丸広百貨店

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株式会社丸広百貨店[1]
MARUHIRO DEPARTMENT STORE CO., LTD.
丸広川越本店クレアモール側.jpg
川越本店本館
種類 株式会社
略称 まるひろ
本社所在地 日本の旗 日本
350-8511
埼玉県川越市新富町2-6-1[1]
設立 1949年昭和24年)5月[1]1939年昭和14年)10月創業)[1]
業種 小売業
法人番号 7030001055629 ウィキデータを編集
代表者 代表取締役会長 大久保敏三
資本金 1億円
売上高 496億円(平成29年度)
従業員数 1,600名
決算期 2月[1]
外部リンク https://www.maruhiro.co.jp/
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株式会社丸広百貨店(まるひろひゃっかてん、英称MARUHIRO DEPARTMENT STORE CO., LTD.)は日本の百貨店の一つ。主に埼玉県西部を中心とした地域で店舗を展開している。本店・中核店舗は川越店である。

以下、地名は特記ない限り埼玉県内。

概要[編集]

入間郡飯能町(現:飯能市)出身の大久保竹治が、飯能実業学校(現:聖望学園高校)を卒業後、東京府八王子町(現:東京都八王子市)の呉服店での修業を経て、1939年昭和14年)10月に飯能町で「丸木百貨店」を創業。

1949年(昭和24年)5月に「株式会社丸木」を設立し、株式会社[1]1951年(昭和26年)10月に川越市川越店を開店し、1954年(昭和29年)7月に東松山市東松山店を開店[1]1956年(昭和31年)11月、「株式会社丸広百貨店」に商号変更[1]

1964年(昭和39年)9月に百貨店法による営業許可取得[1]。大久保竹治が社内の大反対を押し切り当時は川越の中心部から大きく外れた現在地へ川越本店を移転・増床し大規模駐車場を備えてマイカー時代に対応した。

その後は埼玉県内でのチェーン展開を進め、1978年(昭和53年)12月に南浦和店浦和市(現:さいたま市南区))、1987年(昭和62年)6月にファミリー丸広新河岸店(川越市。2011年(平成23年)2月13日閉店。)[1]1989年平成元年)10月に入間店入間市)、1990年(平成2年)5月にアトレマルヒロ(川越市)、1992年(平成4年)10月に上尾店上尾市)、1999年(平成11年)10月にファミリー丸広日高店(日高市2021年(令和3年)2月14日に閉店。)、2002年(平成14年)10月に坂戸店[注 1]坂戸市[1]、そして2015年(平成27年)4月に初めての小型店舗であるシーズンクローゼットららぽーと富士見店(富士見市)、2021年(令和3年)4月にイオンタウンふじみ野内にセレクトショップ「まるひろmini」(ふじみ野市)を開店した。[2]

現在では、創業者一代で埼玉県を代表する百貨店を築き上げ、「西のトキハ大分県)、東の丸広」と呼ばれるほどの有力地方百貨店となった。

しかし近年は、お膝元である川越や店舗がある上尾に隣接しているさいたま市の主要駅周辺[注 2]や郊外型ショッピングセンターなどへの消費の集中、ネットショッピングの台頭、さらに鉄道(JR線東武線西武線など)などにおける東京23区(主に池袋駅新宿駅渋谷駅東京駅など)・横浜方面への交通アクセスの向上などもあり、ピーク時には1000億円近くあった売上高も漸減し、500億円を下回る水準で推移している。

こうして売上が伸び悩む中、利益重視型の経営戦略を取り本拠地である川越地区への投資を積極化。東京都内のデパートの影響を受けやすい首都圏にあって、川越駅東口の再開発複合ビルに「アトレマルヒロ」、さらにクレアモール内にある中核の「丸広百貨店川越店」(川越本店とも呼ぶ。本館・別館が存在。)、本店周辺であるクレアモール内の「アネックス」3棟(A・B・C棟)での集中出店に力を入れた。

その結果、現在、アネックスは紀伊國屋書店GAPZARAソフマップなど、川越本店でも新宿高野(別館内)やノジマなどブランドショップや家電量販店をテナントとして招致するなど、地元商圏を固めブランド力を保持している。また川越駅西口の複合施設「U_PLACE(ユー・プレイス)」に小型店舗「モイサイタマプラス」を出店。これらの施策の結果、現在では全社の売上高に対する川越地区4店舗(川越本店、アネックス、アトレマルヒロ、モイサイタマプラス)への依存度が極めて高くなっている。また、本拠地たる川越を中心に埼玉県内では外商部門にも一定の強みを持つ。

その反面、川越地区以外の支店は総じて店舗面積が狭小で、それゆえに近年出店した大型ショッピングセンター(SC)に対して見劣りするなど厳しい立場に置かれ立て直しが急務となっている。その流れを受けて、百貨店よりもGMSに近い業態として展開していた小型店舗「ファミリー丸広」は2021年までに全店舗を閉店した。残る店舗も飯能店は商圏にあわせた規模に縮小(移転による再出店)、南浦和店は直営売場を全廃し事実上の専門店ビルへと転換した。また、富士見市ららぽーと富士見1階に出店した小型店舗「シーズンクローゼット」のように、SCとの共存を模索する動きもある。

資本構成としては大手百貨店系列に属さないが、伊勢丹が主幹事の全日本デパートメントストアーズ開発機構(ADO)に加盟。主に川越本店でファッションや食品でADO商品の取り扱いがあり、ギフト商品などもADOのHUBセンターが活用されている。

紙袋や包装紙には、埼玉県の県花であるさくら草が描かれ、「彩の国の百貨店まるひろ」を合言葉に、地元埼玉の百貨店として愛される店づくりを目指している。

屋上遊園地[編集]

1968年に川越店の屋上に屋上遊園地である、わんぱくランドが開業した。当時、国内にはこうした屋上遊園地が数多く存在したが昭和40年代に千日デパートビル火災大洋デパート火災などの甚大な被害を出したビル火災が相次いで発生したことにより消防法令が改正され、屋上にこうした施設の建設が出来なくなり[要出典]、さらに子供達の遊び場はゲームセンターテーマパークへと移り変わり、徐々に国内では姿を消した。そして2019年9月1日の営業を持って51年の歴史に幕を閉じ、国内の屋上遊園地は全て閉園となった。閉園理由は川越店の耐震補強工事に伴い、遊園地スペースを資材置き場として使用し、新たに遊具を組み直す業者が少ないことによる。最終日には普段の土日の4倍以上の、9000人が訪れたという。

沿革[編集]

店舗[編集]

百貨店[編集]

シーズンクローゼット[編集]

セレクトショップ[編集]

モイサイタマ・モイサイタマプラス[編集]

2つの「埼玉県産品“食”のセレクトショップ」を運営している。「モイ」はフィンランド語で「こんにちは」にあたる挨拶である[10]

外商館・外商サービス[編集]

  • 東松山出張所

かつて存在した店舗[編集]

  • 大宮店 (さいたま市大宮区
    • 大手百貨店の進出があり増床を検討したが用地の確保が難航、昭和40年代頃に関連会社Mac1号店へ業態転換。
  • 日進店(さいたま市北区
    • 2002年(平成14年)8月 - 閉店。屋号は丸広であったが、社内ではファミリー店扱いで営業政策を行っていた。
  • 東飯能店(飯能市東飯能駅駅ビル
    • 2006年(平成18年)4月 - 閉店。
    • 2007年(平成19年)1月 - 不動産会社ニューシティーコーポレーションへ売却。
    • 2008年(平成20年)11月6日 - 同ビルを丸広百貨店が10月31日付けで再買収したと発表。
    • 2009年(平成21年)8月25日 - 飯能駅前の飯能店を閉鎖。
    • 2009年(平成21年)9月11日 - 東飯能駅ビル(旧東飯能店)に新・飯能店として移転開店。

ファミリー店[編集]

  • 神明町店

出店を断念した店舗[編集]

  • 越谷店
    • 1990年代、越谷駅東口第一種市街地再開発事業(越谷市)で計画された再開発ビルの核テナントとして出店を予定していた。しかし、長引く不況と90年代後半に更なる消費不況が襲ったことで、採算性を疑問視するようになり、再開発ビルの建設着工直前に出店計画を撤回した。
    • その後、2006年に都市計画を変更し、2009年(平成21年)に再開発ビルが着工した。そして、2012年(平成24年)8月24日に再開発ビルが竣工し、同年9月15日に越谷ツインシティとしてグランドオープンした。当初の計画と比較すると、商業施設の面積が大幅に縮小されたものの、29階建て、397戸の大規模タワーマンションであるグローリオ越谷 ステーションタワーの他、獨協医科大学越谷病院附属腎・予防医学センターを核とする医療機関、業務施設、公共施設などが併設された。

TVCMと広告看板[編集]

  • TVCMは、2000年頃まで、テレビ埼玉で17時と21時30分からのニュース番組で放映されていた。1998年までは、セールや催しの案内等は一切なく、女性が部屋でくつろぐ映像の後に「暮らし共演。百貨店、まるひろ」というナレーションが入る企業イメージCMを放映していたが、1998年(平成10年)秋の川越店改装グランドオープン時からは、改装グランドオープン記念紙袋や広告に使われた乳児の顔の静止画スライドと改装告知広告のコピーであるOpen the departmentstore「始まる、ひろがる。」の文字が入り、最後に「まるひろです」とナレーションが入るだけで、川越店の名前も改装告知も入らなかったが、実質、川越店のCMであった。
  • 幹線道路沿いの店舗誘導矢印付きの看板と西武池袋線新宿線東武東上線の駅に設置されていた広告看板には、「お買い物はまるひろ」というフレーズと黒い帽子を被った若い女性のイラストが入っていたが、近年、女性のイラストは廃止された。以前は、これらの看板だけでなく、配送トラックや川越店各駐車場の囲いに10m間隔程度にイラストが入り、県西地区では非常に有名な「女性」だった。2009年の創立60周年記念復刻紙袋に女性のイラストが入り、ほんのわずかの期間ではあるが復活を果たした。

ホテルへの進出[編集]

2019年(令和元年)6月28日、「スーパーホテル埼玉・川越」を本川越駅近くに開業した[3]

2017年(平成29年)10月、丸広百貨店が借り上げている川越市新富町2丁目の土地に所在する同百貨店契約有料駐車場「新富町パーキング」を閉鎖し、子会社「マルエム」が運営するビジネスホテル「ビジネスホテル川越」(仮称)を建設、開業することが明らかとなった[12]。「マルエム」は丸広のレストランを経営しており[13]、同社がスーパーホテルとフランチャイズ契約を行うという[14]。「新富町パーキング」は2017年(平成29年)12月末に閉鎖。2018年(平成30年)2月、ホテルを同年4月後半に着工、2019年(令和元年)6月頃開業する予定であることが報じられた[15][16]。場所は丸広川越店から西に約200メートル、西武新宿線本川越駅から南に約200メートル、西武バス東武バス「脇田町」バス停付近。敷地面積1100平方メートル。建築面積は395平方メートル、延べ床面積は2347平方メートル。地上9階、地下1階建てという。宿泊事業への進出は同百貨店初となる。

POSシステム[編集]

脚注・出典[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 元々は忠実屋ダイエー坂戸店。
  2. ^ 主に大宮駅周辺、さいたま新都心駅周辺、浦和駅周辺などが中心。なお、丸広自身も市内では南浦和駅前に南浦和店を出店しており、過去にも大宮日進にも店舗が存在していた。

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak 『流通会社年鑑 2003年版』, 日本経済新聞社, (2002-12-20), pp. 96 
  2. ^ a b c 丸広百貨店のセレクトショップ「まるひろmini」オープン2021年4月9日 丸広百貨店 STORE&SHOP INFORMATION
  3. ^ a b 「埼玉の丸広百貨店、ホテル事業参入 本川越駅近く」日本経済新聞ニュースサイト(2019年6月27日)2019年7月23日閲覧。
  4. ^ 川越の屋上遊園地が閉園 百貨店が耐震工事…全国でも2カ所しかないシンボルの観覧車、51年の歴史に幕2019年4月24日『埼玉新聞
  5. ^ 「「丸広百貨店わんぱくランド」今夏閉園へ」『月刊アミューズメント・ジャーナル 2019年6月号』第19巻第6号、アミューズメント・ジャーナル、 106頁。
  6. ^ 縁結びの都市伝説も幕 最後のデパート屋上遊園地閉鎖へ2019年4月24日『朝日新聞』(西堀岳路)
  7. ^ 民部稲荷神社由緒 足腰健康の神様川越八幡宮公式サイト
  8. ^ 民部稲荷神社カワゴエール 川越の観光と地域情報WEB
  9. ^ シーズンクローゼットららぽーと富士見店2021年4月9日 丸広百貨店
  10. ^ a b 「Moi Saitama(モイ・サイタマ)」メッツァビレッジ内にオープン!(丸広百貨店)
  11. ^ Moi Saitama Plus(U_PLACE)
  12. ^ 川越市ホテル等建築審議会 会議要旨1頁、平成29年10月31日 川越市
  13. ^ 川越市ホテル等建築審議会 会議要旨2頁、平成29年10月31日 川越市
  14. ^ 川越市ホテル等建築審議会 会議要旨3頁、平成29年10月31日 川越市
  15. ^ 丸広、ホテル業界に初参入 本川越駅と川越駅間の好立地に建設、来年6月開業へ 近くに川越東武ホテル2018年2月28日『埼玉新聞』
  16. ^ 埼玉県内でホテル計画相次ぐ 五輪需要に期待2018年5月19日 日本経済新聞