やくざと抗争

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やくざと抗争
監督 佐藤純彌
脚本 石松愛弘
佐藤純彌
原作 安藤昇
出演者 安藤昇
菅原文太
渡瀬恒彦
音楽 日暮雅信
撮影 稲田喜一
編集 田中修
製作会社 東映東京撮影所
配給 東映
公開 日本の旗 1972年9月29日
上映時間 93分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
次作 やくざと抗争 実録安藤組
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やくざと抗争』(やくざとこうそう)は、1972年徳間書店から刊行された安藤昇の小説、またそれを原作として東映が同年9月29日に公開した日本の映画。監督:佐藤純彌、主演:安藤昇。小説は〈餓狼篇〉〈疾風篇〉〈完結篇〉の全3巻。

概要[編集]

安藤組が誕生するまでのいきさつを実録的に描く、安藤の自伝といわれる作品[1]。映画公開時はまだ『週刊アサヒ芸能』で『極道一代 やくざと抗争』というタイトルで連載中であった[2]。映画はしばらくストック作品になっていたが[3][4]、1972年9月29日に公開されると、予期せぬヒットを記録[3][4][5]。これを見た岡田茂東映社長が、続編の製作を命じ、『やくざと抗争 実録安藤組』というタイトルを付けた[3][4]。『やくざと抗争 実録安藤組』は、1973年1月13日に公開された『仁義なき戦い』に続く新路線「実録任侠」「実録路線」第二弾として公開されヒットした[6]。1972年春の看板スター・藤純子の引退で、任侠映画に翳りが見え、路線転換に悩んでいた岡田が暗中模索の中で閃いたのが「実録路線」「実録シリーズ」であった[3][4][7][8][9]。以降、東映は実録映画を量産した[7][10][11]。本作は東映の「実録路線」「実録シリーズ」誕生に貢献した。

予告編のBGMには、本作の一部と、「日本暴力団 組長」の一部が使われている。

スタッフ[編集]

  • 監督・脚本:佐藤純彌
  • 脚本:石松愛弘
  • 企画:俊藤浩滋、吉田達
  • 原作:安藤昇「極道一代 やくざと抗争」(週刊アサヒ芸能連載、徳間書店刊)
  • 撮影:稲田喜一
  • 録音:小松忠之
  • 照明:大野忠三郎
  • 美術:北川弘
  • 音楽:日暮雅信
  • 編集:田中修
  • 助監督:橋本新一
  • 記録:勝原繁子
  • 擬闘:日尾孝司
  • スチール:加藤光男
  • 進行主任:東一盛
  • 装置:根上徳一
  • 装飾:米沢一弘
  • 美粧:入江壮二
  • 美容:宮島孝子
  • 衣装:福崎精吾
  • 演技事務:和田徹
  • 現像:東映化学

キャスト[編集]

同時上映[編集]

出典[編集]

  1. ^ 「グラビア」、『キネマ旬報』1972年(昭和47年)10月上旬秋の特別号、キネマ旬報社。
  2. ^ 「日本映画紹介」、『キネマ旬報』1972年(昭和47年)11月上旬号 149頁、キネマ旬報社。
  3. ^ a b c d 岡田茂 『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』 文化通信社2012年、35-36頁。ISBN 978-4636885194。
  4. ^ a b c d 斉藤守彦 『映画を知るための教科書 1912~1979』 洋泉社2016年、184–186。ISBN 978-4-8003-0698-2。
  5. ^ 「映画・トピック・ジャーナル」、『キネマ旬報』1972年(昭和47年)12月上旬号 143頁、キネマ旬報社。
  6. ^ 「興行価値 『日本映画東映実録路線 後編』」、『キネマ旬報』1973年(昭和48年)5月上旬号 144頁、キネマ旬報社。
  7. ^ a b 岡田茂 『悔いなきわが映画人生 東映と、共に歩んだ50年』 財界研究所、2001年6月、178-179頁。ISBN 4-87932-016-1。
  8. ^ 黒沢清四方田犬彦吉見俊哉李鳳宇(編) 「内藤誠「日本映画とやくざ、あるいは『不良性感度の時代』 3.実録路線映画の登場とその解体」」『日本映画は生きている 第四巻 スクリーンのなかの他者岩波書店2010年。ISBN 978-4-00-028394-6。
  9. ^ 渡辺武信 「ノスタルジーに支えられたバイオレンス」『キネマ旬報臨時増刊 映画監督深作欣二の軌跡』 キネマ旬報社、147、152頁。
  10. ^ 関根忠郎・山根貞男山田宏一 『惹句術ーじゃっくじゅつー 映画のこころ』 講談社1986年、170–187。ISBN 978-4948735286。
  11. ^ 斯波司・青山栄 『やくざ映画とその時代』 筑摩書房1998年、98-99頁。ISBN 4-480-05750-1。