きだつよし

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きだ つよし1969年[1]8月3日 - )は、日本の脚本家劇作家演出家絵本作家、ライター[1]俳優。劇団TEAM 発砲・B・ZIN主宰[1]

大阪府出身[1]大阪府立清水谷高等学校日本大学芸術学部演劇学科卒業。オフィスPSC所属。

来歴[編集]

  • 1992年に日本大学芸術学部卒業生が中心に「TEAM 発砲・B・ZIN」を結成、全作品の作・演出を手掛ける。また、テレビドラマの脚本や舞台の作・演出も手掛ける。
  • 1996年、Vシネマ『ジャスキス』で映像作品の脚本家としてデビュー[1]
  • 2005年、『仮面ライダー響鬼』のメインライター・文芸を担当(前半2クールのみ)。
  • 2006年6月に同劇団で制作の余田かおりと結婚。
  • 2007年5月、同劇団結成15周年記念・解散公演『ジューゴ』をもって劇団は解散。

エピソード[編集]

  • 星獣戦隊ギンガマン』へ参加したきっかけは、書籍『スーパーヒロイン画報』(竹書房)の取材で寺成紀にインタビューした際に、脚本の執筆を申し込んでプロットを提出し、寺もきだの舞台を観ていたことから起用されるに至った[1]
  • 『仮面ライダー響鬼』放映当時の思い出として「『響鬼』の仕事は、プロデューサー(寺)の意向をただただ清書させられ自分のカラーをほとんど出せなかったという思いが強く、正直なところあまり楽しい思い出ではない」とブログで語っている[2]
  • その後、高寺が途中降板の事情により、事実上きだも同時に途中降板となったが、きだ自身は騒動の前から、大野智主演舞台『バクマツバンプー』の制作の為『響鬼』の仕事を休んでいた。後半『響鬼』については、「新プロデューサー(白倉伸一郎)の方からも一応お声をかけていただいでいるのでバンプーが終われば復帰の可能性もあるのですが」とブログで語っていた[3]。しかし結局同番組への復帰は叶わなかった。
  • また、「『仮面ライダーディケイド』響鬼編の脚本依頼もあったが、他の仕事が忙しい為泣く泣く断った」こともあったという[2]
  • しかし、きだと東映及び白倉プロデューサーとの関係は良好で、ライダー・戦隊のステージ用の脚本を数本手掛けている。後の『仮面ライダーウィザード』では、再び香村純子とともにメインライターを務めることになった。同作チーフプロデューサーである宇都宮孝明によれば、きだのスケジュールの兼ね合いで実質のダブルメインライター体制になったとのこと[4]

主な作品[編集]

主宰劇団での活動は「TEAM 発砲・B・ZIN」を参照。

テレビドラマ[編集]

テレビ番組[編集]

オリジナルビデオ[編集]

配信ドラマ[編集]

舞台[編集]

アニメ[編集]

書籍[編集]

  • のびろ!レーゴム(2008年、情報センター出版局) - 文・絵
  • 小説 仮面ライダー響鬼(2013年、講談社
  • 小説 仮面ライダーウィザード(2014年、講談社)

その他[編集]

  • オフィスPSC 30周年記念映画「Thanks」(2016年) - 脚本・監督

脚注[編集]

[脚注の使い方]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 「Special Interview MainStaff & SuitsActor きだつよし」『星獣戦隊ギンガマン アースの戦士たち SPECIAL PHOTO BOOK』発行:メディアワークス 発売:主婦の友社〈Dセレクション〉、1999年2月5日、83頁。ISBN 4-07-311071-3。
  2. ^ a b きだつよしの「2~3日待ってくださいm(_ _)m」 2009年5月24日 「仮面ライダーディケイド・響鬼編」
  3. ^ きだつよしのカメニッキ 2005年9月4日「たまには響鬼の話など」
  4. ^ 宇宙船』Vol.138(ホビージャパン)より[要ページ番号]