くりぃむしちゅー

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くりぃむしちゅー
CREAM STEW
メンバー 上田 晋也
有田 哲平
結成年 1991年12月 -
事務所 プライム(旧プライムワン)ナチュラルエイト
活動時期 1991年 -
師匠 コント山口君と竹田君
出身 コント山口君と竹田君の付き人
影響 お笑いスター誕生!!
出会い 熊本県立済々黌高等学校
旧コンビ名 海砂利水魚
現在の活動状況 テレビ中心
芸種 漫才コント
ネタ作成者 両者
現在の代表番組 しゃべくり007
今夜はナゾトレ
くりぃむクイズ ミラクル9
日本人の3割しか知らないこと くりぃむしちゅーのハナタカ!優越館
世界一受けたい授業
にゅーくりぃむ
過去の代表番組 銭形金太郎
くりぃむナントカ
笑いの金メダル
リチャードホール
シルシルミシルさんデー
ペケ×ポン
同期 メッセンジャー
シェイクダウン
ジャリズム
水玉れっぷう隊
U-turn
アニマル梯団
TKO
キャイ〜ン
ずん
古坂大魔王ほか
公式サイト 事務所公式サイト
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くりぃむしちゅーは、上田晋也有田哲平の2人からなる日本の男性お笑いコンビ司会者ナチュラルエイト所属。コンビ名の由来は有田の好物クリームシチューから。略称は「くりぃむ」。旧コンビ名は「海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)」(海砂利水魚の略称は「海砂利」)。共に熊本県熊本市出身。

メンバー[編集]

上田 晋也(うえだ しんや 1970年5月7日 - )(50歳)
熊本県熊本市南区 出身。熊本県立済々黌高等学校 卒業、早稲田大学教育学部国語国文学科中退。既婚で1男1女の父。
血液型O型。身長172cm。体重63kg。顔にしわが多い。天然パーマ である。
ツッコミ 担当。
たとえツッコミ、うんちく を得意としていた。
好きな食べ物はお好み焼き 。好きな女優は仲間由紀恵
有田 哲平(ありた てっぺい 1971年2月3日 - )(50歳)
熊本県熊本市東区 出身。熊本県立済々黌高等学校 卒業、立教大学法学部中退。既婚。
血液型不明。身長173cm。体重80kg。
ボケ 担当。
プロレスラー物真似 を得意としている。
好きな食べ物はクリームシチュー 。好きな女優は菅野美穂

経歴[編集]

2人は熊本県立済々黌高等学校の入学式当日に出会い、その後共通の趣味であるプロレスをきっかけに意気投合。そろってラグビー部に入部し親交を深める。2人は非常に仲がよく、ラグビー部ではコンビを組みよく部員を笑わせていた。顧問の先生や部員に面白いあだ名を付けたり、2人が「事件」と呼ぶ数々の笑える出来事が起こったりした済々黌ラグビー部こそが、くりぃむしちゅーの笑いの原点だったと、後に2人はオールナイトニッポンの中で回想している。当時の上田はいわゆる学校の番長的存在で、有田はその上田に付いていくような感じだった。有田曰く、上田は硬派らしく済々黌で初の童貞番長だったとのこと。

有田は高校卒業後、現役で明治大学法学部二部に合格。浪人が決まった上田から「一緒に早稲田に入ろう」と誘われ、有田は大学に入学せず2人別々の予備校に通う。1年後、上田は早稲田大学教育学部国語国文学科に合格するも、有田は早稲田大学に合格することができなかった。有田は自分と同じように上田がまた浪人してくれると思っていたが、上田から「お前は立教がいい」と言われ、上田は早稲田大学に、有田は立教大学に入学した。

大学在学中だった上田は、芸人を志す。芸能事務所に送付するための履歴書を書こうと思っていた日に、たまたま同級生(ラグビー部 N氏)の家で有田と会った。話がはずむうちに大学の仲間と行った合コンで馴染めなかった愚痴を言い始める。その中で有田が「こんなことならお笑いでもやってればよかったな」「俺、お笑いやりたい」と言い始め、上田は「マジで言ってんの?実は俺、今日にでも履歴書を書いて明日お笑い事務所に送る所だった」と偶然の一致で二人で履歴書を書いて送付することにした。

後日、上田と有田はコント山口君と竹田君の山口が当時代表を務めていた芸能プロダクションを訪ねる。そこで山口は、「大学中退して芸能界に入るか、卒業後に改めてチャレンジするか、どっちかに決めたほうがいい」と2人にアドバイスした。その言葉を受けて、2人は大学を中退。上田は竹田の、有田は山口の付き人として、芸能活動を始める。1991年12月に、コンビ『海砂利水魚』を結成。

1992年から開始したフジテレビ系のバラエティ番組『ボキャブラ天国』シリーズに出演、爆笑問題ネプチューンら多くの芸人と共に人気を博す。

2001年10月にコンビ名を「海砂利水魚」から「くりぃむしちゅー」に改名(詳細は後述)。

転機となったのは2003年。上田がテレビ番組『虎の門』の1コーナー「うんちく王決定戦」で優勝、一躍脚光を浴びる。以降上田は「うんちく王」の称号と共に、薀蓄芸と呼ばれる芸風で数々のメディア出演や執筆活動を行う。「たとえツッコミ」も知られるようになった[注 1]。程なくして有田も同年から『内村プロデュース』、翌年から「博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜」などにピンで度々出演し、存在感を発揮。また、『ロンドンハーツ』で女性にナンパされる企画で素の面白さが茶の間に伝わり、好評につきスペシャル番組で取り上げられるなどした為、認知度が高まった。その一方で、趣味の格闘技好きを活かしてCSチャンネル「サムライTV」でレギュラー番組を担当し、アントニオ猪木高田延彦佐々木健介長州力らプロレスラー・格闘家のものまねでマニアを喜ばせる。

その後、徐々にコンビでの番組出演の機会も増加。再度訪れたお笑いブームの波にも乗って、2004年には多数のレギュラー番組を抱える売れっ子となった。

2004年10月5日、改名後初の冠番組『くりぃむナントカ』が放送開始。

2004年12月14日、上田が同郷の女性と入籍。『踊る踊る踊る!さんま御殿スペシャル』の収録中に発表された。第一子誕生は『おしゃれイズム』で藤木直人の口から、フライング気味に発表された[1]

2005年7月5日、改名後初の冠ラジオ番組『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』が放送開始。

2006年7月13日、ゴールデンタイムでの初の冠番組『くりぃむしちゅーのたりらリでイキます!!』が放送開始。

2006年には『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』のチャリティパーソナリティに初めて抜擢された。

2008年7月、先輩のネプチューンやチュートリアルとともに出演する「しゃべくり007」が放送開始。

2008年12月だけで、ピン出演を含めた11本のレギュラーを合わせると27本もの番組に出演したと報道された。この年以降は自分たちがMCを務める番組が増え、他番組にゲスト出演することは少なくなった。

2009年9月、プライムからチーフマネージャー大橋由佳が設立した「ナチュラルエイト」へ移籍。

2016年12月5日、有田が『しゃべくり007』にて、11月29日付で一般女性と入籍したことを発表した。

芸風[編集]

デビュー当初はコント重視の作家志向な芸風だった。後に漫才も行うようになり、コントと漫才を平行した。改名以降はネタ披露の場は減少。単独コントライブも行ってはいたが、ほとんどが海砂利水魚時代の持ちネタであり、2003年にファンクラブ解散と同時に中止する。以降、くりぃむしちゅーのネタは元日放送の『初詣!爆笑ヒットパレード』でしか見ることができない。

漫才では2人で「僕たち、くりぃむしちゅー!あちちっ」と言いながら熱いものを触って耳で冷やす仕草を掴みとして用いる。かつての掴みは有田が「○○(海砂利水魚に関係のない雑学やあるあるネタ)でおなじみ海砂利水魚です」と言うものだった。

漫才やトークの場では有田の「引いたようなボケ」と上田の「たとえツッコミ」「説明ツッコミ」が特徴的。有田の繰り出すボケは少しぼんやりとしていて、それを上田がやや説明的にツッコんで笑いを取るというパターンが多い。有田のボケは「やや足りないボケ」で、上田のツッコミは「やや過剰なツッコミ」だと言える[2]。デビュー当初は、ボケとツッコミの担当が逆であった。

冠番組では、企画にも参加している。

近年では、上田、有田ともにコンビ仕事と並行してそれぞれがピン活動も行っている。(詳しくは上田晋也有田哲平のページを参照)

改名の経緯[編集]

改名に至った発端となったのは2000年、『新・ウンナンの気分は上々。』におけるさまぁ〜ず(当時バカルディ)との改名対決である[3]

バカルディとは改名対決の前からライバル関係且つ犬猿の仲という設定で、お互い「もう二度と出てくるな」「一緒に出ると好感度が下がる」などさんざん言い合っていた。そこで内村光良により「それならいっそのこと勝負をつけよう、負けたほうには罰を」との提案がなされ、「対決をして負けた方は改名」という対決企画が組まれることになった。最初はバカルディが敗北し『さまぁ~ず』に改名させられる。しかし改名後さまぁ~ずは徐々にブレイクし、期間限定改名だったはずがさまぁ~ずとして定着。再びコンビ名改名をかけたビーチバレー対決が行われるが、今度は海砂利水魚が敗北し、『くりぃむしちゅー』にこちらも期間限定で改名する運びとなった[注 2]

名前の由来は有田の好物であるクリームシチューから。当初は二人が共通で好きなものを取る選択肢も出たが、字面で一番面白かったためこれを採用した。

さまぁ~ずほど改名は徹底されず、改名後も二つのコンビ名が併用されていた。その半年後上田がコンビ名をあまり気に入っていなかったことや、コンビ名を変える責任の重さを感じ始め、本人たちも元の名前に戻すかどうか迷い始める。ファンを集めた討論会を同番組で行ったものの結局結論は出ず、最終的には内村がビリヤードで落とした球の数字が偶数だったら「くりぃむしちゅー」で維持、奇数だったら「海砂利水魚」に戻すというゲームを行い、結果14番が落ちたためそのまま「くりぃむしちゅー」を名乗ることになり現在に至っている。

なお、お笑い芸人の看板ともいうべきコンビ名を安易に変えさせてしまった内村はその責任を感じ、その後両コンビ(特にさまぁ~ず)を自身のレギュラー番組などで積極的に起用していった。これが不遇の時期を過ごしていた両コンビに世間の目に触れる機会を与え、のちのブレイクを後押しするかたちとなった。なお、「改名でブレイクした」という世間の認識に対して本人達は日経エンタテインメントのインタビューなどにおいて「改名前から売れ始めていた」と強調し、またさまぁ〜ずは逆に「俺たちは改名してから仕事が増えたけど、くりぃむしちゅーは改名してから仕事が増えるまで1年くらいかかったから苦労したと思う」と指摘している。

さまぁ〜ずとは、改名対決終了後はほどなく和解したという設定。敵対関係というのはあくまでも番組上での演出またはネタであり、2組は実際に仲が悪いわけでなく『内村プロデュース』『ミドル3』など他の番組では仲良く絡んでいる。両コンビが改名に揺れていた2001年8月23日には、『ナインティナインの@llnightnippon.com』にさまぁ〜ず、海砂利水魚が揃ってゲスト出演し、お互いのトークで盛り上がっていた。

エピソード[編集]

  • 上田と有田の出会いは、番長になることに憧れていた有田が高校に入学して体育館で隣にいた生徒に意味もなく裏拳を食らわせ、食らわされた生徒が上田だったというもの。その後、有田はすぐに上田のパシリにさせられてしまった。上田はこのエピソードを「あくまでも『』だ」としている[4]
  • 以前のコンビ名である海砂利水魚は、コント山口君と竹田君によって名付けられたものである。デビュー当時に体験した営業の中にはウーパールーパーの前座があった。
    • 元気がない2人に元気な名前をということで、最初は『島原火砕流土石流』というコンビ名を付けられていた。さすがにテレビに出られないという事で、海砂利水魚になった[5]
  • 上田がボケで有田がツッコミを担当していた時代の漫才の映像が流れることがあるが、たいていは日本テレビで放送された『笑売繁盛!』(1992年放送)のものである。ネタの掴みは上田が『ムーミン』の主題歌のパロディを歌う内容。
  • 海砂利水魚時代、デビューして2、3か月の営業で楽屋のドアの張り紙に「海砂利水魚 先生」と書かれていた。
  • 以前、有田は上田のピン活動を「こそピン」(こっそりピン活動の略)と言ってネタにしていたが、有田も自分自身のピン活動をやるようになってからは以前ほどはこのフレーズを使わなくなった。
  • 大変仲が良いコンビとしても知られる。カメラの回っていない楽屋でも二人で会話を交わしたり、コンビ結成以来互いの誕生日にプレゼント交換を行っていたりする[6]
  • テレビ番組での衣装はほとんどの場合スーツ。「普通の服だと華がないから」という理由で制作スタッフやスタイリストから義務付けられているらしい。単発番組や深夜番組などではスーツでない場合もある。
  • 2人とも物真似を得意とする。上田は松田優作大木こだま・ひびき内田裕也など。有田は長州力アントニオ猪木アニマル浜口などプロレス関係。
  • かつて『ズバリ言うわよ!』で共演していた細木数子からグリーン&ピンクへの改名を勧められており、細木はすでに日常においてニックネームとして利用しているとされる。当人たちに変える意思は全くなく、上田が「番組を降りてやる」と激怒しているという記事が一部週刊誌に掲載された。
  • オールナイトニッポンにて上田の長女の名前を募集するも、結局リスナーのもの(千都里(「ちづり」と読ませるがせんずりとも読める)、素股 、デリヘルなど)は採用しなかった。
  • 1994年から1995年頃、地元熊本の情報誌(月刊タウン情報クマモト、通称タンクマ)に2ページにわたり連載していた時期がある。
  • 2003年7月から『痛快!明石家電視台』の準レギュラーを務めているが、2010年3月8日放送分までほぼ1年間出演がなかった時期もある。理由は、新番組『SUPER SURPRISE』が収録日と重なり番組を降板していたため。新番組が1年で終了したことで、再び準レギュラーとして復帰している。ちなみに『SUPER SURPRISE』については、「1年しかもたない」とさんまから予言されていた[7]
  • 2004年7月21日に発売された餓鬼レンジャーのアルバム・ラッキー・ボーイズの1曲目「THE INTRO」でfeat.くりぃむしちゅーとして参加していて、餓鬼レンジャーをネタに漫才のようなものを披露している。8曲目『Call (skit)』では有田が高田延彦の物真似を披露している。
  • 2007年秋に地元の焼酎メーカー・高橋酒造のCMに出演。「地元・熊本県知事選立候補を打ち明けた上田は有田に諭されてお笑いに専念すると約束するが、翌日のテレビで有田が県知事選立候補を発表した」と言う内容。上田本人は「絶対に出ないし、出ても落ちる」と苦笑している。2008年3月に熊本で県知事選が行われるため、不謹慎との理由から、九州地区内での放映が自粛されることになった。3月から選挙と無関係な新バージョンが開始された。
  • 2011年3月11日に発生した東日本大震災の義捐金を寄付した[8]
  • 2012年夏、熊本大会で優勝した済々黌野球部に甲子園への金300万円を寄付した。

出演[編集]

以下、くりぃむしちゅーとしての出演番組を記載。個別での出演番組は、上田晋也有田哲平の項目を参照。

テレビ番組[編集]

現在のレギュラー番組[編集]

単発番組[編集]

出演していた番組[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオ番組[編集]

テレビCM[編集]

ラジオCM[編集]

  • 「羽田へ直結、京急。」 ロケ移動編(京浜急行電鉄)
  • 米焼酎 白岳・しろ(2007年12月 - 2008年9月、高橋酒造) - 『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』の生放送当日にニッポン放送のスタジオで収録。2007年の福岡国際マラソン実況中継で全国で放送されたこともある。月曜日から金曜日までの各5バージョンがあり、各曜日に対する有田のグチ・ぼやきに上田がツッコむのがパターンになっている。

映画[編集]

音楽[編集]

著書・DVD・ゲーム・ディスコグラフィ[編集]

著書[編集]

  • 海砂利水魚の作文(1998年7月発売、双葉社
  • 海砂利水魚の教科書(1999年6月発売、ソニー・マガジンズ
  • くりぃむしちゅー語入門(2004年9月発売、アスコム
  • くりぃむしちゅーのあなたはどっち? (2004年9月発売、マガジンハウス
  • くりぃむしちゅーの人間関係のゴタゴタをまる〜くごまかすお笑い護身術(2005年7月発売、ソニー・マガジンズ)

DVD[編集]

  • 海砂利水魚 単独LIVE 「アントニオ」 (2007年4月発売、ジェネオン エンタテインメント
  • 海砂利水魚 単独LIVE 「ジャイアント」 (2007年4月発売、ジェネオン エンタテインメント)

ゲーム[編集]

ディスコグラフィ[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ その一つ「ロッキーの撮影じゃないんだから」はYahoo!検索急上昇ワードランキングの2008年2月14日付けで第3位になるほどだった。
  2. ^ 同番組では対決企画が3回行われたが、仮に1回戦で負けた場合、コンビ名を「ザ☆トライ」に改名させられる所だった。

出典[編集]

  1. ^ ZAKZAK (2004年12月15日). “くりぃむ上田…深夜2時に婚姻届、昼には挙式→発表”. 2008年9月14日閲覧。
  2. ^ “くりぃむしちゅー有田哲平が見せる「引き芸の境地」”. 日刊サイゾー. (2008年10月). http://www.cyzo.com/2008/10/post_1057.html 
  3. ^ くりぃむしちゅーの誕生秘話 ブレイクのきっかけは改名だった!?” (日本語). エキサイトニュース. 2021年2月1日閲覧。
  4. ^ 『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』2008年12月16日放送分
  5. ^ 『太田と上田』第1話(BeeTV
  6. ^ 2008年4月23日放送『徹子の部屋
  7. ^ 『痛快!明石家電視台』2010年3月8日放送分
  8. ^ 熱い魂で復興支援 お笑いコンビ・サンドウィッチマン Archived 2011年5月23日, at the Wayback Machine.河北新報、2011年5月1日閲覧
  9. ^ “フジ改編でくりぃむ、タカトシ、柳原可奈子の新番組、又吉の冠特番も明らかに”. お笑いナタリー. (2016年9月5日). http://natalie.mu/owarai/news/200627 2016年9月5日閲覧。 
  10. ^ くりぃむZONE”. tv asahi GO. テレビ朝日. 2019年1月26日閲覧。
  11. ^ 「総力特集 くりぃむしちゅー 変身したバラエティ・スター」『QuickJapan』vol.55、太田出版、2004年7月28日、 43頁。
  12. ^ “新火7バラエティーのビジュアル初公開!人気者の成功の秘訣をどんどんホメまくる!”. とれたてフジテレビ. (2016年4月18日). http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2016/160418-152.html 2016年4月20日閲覧。 
  13. ^ 「総力特集 くりぃむしちゅー 変身したバラエティ・スター」『QuickJapan』vol.55、太田出版、2004年7月28日、 65頁。
  14. ^ “上田のわかりやすい解説が炸裂、くりぃむしちゅー出演「ソニー損保」新CM”. お笑いナタリー. (2016年7月22日). http://natalie.mu/owarai/news/195359 2016年7月22日閲覧。 
  15. ^ ロデオOFFICIAL WEB SITE

関連項目[編集]