かもめが翔んだ日

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かもめが翔んだ日
渡辺真知子シングル
初出アルバム『海につれていって
B面 なのにあいつ
リリース
ジャンル ニューミュージック
レーベル CBS・ソニー
作詞・作曲 伊藤アキラ(作詞)、渡辺真知子(作曲)
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 5位(オリコン
  • 1978年度年間20位(オリコン)
  • 6位(ザ・ベストテン
  • 1978年年間16位(ザ・ベストテン)
  • 渡辺真知子 シングル 年表
    迷い道
    1977年
    かもめが翔んだ日
    (1978年)
    ブルー
    (1978年)
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    かもめが翔んだ日」(かもめがとんだひ)は、渡辺真知子のセカンド・シングル曲。1978年(昭和53年)4月21日にCBS・ソニー(現・ソニー・ミュージックレーベルズ / ソニー・ミュージックレコーズ)より発売。

    渡辺の代表曲として知られ[1]迷い道」「ブルー」「唇よ、熱く君を語れ」などと並んでヒット曲となった[1]。渡辺の個人事務所やオフィシャルウェブサイト、公式ファンクラブの名称にも、シンボルとして「かもめ」の名が用いられている。

    解説[編集]

    楽曲の誕生[編集]

    アマチュア時代から自分で作詞作曲してきた渡辺は、いつかプロとして音楽作品を歌ってみたいと思っていた。それだけにデビューから2曲目でプロの作詞家に歌詞を書いてもらうことが嬉しく、伊藤アキラから詞を渡されたときは心が躍ったという。そして詞を見た瞬間に旋律も浮かんだという[2]

    しかし、最初の時点では「ハーバーライトが…」で始まる冒頭部の歌詞はなかった。「何かが足りないので幕開きの詞が欲しい」というディレクターの要望により、伊藤は冒頭2行の詞を追加した。渡辺はディレクターから追加分の詞を受け取り、後でその分の曲を作ることにした。その後、『かもめが翔んだ日』とは別の曲として新たに作った曲をディレクターに聴かせている最中、ディレクターの要請によりそのメロディーで追加分の詞を歌ってみると、別々だったはずの曲が一つの曲になり、渡辺はその結果に「自分でも驚いた」と語っている[2]

    また、レコード録音では通常はドンカマメトロノーム等を用いて曲のテンポを一定にするが、この曲を聴いたピアノ羽田健太郎をはじめとするミュージシャン全員が「勢いのまま行こう」と機械の使用を止めたため、レコードでは曲が進むにつれてテンポが早くなっている[2]。新曲のシングル版をプレスするときには試聴会を行うが、「かもめが翔んだ日」は試聴会の時点から反響が大きく、発売前のソニーでの試聴会では様々な曲が流れる中でこの曲には拍手が起き、試聴会としては異例の要望によりアンコールが行われた[2]。これらのことにより、周囲の関係者は発売前からヒット曲となることを確信していたという[2]

    曲が発売されると実際に、デビュー曲「迷い道」には及ばなかったものの46万枚を売り上げ、渡辺はこの曲で1978年12月31日第20回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した。

    楽曲の舞台[編集]

    歌詞の中に具体的な地名などは登場しないが、渡辺自身は、出身地である神奈川県横須賀市観音崎をイメージすることが多いという[2][3]

    2008年11月21日からは、渡辺の地元である横須賀市内にある京浜急行電鉄堀ノ内駅接近メロディとして使用されている[2][4]編曲塩塚博が手掛けた[5]

    収録曲[編集]

    1. かもめが翔んだ日
      作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子、編曲:船山基紀
    2. なのにあいつ
      作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子、編曲:船山基紀

    スタジアム・バージョン[編集]

    カモメをチームキャラクターとする千葉ロッテマリーンズは、2007年(平成19年)に千葉マリンスタジアムでのゲーム時にこの曲を流すようになり、渡辺自身も千葉マリンスタジアムで歌唱した。

    同年8月15日には、マリーンズファンのために本曲をリメイク[6]した「かもめが翔んだ日 (スタジアム・バージョン) 」を、千葉マリンスタジアム・Sony Music Shop限定販売でリリースした。この「スタジアム・バージョン」は、翌2008年6月4日発売のシングル『いろいろな白』のカップリング曲として収録され、一般販売された。

    エピソード[編集]

    • 2009年(平成21年)9月25日東京国際フォーラムにおける渡辺のコンサートにおいて、「かもめが翔んだ日」の発売当時、大阪ではB面の「なのにあいつ」の方がヒットチャートのアクションが良く、当時のスタッフが「『なのにあいつ』はB面にせず、別途シングルA面として発売すればよかったと悔しがっていた」というエピソードが披露されている[要出典]
    • ピカルの定理」のコント「直美ダンスコント」のBGMに使われている。

    カバー[編集]

    脚注[編集]

    1. ^ a b “【1978年6月】かもめが翔んだ日/渡辺真知子のヒット第2弾は歌手生命も救った”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2011年6月14日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/yomimono/music/anokoro/06/kiji/K20110614001012190.html 2016年2月7日閲覧。 
    2. ^ a b c d e f g “もういちど流行歌 1978年7月の曲 かもめが翔んだ日(渡辺真知子)その時、曲が空を舞い始めた”. 朝日新聞 be on Saturday: p. 2. (2017年9月30日) 
    3. ^ 渡辺真知子インタビュー/「かもめが翔んだ日」誕生の瞬間|『A面に恋をして』より|PICK UP リットーミュージック
    4. ^ 16駅の駅メロディ採用曲が決定いたしました!”. 京浜急行電鉄|報道発表資料. 京浜急行電鉄. 2008年12月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月21日閲覧。
    5. ^ 塩塚博. “テレビ、出ちゃいました。”. 鉄のみゅーじしゃん. 2020年4月21日閲覧。
    6. ^ Sony Music Shop 商品ページ

    関連項目[編集]