たま (バンド)

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たま
別名 かき揚げ丼
出身地 日本の旗 日本 東京
ジャンル フォークロック[1]
活動期間 1984年 - 2003年
レーベル
事務所 たま企画室
公式サイト たま公式サイト
旧メンバー

たまは、日本音楽バンドである。

1984年に3人で結成され、1986年に4人体制となり、1990年にメジャーデビュー、たま現象とも言われるほど話題となった。1996年から再び3人になり、2003年に解散した。

メンバー[編集]

名前 プロフィール 担当 在籍期間
解散時のメンバー
知久寿焼
(ちく としあき)
(1965-02-10) 1965年2月10日(55歳)
日本の旗 日本 埼玉県川口市
ボーカル
ギター
マンドリン
ウクレレ
ハーモニカ
リーダー[注釈 1]
1984年 - 2003年
石川浩司
(いしかわ こうじ)
(1961-07-03) 1961年7月3日(58歳)
日本の旗 日本 東京都
ボーカル
パーカッション
オルガン[注釈 2]
リコーダー
1984年 - 2003年
滝本晃司
(たきもと こうじ)
(1961-12-07) 1961年12月7日(58歳)
日本の旗 日本 東京都町田市
ボーカル
ベース
[注釈 3]
1986年 - 2003年
途中脱退
柳原幼一郎
(やなぎはら よういちろう)
(1962-08-05) 1962年8月5日(57歳)
日本の旗 日本 福岡県福岡市
ボーカル
オルガン
アコーディオン
ピアノ
キーボード
鍵盤ハーモニカ
ギター[注釈 4]
1984年 - 1995年

全員が作詞作曲およびボーカルを担当しており、基本的に楽曲の作詞者がその曲のリードボーカルを担当していた。

たまは元来は単独で活動していた音楽家の集まりであり[2]、石川曰く「ソロアーティストの集まりで自作曲自分ボーカル制[3]を採っていたという。楽器はアコースティックギター、ベースに加えアコーディオン、足踏みオルガン、リコーダー製)・空き缶などを駆使したパーカッションを用いるなど、生楽器を中心としながらも奇抜な構成、音空間を生かしながら練られた楽曲、そして日本的な陰翳に富んだ幻想的な歌詞が特徴である。音楽的にはフォークの影響が強いが、日本のフォークロックでは珍しく、アメリカン・フォークのようにハーモニーを重視していた。キーボード担当の柳原脱退後の1996年からは、アコースティックな音の中にシンセサイザーサンプラーを取り入れた楽曲制作も行っていた。

経歴[編集]

バンド結成から活動初期まで(1981年 - 1989年)[編集]

バンドを結成する前から、それぞれが独自に音楽家として活動していた。1981年6月頃、北千住のライブハウス「甚六屋」で知久と石川が知り合った。1982年12月に知久が両国のライブハウス「両国フォークロアセンター」で柳原に出会った。これらの相次ぐメンバーの出会いが、たま結成の切っ掛けとなった[4]

1984年11月11日、大久保のライブハウス「オフオフ新宿スタジオ・ジャムⅡ」での「地下生活者の夜」というライブイベントで知久、石川、柳原が「かき揚げ丼」という仮バンド名でライブを行い、これをきっかけに「たま」を結成した。石川によると、「たま」というバンド名に決定した背景には、ソロの音楽家の集まりから発展したバンドであり、楽曲の作者によって音楽性が大きく異なることから、バンド名から音楽性が類推されることのないバンド名にしたいという意図があったという。また、略されたり間違えて覚えられたりしないような短い名前にしたいという意図もあったらしい[5]。なお、「かき揚げ丼」のライブは、たまの1stカセットテープ『またたび』として販売された。「たま」というバンド名で初めてライブを行ったのは、1984年12月5日の「オフオフ新宿スタジオ・ジャムII」で開かれたコンサート「On Christmas GIG '84 BYE BYE」でのことだった。また、1986年6月にメンバーの憧れのライブハウスである吉祥寺の「曼荼羅」で「3丁目ジャグ・バンド」の前座として初出演し、それ以来レギュラー出演するようになった[4]

しかし、1986年8月のツアーの後、フランス料理店に就職していた柳原が真剣に解散を提案した。それでも、知久がバンドの継続を熱心に主張し、存続の条件である音楽性の充実のためにベーシストを募集した。そして、同年11月、当時、ソロで音楽活動をしてきた滝本がただ一人応募してきて加入し、4人編成になった。なお、滝本にはそれまでベースの演奏経験がなかった。この4人編成での初のライブは同年12月2日に開かれた「曼荼羅」でのコンサートでのことだった。ただし、このライブでは滝本は一部でしか演奏に参加しなかった。滝本が本格的に参加した初のライブは1987年1月29日の「曼荼羅」でのコンサートのことで、このときの録音をインディーズレーベル「ナゴムレコード」に送付した。たまがデモテープを送ったのはこれが初めてのことだった。それから数ヵ月後の11月、オムニバスアルバムへの参加を依頼され、それ以降、ナゴムレコード関係の活動も増加していった[4][6]

4人ともソロ活動をしていたため、それぞれ自分がボーカルをとる曲は自分で作詞・作曲をし、全員で編曲を行うスタイルをとった。しかし、初期のたまの代表曲と見なされているのは、知久もしくは柳原のつくった曲である。

イカ天出演、メジャーデビュー、柳原の脱退(1989年 - 1995年)[編集]

1989年11月11日、吉祥寺のライブハウス「MANDARAII」での定例コンサートの後[4]、ナゴムから発売されるLP「しおしお」のプロモーションを兼ねてTBS系深夜番組『三宅裕司のいかすバンド天国』に出演した。人気番組であったイカ天への出演はメンバー間でも意見が割れており、何度話し合っても結論は出ず(知久・石川は「出るべき派」で柳原・滝本は「出なくてもいい派」であった)、業を煮やした当時のマネージャーの女性が未承諾でデモテープを番組に送ったことで番組出演が決定された[4]。キノコのような髪型・チャンチャンコ・下駄履き姿の知久や山下清を彷彿とさせる体型・服装の石川の個性的な容姿、キャッチフレーズの“かなしい気持ちはとっても不安定”を体現するかのような楽曲「らんちう」でインパクトを与えた。登場時のナレーションでも「また危ないのがやってきた」と紹介されている。この時期は“色物”にカテゴライズされるバンドの登場が目立った[注釈 5]ことから、この回のスタジオには「イロものバンド撲滅キャンペーン実施中」という横断幕が掲げられていたが、たまは完奏を果たした。審査員の吉田建はオリジナリティを評価する発言をし(しかし「オリジナリティがあるのが良かったですね...」と発言したきり俯いてしまい、最終審査でも吉田はサイバーニュウニュウに投票している)、中島啓江は「“能ある鷹は爪を隠す”かもしれない」「涙出てきちゃった、それと同時に笑いも出てきちゃった」、グーフィ森は「変でしたね。こういうの分かるって言っちゃいけない、分からないんだけどいい」と評した。この回は番組史上初の外国人バンドTOKIO ROSEがチャレンジャー賞を有力視されていたが、これに競り勝って見事チャレンジャー賞を獲得、サイバーニュウニュウを審査員投票5対2で倒して14代目イカ天キングとなった。当時柳原の家にはテレビが無かったために番組のシステムすら把握しておらず、翌週も出演することをいまいち理解していなかった。

キングとなったたまは、2週目(11月18日放送分)にのちに大ヒットとなる「さよなら人類」を歌い、審査員7名全員の支持を獲得して、チャレンジャーの高校生バンドTRIDENTに圧勝。その後も3週目(11月25日放送分)には「オゾンのダンス」で坂本プロジェクトを、4週目(12月2日放送分)には「ロシヤのパン」でTimeless Childrenを下し、3代目グランドイカ天キングにリーチをかけた。5週目(12月9日放送分)に登場したのが、グラムロック・バンドのマルコシアス・バンプ(楽曲は「バラが好き」)である。彼らの演奏は審査員の絶賛を受け、圧倒的な差でこの回のチャレンジャーに選ばれた。キングとして迎え撃ったたまの楽曲「まちあわせ」は、最小限の楽器編成による短い楽曲で、マルコシアス・バンプの煌びやかで重厚な楽曲・演奏とは対照的であった。司会の三宅は「意外な曲」「五週目にこの曲で来ることはないのに」と評し、マルコシアス・バンプのボーカル・ギター担当の秋間経夫には「だってすごいんだもん」と言わしめた。たまのメンバーは「勝っても負けてもどうせこれが最後」「ならば思い切り茶化すか」という理由で「まちあわせ」を演奏することにしたが、結果は審査員投票4対3でたまが制し、5週連続勝ち抜きを達成、第3代グランドイカ天キングの座に輝いた。このことについて石川は「流れっちゅうもんは怖い」と話し、知久も「いつも評価してくれない審査員の吉田建さんが俺らに(審査の札を)上げちゃった」と語っている。

メンバーはこれまでは音楽活動と並行して別にアルバイトや仕事を行っていたが、たまの人気が沸騰したことから音楽活動に専念するため退職した[7]。1990年、シングル『さよなら人類/らんちう』でメジャーデビューを果たした。焼酎アレフ」のCMソングに採用され、オリコン初登場1位、売上約60万枚を記録し、NHK紅白歌合戦への出場も果たす[8][9]。バンドは「たま現象」と呼ばれる社会現象的な人気を獲得し、「たま現象」の語は1990年の『現代用語の基礎知識』にも収録された。複数の楽器を演奏し、大衆音楽的要素と前衛音楽的要素を兼ね備えていたことから、バンドをビートルズに擬する言説も存在する[10][11][12]。また、1992年友部正人との共作『けらいのひとりもいない王様』をリリースした。

1992年、所属事務所の契約更新をきっかけに、自分たちの表現を貫徹したいという意図から個人事務所「たま企画室」を設立した[13]。レーベルも日本クラウンから東芝EMIに移籍した。この時期にはバンドブームも下火になり、「オゾンのダンス」以降は次第にヒットチャートやメディアに現れることもなくなっていったが、マイペースに活動を続けた。「曼荼羅」系列のライブハウスでの「たまの月例会」と称した月一回の定期ライブも行っていた[6](2002年1月まで)。また、ライブハウスや会館等のコンサートホールだけでなく、普段はライブの行われる事のないや酒蔵、洞穴と言った場所でもライブを行う「どこでもツアー」と称したライブツアーも実施した[13]1995年、自主レーベル「地球レコード」を設立し、6thアルバム『そのろく』リリースした。石川によると、インディーズ・レーベルを立ち上げた背景には、レコード会社などが自主的に行っていた「放送禁止用語」の規制を回避する意図があったという[13]。同年、初の海外公演としてニューヨークでのライブが開催されることと、異なる方向性の音楽を始めたくなった柳原の脱退が発表された。そして年末のライブを最後にソロ活動に専念するため柳原が脱退した[13]

3人編成のたまになってから解散まで(1996年 - 2003年)[編集]

柳原の脱退により、1996年から3人での活動となった(通称「3たま」と呼ばれる)。その後のライブでは斉藤哲也 (undercurrent, Nathalie Wise) やライオンメリィ(ヴァージンVSヤプーズ、メトロファルス、エコーユナイト)らをキーボードのサポートとして迎えた。その一方で、サポートミュージシャンを入れず、アンプや電源が不要でなおかつ携帯しやすい小型の楽器を用いて、より手軽でチープな雰囲気を狙った「しょぼたま」という編成でもライブを行った[14]

1996年
1997年
1999年
  • 3月、劇団ナイロン100℃の舞台『薔薇と大砲~フリドニア日記#2~』に出演、役者および劇中曲を担当。
2001年
2003年
  • 3月、劇団ダンダンブエノのダンス公演『いなくていい人』に出演。5月、ホリプロ×ナイロン100℃ SPECIAL SESSIONミュージカル『ドント・トラスト・オーバー30』に出演。劇中の演奏を担当し、サウンドトラック盤が7月25日に『しょぼたま2』というタイトルでリリースされた。
  • 5月、ダンス公演『いなくていい人』の練習期間に知久が脱退を口にした。石川によれば、マンネリズムによりたまとしての活動に新鮮味がなく、メンバー全員が解散を考えていたという[3]
  • 10月28日・30日・31日に行われた吉祥寺STAR PINE'S CAFEでラストライブ「たまの最期!!」をもってたまは解散した。解散公演の最終日、ホフディランワタナベイビーが飛び入り参加し、柳原脱退以後封印されていた「さよなら人類」も演奏された。石川によれば、「さよなら人類」を演奏した理由は、飛び入りで参加した泥酔していたワタナベイビーが突発的に「さよなら人類」を歌い始めたのが原因であり、前もって意図したものではなかったという[3]。アンコールとして最後に演奏した曲は「ヒゲのある暮らし」だった。

解散後(2003年 - )[編集]

メンバー間の関わりがあるもののみ記載する。

  • 知久と石川はロケット・マツ率いる14人編成バンド『パスカルズ』にたま活動時から並行して参加[15]
  • 知久と滝本はロケット・マツと共にインストゥルメンタルユニット「2ni」に参加。
  • 滝本のソロアルバム『水槽の中に象』に知久がギター、ウクレレ、笛、モーコック(ベトナムのカエル型の木製楽器)、コーラス、コーラスアレンジで参加。
  • 2010年12月より、たま解散後の彼らの活動を追ったドキュメンタリー映画『たまの映画』が、テアトル新宿等で公開。監督は本作が劇場映画デビューとなる今泉力哉

そのほか、柳原を除く知久・石川・滝本の3人は各々のライブイベントで共演したり、数曲のみセッションや「一時的な再結成」ライブもたびたび行っている。

2008年
  • 4月27日山口マオ主催の千葉県・千倉潮風王国アートフリーマーケットのゲストとして、しょぼたま編成で数曲演奏[16]
  • 8月8日夜、8月9日昼/夜吉祥寺STAR PINE'S CAFEにて『たまの10年前の約束ライブ』と題したライブをしょぼたま編成で行った。このライブは1998年のファンクラブ壱岐ツアーの参加特典として『10年後の2008年8月8日 たまのライブにご招待しますチケット』が参加者全員にプレゼントされていたために実施された。5月下旬にライブ概要が公式サイトで発表され、一般販売分のチケットは全てプレイガイド売りだったが、初回発売の8日夜公演・9日夜公演ともに発売数分で完売し、チケット完売に伴い急遽決定した追加公演分の9日昼公演も即ソールドアウトとなった。
2010年
  • 1月14日阿佐ヶ谷・Loft Aにて行われた『ニヒル牛おっさん7』で3人が共演。滝本がベースで、なおかつ正規のサポートキーボードが入る編成は、解散以来初[17]
2011年
  • 3月19日西荻窪・THE“ロック”食堂にて行われた震災募金三夜連続ライブ「偽善者たちの夜~第一夜~」で3人が「まちあわせ」を演奏[18]。この模様はUSTREAMで配信された。
  • 5月1日、千葉県南房総市アートフリマinちくら千倉潮風王国の野外イベントで、知久、石川、滝本がしょぼたまとしてセッション。
2012年
  • 1月14日、新宿LOFT、「しりあがり寿Presents さるハゲロックフェスティバル2012」にて。ただしたま単独のライブではなく、パスカルズやソロとしての石川、知久に、エコーユナイトの滝本。3人が集まりライブ後半ゲリラ的に「まちあわせ」を演奏した。
2014年
  • 7月6日、東京都吉祥寺マンダラ2「石川浩司53歳生誕祭」。一部のゲストとして知久、二部のゲストとして滝本、三部が石川のソロ、四部として知久と滝本、そして石川のセッション。しょぼたまではなく、キーボード抜きのたまとして開催。
2016年
  • 4月30日、千葉県南房総市アートフリーマーケットinちくら千倉潮風王国の野外イベント。しょぼたまとして、知久、石川、滝本がセッション。
2017年
  • 4月30日、千葉県南房総市アートフリーマーケットinちくら千倉潮風王国の野外イベント。しょぼたま、キーボード抜きのたまとして、知久、石川、滝本がセッション[19]
2018年
  • 4月15日、京都府紫明会館で、知久寿焼x石川浩司x滝本晃司弾き語りライブ。それぞれ約一時間のソロの後、ライブの最後に一時間半三人が共演[20]
  • 4月29日、30日、千葉県南房総市アートフリーマーケットinちくら千倉潮風王国の野外イベント。二日連続でしょぼたま。知久、石川、滝本のセッション[21]
2019年
  • 4月28日、千葉県南房総市千倉Art&Musicマルシェ2019で、しょぼたまとして、知久、石川、滝本がセッション。
  • 9月29日、大阪・服部緑地野外音楽堂『服部緑地RAINBOWHILL2019』。知久、石川、滝本。知久と石川はパスカルズとしても来場していた。

上記以外では、タイのチェンマイで石川と知久が度々セッションを行ったり、誕生日イベントで各メンバーが共演している。

受賞歴[編集]

歌唱曲『さよなら人類』

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1990年(平成2年)/第41回 さよなら人類 11/29 ピンク・レディー
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

作品[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 レーベル 初収録アルバム
1st 1990年5月5日 さよなら人類/らんちう 8cmCD AXDR-1 アクシック さんだる
2nd 1990年9月14日 オゾンのダンス 8cmCD AXDR-2
3rd 1990年12月14日 夕暮れ時のさびしさに 8cmCD AXDR-3 ひるね
4th 1991年4月24日 海にうつる月 8cmCD AXDR-4
5th 1991年10月9日 きみしかいない 8cmCD AXDR-5 きゃべつ
6th 1992年9月16日 そんなぼくがすき 8cmCD AXDR-6 まちあわせ
7th 1992年11月4日 リヤカーマン 8cmCD TODT-2952 イーストワールド 犬の約束
8th 1992年12月20日 星を食べる 8cmCD AXDR-7 アクシック 『きゃべつ』
9th 1993年6月2日 ふしぎな夜のうた 8cmCD TODT-3056 イーストワールド ろけっと
10th 1993年9月10日 日曜日に雨 8cmCD TODT-3107
11th 1996年6月26日 あっけにとられた時のうた 8cmCD PIDL-1193 パイオニアLDC たま
12th 1998年12月25日 学習 マキシシングル CHIKYU-006 地球レコード 東京フルーツ
13th 1999年11月12日 ゆめみているよ マキシシングル CHIKYU-007
14th 2001年10月10日 汽車には誰も乗っていない マキシシングル CHIKYU-010 アルバム未収録

オリジナル・アルバム[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 レーベル
1st 1990年7月10日 さんだる CD AXCR-1 アクシック
1997年8月21日(再発) CD CRCP-190 日本クラウン
2012年12月12日(再発) CD BRIDGE-200 ブリッジ
2nd 1991年1月21日 ひるね CD AXCR-2 アクシック
1997年8月21日(再発) CD CRCP-191 日本クラウン
2013年1月12日(再発) CD BRIDGE-201 ブリッジ
3rd 1991年10月21日 きゃべつ CD AXCR-3 アクシック
1997年8月21日(再発) CD CRCP-192 日本クラウン
2013年2月12日(再発) CD BRIDGE-202 ブリッジ
4th 1992年11月25日 犬の約束 CD TOCT-6805 東芝EMI
1997年11月19日(再発) CD TOCT-10034
2012年9月8日(再発)[注釈 7] CD QIAG-70059 Tower To The People
5th 1993年9月29日 ろけっと CD TOCT-8148 東芝EMI
1997年11月19日(再発) CD TOCT-10035
2012年9月8日(再発)[注釈 7] CD QIAG-70060 Tower To The People
6th 1995年8月21日 そのろく CD CHIKYU-003 地球レコード
2000年11月15日(再発) CD
2009年2月14日(再発) CD
7th 1996年9月25日 たま CD PICL-1130 パイオニアLDC
8th 1997年7月23日 パルテノン銀座通り CD PICL-1150
9th 1998年7月25日 いなくていい人 CD CHIKYU-004 地球レコード
10th 2000年2月25日 東京フルーツ CD CHIKYU-008
11th 2001年1月30日 しょぼたま CD CHIKYU-009
12th 2003年7月25日 しょぼたま2 CD CHIKYU-012

ベスト・アルバム[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 レーベル
1st 1992年12月20日 まちあわせ CD AXCR-10 アクシック
2009年3月4日(再発) CD CRCP-20431 日本クラウン
2nd 2000年3月23日 Best Selection CD PICL-1200 パイオニアLDC
3rd 2003年5月1日 たまセレクション CD CRCP-20319 アクシック
4th 2005年8月24日 たま ナゴムコレクション CD DDCH-2505 ナゴムレコード

その他のアルバム[編集]

  1. けらいのひとりもいない王様 (1992年3月、アクシック)
    • 友部正人との共作
    • 夢のカリフォルニア / ガーディナーさん / 空が落ちて来る / あいてるドアから失礼しますよ / 金もないが悩みもない / 反復 / けらいのひとりもいない王様 / ぼくの猫さん
  2. ねこばば(1995年9月、地球レコード
    • インディーズ時代の自主制作カセット(1985年7月)の復刻盤。
  3. たま・ライヴ・イン・ニューヨーク(1999年3月、地球レコード)
    • 1995年12月にニューヨークで行われたライブ収録。CDでは唯一のライブ盤である。
    • ロシヤのパン / リヤカーマン / れいこおばさんの空中遊泳 / オゾンのダンス / あたまのふくれたこどもたち / むし / 金魚鉢 / かなしいずぼん / ふたつの天気 / ジンガは静かにしなさい / お経 / はこにわ / らんちう / お昼の2時に / 鐘の歌
  4. 室温 〜夜の音楽〜(2002年4月、地球レコード)
    • 劇中曲集、一部ライブ収録
    • 安心 / いわしのこもりうた / 間宮くん(インスト)/ ガウディさん / さよならおひさま / 夜のおんがく / おるがん / ハダシの足音
  5. 学習・ゆめみているよ(2016年3月、地球レコード)
    • 廃盤になっていたマキシシングル『学習』『ゆめみているよ』を1枚にまとめたもの。
    • 学習 / ラッタッタ / 水筒 / 地図にない場所 / 学習(カラオケ)/ ゆめみているよ / 夢の中の君 / 公園には自転車できた / お肌ツルツル老人 / 安心

メジャーデビュー以前の作品[編集]

自主制作カセット[編集]

  1. またたび(1984年12月[4]
    • A面:おやすみいのしし / 朝起きたら俺がいた / スイング娘 / 誰も起きてこないよ / らんちう / おいしいうそがいっぱい / B面:ビリビリ / 耳のうしろに誰かいる / くだもの / 交差点音頭 / 夕暮れ時のさびしさに / 汽車には誰も乗っていない / どんぶらこ[4]
    • 「朝起きたら俺がいた」、「スイング娘」、「誰も起きてこないよ」、「おいしいうそがいっぱい」、「ビリビリ」、「耳のうしろに誰かいる」、「交差点音頭」はたま名義でのCDには未収録。
    • 「誰も起きてこないよ」、「おいしいうそがいっぱい」は石川のソロ・アルバム『おいしいうそがいっぱい』にてセルフカバーされた。
  2. ねこばば(1985年7月[4]
    • A面:ジャバラの夜 / ロシヤのパン / 学校にまにあわない / らんちう / お経 / B面:牛小屋 / かなしいずぼん / お昼の2時に / さよなら人類 / れいこおばさんの空中遊泳[4]
    • 1994年にCD化された。
  3. ふろく(1985年[4]
    • A面:牛小屋 / 夕暮れ時のさびしさに / ロシヤのパン / 学校にまにあわない / 満月小唄 / B面:鐘の歌 / らんちう / 誰も起きてこないよ / さよなら人類 / とんかち[4]
  4. さるぼぼ(1986年5月[4]
    • A面:おやすみいのしし / はこにわ / 鐘の歌 / 満月小唄 (ライブ音源) / B面:誰も起きてこないよ(ライブ音源)/ 夕暮れ時のさびしさに / 床屋はどこや / ばいばいばく[4]
  5. たゆたひ(1988年1月[4]
    • A面:とんかち / マリンバ / 日本でよかった / ウララ / 金魚鉢 / B面: パラシュート / こわれた / オリオンビールの唄 / 月夜の病院[4]
    • 「金魚鉢」のみ2000年にCD化した『しおしお』にボーナス・トラックとして収録。
  6. たまてばこ(1989年[4]
    • A面:らんちう / 夏のお皿はよく割れる / B面:海にうつる月 / マンモウ開拓団[4]
    • 全曲、2000年にCD化した『でんご』にボーナス・トラックとして収録。

インディーズレコード[編集]

  1. でんご(1989年5月、ナゴムレコード、NG-053[4]
    • A面: 夜のどん帳 / おるがん / B面: カニバル / 満月ブギ[4]
    • レコード自体は7インチシングル (EP) 盤と同じサイズだが、回転数がLP盤と同じ33回転。コンパクト盤
    • 2000年にCD化再発。CD化にあたってのボーナス・トラックはカセット『たまてばこ』に収録された「らんちう」、「海にうつる月」、「夏のお皿はよく割れる」、「マンモウ開拓団」。流通数は少なくレア物となっている。
  2. しおしお(1989年12月、ナゴムレコード、NG-062[4]
    • A面: オゾンのダンス / ロシヤのパン / 学校にまにあわない / 方向音痴 / 満月小唄 / まちあわせ / B面: 夏の前日 / 東京パピー / らんちう / ジャバラの夜 / かなしいずぼん[4]
    • 2000年にCD化再発。CD化にあたってのボーナス・トラックはカセット『たゆたひ』に収録された「金魚鉢」。流通数は少なくレア物となっている。

ファンクラブ限定[編集]

ファンクラブ会員に配布された8cmサイズCD(非売品)。

  1. お昼の2時に(1993年)
  2. あたまのふくれたこどもたち(1994年)
    • 後にアルバム『そのろく』に収録。
  3. どっこいしょ どっこいしょ(1995年)
  4. でんちう(1996年)
  5. シーベックシーモア(1997年)
  6. 炭坑節(1998年)
  7. ざらざら恋の唄(1999年)
  8. ハル(2000年)
    • 後にアルバム『しょぼたま』に収録。
  9. ルル星人(2001年)
  10. 326(2002年)
  11. 鐘の歌 / ヒゲのある暮らし(2003年)
    • ラストライブ『たまの最期!!』より収録。

参加作品[編集]

  1. おまつり ナゴムオムニバスIII(レコード:1988年4月、CD: 1990年1月25日、ナゴムレコード、NG-052)
  2. 石の町(1994年7月21日、ビクターエンタテイメント
    • MAYAのシングル。表題曲の演奏を担当(作詞・ボーカルは知久)。後にアルバム『センサシオン』に収録された。
  3. 大仕事アンコール '94 LIVE(1995年3月31日)
    • 梅津和時のアルバム。全編にわたって演奏で参加。
    • 「豆腐」で石川、「キリストは馬小屋で生まれた」で知久、「窓辺のスケッチ」で滝本、「お経」「太郎さん体操」で柳原がそれぞれボーカルを担当。
  4. ジンターナショナル(1996年6月23日)
    • 大工哲弘のアルバム。全編にわたってコーラスで参加。
  5. 裸の水(1997年2月26日、パイオニアLDC)
    • 高橋理奈のアルバム。「夕暮れの風に吹かれて」の演奏を担当(作曲は滝本)。
  6. 坂道(1999年11月3日)
    • ワタナベイビーのミニアルバム。「1ラウンドでノック・ミー・ダウン」に演奏・コーラスで参加。
  7. トリビュート・トゥ・ヒカシュー「20世紀の終りに」(2000年)
    • ヒカシューのトリビュートアルバム。「20世紀の終りに」をカバー。
  8. ドント・トラスト・オーバー30(2003年6月20日)

提供曲・タイアップ[編集]

  • 川崎製鉄(現:JFEスチール):CM出演(1990年)
    • メジャーデビュー以降初のCM出演となった川崎製鉄のCMでは、各メンバー4人分のテイクが製作され、それぞれのテイクでCMソングとして使用された楽曲の制作者が、最後にキャッチコピーの「ピテたまトロプス・川崎製鉄」を言うという仕様だった(知久「らんちう」、石川「まちあわせ」、柳原「オゾンのダンス」、滝本「海にうつる月」)。後に4人全員で「カオス・パワーだ。川崎製鉄」と言うバージョンも製作されている。
  • 任天堂 ファミリーコンピュータ用ソフト『星のカービィ 夢の泉の物語』: CMソング(1993年)
    • 猫ふんじゃった」の替え歌。ボーカルは知久。なお、CMのナレーションもたまが担当し、石川→滝本→柳原→知久の順で担当。
  • バンダイ ゲームボーイ用ソフト『ゲームで発見!!たまごっち』シリーズ: CMソング(1997年 - 1998年)
    • 『ゲームで発見!!たまごっち』、『ゲームで発見!!たまごっち2』、『ゲームで発見!!たまごっち オスっちとメスっち』のCMソングを担当。最後のサウンドロゴは2作のCM共通で、オスっちとメスっちの場合はその後に「オスっちとメスっち」と入る。3作共ボーカルは知久。
  • NHKおかあさんといっしょ』: 「ハオハオ」提供(2001年)

映像作品[編集]

  1. VHS/LD/DVD 野球(1991年10月、アクシック
  2. VHS ビデオクリップ集(1992年7月、アクシック)
  3. VHS 犬の約束 ツアー・ビデオパンフレット(1993年)
  4. VHS '94.8.19 九段会館大ホール たまファンクラブの集い<<東京>>(1994年)
  5. VHS どこでもツアー95ドキュメント(1996年3月30日)
  6. VHS たまのお歳暮95(1996年5月30日)
  7. VHS どこでもツアー96ドキュメント(1997年)
  8. VHS たまのお歳暮97(1998年)
  9. VHS/DVD しょぼたま(VHS: 1999年8月10日、DVD: 2009年3月14日)
  10. VHS History of Tama 15(1999年4月23日)
  11. VHS/DVD たまネパールへ行く(VHS: 2000年、DVD: 2009年3月14日)
  12. VHS たまの温故知新 さんだる編(2002年)
  13. VHS たまの温故知新 ひるね編(2002年)
  14. VHS たまの温故知新 きゃべつ編(2003年)
  15. VHS たまの温故知新 犬の約束編(2003年)
  16. DVD たまの最期!!(2004年8月)

書籍[編集]

  1. たま写真集 きゃべつ(1991年11月、小学館
  2. たまの月経散歩(1993年4月、角川書店
  3. ひまのつぶしかた(1993年9月、ネスコ
  4. たま詩集(1993年11月、思潮社

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ たまがイカ天に初登場した際、司会の三宅裕司が知久に「リーダーの知久寿焼」と言っていたため。ただし石川の著作およびHPによると正確なリーダーはおらず番組に提出した書類上のリーダーだったという。
  2. ^ 海にうつる月
  3. ^ 『しょぼたま』ではトイピアノ鍵盤ハーモニカを担当している。
  4. ^ オゾンのダンス」「ふしぎな夜のうた」など一部の楽曲
  5. ^ キングもカブキロックスサイバーニュウニュウと2代続けてパフォーマンス重視のバンドだった
  6. ^ 編成は上記の「しょぼたま」に相当。知久はウクレレ、滝本は鍵盤ハーモニカ
  7. ^ a b タワーレコード限定再発

出典[編集]

  1. ^ たま - CDJournal”. CDJournal. 株式会社音楽出版社. 2018年11月9日閲覧。
  2. ^ 石川浩司. “第一章  三岳荘11号室”. 石川浩司のひとりでアッハッハー. 「たま」という船に乗っていた. 2019年3月18日閲覧。
  3. ^ a b c 石川浩司. “第十章 そしてひとりずつに。”. 石川浩司のひとりでアッハッハー. 「たま」という船に乗っていた. 2019年3月18日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 月刊カドカワ 8 (9): 37-44. (1990-09-01). 
  5. ^ 石川浩司. “第二章 「かき揚げ丼」から始まった”. 石川浩司のひとりでアッハッハー. 「たま」という船に乗っていた. 2019年3月18日閲覧。
  6. ^ a b 石川浩司. “第三章 音楽仕事天秤時代”. 石川浩司のひとりでアッハッハー. 「たま」という船に乗っていた. 2019年3月18日閲覧。
  7. ^ 石川浩司. “第四章 イカ天で人生大逆転!?”. 石川浩司のひとりでアッハッハー. 「たま」という船に乗っていた. 201-03-189閲覧。
  8. ^ “【TOWER VINYL太鼓盤!】第6回 〈レコードの日〉に買いたいのはこれ! スタッフの太鼓盤17枚を一挙紹介”. Mikiki (タワーレコード). (2019年11月3日). https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/23364?page=2 2020年3月14日閲覧。 
  9. ^ “伝説のバンド・たま 解散後の今を取材したドキュメンタリー映画公開へ”. ORICON NEWS (オリコン). (2010年7月2日). https://www.oricon.co.jp/news/77779/full/ 2020年3月14日閲覧。 
  10. ^ 『たまの本』竹中労
  11. ^ 柳原陽一郎 ベスト・アルバム『もっけの幸い』 ライナーノーツ
  12. ^ たまがEMI時代に発表した2枚のアルバム『犬の約束』『ろけっと』がタワレコ限定再発”. TOWER RECORDS ONLINE (2012年7月27日). 2019年3月2日閲覧。
  13. ^ a b c d 石川浩司. “第八章 船からひとり降りた”. 石川浩司のひとりでアッハッハー. 「たま」という船に乗っていた. 2019年3月18日閲覧。
  14. ^ 石川浩司. “第九章 淡々タヌキ時代”. 石川浩司のひとりでアッハッハー. 「たま」という船に乗っていた. 2019年3月18日閲覧。
  15. ^ パスカルズ公式サイト
  16. ^ こらない - たま(しょぼたま)プチ復活@潮風王国
  17. ^ [1] 石川浩司のひとりでアッハッハー「俺の日常クイズ(7)」2010年1月15日。
  18. ^ [2]石川浩司のひとりでアッハッハー「俺の日常クイズ(10)」2011年3月20日。
  19. ^ アートフリーマーケット in ちくら2017 2017年4月29日、30日。30日のサプライズアクトとして。2017.5.10閲覧。
  20. ^ 知久寿焼 x 石川浩司 x 滝本晃司 @紫明会館2018.4.30閲覧
  21. ^ アートフリーマーケット in ちくら2018。2018.4.30閲覧。
  22. ^ 日本レコード大賞 歴代受賞者一覧”. TBS. 2020年1月3日閲覧。