さらば愛しき大地

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さらば愛しき大地
監督 柳町光男
脚本 柳町光男
製作 柳町光男
池田哲也
池田道彦
出演者 根津甚八
秋吉久美子
山口美也子
音楽 横田年昭
撮影 田村正毅
編集 山地早智子
製作会社 プロダクション群狼
アトリエ・ダンカン
公開 1982年4月9日
上映時間 130分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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さらば愛しき大地』(さらばいとしきだいち)は、柳町光男監督・脚本による1982年の日本の映画。

キャスト[編集]

製作[編集]

企画・脚本[編集]

監督の柳町光男は、本作の舞台・鹿嶋市がある同じ茨城県出身で、鹿島臨海工業地帯の建設により、農村がどんどん壊され、ダンプカーが走る光景をずっと見ていた[1]。そういうものが映画の舞台としては格好だなと感じプロットは練ってはいた。上手く構成できていないとき、新聞でダンプの運転手が覚せい剤をやって愛人を殺したという記事を見つけ、一気にホンが書けた[1]。映画はその実話とは大分違うという[1]

キャスティング[編集]

シナリオを書いている段階でシャブをやるのは蟹江敬三とイメージし、主役のダンプの運転手は体の大きい人にしようと俳優に二人交渉したが断られた。先に女優を決めようと秋吉久美子に交渉[1]。秋吉は、監督直筆の生原稿シナリオを渡され読み終わると、それを胸に抱いて離さず、「私がやります」と出演を熱望した[2][3]。柳町は「あそこまでいいとは予想しなかった。あれは彼女の力だと思います」と述べている[1]。秋吉なら、惚れるの相手の男はマッチョ系じゃなくてもいいんじゃないか、普通の男でもといいと思ったとき、根津甚八が浮かんだ[1]

興行[編集]

柳町光男監督の前作『十九歳の地図』同様に、内容が暗い、地味と配給会社をたらいまわしになった挙句、1982年のベルリン国際映画祭に正式出品が決まってもダメで[3]、結局買い手が付かず自主上映になった[2][4][5]。しかし、こんないい作品を埋もれさせては映画人の恥だと、配給会社の若手宣伝マンやジャーナリストなどが中心となって支援する会を作り、上映機運を盛り上げた結果、新宿ミニシアターシネマスクエアとうきゅう」で1982年6月に公開された[2]。結果的に12週上映の大ヒットとなった[5]

評価[編集]

The New York Times』のJanet Maslinは「平穏さと獰猛さが静かに衝突している」と指摘した上で、本作に好意的な評価を与えた[6]

受賞歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 藤木TDC「柳町光男インタビュー」、『映画秘宝』2015年12月号 71頁、洋泉社
  2. ^ a b c 「日本映画シアター MOVIE&STARトピックス」、『ロードショー』1982年10月号、集英社、 219頁。
  3. ^ a b 小藤田千栄子「洋画ファンのための邦画コーナー PREVIEW試写室 共演の根津甚八と秋吉久美子がよかった『さらば愛しき大地』」、『SCREEN』1982年3月号、近代映画社、 253頁。
  4. ^ Carte Blanche カルト・ブランシュ - アーカイブス
  5. ^ a b 大森さわこ : ミニシアター再訪【第3回】 - 芸術新聞社
  6. ^ Maslin, Janet (1983年3月20日). “'Farewell,' A Japanese Drama”. The New York Times. 2014年10月18日閲覧。
  7. ^ “キネ旬ベスト・テン”に輝く名作がスクリーンに!”. チケットぴあ (2013年5月30日). 2014年10月18日閲覧。
  8. ^ a b c 第6回日本アカデミー賞”. アカデミー賞. 2014年10月18日閲覧。
  9. ^ 第25回ブルーリボン賞”. シネマ報知. 2012年7月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年10月18日閲覧。
  10. ^ 第37回毎日映画コンクール”. 毎日新聞. 2014年10月18日閲覧。