つきみ野

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つきみ野
つきみ野駅(つきみ野5丁目)
つきみ野駅(つきみ野5丁目)
つきみ野の位置(神奈川県内)
つきみ野
つきみ野
つきみ野の位置
北緯35度30分44.4秒 東経139度27分20.2秒 / 北緯35.512333度 東経139.455611度 / 35.512333; 139.455611
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yamato, Kanagawa.svg 大和市
設置 1970年(昭和45年)
人口
2018年(平成30年)2月1日現在)[1]
 • 合計 12,040人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
242-0002[2]
市外局番 046 (厚木MA)[3]
ナンバープレート 相模

つきみ野(つきみの)は、神奈川県大和市の地名。現行行政地名はつきみ野一丁目からつきみ野八丁目。郵便番号は242-0002[2]

地理[編集]

国道16号 大和バイパス

大和市北部に位置する。全域が東急電鉄による多摩田園都市の一環として開発された住宅街となっており、地域の中央に東急田園都市線つきみ野駅がある。また、三丁目に大和市立つきみ野中学校神奈川県立大和高等学校がある。地域の東側を国道16号大和バイパスが通っている。

東・南は下鶴間、西は中央林間、北は相模原市南区上鶴間と接している。

地価[編集]

住宅地の地価は、2015年平成27年)1月1日公示地価によれば、つきみ野四丁目4番8の地点で24万1000円/m2となっている。[4]

歴史[編集]

当地周辺は鎌倉時代より東海道脇街道の小宿場町として「下鶴間村」という名前のあった歴史ある地であり、現在のつきみ野付近は下鶴間の田園地帯の一部であった。また、旧石器時代の石器や遺構が多く発見されている地域でもあり、1967年(昭和42年)頃、東急がつきみ野の開発を行った際には造成地から旧石器時代の18の遺跡が発掘され、これらは当時の旧石器時代観を大きく転換させる遺跡群であった。これらの遺跡群は東急の開発に因み、「月見野遺跡群」と命名された。遺跡の発掘物や下鶴間村の歴史資料、その明治時代の農家の再現を「つる舞の里歴史資料館」にて見られる。

地名の由来[編集]

沿革[編集]

  • 1970年(昭和45年) 下鶴間の一部より、つきみ野一丁目〜八丁目を新設。大和市つきみ野一丁目〜八丁目となる。
  • 1971年(昭和46年) 大和市立つきみ野中学校開校。
  • 1976年(昭和51年)10月15日 東急田園都市線の延伸により、つきみ野駅開業。

町名の変遷[編集]

実施後 実施年月日 実施前
つきみ野一丁目 1970年 下鶴間
つきみ野二丁目
つきみ野三丁目
つきみ野四丁目
つきみ野五丁目
つきみ野六丁目
つきみ野七丁目
つみ野八丁目

世帯数と人口[編集]

2018年(平成30年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
つきみ野一丁目 1,217世帯 3,204人
つきみ野二丁目 374世帯 1,016人
つきみ野三丁目 648世帯 1,683人
つきみ野四丁目 519世帯 1,188人
つきみ野五丁目 654世帯 1,596人
つきみ野六丁目 430世帯 1,082人
つきみ野七丁目 366世帯 888人
つきみ野八丁目 567世帯 1,383人
4,775世帯 12,040人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。

丁目 番地 小学校 中学校
つきみ野一丁目 全域 大和市立北大和小学校 大和市立つきみ野中学校
つきみ野二丁目 全域
つきみ野三丁目 全域
つきみ野四丁目 全域
つきみ野五丁目 全域
つきみ野六丁目 全域 大和市立中央林間小学校
つきみ野七丁目 全域
つきみ野八丁目 全域

施設[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 大和市の地区別人口と世帯”. 大和市 (2018年2月19日). 2018年2月26日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月26日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月26日閲覧。
  4. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査