ばるな (2代)

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ばるな (2代)
Blue Horizon in Piräus
BLUE HORIZON(2014年8月10日)
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本
ギリシャの旗 ギリシャ
所有者 東日本フェリー(1987-1998)
Strintzis Lines(1999-2000)
en:Blue Star Ferries(2000-)
運用者 東日本フェリー(1987-1998)
Strintzis Lines(1999-2000)
en:Blue Star Ferries(2000-)
建造所 三菱重工業下関造船所
信号符字 SWPG(BLUE HORIZON)
IMO番号 8616336
MMSI番号 239575000(BLUE HORIZON)
改名 ばるな(1987-1998)
SUPERFERRY HELLAS(1999-2000)
BLUE HORIZON(2000-)
経歴
進水 1987年
竣工 1987年7月10日
就航 1987年7月20日
運航終了 1999年
その後 ギリシャに売却
要目
総トン数 16,725トン
全長 187.13m
全幅 27m
深さ 15.3m
機関方式 ディーゼル
出力 14,400PS×2基
航海速力 23.5ノット
旅客定員 680名
車両搭載数 乗用車116台、トラック177台
テンプレートを表示

ばるな (VARUNA) は東日本フェリーが運航していたフェリーである。本項目では、1987年就航の2代目について取り扱う。インド神話の航海安全の神の名前「ヴァルナ」から命名。また、同社の歴代フラッグシップにこの船名がつけられる。

概観[編集]

初代ばるな(元だいせつ)の代船として建造された。三菱重工業下関造船所で建造された初の大型フェリーで、建造当時は国内最大級であったが、エンジンの振動、騒音が客室に伝わる不具合が発生し、就航後も防振装置取り付け、溶接部補強など2年間に渡って対策が行われた[1]

1987年7月20日、大洗 - 室蘭航路に就航した。1989年、「びくとり」の就航により仙台 - 苫小牧航路に転配された。 ばるな (3代)の就航により、仙台 - 苫小牧航路に転配されたびくとりと交代で引退した[2]

1998年8月にギリシャStrintzis Linesに売却されて、SUPERFERRY HELLASとなり、ペラマで旅客設備の改装を受け、1999年にパトラアンコーナ航路に就航した。2000年には、運行会社がリブランドされen:Blue Star FerriesとなったためBLUE HORIZONと改名、以降、主にパトラピレウスを拠点とする航路で運航されている。

設備[編集]

内装は同時期の「べにりあ」とともに、フェリー業界で初めての試みとして造船と内装を分離し清水建設に分離発注する形とした[3]

Aデッキ
  • 特等洋室 - 2名×24室 計48名
  • エントランスホール
  • スナックバー
  • レストランシアター
Bデッキ
  • 1等洋室 - 4名×48室 計192名
  • 1等和室 - 4名×5室 計20名
  • 2等寝台 - 12名×14室 計168名
  • 2等和室 - 212名
  • ドライバーズルーム(寝台)40名
  • 売店・案内所
  • 軽食コーナー
  • 浴室
  • 自動販売機コーナー
  • ゲームセンター
  • カードルーム

脚注[編集]

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  1. ^ 平川昌範 (2014年11月26日). “三菱下関造船所100年:1世紀の歴史刻む 造船不況背景に 生き残りかけた大型フェリー”. 毎日新聞 (毎日新聞社). オリジナルの2015年11月24日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20151124144701/http://mainichi.jp/area/yamaguchi/news/20141126ddlk35020449000c.html (Internet Archive)
  2. ^ 世界の艦船(1998年4月号,p168)
  3. ^ トップインタビュー 東日本フェリー代表取締役蔦井政信氏 津軽海峡もいよいよ新時代、高速船の運航に意欲!! - はこだて財界1988年7月号(函館財界問題研究所)

参考文献[編集]

関連項目[編集]