エフエムとおかまち

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株式会社エフエムとおかまち
愛称 ほっこりラジオ
コールサイン JOZZ4AN-FM
周波数/送信出力 78.3 MHz/20 W
本社・所在地
〒948-0003
設立日 2005年10月3日
開局日 2006年2月4日
演奏所 所在地に同じ
送信所 新潟県十日町市本町6道の駅クロス10屋上
中継局 松代(20w)、浦田(1w)、仙田(10w)、白羽毛(5w)、松里(5w)
放送区域 十日町市の一部
ネット配信 FM++
公式サイト http://www.fm-tokamachi.com/

エフエムとおかまちは、新潟県十日町市にある、コミュニティ放送局である。

概要[編集]

エフエムとおかまち78.3MHzは、新潟県内では10局目[1]、全国では188局目に開局したコミュニティFM局である。聴取可能地域の人口は約6万人である。

2007年(平成19年)5月10日には湯沢砂防ラジオ広報(中魚沼地域)として、北陸地方整備局と契約金1千万円で業務委託随意契約を行った[2]

設立経緯[編集]

開局のきっかけは、2004年(平成16年)10月23日に発生した新潟県中越大震災(新潟県中越地震)。震災直後、隣の南魚沼市にある「エフエムゆきぐに」により機材の手配やパーソナリティの派遣を受け「臨時災害放送局 十日町市災害FM局」を開局し1ヶ月に渡り様々な情報を放送した。この放送が、不便な避難生活を行っている多くの市民から「とても心強く勇気づけられた」「何とか十日町にもコミュニティFM放送局を」とコミュニティFM局を望む多くの声が上った。

その後中越大震災翌年の2005年(平成17年)3月有志により発起人会を立ち上げ「エフエムゆきぐに」「エフエムながおか」の両局の協力により開局にむけ動き始めた。

同年7月24日には第2回十日町市情報化推進会議にて株式会社エフエムとおかまちとして質疑答弁した[3]

同年9月には、FM放送の免許を申請し、その後設立総会、会社登記、社員の採用と進み10月には会社創立、2005年(平成17年)11月8日総務省信越総合通信局より予備免許交付[4]と言う驚くべきスピードでエフエムとおかまちが誕生した。

そして中越大震災から1年4ヶ月後の2006年(平成18年)2月3日に本免許が交付され[1]、2月4日に開局し放送を開始[5]、新潟県内では10局目、信越管内では14局目となった[1]

現在働いているスタッフはほとんど地元採用で中越大震災を経験している。震災当時中越地震実際十日町市災害FMを聞き、新しく十日町にエフエム放送局が出来るなら是非働いて見たいと志を持った若者が中心となり、放送経験は少ないものの、士気は高く元気なスタッフが多い。「ほっこりラジオ」の愛称で多くの市民に親しまれ地域の情報を放送している。

つまり、エフエムとおかまち78.3MHzは、中越大震災を経験した十日町市民が、災害時のコミュニティーFMの必要性を感じ、中越大震災と言うマイナスのエネルギーを「プラスもエネルギーなら、マイナスもエネルギー」と考え、立ち上げたコミュニティFM放送局である。

スタジオと事務所は、十日町市の道の駅クロス10隣の越後妻有里山現代美術館キナーレ2階にある。キナーレは、1階が温泉施設。2階が美術館である。温泉施設にラジオ局と言う組み合わせは、全国でも珍しい。

賞の受賞歴[編集]

『ギャラクシー賞・選奨受賞』[編集]

2006年(平成18年)5月、放送界のアカデミー賞とも言われる放送批評懇談会・第44回『ギャラクシー賞』のドキュメンタリー部門で選奨受賞[6]

開局5ヶ月目に取材し放送した、中越地震のその後の復旧、復興を追ったドキュメンタリー『震災復興キャンペーン〜心に太陽を』が受賞番組である。この番組は新潟日報と県内コミュニティーFM局の共同企画だった[7]

番組内容は、中越地震から1年半経ち、復興に向けて元気に明るく生きる、十日町市池谷地区と願入地区の人々の逞しく生きる姿を明るい視点で追った。

ギャラクシー賞選考委員会からは、『中越地震で被災した集落の復興ぶりを、住民への丹念なインタビューと支援する若者達への取材で浮き彫りにしました。伝える側の優しい視線は、地域に密着したコミュニティーFMのありかたを示してくれました。』との評価を受けている。

取材編集担当は早見純子、佐藤広樹。

『防災ラジオドラマコンテスト・優秀賞受賞』[編集]

2011年(平成23年)1月、独立行政法人防災化学研究所主催『第1回防災ラジオドラマコンテスト』で、エフエムとおかまち制作の防災ラジオドラマ『キズナ』が、優秀賞を受賞。 2007年中越沖地震の際、お隣の市柏崎市で被災したコミュニティーFM局エフエムピッカラさんを支援する為、支援員として派遣された局員の佐藤広樹が、柏崎市で見た光景をそのままラジオドラマにした作品。未曾有の大災害の中人と人との助け合う姿をラジオドラマにし、評価を得た。ミュージックバードを通じ全国放送もされた。

  • 監督・脚本 佐藤広樹
  • 静香役 水野美咲(ボランティアDJ)
  • 加瀬役 水落雅人(ボランティアDJ)
  • 自衛隊員A役 高橋進一(ボランティアDJ)
  • 自衛隊員B役 茂野裕之(ボランティアDJ)
  • 証言者1役 江村敦子(エフエムとおかまち)
  • 証言者2役 高橋進一(ボランティアDJ)
  • 証言者3役 井口淳(エフエムとおかまち)
  • アナウンサー役 佐藤広樹(エフエムとおかまち)
  • 木下役 井口淳 (エフエムとおかまち)
  • 今井役 佐藤広樹(エフエムとおかまち)
  • 被災者役 早見純子 高野綾子 竹内淳輝(エフエムとおかまち)
  • 作曲・演奏 水落雅人
  • 音響・録音 佐藤広樹
  • 制作 エフエムとおかまち

フリーペーパー発行[編集]

フリーペーパーも十日町市・津南町小千谷市の岩沢地区に新聞折込で22,000部発行。全発行部数は30,000部(2008年(平成20年)4月11日創刊号発行)その後、夏号、秋号、冬号と発行。

主な自社番組[編集]

2010年4月5日~

  • モーニング・インフォメーション(月 - 金・7:20 - 8:30)
  • 昼dokiブランチ(月 - 金・10:00 - 13:00)
  • 情報横丁 夕暮れでぃお(月 - 金・16:30 - 19:00)
  • モーニング・インフォメーション・サタデー(土・8:00 - 8:50)
  • デジタル教師~気ままにニューメディア(土・11:00 - 11:30)
  • ラヴ&キートス(土・11:30 - 12:00)
  • Let's Go 演歌(水・19:00 - 20:00)

パーソナリティ(アナウンサー)・スタッフの人数[編集]

女性6名・男性1名(2010年4月現在) 早見純子(業務放送部チーフ)/高野綾子(業務放送部サブチーフ)/佐々木亜貴子/富田香奈子/山崎麻里(フリーアナウンサー)/大出恭子(フリーアナウンサー)/佐藤広樹(業務営業部チーフ・アナウンサー)

スタッフ5名(営業・企画・デザイン・経理等・ただし、スタッフも全員番組やコーナーを持ち、パーソナリティーとして番組やCMに出演)

「オールディレクター」を合言葉に、放送も営業も企画も、アナウンサー・スタッフの隔てなく、全員が何でもこなす。 各番組はDJスタイルにて、担当アナウンサーが1人で企画、取材のアポ取り、取材、編集、放送(アナウンス、ミキサー操作、選曲)を全てこなし、1人で2時間30分 - 3時間30分の番組を放送する。

社内部署[編集]

  • メディア事業部 井口淳(統括チーフ)他2名 フリーペーパーのデザイン・発行/ポータルサイトの制作・運営/緊急告知FMラジオ配布業務/設備の保守管理/様々な申請業務/営業 他
  • 放送業務部   早見純子(チーフ)他4名  番組の企画・取材・編集放送・番組プログラム管理・営業 他
  • 業務営業部   佐藤広樹(チーフ)他2名  営業・総務経理 他

代表取締役・放送局長[編集]

代表取締役 村山政文

放送局長  長谷川克一

脚注[編集]

  1. ^ a b c コミュニティ放送局「エフエムとおかまち」の免許 - 総務省・信越総合通信局、2006年2月3日付
  2. ^ 湯沢砂防ラジオ広報(中魚沼地域)業務委託 随意契約結果書 (PDF) - 北陸地方整備局、2007年(平成19年)5月10日付。
  3. ^ 第2 回 十日町市情報化推進会議 議事録 (PDF) - 十日町市、2006年(平成18年)7月24日付。
  4. ^ コミュニティ放送局「エフエムとおかまち」の予備免許 - 総務省・信越総合通信局、2005年11月8日付。
  5. ^ 開局ほやほやの「エフエムとおかまち」スタジオ内を取材 - 新潟県庁・十日市振興局、2006年(平成18年)2月7日付。
  6. ^ 第44回ギャラクシー賞受賞作品 - 放送批評懇談会。
  7. ^ ギャラクシー賞最終選考ノミネート - エフエムとおかまちHP

関連[編集]