なでksジャパン

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なでksジャパン(なでくそジャパン)は、女性アイドルを応援する女性ヲタの集団。自称「KSDD[1]界のなでしこJAPAN」。

沿革[編集]

2012年8月、スペースクラフトに所属する日笠麗奈と二宮なゆみ・小口桃子が「FES IWAO 2012 SUMMER」(SHIBUYA-AX)で出会い[2]、更にその1か月後に3人と竹中夏海小林司(妄撮P、ミスiD実行委員長)を介して出会った[3]ことで意気投合。このとき作成したLINEのグループ(「アイドルを見ながら美味しいものを食べる会」)が「完熟オレンジデイズ」(かんじゅくオレンジデイズ)に発展[2]

2014年、「なでksジャパン」に改称。きっかけは、「KSDD」Tシャツ[4]を作成したBEAMSハローキティ、そして竹中のコラボレーションで作成された「I am IDOL」Tシャツ[5]の打ち合わせで、竹中が「KSDD界のなでしこジャパン」と説明したところ、BEAMSのスタッフが「じゃあ、なでksジャパンの方々」と呼んだことから[2]

なでksジャパンに改称後、cakesで連載を持ったりイベント等に出演する機会が増える。また、竹中がスカウトした2期生が加入。2015年現在、2期生の渡賀レイチェルを含めた5名で活動することが多い。

メンバー[編集]

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1期生[編集]

長女〜四女は年齢順。

  • 二宮なゆみ(長女)
    モデル。B-Tokyo所属。担当カラー[3]はチン()。

2期生[編集]

2014年7月、竹中によって強制的に加入が宣告された[9]

  • 渡賀レイチェル(新人類・助っ人外国人)
    ミスiD2014、ラップユニット「chelmico」MC RACHEL。unBORDE所属。担当カラーはウコン()。
  • 児玉雨子
    作詞家。Gオフィス所属。担当カラーはサターンブラック()。なでksジャパンとしてイベント等への出演は2015年現在なし。

出演[編集]

ネットテレビ[編集]

イベント[編集]

  • 映画「あの娘、早くババアになればいいのに」アフタートークイベント(2014年7月14日、テアトル新宿
  • 『アイドル=ヒロイン〜歌って踊る戦う女の子がいる限り、世界は美しい〜』発売記念「アイドル=ヒロイン」妄想キャスティング会議(2015年1月25日、東京カルチャーカルチャー)※著者の竹中以外はオブザーバーとして参加
  • 「なでksジャパンはオールナイトでもこうだ…」(2015年5月1日、Asagaya / Loft A)
  • YATSUI FESTIVAL! 2015(2015年6月20日、渋谷Glad)
  • TOKYO IDOL FESTIVAL 2015「cakesプレゼンツ〜なでksジャパンのアイドル限定♡アイス配布所〜」(2015年8月1日、INFO CENTRE(フジテレビ湾岸スタジオ1F))

脚注・出典[編集]

  1. ^ クソDD=DD(誰でも大好き)を極めたものの意
  2. ^ a b c 「BOMB Love Special」(学研パブリッシング)p48「なでksジャパンゆるゆる女子会トーク」
  3. ^ a b なでksジャパンてなぁに”. note (2014年6月2日). 2015年8月25日閲覧。
  4. ^ KSDDって何のことか、ご存知ですか?”. ナタリーストア. 2015年9月4日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年8月25日閲覧。
  5. ^ Tokyo Girls’ Update × HELLO KITTY “I am IDOL” T-shirt”. BEAMS (2014年5月12日). 2015年9月23日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年8月25日閲覧。
  6. ^ 色の名前「ナチュラルボヘミアングリーンアース」とファッションブランド「earth music&ecology」をかけている
  7. ^ 私事なのですが、7/31をもってスペースクラフトを退社しました。…”. 小口桃子. Twitter (2015年8月5日). 2015年8月25日閲覧。
  8. ^ 色の名前ではなく、紫芋(サツマイモ)の品種名である
  9. ^ なでksジャパンてなぁに:追記”. note (2014年7月11日). 2015年8月25日閲覧。

関連項目[編集]

  • ONIGAWARA - 完熟オレンジデイズ時代はLINEグループに入っており、いまでも交流がある。