれないふじ。昭和4年10月、ふじに見守られ、おしんは無事男の子を出産する。ふじが倒れる。医者が来てふじを診る。大病院で詳しく検査してもらった方がいいと言われる。男の子は(ひとし)と名付ける。ふじは白血病だった。竜三は産褥期という事もあり家族に隠す。しかしふじは床を離れられなくなる。おしんは無事に床を上げる。その間、ひさが面倒を見てくれる。

死期を悟ったふじは故郷の家で死にたいと言う。ふじは不治の病だと竜三はおしんに告げる。加代から手紙があり無事出産、希望(のぞみ)と名付けたという。おしんはふじをおぶって山形に帰りたいと言う。仁をひさに預け、竜三はおしんとふじを送り出す。ふじが帰ったと聞いてりきがやってくる。ふじは雪を見ながら亡くなる。

世界恐慌。おしんは山形でりきに加賀屋が危ないという噂を聞かされていた。昭和5年(1930年昭和恐慌。おしんがふじの訃報を加賀屋に送ったところ、加代からふじの見舞いとして10円の為替が送られてくる。おしんは安心する。

雄が三学期を終えた頃、おしんが加代に送った手紙が返送されてくる。そして、りきから手紙があり、政男が自殺したという。連絡を取ろうとするも加賀屋の電話番号は使われていない。ひさから連絡があり、急用で来いと。呼んだのは浩太だった。加代の事で。浩太は特高警察が出来てから弾圧が厳しくなったという。浩太は加代がおしんを頼って伊勢に来てるのではないかと言い、おしんは加賀屋にいるのではと問う。浩太は加賀屋が潰れたのも知らないのかと、加賀屋は差し押さえられ、誰もいなかったという。若旦那・政男の自殺の事を聞くと、政男は商品相場に手を出していて、3月の大暴落で支えきれなくなっての自殺だという。

おしんは加代、浩太からの連絡を待つが何の知らせもないまま昭和6年(1931年)の春。浩太が来て、加代が見つかったという。

太平洋戦争編(第186回〜第225回)[編集]

浩太は加代の住所と100円の大金をおしんに差し出す。翌日おしんは東京に行きたかの店に。所書きをたかに見せると女が一人で行くところではないと言う。たかが健を呼び、健と加代がいる場所に行く。健が用心棒に金を払いおしんは加代の部屋へ。加代は何も聞かないで黙って帰ってくれと。おしんは浩太の100円を加代に、そして清太郎、みのと一緒に及ばすながら伊勢にと言う。加代は心配はいらないと、押入れの戸を引く。寺に預ける金もない。みのの入院費の為に今の店に、500円を前借りしたという。

加代が自由になるには1000円いるという。健は加代のいる所は底なしの沼だと。どうすればと思案する中、おしんはせめて希望だけでもと、たかは加代が子供を手放す筈はないだろうと。再度尋ねると加代は急死していた。たかの店に戻る、骨箱と風呂敷の間に手紙が、あの時の100円も。おしんは、清太郎・みの・加代の骨壷と、加代の忘れ形見の希望を連れ伊勢に帰る。八代家の墓を伊勢に建てる。

満州事変。竜三は柳条湖事件を報じる新聞の話を雄とする。それを見ておしんは戦争はいけない事だと。竜三は雄に佐賀の葉隠の話をする。雄は戦争ごっこをする。竜三はこれからは軍人の世の中だと。氷冷蔵庫と自転車を買う。ひさが来る。昨夜、浩太がひさの下に来て特高に付け回され疲弊した様子だと。加代、八代家の墓の場所を聞いていったと。

ひさはおしんに浩太に運動を止めるように言って欲しいと哀願する。満州事変をきっかけに浩太のような運動家にはより厳しくなったのだと。特高に捕まったら拷問されて死ぬ目に会うのだと。おしんは浩太に会う...加代の墓の場所を聞いた浩太は明日参ると言う。翌日おしんは希望と仁を連れて加代の墓に先回りする。おしんが浩太は来ないと思い、墓から離れる。浩太の姿が見え、おしんは希望を掲げる。と特高に浩太は捕まる。

田倉魚店に戻るとひさが来ていて、浩太が加代の墓参りに出た後に特高が踏み込んできたという。ひさは特高に捕まったらおしまいだと悲嘆。それ以後浩太の消息はなく、4年の歳月が流れる。

東北大凶作の折の昭和10年(1935年)の2月。健が9歳の女の子を連れ突然やって来る。女の子は山形の小作の娘で、健は知り合いに頼まれて3年の年季、50円で引き取ったのだという。健は初子を大阪の飛田遊郭へ奉公に出すつもりの途中で寄ったのだと。おしんは、自分の奉公時代を見ているようであったし、死産した愛の代わりと思い、健に50円を払い引き取る。

竜三は、次兄の亀次郎の紹介で、大日本帝国陸軍に、魚を入れる商売を始める。店の経営より、そちらに熱心になり、おしんは最初は反対をする。しかし、家族を守るためと言うことで、賛成するようになる。

雄は中学生になっており、最初陸軍士官学校を志望するが、初子よりおしんの悲しい思いを聞き断念する。昭和11年(1936年)には、禎(てい)が産まれる。雄は京都の第三高等学校に入学し下宿を始める。戦局が厳しくなってきていたが、竜三は魚類の加工工場や縫製工場を始め、手広く商売をしていた。

雄は、京都帝国大学の学生になっていたが、文化系の学生も猶予が解け、招集される。招集後の面会におしんはおはぎをこしらえ、雄は同期の川村におはぎを分け与え面会を終える。次男の仁も、内緒で少年航空兵に志願して、家を出てしまう。空襲に出会うが、おしんは、初子と希望で、なんとか家を守る。雄の死亡通知が来たが、おしんは信じなかった。

8月15日終戦の日、竜三は家出をする。山中で自決をしていた。仁は無事に戻り、禎も戻ってくる。家に元の持ち主が外地より戻ってきて、おしん一家は片隅に追いやられてしまう。川村が復員してきて、雄の形見の日記をおしんに差し出し、おしんと初子は、雄の死を確信する。そして、初子は絶望して家出をしてしまう。ひさも戻ってきて、おしん一家はひさの家に厄介になることになる。

再起編(第226回〜第261回)[編集]

おしんは担ぎ屋から始めて、昭和25年(1950年)に、店を開店する。オート三輪での行商は続けていた。初子が家を出てから毎月おしんの元に送金があり、消印が東京だった。おしんは手紙で東京の健に初子の捜索を頼む。健と共におしんは初子の元へ行くが、初子はパンパン・ガールをしていた。説得され、おしんと共に初子は伊勢に帰ってくる。希望が、窯元に弟子入りをし、家を出る。仁も魚屋に見切りをつけ、東京の百貨店に就職する。しかし、仁は学歴のなさから、失意の上戻ってくる。そんな折、川村が現れ初子への好意を伝える、後日おしんに立地のいい駅前の土地を貸してもいいと言う。初子は仁やおしんの為に川村に土地を貸す事を希求し、川村に結婚してもいいと伝える。だが川村は雄の為と無条件で土地を譲渡すると言う。後日おしんらが新聞を見ると川村殺害の報が、実は川村は高利貸しをしていたのだ。入れ替わりに駅前の土地のおしん名義の譲渡契約書と登記の写しが届く。

仁は新たに店に奉公に来た百合と男女の仲になりながら、別に知り合った道子と結婚すると宣言しおしんは激怒する。百合は家出をし、希望の窯元で働くようになる。仁と、道子の父・川部が進めてきたセルフサービスのスーパー開店の計画をおしんは蹴り、浩太を保証人とし、自力でセルフサービスのスーパーを始めようとする。道子は最初田野倉家で同居するのを拒むが、おしんは譲らず、川部も理解を示し同居する事になる。セルフサービスのスーパー開店にあたって、仁は少年航空時代の後輩でアメリカ帰りの辰則を呼び寄せ、禎も開店セールの手伝いの為に帰省させられる。また間もなく道子が妊娠するが、仁の甘やかしもあり店舗の手伝いも放おって出産まで実家に帰ってしまう。希望と百合が結婚する。仁は店の為に禎と辰則を結婚させようと言い出す。禎は最初乗り気ではなかったが、大学に戻った後に心変わりし、結局大学を中退し辰則と結婚する。仁の子、おしんの初孫の命名にあたっておしんは仁に亡き竜三の「竜」を取るように伝えるが剛と命名される。

完結編(第262回〜第297回)[編集]

昭和43年(1968年)。たのくらスーパーは販路を広げていた。仁夫妻とおしんは別居している。希望も、作品が入賞し、おしんは窯元から独立をさせる。新しい家の引っ越しの前夜、百合が交通事故で急死する。おしんと初子は、残された圭の面倒をみる事になる。おしんは百合と仁との過去を思い、百合の葬儀に仁夫妻に出席しないように突っぱねてしまい、その事がきっかけで道子に百合と仁の過去の関係が明るみになってしまう。道子は子供を連れて実家に戻ってしまい、仁がおしんの下にやってくる。おしんは責任を感じ、道子の実家へ行く。悶着するが川部が間に入り、おしんも道子に哀願し道子は帰ってくる。しかし、夫婦間の火種になってしまう。仁の浮気が持ち上がり、道子がおしんの下へやってくる。仁はおしんに百合と結婚しなかった事の後悔を吐露する。おしんは、圭の面倒も考え希望の後添えに初子を望むが...。おしんは思い患う。仁の長男、剛が非行に走り、その件で、仁夫婦はおしんに同居を願い出、初子も同居させると言う。おしんは、おしん亡き後を憂慮し初子を独立させる事に決め、毛糸手芸店を持たせようとするが、辰則は出店にかかる資金に渋い顔をする。しかし仁は初子の為に惜しまない。仁は初子が戦後、身を売って送金をしていたことを知っていたのだった。おしんはそのことに涙する。仁夫婦は新しい家を建て、おしんと同居を始める。道子はおしんの世話で初子を当てにしていたが目論見が外れる。そんな中兄嫁とらが山形から嫁に追い出されたとおしんの下へやってくる。とらはかつてふじとの嫁姑関係での苦悩を吐露し、おしんは今は同じ姑の立場に思うところがありしばらく置いてやる事にする。庄治が後を追ってやって来るが、息子貞吉夫妻は果樹園を抵当に入れ出ていってしまったという。とらは家族に捨てられた事に恨み言を言いながら庄治夫妻は帰っていく。

昭和57年(1982年)、たのくらスーパーは16号店まで、店を増やしていた。仁が社長、おしんが副社長になっている。おしんの81歳の誕生日の日に、仁は17号店の出店を発表する。しかし、出店予定地を見ておしんは反対する。浩太の並木食料品店が影響を受ける場所だったのだ。しかし、仁は聞く耳を持たず、出店を進めてしまう。おしんは浩太を尋ねる。後日浩太が大事な話があるとおしんを尋ね、浩太の息子宗男が、田倉スーパー17号店より駅前に近く有利な土地を、田倉とは別の大手スーパーに売るつもりであるという、もし土地が売却されれば田倉スーパーは当然苦境に立たされるが、おしんは田倉スーパーが倒産しても構わないと達観しており、土地は大手スーパーに。17号店開店の前日、仁の娘あかねの縁談の相手が田倉家に来ていた。そして開店の日、おしんは、出奔する。山形、酒田、東京、佐賀と圭と一月ほど周り、旅から戻ってくる。圭は全てを知る。

何もかも終わっているだろうと帰るとまだ並木家は大手スーパーに土地を売却してはいなかった。田倉スーパーの危機の噂が出ておりあかねの縁談が破談になっていた。田倉スーパーは苦境に立たされていた。仁はおしんに並木に大手スーパーに土地を売却しないように頼んでほしいと言う。おしんは浩太の下に向かう。土地の一部が浩太の名義で売却されていなかったのだ。浩太はおしんにもう一度気持ちを確かめたいと言い、おしんは改めて土地を売却してもよいと伝える。浩太は決断する。大手スーパーが開店し田倉スーパーはたちまち苦境に追い込まれてしまう。あかね破談に仁と道子は口論。道子は離婚を希望し、仁は同意していたが、おしんに窘められる。初子と希望が道子の下へやってきてそれぞれの家や店の権利書を差し出し離婚を思いとどまるように懇願する。あかねとみどりが道子ではなく、仁の下に残ると言い出す。仁は道子と話す。道子も苦境をお互いに乗り越える決意になり、おしんは安心する。家は抵当に入っている。浩太から連絡がありおしんは向かう。引っ越しの当日、突然浩太がやってきて、仁に、17号店を大手スーパーが肩代わり(買収)する話を進めていると言い、仁は受け入れる。田倉スーパーは負債を抱えることもなく、残った16店で、再出発する事になった。最後は、おしん、仁、初子、禎に希望と圭の墓参りのシーン、おしんと浩太の海岸シーンで最終カットになる。

キャスト[編集]

主人公[編集]

オープニングの登場者名としては名字はなく全放送を通して、そのまま、「おしん」と画面に表示される。

谷村 しん(少女期) / 演 - 小林綾子
第1部ヒロイン。
1901年明治34年)生とされている。利発で心の優しい少女。家の貧しさと口減らしのため7歳で奉公に出される。
しかし奉公先の厳しさに耐えかね、抜け出し遭難しかけた所を脱走兵・俊作に助けてもらい様々なことを教わる。
その後、酒田の米問屋「加賀屋」に奉公に出ることになり、当家の跡取り娘・八代加代のかけがえの無い友情と、大奥様・くにの教えを一身に受け、立派に成長していく。
谷村 しん→田倉 しん(青春〜成年期) / 演 - 田中裕子
第2部ヒロイン。
16歳になったおしんは、くにの薦めで結婚することとなったが、農民運動を指導する浩太と出会い、一目惚れする。
そして、縁談は相手への強い嫌悪によって破談し、責任を感じたおしんは加賀屋を出ることになってしまった。家に戻ったおしんは、死んだ姉・はるの夢であった髪結いの見習いとなるため上京し「長谷川」の女主人・たかの下で、洋髪を主とした天才的な髪結いとして活躍することとなる。
そして、ふとしたきっかけで羅紗問屋「田倉商店」の主人・田倉竜三と出会い、親の反対を押し切って結婚。商売にも類稀な才能を発揮し、子供服の製造業で工場を構えるまでになったが、関東大震災で全てを失う。
後に竜三の故郷佐賀に移るが、姑の清の辛い仕打ちを受け、遂には死産を経験してしまう。心身ともに疲れ、耐えかねたおしんは佐賀を出る決心をし、雄を連れながらも持ち前の度胸と順応の速さにより新しく仕事を覚えては、その土地ごとで生活するようになる。
東京で露店商、酒田では食堂兼飲み屋、そして浩太の紹介で三重で魚の行商をはじめることになる。
田倉 しん(中年〜老年期) / 演 - 乙羽信子
第3部ヒロイン。
戦争で夫・竜三と長男・雄やすべての財産を失うが、魚の行商で一からやり直す。
次男の仁ら残された家族の支えもあり再び自分の店を構えるまでに立ち直るが、商売のことや子供たちの結婚など苦労は絶えず、子供たちを諭そうとしても「もう時代が変わったのだ」と言いくるめられてしまうこともしばしば。
自らの商売方針を堅持していたが、仁が持ち込んできた新しい商売をめぐり、大きな決断を下す…。
第1部・第2部は、老境に差し掛かったおしんがそれまでの半生を振り返り、義理の孫となる圭とともに思い出の土地を巡る旅をしつつ、圭に当時の出来事を語り次ぐという形式で描かれており、ストーリー全体の狂言回しの役割も果たしている。

谷村家[編集]

谷村 ふじ / 演 - 泉ピン子
おしんの母。貧しい小作農家に嫁いできた働き者。普段から家の炊事洗濯から朝から夕方まで田畑を耕す小作人の仕事をしていた。
それ以外にも銀山温泉で出稼ぎをすることもあった[注 1]。何かとおしんを気にかけ家族想いな性格で、何度かおしんが住む場所を訪ねてはおしんの支えになった。
現代のパートにおいておしんの部屋に置かれている古いこけしは、おしんが酒田の加賀屋に奉公する前に銀山のふじの宿に訪れて去る際に、母から買ってもらえた大事な物である。
谷村 作造(さくぞう) / 演 - 伊東四朗
おしんの父。貧しい小作農家で働き者。厳しい性格だが、貧しい大家族を養うために辛い気持ちを人前では見せない。
しかし、7歳のおしんを奉公に出す際は川岸でおしんが乗る船を心配のあまり追いかけていくなど、根は悪い人ではない[注 2]。が、その後も、表向きは常におしんに対しては冷たい批判的な態度をとり続け、おしんが最初の奉公先から逃げ出した際も心配することも無く、母親のふじが探しに行こうとすると叱責して阻む。また、おしんが無事に帰って来た時は、頬を叩きつけ怒るが、小屋のわらの中で眠っているおしんをなでたりもする。しかし、俊作と一緒にいたことを「国賊の脱走兵と一緒にいた」として、激高しおしんを殴りつけ、出血して倒れ気絶させるという残虐性も持ち、良い父親と冷徹な父親の両面がその時の状況によって入れかわる情緒不安定な人物である。おしんの結婚祝いの杯を交わしたその夜、肝硬変で死去。
谷村 なか / 演 - 大路三千緒
おしんの祖母。働き者だったが、おしんが物心つく頃にはリウマチにかかっており、かろうじて子守りやご飯の支度ができる程度の体になっていた。
初めての奉公へと旅立つおしんに50銭銀貨を与えるなど、孫の事をいつも気遣っていた、心優しい老女。
故におしんも家を思うたびに祖母の事を気遣っていたが、加賀屋での奉公が順調に向かっていた頃に危篤に陥り、急遽帰郷できたおしんと再会してこの世を去った。
祖母の辛い生き様は小作ではなく商売人として生きてきたいというおしんの人生行路を築かせたが、孫を大切に思う気持ちは圭に対して同様なもので、祖母の心を継承したと言える。
谷村 庄治(しょうじ) / 演 - 佐野大輔→吉岡祐一
おしんの兄。成人してからは父譲りの粗暴な面を見せるが、小作の長男として生まれてきたことを憾んでいる。
おしんが圭と一緒に実家の墓参りをする時の会話から、現在は亡くなっていることがわかる。
谷村 はる / 演 - 仙道敦子千野弘美
おしんの姉。貧しい家の家計を少しでも支えようと若い時から製糸工場で働くが、過酷な労働環境により肺結核で死亡。髪結になる夢をおしんに託す。享年19。

谷村 とら / 演 - 渡辺えり子(現:渡辺えり

庄治の妻。庄治と自分の子供たちとは普通の妻、母親として接するが姑のふじや時折実家に帰ってくるおしんのことは、口やかましいと思っており冷たい態度を取る。
昭和43年、突如として伊勢のおしんの元に家出して来る。理由は嫁と息子から邪険にされたことであった。しばらく滞在した後、迎えに来た庄治とともに帰って行った。
谷村 みつ / 演 - 長谷川真由美→古坂るみ子
おしんの姉
谷村 正助 / 演 - 住吉真沙樹→小林徹也
おしんの弟
谷村 こう / 演 - 片桐尚美→鍵本景子
おしんの妹
谷村 すみ / 演 - 柳美帆
おしんの妹で谷村家の末娘。おしんが奉公に出る切っ掛けとなった。その後貧しさのため母ふじが銀山温泉へ働きに出ることになり、養育出来なくなり乳飲み子のうちに他家へ貰われていった。

加賀屋(八代家)[編集]

八代 加代(やしろ かよ) / 演 - 志喜屋文(少女期)→東てる美
おしんの二度目の奉公先である酒田米問屋・加賀屋の長女。おしんとは同い年で、わがままで気が強く両親など周辺から甘やかされていた大店のお嬢様であり、奉公入り当初はおしんの事を気に入らずに嫌っていたが、ふとした喧嘩や命を助けてもらった事で改心して、実の姉妹のように仲良くなった。
青春期は画家になることにあこがれて加賀屋を継ぐことを拒否。大正デモクラシーの風潮の中、社会主義に理想を抱き、偶然出会った社会主義者の高倉浩太に恋心を浮かべて、浩太を追って加賀屋から出奔。東京でしばらく浩太と同棲していたが、浩太はすぐに加代の元を離れていった。
再会したおしんから妹の小夜の死を知り、酒田に帰郷する。あくまでも一時的な帰郷のつもりで、その後も浩太を思って家出しようとしたが、くにが倒れた事態と浩太から連絡がなかった(偶然、おしんは浩太と再会できたが、彼から口止めされていた)ために断念する。
大卒の政男と結婚してからは彼のやり方に不満を抱き、女一人で加賀屋を引っ張っていく。おしんが佐賀から家出してきて、くにの臨終を看取った後、事情を受け取り、酒田で加賀屋が保有していた空家をおしんに譲って、食堂兼飲み屋に仕立て上げた。そこでの業務には加代も大いに手伝った。
だが、おしんが伊勢に移った後に政男が自殺。政男が生前手を出していた商品相場で多額の借金を抱えていたため加賀屋は破産。凋落の末、東京の女郎屋へ身を落としてしまう。両親も相次いで死去。
おしん(と浩太)は加代の生活を救おうと、女郎屋に金銭(100円)を渡そうとしたが、借金は利子も含めて雪だるま式に増えて1000円にもなっており、果たせなかった。おしんと会った日の夜、飲酒から成る胃病のため喀血し、血がのどに詰まって窒息。昭和6年(1931年)に果てる。一人息子の希望はおしんがひきとり、遺骨はおしんが伊勢に建てたお墓に両親とともに納められた[注 3]
加代と浩太の関係を巡って、おしんがせざるを得なかった行為は、後に深い心の傷にもなってしまう。
八代 政男 / 演 - 森篤夫
加代の夫。加賀屋の婿養子で八代希望の実父。東京帝国大学卒。
婿養子であることを引け目に感じ、また加代が自分を好きでもない事も察しており、外に出て女を作って子供を産ませるなど放蕩三昧の生活を送る。そのため、夫婦仲は悪化した。くにの死後、仲人を介して詫びを入れ、加賀屋に戻る。加賀屋に戻ってからは加代を立て、おしんの店を手伝うのも認めていた。
昭和恐慌で米問屋の経営、株取引などうまく行かず商品先物の取り引きでも失敗し、加賀屋の破産の責任を取り昭和5年(1930年)春に自殺した。
八代 くに / 演 - 長岡輝子
加代の祖母。加賀屋の「大奥様」。おしんの理解者。広い心で、幼いが向学心のあるおしんを見守る。
おしんの奉公人としての働きぶりや簡単な読み書きができ、向学心があることを知って、信頼を置くようになり、加代と一緒に勉強を教え、帳簿の見方や花嫁修業としてお茶や生け花も身につけさせ、おしんがこれから生活していく術を教えてくれた大恩人でもある。
加代の家出の件では心を痛め、加代が帰郷直後に再度家出しようとした時に心臓病で倒れる。おしんが佐賀から家出して山形の実家に帰った頃は危篤に陥っており、駆けつけたおしんに加代のことを頼んだ(その際、死んだふりをする茶目っ気も見せた)翌朝、76年の生涯を閉じた。
八代 みの / 演 - 小林千登勢
加代の母。当初、おしんにも優しかったが、娘の加代と奉公人のおしんに対するくにの考えにズレが生じ一時冷たくなる。
しかし、おしんが加代の命を助けたことで改心し、実の娘のように愛情を持って接するようになる。
加賀屋凋落後、3か月入院した後、東京で死亡。上述の理由で加代は死目にあえなかった。
八代 清太郎(せいたろう) / 演 - 石田太郎
加代の父。母親であり加賀屋の経営を取り仕切っているくにには頭が下がる若干頼りない性格。
しかし、娘の加代のことになると強気に。上記のみのと同じく途中からおしんを優しく接するようになる。
加賀屋凋落後、心労がたたり東京で脳卒中で死亡する。
八代 小夜(さよ) / 演 - 宮城望(乳児期)→大塚ちか
おしんが子守をした加代の妹。おしんが加賀屋を去った2年後に肺炎で亡くなる。

番頭 / 演 - 小野泰次郎

加賀屋の番頭
きく / 演 - 吉宮君子、うめ / 演 - 佐藤仁美
加賀屋の奉公人。おしんの少女編に登場する先輩たち。
さく / 演 - 今野博美、たま / 演 - 井沢明子
加賀屋の奉公人。おしんの青春編に登場する。

田倉家(佐賀)[編集]

おしんの夫と義理の家族。

田倉 竜三(りゅうぞう) / 演 - 並樹史朗
おしんの夫。明治28年(1895年)生まれ。佐賀の旧家の三男。跡継ぎではないため独立し、東京で羅紗問屋を開業していた。
髪結いのおしんの評判を聞きつけ、つきあいのあるカフェの女給のために彼女を呼び寄せたのがきっかけでおしんと知り合った。加代とも面識があり、帰郷した加代との連絡を取り持つうちにおしんに興味を抱き、やがて結婚に至る。
苦労しらずのお坊ちゃんだが、おしんや育ての親である源右衛門のことを誰よりも大切に思っている。
また、おしんが髪結いや商売を営むことに反対しがちだが、次第にその力を認め、共に事業の拡大に全力を注ぐ。
しかし関東大震災により事業財産の全てを失ってしまい、おしんと長男の雄を連れ佐賀の実家に戻る。
おしんが雄を連れて佐賀を離れた後も親子3人で暮らすため干拓事業に精を出していたが事業は台風によって失敗し、今度は満州開拓に乗り出そうとするが、別れのために訪れた伊勢で魚の行商をしていたおしんと再会。
夫婦共に伊勢で働くことを決心し、店を構え一家を養えるまでになる。戦時下には軍の仕事を引き受け羽振りが良く、戦争を嫌うおしんに対し積極的に戦争協力を行う。敗戦後、戦争への協力、また自身の息子や隣組の若者達を戦争に送り戦死させた事を悔やみ、おしんと家族の事を思いながらも自決する。
田倉 清(きよ) / 演 - 高森和子
おしんの姑。神経質かつ昔気質の性格で、小作の娘ということからおしんと竜三の結婚に反対しており、佐賀ではおしんに辛く当たる。
働き者のおしんに対し、「家のことは、恒子(長兄の嫁)の仕事だから」と言い、髪結いをしたことがあったが「田倉家の恥だ!」として辞めさせ、おしんを嫁として認めなかった。
それでも、おしんが死産した時はさすがにやりすぎたと反省し、一時的に和解するがおしんの家出で破綻。おしんからの手紙も破り捨て竜三たちにも見せなかった[注 4]
だが竜三が伊勢でおしんと共に魚の行商をし始めたころから、息子がいかにおしんを妻として慕っているかを考えて、その仲を認めるようになる。
竜三の自殺後に伊勢のおしんを訪ね、再び和解する。そして、竜三の骨の一部を持って佐賀に帰っていった。
田倉 大五郎(だいごろう) / 演 - 北村和夫(当初の予定では、佐藤英夫
おしんの舅。源右衛門とは共に育った間で、その源右衛門のとりなしもあって結婚には賛成していた。おしんに辛く当たる清をたびたび宥める。
なお、おしんが初子を迎えに東京を訪ねて来た頃には大五郎も清も既にこの世の人ではないことが、たか、健とおしんの会話で分かる。
田倉 福太郎(ふくたろう) / 演 - 北村総一朗
竜三の長兄。家庭内の揉め事には「見ざる、言わざる、聞かざる」の態度を取る、いわゆる事なかれ主義者。
田倉 恒子(つねこ) / 演 - 観世葉子
福太郎の妻。長兄の嫁と言えども清の厳しい態度の下、何年も田倉家で身を粉にして働いて耐えてきた。
初めはおしんを厄介者と扱うような態度をみせていたが、同じ嫁としての立場からおしんに共感。おしんを陰ながら支援するようになり、おしんのために産着を用意した他、おしんが佐賀を出る時は見舞いに出た清の隙をついて雄を連れ出し、おしんに引き渡した。また清が破り捨てていたおしんからの手紙を拾い集めて裏張りし、後に竜三に渡したりもしている。
田倉 亀次郎(かめじろう) / 演 - 成瀬正
竜三の次兄。陸軍中佐。妻(ひろ子)と子もあるが登場はしていない。
伊勢で竜三に軍に魚を収める仕事を紹介し、雄には陸軍士官学校進学を勧める。
山根(田倉) 篤子(やまね(たのくら)あつこ) / 演 - 長谷直美
竜三の妹。おしんが田倉家に来る前に嫁に行っており、時々田倉家に戻っては清から手厚いもてなしを受けていた。おしんと同時期に妊娠し、彼女が田倉家で出産する事になったのも、おしんが長女の愛を死産する要因となった。その後、清はおしんの償い、篤子生まれの娘命名は「愛」。
今村 源右衛門(いまむら げんえもん) / 演 - 今福将雄
田倉家(佐賀)の奉公人。田倉の本家で竜三の子守をしていた。竜三のお目付け役として上京。
当初はおしんを貧しい小作人の娘ということで、田倉商店に転がり込んだおしんのことを快く思っていなかった。
だが家事全般はもちろん、読み書きやそろばん、お茶生け花などが出来る事を知り、気立てと威勢の良さから次第に彼女を認め、大五郎に竜三とおしんの結婚に太鼓判を押すほどになる。
田倉商会の工場落成の際は商会本店で雄の世話をしていたが、関東大震災が発生すると本店の家屋が崩落。崩れてきた柱から雄を庇い、死亡した。

佐太郎 / 演 - 木内聡、千代 / 演 - 藤田亜里早、千賀 / 演 - 金子成美、平吉 / 演 - 服部賢悟→四元りょう

福太郎、恒子夫妻の子ら。
なお佐太郎は現代のパートにも登場しており(老年期の配役は平島武広)、おしんに再会するも「見た事がある」と言うだけでほとんど忘れていた。
おしんも当時の辛い状況を考えて、話し合おうとはしなかった。
また、佐賀でお墓参りをするおしんと圭の会話から前述の清と大五郎の他に福太郎と恒子も現在は既に鬼籍に入っていることがわかる。
つぎ / 演 - 有明祥子
田倉家(佐賀)の奉公人。

田倉家(伊勢)[編集]

おしんの子供たちとその家族。

田倉 雄(ゆう) / 演 - 伊藤毅→荻堂譲二→山野礼央→槇浩→松田洋治冨家規政
おしんの長男。大正12年(1923年)1月14日生。伊勢での行商時代にも母子ともに過ごし、誰よりも母を想う青年に成長。
一時は陸軍士官学校進学を志すが、戦争を嫌う母の言葉、そして初子の言葉を受けて断念し、県立中学から三高そして京都帝大文科へ進む。
初子とは相思相愛の仲であったが、学徒出陣の出征後に戦死する。戦友川村の話及び雄自身の手記から餓死であったことが発覚する。
田倉 愛(あい) / 演 - なし
おしんの長女。大正13年(1924年)秋、佐賀で出生直後に死亡。
田倉 仁(ひとし) / 演 - 望月匡貴→内田慎一→山下真司高橋悦史
おしんの次男。昭和4年(1929年)10月生まれ。
雄や希望とは異なり、粗暴な一面もあり戦時中には特攻隊へ志願、出陣命令を受け実家に訣別の葉書を送ったが、鹿児島で待機中に終戦を迎えたことにより一命を取り留める。
しかし、雄と同様に母や家族を想う優しい一面もあるものの、それが他人を思いやらない自己中心的な心に繋がり、おしんを苦しめてきた。
戦後には田倉家の跡取りとしての意識を強く持ち、戦後は進学せずにおしんと商売に精を出していたが、いつまで経っても儲からない商売に行き詰まっており、やがてセルフサービスの新しい商売の話を持ち出す。

八代 希望(のぞみ) / 演 - 大渕貴人→萩原等司塩屋智章野村万之丞

加代の忘れ形見。おしんの養子。仁と同い年で兄弟として育つ。
おしんは希望に加賀屋を再興させることが恩返しであると考え、姓は八代のままである。希望は戦後の再出発においては進学せずに商売を手伝っていた。しかしやがて自身が商売に向いていないことを悟り、田倉の家を出て陶芸家の道を志す。親(おしん)思いで、穏やかな性格。

田倉 初子(はつこ) / 演 - 上中はるか→長島裕子[注 5]田中好子佐々木愛

おしんの養女。中沢健の遠縁。大正15年(1926年)生まれ、千人針の話から初子の生年が寅年であることがわかる。山形の小作の娘で、
おしんと似た境遇で、幼くして死んだ娘の愛と年が近いため、おしんは娘同様に育て、仁や希望にとっては優しい姉、雄とは相思相愛の仲になる。
雄の戦死後はおしんの元を去り、家に送金していた。実は東京でアメリカ兵相手の商売に身を落としていたのだが、昭和24年、おしんの説得で伊勢へ戻る。
再び田倉家の家事と商売を支え、仁から生活面の御礼として裁縫店を与えられるも、独身を通して実の母のように慕うおしんの面倒を見る。

田倉 禎→崎田 禎(てい→さきた てい) / 演 - 野竹和子→山下陽子→浅沼友紀子吉野佳子→吉野由樹子

おしんの次女。昭和11年(1936年)2月26日生まれ。誕生日が明らかでない登場人物が多い中、禎は2.26事件当日に生まれたとドラマ中に描写されている。
一時は田倉家の家事をこなしていたが、自分の子供には学問をさせたかったおしんの願いから名古屋の大学へ進学する。
大学では青春の日々を過ごしていたが、帰省した際に新しい商売に踏み切ったおしん達が身を粉にして働いている姿を見て大学での日々に違和感を覚え、遂には中退。
おしんの商売を手伝い、仁に勧められていた辰則との結婚も真剣に考えるようになる。だが、辰則との結婚の後は商売のみを考えるようになってしまった。
田倉 道子(みちこ) / 演 - 田中美佐子浅茅陽子
仁の妻。旧姓川部。裕福な家庭で育った現代的な女性で、一人娘として甘やかされて育ったため家事が得意でない。
貧しい小作人の娘という境遇や人一倍働き者のおしんとはたびたび諍いを起こす。
結婚しても、同居生活や出産などでおしんたちと衝突を巻き起こし、耐えられないと決まれば実家に帰っていた。
中年期からは、おしんが彼女と距離を置きつつあったために、何事も問題無く通ってきたが、新舗開店時の家出で今までの鬱憤を含んで立腹。
しかし、おしんがいかに一族のために尽くしているかの姿を見て分かり合うようになる。
崎田 辰則(さきた たつのり) / 演 - 渡辺寛二→桐原史雄
禎の夫。仁の戦友で、アメリカのスーパーで働いていた経験を持つことから田倉商店の従業員として仁に招かれる。気さくな性格で商売の成功のため精力的に働く。

八代 百合(ゆり) / 演 - 丘山未央→寺田路恵

昭和25年から田倉商店で働く奉公人。良く働き控えめな性格で、おしんや初子からも可愛がられていた。
仁と関係を持つが、昭和28年、仁の結婚に際してことが露見したため田倉家にいられなくなり、希望の陶匠で働く。
おしんは百合を不憫に思っていたが、後に希望の妻となる。しかし、息子・圭を産み、新居を構えてすぐに交通事故で死去してしまう。
八代 圭(けい) / 演 - 岩淵健大橋吾郎
希望の息子。加代の孫。大学生だが春休みの際に祖母代わりのおしんが家出したことを知り、捜索として訪れた銀山温泉で偶然に再会する。
おしんと血の繋がりがないことは知っていたが、それ以上の事(奉公や実の祖父母の事など)はこの時点では聞かされてはいなかった。その後、おしんが過去に過ごした土地を一緒に訪れ、おしんが今までひた隠しにしてきた人生を知ることとなる。
子供の頃、母の死によって一時おしんの下で生活していたことがあり、他の孫たちよりもおしんを慕っていて、おしんからも可愛がられていた。
物語終盤に実の祖母である加代、おしんの師匠であるくにといった先祖たちを思って、加賀屋の再興を目指そうと考えた。

田倉 剛(たけし) / 演 - 宮本宗明

おしんの初孫。仁の長男。幼少期に非行に走る。スーパー田倉の営業部長。
田倉 幸子(ゆきこ) / 演 - 景山真弓
剛の妻。
田倉 あかね / 演 - 鈴木美江
仁の長女。彼氏がいたが、ある事情で別れを告げられるが、なんとか立ち直る。
田倉 みどり / 演 - 川上麻衣子
仁の次女。名古屋の大学に通っている女子大生。

田倉 進 / 演 - 永山純一

剛の長男。おしんの曾孫。

複数編での重要人物[編集]

高倉 浩太→並木 浩太(たかくら こうた→なみき こうた) / 演 - 渡瀬恒彦

農民運動の活動家で貴族院議員の息子。おしんの初恋相手で、竜三との結婚後も、伊勢での商売を紹介するなど生涯にわたっておしんを援助する。おしんの父作造が亡くなった直後に農民運動の関係でおしんの故郷を訪れたこともある。
戦時下には特高警察による拷問を受け、脚に障害を残し心身ともに荒廃する。
転向した後は運動から離れ、結婚して商売に精を出し成功し[注 6]、戦後には楽隠居の身となる。
未亡人となったおしんが店を出す際や加代の子である希望が独立する際も支援した。さらに、大型店に賭けたスーパーたのくらが倒産の危機にあった際、不採算の大型店を引き取って大手資本に仲介する話をまとめ、スーパーたのくらの窮地を救った。

長谷川 たか(はせがわ たか) / 演 - 渡辺美佐子

おしんの髪結いの師匠。日本髪専門の髪結い「長谷川」の女主人だが、おしんが洋髪で独り立ちできるよう育ててくれる。
江戸っ子気質の義理人情の深い、加賀屋のくにと並ぶ、人生の師匠でもある。
昭和28年の時点では亡くなっていることが第239回のおしんのセリフでわかる(後述の健も同様)。

中沢 健(なかざわ けん) / 演 - ガッツ石松

的屋。おしんが無許可で露天をして揉めたのを助ける。
度胸の良さに感心し、おしんが落とした売上金を返しにやって来ておしんと意気投合。奇遇にもおしんと同じ山形出身。
気前良く露天の出店許可を出し、おしんの商売に貢献する。亡くなった妹と似ていると、密かにおしんを慕う。
また、東京でおしんの人生の局面(佐賀からの家出、凋落した加代と対面するおしんへの助力、消息不明になった初子の調査など)で重要な役割を果たす。なお、戦争中に露天商からは足を洗い、戦後は堅気として暮らしていた。

神山 ひさ(かみやま-) / 演 - 赤木春恵

伊勢に住む浩太の親類。網元。浩太の母のいとこである。浩太の面倒を幼少期から見ており、特高警察に追われる浩太の身を案じる。
浩太の紹介でおしんと雄を預かり、おしんが魚の行商人として独り立ちする手助けをし、戦後には未亡人となり家を追われたおしんが再起するため再び行商の手助けをする。
なお、昭和28年の時点では亡くなっていることが第238回のおしんのセリフからわかる。

山形の人々[編集]

源助 / 演 - 小倉馨
口入れ屋。おしんの最初の奉公先の中川材木店を世話した。中川材木店には9歳のおぼこだと言っていたが、7歳のおしんをつれていく。おしんが逃げ出した後、おしんの前払いの米一俵を無理矢理回収する。
中川軍次 / 演 - 平泉征(現:平泉成
おしんの最初の奉公先である中川材木店の主人。幼少のおしんのことを気にかけ、松田先生からの申し出を受け入れておしんを尋常小学校に通わせるなど理解はある。しかし、つねの高圧的態度の前には何の役にも立ってはいなかった。
後年、老年期のおしんが訪れた時は中川材木店はなくなっており、土地の人の記憶にもなかった。後述する中川材木店の人達の消息は現在は不明である。
中川 きん / 演 - 今出川西紀
中川軍治の妻。おしんのことを気にかけていたが、やはりつねに言いくるめられる事が多かった。
つね / 演 - 丸山裕子
中川材木店の奉公人。家事を20年以上取り仕切って来た女中で、奉公にきたおしんの躾け係となる。仕事熱心だが、頑固で気が強く、口調もきつい。下の者に対して温情を持って対応指導する姿勢に欠けている。幼いおしんにも容赦なく厳しく接する。おしんが小学校に通いはじめると「奉公人の分際で」と反対して昼飯を与えず、軍次・きん夫妻からもなだめられたが、学校をやめると「やっとわかったか」と喜んだ。自分の財布から50銭銀貨がなくなったのをおしんが盗んだと決めつけ、おしんの銀貨を取り上げる。おしんの失踪後、軍次がつねの財布から無断で銀貨を借りてその事を言い忘れていただけと判明するが、反省することはなく、奉公の代償の米を取り返すことを口入屋に指示する。
しかし、この時の厳しいしつけにより、おしんは家事と辛抱強く働くことを身につけた。
定次(さだじ) / 演 - 光石研
中川材木店の奉公人。12才から奉公している。奉公に出るおしんを迎えに来た人物。以来、おしんを気にかけて声をかけたり、つねから庇ったりしていた。
おしんが書いた手紙を仕事のついでにふじの元に届けたり、その手紙を代読したりもしていた。
松田 / 演 - 三上寛
最初の奉公先近辺にある左澤尋常小学校の教師。
授業を興味津々に覗き込んでいたおしんを見つけ、自身も乳児を背負って就学していた経験があったために、中川家を説得して小学校に通わせた。
俊作(しゅんさく) / 演 - 中村雅俊
中川材木店から逃げ出したおしんを雪の山中で助けた猟師の青年。標準語を話す。山から下りず、鉄砲で撃った動物の毛皮を、松造に里で売ってもらっている。日露戦争の203高地で受けた銃弾が体に残っており、時折高熱を出す。
おしんが家に帰らず山小屋にとどまるのを渋っていたが、高熱で倒れたところを看病してもらったあとは、おしんに読み書きや算数、与謝野晶子の『君死にたまふことなかれ』を教え、戦争の愚かさや命の尊さを説く。
春になり、おしんの里帰りに同行したが憲兵に見つかり、逃亡しようとしたところ射殺されてしまう。
実は脱走兵で追手から逃れるため山に潜んでいた。東京出身で日露戦争に出征したが、203高地の凄まじい戦いで考えが変わり、戦地から逃走。山形の山中で行き倒れていたところを松造に救われたという過去があった。
彼が大事に持っていた「君死にたまふことなかれ」の掲載された雑誌『明星』とハーモニカは里帰りの際におしんに手渡され、直後に形見となってしまったが、何時までも大切に取っておいた。この俊作と松造との生活によって、おしんは「人は物よりも心が豊かであれば幸せになれる」ことを知る。更に、「人を恨んだり憎んだり傷つけたりせず、相手の気持ちになり憐れみを持って許し接することにより、心豊かな人間になれる。」と、人の生きるべき道の教えを受け、おしんの人生観におおきな影響を与える。
松造 / 演 - 大久保正信
俊作と共に暮らす炭焼き職人。山を転々としながら暮らしている。息子二人を203高地で亡くしており、同じくそこで傷を負った俊作を匿っている。
当初は俊作と同じく自分たちの存在を知ったおしんを煙たがっていたが、次第に孫娘のようにかわいがる。俊作の死後、おしんが憲兵の取り調べで口を割らなかったため、罪に問われなかった。
おしんが吹いていたハーモニカの音に気付いて訪ねてきて、俊作の過去をおしんにうち明け、どこかへ去っていった。
りき / 演 - 渡辺富美子
谷村家の近所に住む村人。口入れをする事もある。おしんが子供の頃に奉公先の口利きをしてくれたり、字が読めないふじたちの代わりに手紙を読んで聞かせるなどおしんたちを何かと助ける。
桜木徳男 / 演 - 津村鷹志(津村隆)
おしんの元婚約者。
助平な男でお見合いの際におしんに抱き着き、おしんは抵抗の末、徳男を池の中に投げ落としてしまい、結果加賀屋の奉公が終わってしまう。
平野 / 演 - 金田明夫
おしんの姉・はるが働いていた製糸工場の監督員ではるが密かに恋心を抱いていた。おしんが見舞いに来てほしいと手紙を出してはるが亡くなる直前に見舞いに訪れた。
勝次 / 演 - 江幡高志
作造が連れてきた口入れ屋。おしんが加賀屋を辞めた後の次の奉公先を斡旋したが、女衒であった。

東京の人々[編集]

りつ / 演 - 名川忍
髪結い「長谷川」の奉公人。千葉の小作出身。最初、飛び込んできたおしんを厄介者と嫌っていたが、次第におしんを姉のように慕う。
洋髪主流の影響でほとんどの奉公人が辞めてしまった中、たかのために一人「長谷川」に残って奉公していた。
震災直後、田舎に戻り髪結いの店を持つ。
豊 / 演 - 田中世津子、その / 演 - 真野ゆうこ、袖 / 演 - 木瓜みらい、けい / 演 - 島村美紀、夏 / 演 - 富沢美智江
髪結い「長谷川」の奉公人。
つる / 演 - 此島愛子
おしんの出髪の競争相手。
染子(そめこ) / 演 - 日向明子
神田のカフェー「アテネ」の女給。おしんにとって最初の髪結い客で、最初結った髪が気に入らず怒って帰ってしまったが、店で好評だったため贔屓の客になる。
「アテネ」の客であった竜三に軽い恋心を抱いて、字の書けるおしんに恋文を書くようにお願いしたことが、おしんと竜三の結婚のきっかけとなった。
両者の結婚には認め、仲間たちと共に暖かく見守る。ある時、田倉商店の危機に一人豪遊して「アテネ」に訪れた竜三を叱ったこともあった。
震災直後、おしんとは離れ離れになってしまい、消息は不明。
波子(なみこ) / 演 - 浦谷ひづる、八重子(やえこ) / 演 - 谷川みゆき、茂子 / 演 - 古館ゆき
神田のカフェー「アテネ」の女給たち。染子に影響されて、おしんの髪結いの常連客となる。
ロク / 演 - おぼん、サブ /演 - こぼん
中沢健の子分。おしんが彼らに無断で露店をしていた所、おしんと押し問答となる。
しかし、親分とおしんの和解の後は、分かち合って手助けするようになる。
徳造 / 演 - 神田正夫、かね / 演 - 橋本菊子
おしんが髪結いとして初めて独立した時の最初の下宿先の大家夫婦。
留吉 / 演 - 中島元
大工、田倉商会を子供服縫製所への改造を請け負った。
中本 / 演 - 小池栄
婦人服の仕立屋。おしんは型紙の制作を依頼したり技術指導を受けたりした。
立原 / 演 - 大矢兼臣、長野 / 演 - 加賀谷純一
大野屋の仕入れ担当者
山口ミサ / 演 - 渡辺康子
ミシンの技術指導員
梅子 / 演 - 大畑ゆかり、糸子 / 演 - 中尾和子、敏子 / 演 - 百瀬三邦子、弓枝 / 演 - 西沢正代、勝子 / 演 - 野沢由香里、久代 / 演 - 大越章子
ミシンの縫い子

佐賀の人々[編集]

耕造(こうぞう) / 演 - 隈本吉成

竜三の幼馴染で、田倉家の小作。居候になった竜三・おしんと一緒に畑仕事をする。

佐和(さわ) / 演 - 香野百合子

田倉家の小作・耕造の妻。元天草の女郎(ドラマ120回では清は「島原ん女郎たい」と言っている)で近所から距離を置かれているがおしんと懇意にする。自身の境遇に悩んで身投げ騒ぎを起こした。
おしんは佐和の境遇に共感し、一度目の家出の時は彼女にお金を渡し、彼女と一緒に逃げる手はずになっていたが、彼女は計画を無謀とみて竜三に相談。そのため、おしんの家出は失敗したうえに、この時に肩に負った傷が元でおしんの右手が効かなくなり、結果的におしんを裏切ることになってしまった。
後におしんよりも一足先に東京へ逃亡。おしんが佐賀から上京した後で再会し、おしんからもらったお金を全額返済した。

伊勢の人々[編集]

並木 香子 / 演 - 片岡静香

浩太の妻。造り酒屋の一人娘。
並木 宗男 / 演 - 長谷川哲夫
浩太の息子。浩太の後を継いで食料品店を営む。スーパーたのくらの強引なやり方に激怒し、17号店出店反対運動の先頭に立つが、失敗。やがて自身の店を含めた商店街の土地を大手資本に提供し、自分は出来上がったスーパーにテナントに入るという戦法をとり、スーパーたのくらを窮地に追い込む。

[編集]

川村 清一 / 演 - 斉藤洋介
雄の戦友。戦時中におしんと初子が軍隊にいる雄に面会した時に同席し、おしんが持ってきたおはぎを食べさせてもらった。
戦後、戦死した雄の遺品を届けに田倉家を訪れ、さらに数年後、裏の仕事で大金を儲けて、初子に結婚を申し込む。
雄の代わりに親孝行の意味も込めて駅前の土地をおしんに譲渡する。しかしその直後、営んでいた高利貸しの債務者に襲われて28歳の若さで生涯を閉じる。
川部 仙造 / 演 - 長門裕之
道子の父。名古屋の衣類問屋の主人で、商売拡大のため道子と仁の結婚を進める。
スーパー創業の際に自分の商売への介入を嫌い出資を断るおしんの態度にはじめ反感を持つ。
やがて同じ時代を生きたもの同士として共感を示し、甘える道子や批判する波江よりもおしんの考え方を認めるようになる。
なお、現代は亡くなっている事が第289話の道子の台詞からわかる。
川部 波江 / 演 - 今井和子
道子の母。若い頃に嫁姑問題で苦い経験をしたため、一人娘の道子にはそういう思いはさせたくないとの考えから、結婚には当初から否定的で、結婚後も姑のおしんに冷たい態度をとることが多かった。
栄造 / 演 - 大友柳太朗
希望の陶芸の師匠。
ふみ / 演 - 風見章子
栄造の妻。
次郎 / 演 - 菊池浩二
田倉商店の従業員。
征男 / 演 - 家中宏
田倉商店の従業員。
文子 / 演 - 伊藤公子
田倉家(伊勢/完結編)のお手伝い。

宿の仲居 / 演 - 芝田陽子

老年期のおしんが銀山温泉に回想の旅に出た時に宿泊した宿の仲居。

銀山温泉の宿の女将 / 演 - 草村礼子

語り / 演 - 奈良岡朋子

本作のナレーション。最終回に犬を連れて散歩する女性として顔出し出演し、海岸で共に歩くおしん・浩太を夫婦だと思って挨拶し、去って行った。

スタッフ[編集]

  • 脚本:橋田壽賀子
  • 音楽:坂田晃一
  • 制作:岡本由紀子
  • 演出:江口浩之、小林平八郎、竹本稔、望月良雄、一柳邦久、吉村文孝、江端二郎、大木一史、秋山茂樹
  • 山形ことば指導:芝田陽子
  • 酒田ことば指導:大久保正信
  • 佐賀ことば指導:吉岡節子
  • 島原ことば指導:山田孝子
  • 書道指導:星富恵子
  • 殺陣指導:林邦史朗
  • 茶道指導:戸田宗安

『おしん』の反響[編集]

日本での反響[編集]

  • 本放送の人気ぶりからオシンドロームと呼ばれるほどの社会現象を巻き起こした。この『オシンドローム』という言葉はアメリカのニュース雑誌「タイム」のフリー記者であるジェーン・コンドンが紙上で掲載したもので、1984年の第1回新語・流行語大賞の新語部門・金賞を受賞している[12]
  • 中曽根康弘首相は「おしん、康弘、隆の里」と自らを2名に準えて表現し、混迷する政局を耐え忍ぶ姿を自戒している。「隆の里」とは31歳で第59代横綱に昇進し、新横綱全勝優勝を遂げた力士・隆の里俊英の事で、苦難を越えて昇進した人物像から「おしん横綱」という愛称を持つ。
  • 田中角栄も己の人生と『おしん』を照らし合わせて、涙ながらに「俺は男おしんだ」と語っている。ただし、橋田は後のインタビューで「教科書のような話を書いたつもりはないので、政治家や財界人が訓示に引用するのには、違和感を覚えた」と述べている。
  • カルビーの創業者で、当時71歳だった松尾孝がおしんにぞっこんで、「おしんさんを見てますとね、自分が商売を始めたころの苦労を思い出しましてねえ」と、おしんを呼び捨てにせず、「おしんさん」と敬称をつけるほど惚れ込みようで、「綾子ちゃんをわが社のコマーシャルに」と切望した[13]。しかし、茶の間のアイドルになった小林には、50社以上の企業からCM出演の申し込みが殺到した[13]
    • 幸い小林が東映に所属していたため、松尾と東映の社長・岡田茂が広島一中(現広島国泰寺高校)の先輩後輩の関係で、契約がトントン拍子に進み、小林のCM初出演がカルビー『かっぱえびせん』に決まった[13]。CM制作は東映CMが担当し、放送開始1ヶ月半後の1983年5月中旬から制作が始まり、当時はほとんどなかった台本つき、さらに美術にもお金をかけて通常の2倍の2000万円で製作した[13]
    • 当初のCMタイトルは『綾ちゃんの大根めし』で、小林が『おしん』そのままの貧しい着物姿で登場して「腹が減ったときには大根めしでもうまかった」とドラマそのままのセリフがあり、オンエア直前にNHKから「これでは『おしん』が企業とタイアップしたようにとられる」とクレームを受けた[13]
    • また橋田が毎日新聞エッセーで「『おしん』は私のものなのよ。なのに私にはひとことも相談がないんですもの。あれは視聴者が出したお金で作った公共放送のドラマですよ。そのイメージを、一私企業が宣伝に使ってはいけないのよ。いくらドラマのキャラクターには著作権がないからって、強引すぎる」と訴えた[13]。このため、タイトルは『食事編』に変更され、小林のセリフはカット、小林の食事シーンに「世の中がどんなに変わろうと、子供たち、元気でがんばって下さい」などのナレーションが入るものに変更され、1983年夏からオンエアされている[13]
  • 「おしんのしんは辛抱のしん」と辛抱を呼びかける現象までも発生したが、橋田は「あれは辛抱を描いたドラマではありません」と自粛を呼びかけていた。
  • TV放送をこよなく観賞していた昭和天皇も連続テレビ小説を能く視聴し、『おしん』を視聴した際に「ああいう具合に国民が苦しんでいたとは、知らなかった」と感想を述べたという[14]
  • 中曽根の言動を模したようなものに「おしん、家康、隆の里」というのがあるが、「家康」とは、おしんの同年に放送されたNHK大河ドラマ徳川家康』を示し、作中と史実において伝わってくる家康の忍耐心を隆の里、『おしん』となぞらえたもので、流行語となった[15]
  • 本放送時、札幌市水道局の水道使用量が急速に減少して警告が鳴り、ラジオドラマ『君の名は』の再来か、というエピソードが当時の北海道新聞に掲載された。
  • 嫁姑戦争の舞台となった佐賀県では、「県のイメージダウンになる」とNHK佐賀放送局に抗議の電話が殺到し、NHKが「もう少し見てもらえれば真意を汲み取ってもらえる」と釈明を出す必要に迫られた。この時、姑を演じた高森和子はテレビのトーク番組に出演し「あれは演技の上ですよ」と苦笑しながら釈明している。
  • ドラマと現実の区別がつかなくなった熱狂的な視聴者が、おしん役の小林や母ふじを演じた泉ピン子宛てに米を送ったり、「おしんに渡してほしい」と、NHKに多額の金銭を送ってきたこともあった。おしんの父・作造がおしんやふじに厳しく接するため、作造役の伊東四朗宅に「お宅のご主人は娘に厳しすぎる」と視聴者が抗議に訪れ、家人が「あれはそういう役」「うちには娘はいない」と応対するも最後には庭先で口論になったこともあったという。おしんと対立した姑を演じた高森和子は町中でにらみつけられたり、苦情を言われたこともあった。
  • 当時の「おしんブーム」にあやかろうと、演歌歌手・金沢明子が「おしんの子守唄」をリリースしている。なおB面曲の「おしん音頭」は、歌詞がユーモラスだったことから「森田一義アワー 笑っていいとも!」で取り上げられたことがある。シングルレコードのジャケット柄は宗美智子による漫画版『おしん』のイラストであり、1983年11月末までに6万枚を売り上げた[16]
  • 「おしんブーム」で山形県を訪れる観光客が増加、県内観光名所の飲食店のメニューに「大根めし」も登場し話題となった。
  • 『おしん』の幼年期については非常に反響が大きかったため、1984年夏にNHK総合テレビで幼年期のみ再放送されている。
  • 必殺仕事人IV』22話「主水、大根めしを食べる」において、中村主水がお灸に辛抱できない中で、上司の田中熊五郎が小説を読みながら、本作を連想させる発言をする。主水から毒づかれるが、ムキになっていた。
  • 1983年5月26日に発生した「日本海中部地震」を描いた矢口高雄のコミック「激濤 Magnitude 7.7」に、夫婦で出漁していた猟師が『おしん』のお昼の再放送を見ようと急いで港に戻るシーンが描かれている。なお、実際の当日の昼の放送は、報道特別番組のため休止された。
  • DVD-Videoに続いて[17]、2013年9月27日に「少女編」「青春編」がBlu-ray Discで発売され、2013年11月22日に「試練編」「自立編」「太平洋戦争編」、2014年1月24日に「再起編」「完結編」がBlu-rayでNHKエンタープライズから発売されている。

外国での反響[編集]

759阿信屋
759阿信屋
  • 『おしん』は日本国外、とりわけアジア圏で人気が高く、『おしん』を観て日本や日本女性に好意的な印象を抱いたという人々も数多い。少女時代を演じた小林綾子が放送された国を訪れると、今でも「オシン!」、泉ピン子は「オシンマザー!」と呼ばれ、様々な歓待を受けるという。一方、西欧諸国などで放送された時、国によってはあまり人気が出なかった。
  • 海外初の放映は1984年のシンガポールで、日本で放送を見てファンとなった駐日シンガポール大使の要望により実現し、視聴率80%を達成、このヒットによりタイやオーストラリア、アメリカ、中国などで放送されることになった[18]
  • 当時の内閣総理大臣中曽根康弘と親密な関係にあったアメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンが、1983年に来日した際に国会で「日本にはおしんの精神がある」と日本人を『おしん』に喩え、称賛している。
  • 中華人民共和国では非常に人気があり、初回放送から20年以上経った2007年でも、湖南テレビにて、『阿信』(アーシン)として再放送されている(「阿」は古来の中国語で幼名につけられる接頭語で、日本語の「お」に相当。「信」の方は宛字)。 
  • 香港では、1985年に無綫電視で『亞信的故事』(アッソンデクースィー)として放送された。広東語のオリジナル主題歌「信」をジュディ・オングが歌い、香港を含む東南アジアの広東語圏全域で大ヒットしている。また香港を中心に展開している食品ディスカウント・ストアチェーンに「759阿信屋」というのまで存在する。
  • 中華民国台湾)では、1994年に中視で中国同様『阿信』として放送された。オープニング曲「永遠相信」はジュディ・オングが、エンディング曲『感恩的心』は欧陽菲菲が歌い、どちらも大ヒットした。なお、エンディング曲「感恩的心」は、中視の放送休止時間中のフィラーとしても使用されている。2008年3月25日20時から再放送(なお、再放送版、フィラーではエンディング曲の歌手がロジャー・ヤンとなっている)。
  • ベトナム社会主義共和国では、1990年代半ばに『おしん』がVTVで放送され、放映時間には町に人影がまばらになるほど高視聴率を取った[19]。都市部では「おしん」という語は貧しい女性を意味するようになり[19]ベトナム語メイド家政婦やお手伝いさんを指す名詞クオック・グー綴り:osin)になっている。2013年9月からHTVで再放送されている。放映当時のベトナムは、一般的に人々の生活も安定して衣食の面ではほとんど不自由がなくなり、働けば働くほど収入が得られるようになりつつあるなど、努力の結果を予測できる社会になり始めていたころであり、また、長く続いた戦争で国土が焦土化してしまったベトナムにとって、戦後驚異的に経済復興した日本は自国の未来と重なる部分が多かったため、人々の共感を呼んだが、おしん以降は中国や韓国のドラマが人気で、日本のドラマは受け入れられていない[20]
  • エジプトでは1993年に放映された。カイロでは、『おしん』放映時間に停電が発生、放送を観られないことに怒った視聴者が電力会社やテレビ局に大挙押し掛け、投石や放火等の暴動を起こすという事件があった。その後、政府が該当話の再放送を約束する声明を出し、事態はようやく収束した。2018年放映のNHK番組の取材によると、エジプトでは「おしん」という名前は、働き者で正直者、向上心があって賢いというイメージがあり、放送から25年たった今でも店名や社名に「おしん」を使う例がみられるほか、子供にはイスラム教に関連する名前をつけることが一般的である中、「おしん」と名付けられた女性たちもいた[21]。当初は前例がないという理由で市役所に断られ、裁判に訴えた者まであったという[22]。日本女性との結婚や日本語学習に興味を持つ者が現れ、日本に関する報道も増えていき、国民的俳優のモハマド・ソボヒーによる「Aalat Wanis(ワニース一家)」という日本女性オシンが登場するドラマも制作されて人気を集めた[22]
  • アフガニスタンイランではペルシャ語吹き替えにて放送されたが、イラン国営テレビでの放映が最高視聴率90%超を記録する爆発的人気となり、長きに亘り『Oshin(ウーシン)』は日本を表す代名詞となった。なおイスラム教国では、男女が自然に触れ合う場面などが放映時に削除されたため、逆に「オリジナルにはわいせつシーンがある」との憶測を呼んだことがある。イランでは『家を離れて幾年月』という題で1986年に放映され、戦争で苦難と不足を経験していた当時のイラン人の共感を呼んだ[23]。「おしん」の子供時代の部分のみがまとめられ、青少年向け映画として上映されることもあった[24]。おしん夫婦が経営した子供服製造所の名前から、イランでは俗に古着屋のことを「タナクラ店」、古着のことを「タナクラ服」とも呼ぶ[24]。おしんのヒットで80年代には日本のドラマがいくつか放映されたが、以降は韓国ドラマに取って替わられた[25]
  • 1989年1月28日、ムハンマドの娘ファーティマの誕生日兼婦人デーであるこの日には「イスラム女性の象徴はだれか」という質問形式のラジオ番組が放送されたが、ある女性が質問に『おしん』と回答しその後の受け答えでファーティマを古い女性だと形容した。ホメイニ師が責任者の処罰を要求した結果、件のラジオ局の責任者4人に対し反イスラム的であるとして科刑、解雇という判決が下されるが、当のホメイニ師が恩赦として判決を撤回させている[26]
  • ジャマイカでは、おしんブームが到来し、男女に限らず、名前に「オシン」をつけるのが流行した。
  • ベルギーでは、修道院の尼僧が『おしん』を見るためにお祈りの時間を変更した[18]
  • 湾岸戦争後、荒廃したイラクに対する復興支援の一環として、日本国政府はアニメ「キャプテン翼」と「おしん」の全放映権(VTR)を無償提供した。これはイラクの放送局および国民から、水道などのインフラストラクチャ復興提供と同等、ないしはそれ以上に熱狂をもって感謝されることとなった。

海外での放送[編集]

海外で放送された国と地域(2012年3月現在68の国と地域)

番外編『もうひとりのおしん』[編集]

終戦記念日である8月15日からの6日間、ドラマ『おしん』を中断して放送された。これは田中裕子が疲労で倒れ、絶対安静を余儀なくされてドラマ撮影に支障が生じた事で急遽制作されたドキュメンタリー作品で、おしんと同じように戦前から戦後の混乱期を耐え抜いて生きてきた女性たちの群像をテーマに描いたものである。しかし、田中の休養については何ら告知もしておらず、視聴者からのクレームも多かったという[27]

出演者[編集]

大橋吾郎小林綾子橋田壽賀子小木新造 ほか

スタッフ[編集]

放送日[編集]

放送回 放送日 サブタイトル
第1回 08月15日(月) いろりのまわりに家族がいた
第2回 08月16日(火) めしはいつも大根めし
第3回 08月17日(水) 女は一生働きづめ
第4回 08月18日(木) 夏も冬も着たきりすずめ
第5回 08月19日(金) ことばは国の手形
第6回 08月20日(土) 日本中のおしんたちへ

舞台[編集]

小説・文庫・シナリオ本[編集]

  • 『小説 おしん〈上〉』(橋田壽賀子・三原庸子著、2003年3月、日本放送出版協会、ISBN 4140054077)
  • 『小説 おしん〈下〉』(橋田壽賀子・三原庸子著、2003年5月、日本放送出版協会、ISBN 4140054085)
  • 『おしんの遺言』(橋田壽賀子著、2010年8月26日、小学館、ISBN 4093881375)
  • 『おしん NHKテレビ・シナリオ』(1983年 - 1984年、NHK出版)
    • 1 奉公篇 ISBN 9784140051108
    • 2 結婚篇 ISBN 9784140051115
    • 3 流浪篇 ISBN 9784140051122
    • 4 戦後篇 ISBN 9784140051139

漫画[編集]

  • 原作:橋田壽賀子
  • 漫画:宗美智子
    • 『おしん』1、集英社マーガレットコミックス〉、1983年。ISBN 4-08-850786-X。
    • 『おしん』2、集英社〈マーガレットコミックス〉、1983年。ISBN 4-08-850819-X。

演劇[編集]

映画[編集]

アニメ映画版[編集]

テレビドラマの第1部をアニメーション映画化したもの。1984年3月17日公開。高視聴率を挙げたドラマとは裏腹に上映打ち切りが相次ぎ、興行的には失敗に終わる。制作費3億円に対し配給収入は約2億円。失敗の原因に関してサンリオは「サンリオのファミリー映画はいつも子供が親を引っぱってきた。今回は子供にソッポを向かれたのが原因」としている。2006年、ポニーキャニオンから発売された『サンリオ映画シリーズ』の1作としてDVD化された。

  • アニメ版ではおしんの年齢や年号がはっきりと描写されている。
    • 物語の始まりは明治40年春、おしんは数え年で7歳、満年齢で5歳であった。
    • 俊作、松造とで雪山に篭っている時に明治40年暮れ明治41年となった。この2年前に日露戦争が終わっていた。
    • 加賀屋に奉公に来て最初の年に明治41年から明治42年になり加代と共に新年を祝った。
  • エンディングクレジットには「お豊」という登場人物がおり声を芝田陽子が担当している。芝田陽子はテレビドラマ版では銀山温泉の仲居として登場しているがアニメ版では存在を確認できない。
声の出演
スタッフ
主題歌
  • 「小さな願い」 歌:小林綾子
  • 「雪割草のように」 歌:上條恒彦
    作詞:山上路夫
    作曲:坂田晃一

実写映画版[編集]

2012年6月11日にセディックインターナショナルから、実写映画化が発表された。放映開始30周年を迎える2013年10月12日に劇場公開された。主人公のおしん役は半年にわたる全国オーディションで[29]、約2500人の中から濱田ここねが選ばれた。またテレビドラマ版に出演した泉ピン子、小林綾子、ガッツ石松が別の役柄で出演する[30]。監督は山形県鶴岡市出身の冨樫森。山形県内でオールロケを敢行し、2013年2月15日にクランクインし、3月31日にクランクアップした[31]。第22回金鶏百花映画祭にて国際映画部門の最優秀作品賞を受賞。最終興行収入は4億円だった[32]

キャスト(実写映画)[編集]

スタッフ(実写映画)[編集]

協力[編集]

受賞[編集]

テレビ放送[編集]

2015年12月31日に『大晦日! 映画特別企画』と銘打って、TBSの9:55 - 11:55(JST)で地上波初放送[33]文字多重放送)。視聴率は1.4%だった。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ この時、お客に連れられて酒田に来たところをおしんに見られ、互いに気まずい思いをしたことがあった。
  2. ^ 演じた伊東は後年、CX系「メントレ」にゲスト出演した際、このシーンが実は別撮りによるものであったことを明かしている。
  3. ^ その後、成人した希望によって酒田に移されるが、お墓参りの都合から分骨されて伊勢のお墓にも納められている。余談だが最終回、おしんと浩太がお墓参りをし、後述の奈良岡朋子顔出しシーンに繋がる。
  4. ^ 後に浩太からの手紙がきっかけでこの行為が発覚してからは竜三に手紙を渡すようにはなった。
  5. ^ 長島ナオトの姉。
  6. ^ 加代の夫政男は浩太の商才を見抜いており、酒田で飯屋を営んでいたおしんにそのことを話した事がある。

出典[編集]

  1. ^ NHKアーカイブス
  2. ^ 『ドラマと方言の新しい関係』笠間書院、2014年、26-27頁。
  3. ^ FAQ -よくある質問”. NHKグローバルメディアサービス. 2014年10月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年10月7日閲覧。
  4. ^ 最低平均視聴率なのにDVDが大売れ!「ちりとてちん」貫地谷しほりがメッセージ!”. シネマトゥデイ (2008年6月26日). 2016年8月16日閲覧。
  5. ^ 連続テレビ小説「おしん」、新年より再放送開始!”. NHKオンライン (2012年11月22日). 2013年1月18日閲覧。
  6. ^ 再放送情報 連続テレビ小説アンコール「おしん」”. NHKオンライン (2019年2月13日). 2019年3月23日閲覧。
  7. ^ おしんのモデルは川根本町の女性だった!(2013年3月10日時点のアーカイブ) - 静岡新聞2013年3月7日15:33配信 配信日に閲覧
  8. ^ 雪国舞台 日本人の苦難体現(2013年5月1日時点のアーカイブ) - 読売新聞 2011年11月9日配信 2013年3月7日閲覧
  9. ^ 参考資料:ザテレビジョン編集部[編]『TVの出来事まるごと10年!別冊ザテレビジョン』角川書店・1992年、146ページ
  10. ^ 朝ドラ人気ヒロインの名前由来は? おしん、め以子、谷田部みね子…”. スポーツニッポン (2018年4月12日). 2018年4月19日閲覧。
  11. ^ インタビュー小林綾子さん NHK「朝ドラ100」”. NHKオンライン. 2019年4月20日閲覧。
  12. ^ 第1回〔1984(昭和59)年〕- 新語・流行語大賞”. 2013年1月7日閲覧。
  13. ^ a b c d e f g 「『やめられない、とまらない』カルビー松尾孝社長(71歳)の"おしん狂い"」 小林綾子ちゃんのCMデビュー」、『週刊朝日1983年昭和58年)7月15日号、朝日新聞社、 27 - 29頁。
  14. ^ 「われらが遺言・五〇年目の二・二六事件」(『文藝春秋』1986年3月号)
  15. ^ 参考・出典 大原誠・著「NHK大河ドラマの歳月」日本放送出版協会
  16. ^ 『週刊日録20世紀 1983(昭和58年)』講談社、1998年、39頁。
  17. ^ 最低平均視聴率なのにDVDが大売れ!「ちりとてちん」貫地谷しほりがメッセージ!”. シネマトゥデイ (2008年6月26日). 2016年8月16日閲覧。
  18. ^ a b 連続テレビ小説「おしん」(2)反響編アーカイブスブログ、NHK, 2008/06/20
  19. ^ a b ベトナムにおける日本文化ホー・ホアン・ホア(北アジア研究院日本研究センター)2010
  20. ^ ベトナムのメディア・コンテンツ市場に関する研究香取淳子、長崎県立大学国際情報学部研究紀要 第12号(2011)
  21. ^ 人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!台湾!エジプト!日本人名2018年1月25日放送 19:30 - 20:15 NHK総合、TVでた蔵
  22. ^ a b 日本とアラブの交流史―両者の相互理解に関する一試論Hassan Kamel. 名古屋大学大学院, 言葉と文化 6, 71-86, 2005-03-31.
  23. ^ 連ドラ『おしん』、27年の時を経てふたたび2013年05月09日付 Jam-e Jam紙
  24. ^ a b 「おしん」から30年:日本の経済発展のモデルは2010年代イランの子供たちにとっての道標(1)2013年10月10日付 Mardomsalari紙
  25. ^ 好評、『宮廷女官チャングムの誓い』をめぐって:チャングムが私たちの家にやってきた!2007年06月12日付 Iran紙
  26. ^ 朝日新聞1989年2月3日 朝刊 2外◆「おしん」賛美、ホメイニ師「許さぬ」 責任者、一時は禁固刑
  27. ^ 織田裕二病気休養(オールアバウト)
  28. ^ おしん青春篇プログラム
  29. ^ 「おしん」映画化 県内オールロケ、来年クランクイン 山形”. MSN産経ニュース (2012年6月12日). 2012年6月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月2日閲覧。
  30. ^ おしん : 映画版母親役に上戸彩 主役は新人子役の濱田ここね”. まんたんウェブ (2013年2月5日). 2013年2月5日閲覧。
  31. ^ 上戸彩、『おしん』クランクアップで濱田ここねを抱擁「一生親友でいたい」”. マイナビニュース (2013年4月4日). 2013年7月21日閲覧。
  32. ^ 「2013年 日本映画・外国映画業界総決算」、『キネマ旬報(2月下旬決算特別号)』第1656号、キネマ旬報社、2014年、 201頁。
  33. ^ TVステーションダイヤモンド社)関東版2016年1号 84頁

関連項目[編集]

NHK 連続テレビ小説
前番組 番組名 次番組
おしん
(1983年度通年)
NHK BS2 連続テレビ小説・アンコール
おしん