三国相伝陰陽カン轄ホキ内伝金烏玉兎集

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本来の表記は「三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集(さんごくそうでんいんようかんかつほきないでんきんうぎょくとしゅう)』は、安倍晴明が編纂したと伝承される占いの専門・実用書。実際は晴明死後(成立年代は諸説ある)に作られたものである。

三国相伝宣明暦経註(さんごくそうでんせんみょうれきけいちゅう)』ともいい、『簠簋内伝(ほきないでん)』または『簠簋(ほき)』、または『金烏玉兎集(きんうぎょくとしゅう)』と略称される。

ちなみに「簠({竹甫皿})簋({竹艮皿})」とは、古代中国で用いられた祭器の名称である。

概要[編集]

金烏は太陽に棲むとも太陽の化身とも言われる三本足の金の烏であり、太陽を象徴する霊鳥である。玉兎は月に棲むとも言われるウサギで、月を象徴する。すなわちこれは気の循環を知り、日月の運行によって占うという陰陽師の秘伝書であることを象徴している。

晴明朝臣入唐伝[編集]

本書中[1]には、その由来を示す逸話である「晴明朝臣入唐伝」が載せられている[2]

『金烏玉兎集』の注釈書で江戸時代初期までに出版されたと推察されている『簠簋抄』の記述では、本書は天竺で文殊菩薩が書いたもので、その後伯道上人に伝えられ、これが吉備真備の手に渡り、その際吉備真備に助力した安部仲丸(遣唐使として唐に渡った後死して鬼と化している)の子孫である晴明(『簠簋抄』では「明」)に伝えられたことが記されている。

さらに晴明の母はキツネであるとする葛の葉伝説も『簠簋抄』に記載されたものである。

の御前で晴明と術比べをして負けた播磨道摩法師(蘆屋道満)はその後、晴明の弟子になったという。しかし、彼は晴明を追い落とそうと狙っていた。そして晴明がある秘書(金烏玉兎集)を所有していることを知った。そこで道摩は晴明の妻・梨子と不倫関係となり、その秘書がどこにあるかを聞き出そうとした。自分と晴明の妻との仲がより親密になったと見計らった道摩は、彼女からその秘書が石の箱に入っていることを聞き出した。しかし、その開け方は妻にも分からないと言う。

道摩はその箱を晴明が不在のときに見せてもらい、何とかして箱を開けてしまった。そして晴明が帰宅した時に「私はこの道の秘書を授かった」と彼に告げた。晴明は「その秘書は自分が唐に渡って修行してようやく手に入れたもの。お前が持っているはずが無い」と道摩を叱った。道摩は「今が晴明を抹殺する好機」と「ではその秘書を私がもっていたらその首をいただく」と言い、晴明はそれに応じてしまった。そして道摩は懐からあらかじめ書き取っておいた金烏玉兎集を見せ、晴明の首を刎ねた。

同じころ、晴明に金烏玉兎集を授けた伯道上人は晴明が殺されたことを察知し、日本にやってきた。そして無残に殺された晴明の骨を拾い集め、術を掛けて蘇生させた。そして弟子を殺された報復をするため、生き返った晴明と共に道摩と、晴明を裏切った上に道摩の妻となっていた梨子の元へ向かった。

伯道は道摩に「晴明はいるか」と尋ねた。道摩は「かつてここにいたが、首を刎ねられて死んだ」と答えた。すると伯道が「そんなはずは無い。先ほど彼と会った」と言った。道摩は「貴方の言うことこそ、そんなはずはない。もし晴明が生きていたらこの首を差し上げよう」と答えた。そして伯道は先ほど蘇生した晴明を呼び道摩に見せた。こうして道摩は約束通り首を刎ねられ、梨子も殺害したという。

このことからこの書をみだりに、浅はかな気持ちで読むことは死に値するとして、この書が秘伝中の秘伝であるということをあらわし、この話を冒頭に置くことによってこの書の秘密性・神聖性を高めた。

著者について[編集]

著者については晴明が仮託されているが、晴明の死後に編集されたものであるため信憑性は低い。しかし、「日本陰陽道史総説」によれば村山修一は西田長男の説明を受け、著者を晴明の子孫にあたる祇園社の祠官とみなしている。晴明の子である安倍吉平の後、安倍家は時親、円弥、泰親の3流に分かれた。その中の円弥の子孫が祇園社に入ったらしく、さらにその子孫の晴朝が簠簋内伝の著者ではないかとしている。 しかし、現存する簠簋内伝や刊本をすべて調査した中村璋八は自著にて「(晴朝が著者であるということは)確実な資料によるものではなく、必ずしも納得のできるものではない」として、簠簋内伝の著者については保留としている。また、江戸中期の「泰山集」に当時の安倍家陰陽道宗家の当主であった安倍泰福の言葉として「簠簋内伝は真言僧が作ったものであり、安倍家伝来のものではない。晴明が伝授したのは吉備真備が入唐して持ち帰った天文だ」という言が記載されているという。 いずれにせよ、晴明によってなんらかの伝えはあったであろうが著者についてはやはり不明とするのが妥当となる。

構成[編集]

全5巻で構成されている。

  • 第1巻は牛頭天王の縁起と、様々な方位神とその吉凶を説明している。
  • 第2巻は世界最初の神・盤古の縁起と、盤牛王の子らの解説、暦の吉凶を説明している。
  • 第3巻は1、2巻には書かれなかった納音空亡などが説明されている。
  • 第4巻は風水、建築に関する吉凶説をのべている。
  • 第5巻は密教占星術である宿曜占術をのべている。

1〜3巻と比べて、4〜5巻はあきらかに異質である。最初に1〜2巻が書かれ、それの増補として3巻が加えられた。それに、別個に成立したと思われる本が加えられ、これが4巻、5巻であったと考えられる。[独自研究?]

脚注[編集]

  1. ^ 国立国会図書館所蔵の田中太右衛門版では巻3の冒頭
  2. ^ 『金烏玉兎集』には多くの写本が現存するが、田中太右衛門版のように「晴明朝臣入唐伝」の題名のみ記して、内容をすべて省略しているものが存在する。

関連項目[編集]