アイスリンク仙台

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アイスリンク仙台

GazouBoshu.png

施設情報
旧名称 「オレンジワン泉」
「泉DOSCアイスアリーナ」
「コナミスポーツクラブ泉・スケートリンク」
愛称 (通称 : 荒川リンク)
(通称 : 羽生リンク)
用途 アイススケート
事業主体 三井不動産
管理運営 加藤商会
竣工 1988年昭和63年)
所在地 981-3116
宮城県仙台市泉区高玉町9-2
位置 北緯38度19分1.9秒 東経140度53分31.8秒 / 北緯38.317194度 東経140.892167度 / 38.317194; 140.892167座標: 北緯38度19分1.9秒 東経140度53分31.8秒 / 北緯38.317194度 東経140.892167度 / 38.317194; 140.892167

アイスリンク仙台(アイスリンクせんだい)は、宮城県仙台市泉区の三井不動産SPORTS LINK CITY FUN-TE!(ファンテ!)[※ 1]のスポーツ棟にある、年中24時間営業のスケートリンクである(名称変遷あり)。

同市にある仙台城(青葉城)外堀の五色沼地図)は「日本フィギュアスケート発祥の地」とされる[1][2]が、同市にある当リンクで育った2名(延べ3人)が、冬季五輪フィギュアスケート競技金メダルを獲得しており(同競技における日本人金メダリストは両名のみ)、両名を記念するギャラリーが当リンクに併設されている。すなわち、荒川静香2006トリノ五輪で金メダルを獲り、欧米諸国代表が五輪同競技における金メダリストを独占してきた前例を初めて打ち破った[1]。そのため当リンクは「荒川リンク」とも呼ばれる[3][4][5]。一方の男子でも、2014ソチ五輪において欧米諸国代表以外で初の金メダリストとなった[1]羽生結弦2018平昌五輪でも金メダル)が当リンクで育ったことから、「羽生リンク」と呼ぶ例も見られる[6][7][8]。因みに当リンク出身者は、2002ソルトレークシティ五輪4位の本田武史から2018平昌五輪金メダルの羽生まで、5大会連続で入賞者を1人以上輩出している(#沿革参照)。

なお、当リンクは羽生ファンにとって「聖地」の1つともなっており、羽生ファンが次々と「巡礼」している。そのため仙台市および関連団体も、同市の主要な観光地の1つとして宣伝している[9]

概要[編集]

泉中央副都心から泉ヶ岳通り県道泉塩釜線)を東に行くと、(旧)奥州街道・七北田宿と国道4号仙台バイパスとの間に「三井不動産SPORTS LINK CITY FUN-TE!」[※ 1]があり、そのスポーツ棟に当リンクはある。24時間通年滑走可だが、一般向け営業は開始が10:00から12:00までのいずれかで平日/土日休日や季節により異なるものの、終了は一律18:00である[10]。その他の時間帯は、貸し切り営業になっている。

2009年平成21年)4月30日勝山スケーティングクラブ(宮城県仙台市)が閉鎖されてから、2015年(平成27年)9月19日盛岡市アイスリンクみちのくコカ・コーラボトリングリンク、岩手県盛岡市)が開業するまで、東北地方で唯一の24時間通年滑走可のスケートリンクだったため、特に夏季には東北各地から練習に訪れる選手たちもいた。

当リンクが開設された仙台泉ショッピングセンター(当時)[※ 1]は、バブル景気期にダイエー泉市(当時)内に建設し、ダイエー新松戸店に続いて2例目となるスケートリンク併設のダイエー店舗として1988年昭和63年)11月1日に開店した(同市を1988年3月1日に編入した仙台市は1989年4月1日政令指定都市移行)。

1998長野五輪後から2018平昌五輪前までの
冬季五輪の日本代表の金メダリスト
五輪 金の数 金メダリスト
2002ソルトレークシティ五輪 0
2006トリノ五輪 1 荒川静香
2010バンクーバー五輪 0
2014ソチ五輪 1 羽生結弦
荒川のレイバック・イナバウワー(2006年8月)

当リンクに新松戸店から転勤してきた長久保裕コーチを初めとする指導陣が数々の日本代表級のフィギュアスケート選手を育て、荒川静香トリノ五輪1位)および羽生結弦ソチ五輪1位および平昌五輪1位)の2名(延べ3人)の金メダリスト(両名は世界選手権でも金メダル獲得)、本田武史ソルトレークシティ五輪4位入賞)や鈴木明子バンクーバー五輪8位入賞、ソチ五輪8位入賞)らを輩出した(両名は世界選手権で銅メダル獲得)。なお、1998長野五輪以降、2018平昌五輪開催前までの20年間、冬季五輪における日本人金メダリストは荒川と羽生の2名しかおらず、両名は日本国内でとりわけ目立つ存在だった。特に、荒川のイナバウワーが2006年「新語・流行語大賞」に選ばれるほど注目された。また付随して、当リンクも注目された。

当リンクの指導陣は東北以外にも知られ、指導を受けにノービス期の鈴木や高橋大輔らが遠方から通い、愛知県のスケート環境が悪化した頃には門奈裕子コーチに引率されて幼少期の浅田舞安藤美姫浅田真央らも夏合宿等で訪れていた[11]

これらの実績の一方で、周辺の郊外大型商業施設との競争にさらされた核店舗(スーパーマーケット)や入居する専門店が度々入れ替わってショッピングセンターとしての集客力が変化し、スケートリンク自体も経営者が変わったり経営難で閉鎖されたり東日本大震災で被災したりした。

経営難から閉鎖されていた当リンクが再開した際にマスコットキャラクターが作られ、公募で「アイリン」との名称になった。震災による閉鎖からの再開後は、関連グッズの売上が復興支援に用いられている。当リンク出身の羽生は、震災後に出した二冊の本の印税2500万円を寄付した[12]。それでバス2台が購入され、当リンクで練習する子供達の送迎に利用されている[13]

2017年(平成29年)12月1日、リンク周辺を約2割拡張してリニューアルされ、荒川や羽生のギャラリーの新設、両人の助言を取り入れたラウンジ・観覧席・レッスンスタジオの新設と音響設備の更新などがなされた[14][15][16]。また、スポーツ棟内には、フィギュアスケート用品とエッジ研磨の「NICE Figure Skate」[17][※ 2]フィットネスクラブJOYFIT仙台泉」などもあり、選手の練習環境を支えている。

なお現在、撤退した核店舗のスーパーマーケットに替わり、ホームセンターの「カインズ仙台泉店」が進出し、一般社団法人徳洲会の「医療法人仙台徳洲会病院」(2020年10月開院予定)[18]も進出予定となっている。

規格[編集]

  • メインリンク:56m×26m(国際規格)

利用可能種目・営業時間[編集]

18:00までの昼間6〜8時間が一般営業、その他の時間帯は貸切営業とし、1日24時間、通年で営業している。

沿革[編集]

1988年(昭和63年)、ダイエー東京都)の子会社が運営する「オレンジワン泉」として開場。ダイエー新松戸店千葉県松戸市)併設の新松戸アイスアリーナから長久保裕[※ 3]がコーチとして転勤してきた[19]。仙台は「日本フィギュアスケート発祥の地」とされ[20]大正時代には「仙臺出身のスケーターが今日本のフイグアー・スケート界を牛耳つてる」ともいわれた[21]。しかし、当リンク開業当時の仙台は、有望選手として及川史弘リレハンメル五輪フィギュアスケート男子シングル日本代表[※ 4])がいたものの、フィギュアスケートが盛んな都市[※ 5]とは見られていなかった[19]

当リンク出身者の冬季五輪フィギュアスケート成績
(鈴木は東北福祉大卒、鈴木以外は東北高校卒、太字入賞
開催年 出場者 種目 結果
氏名 生年月日 出身
1998年 田村岳斗 1979年05月28日 青森県 男子S 17位
本田武史 1981年03月23日 福島県 男子S 15位
荒川静香 1981年12月29日 宮城県 女子S 13位
荒井万里絵 1981年12月07日 宮城県 ペア 20位
2002年 本田武史 1981年03月23日 福島県 男子S 04位
2006年 荒川静香 1981年12月29日 宮城県 女子S 01位金メダル
2010年 鈴木明子 1985年03月28日 愛知県 女子S 08位
2014年 羽生結弦 1994年12月07日 宮城県 男子S 01位金メダル
鈴木明子 1985年03月28日 愛知県 女子S 08位
2018年 羽生結弦 1994年12月07日 宮城県 男子S 01位金メダル
2003年スケートカナダ英語版で銅メダルを獲得した本田武史の演技(2003年11月)
2003年NHK杯英語版で10位の田村岳斗の演技(2003年11月)
2004年NHK杯英語版で金メダルの荒川静香(2004年11月)
マニトバ・ムース英語版時代の福藤豊(2007年9月28日)
2010年バンクーバー五輪8位入賞の鈴木明子の演技(2010年2月)
2014年ソチ五輪金メダルの羽生結弦の演技(2014年2月)
2018年平昌五輪で金メダルを得た羽生結弦(2018年2月)

長久保コーチは、貸切料金を自ら負担してまで熱心に選手を指導し、少しずつ成果を出し始めた[19][※ 5]。すると、長久保コーチに指導を受けようと東北地方各地などから選手が集まってきた[19]

かつて小松島スケートセンター(仙台市)を開設・運営し、長年に渡って宮城県の高校スケート競技において中心的存在であった東北高校が、高校年代では選手の受け入れ先となった。するとアイスホッケー分野でも、後に日本人初のNHLプレイヤーとなった北海道出身の福藤豊本田武史と同級生)も当リンクに移籍した。

1998年(平成10年)の長野五輪フィギュアスケート競技では日本代表7人中4人が当リンクをホームリンクとし、かつ、4人全員が東北高校に通う高校生選手だったため、マスメディアで話題になった[19]。すると、仙台ではフィギュアスケートブームが起こり、当時仙台在住だった佐野稔が開催した子供スケート教室に通い始めた姉を追って、羽生結弦も当リンクで4歳からスケートを始めた[22][23]1999年には佐野コーチの指導を受けるため、中学2年の高橋大輔が当リンクに通っていた[24])。

2000年代に入ると親会社のダイエーが経営不振に陥り、様々な再建策が実施された。ダイエーの子会社が運営する「泉DOSCアイスアリーナ」に改称されていた当リンクも再建策の中に含められ、2002年平成14年)にコナミスポーツ(東京都)に譲渡されて「コナミスポーツクラブ泉・スケートリンク」となった。同年1月に閉鎖された新松戸アイスアリーナから都築章一郎コーチが仙台に移ってきたため指導者は充実し、羽生も小学2年から中学3年まで都築に指導を受けた[25]

2003年(平成15年)には、小学6年(1996年)から夏休みを中心に当リンクに通っていた鈴木明子愛知県から東北福祉大学に進学してきた[26]が、2004年(平成16年)12月25日に当リンクは閉鎖されてしまった。閉鎖後の仙台都市圏にはスケートリンクが通年滑走可の勝山スケーティングクラブ(仙台市青葉区)、および、冬季営業のウェルサンピアみやぎ泉(黒川郡大和町)の2つになり[27]、長久保コーチとその教え子たちは当初は当リンクに近い後者に活動拠点を移したが、2005年(平成17年)5月からは教え子たちは前者に移り、長久保コーチは埼玉県川越市のリンクに転出した[28](都築コーチらも仙台を去った)。

2006年(平成18年)、長久保コーチが春から名古屋に転勤することが決まると、鈴木に加え、中村愛音本郷理華らジュニア世代以下の有望選手数人も名古屋に移住を決めた。この状況は地元マスメディアでも報道されていたが、2月23日トリノ五輪フィギュアスケート女子シングルで荒川静香が金メダルを獲得すると、記者会見で仙台のアイススケートの指導環境や練習環境の悪化を懸念していると発言し、全国的に知られることになった。また荒川は、仙台で凱旋パレードをし、宮城県のアイススケート人気の底上げにも寄与した。しかし、有望選手らの流出を抑えることは出来ず、4月には名古屋に去っていった。

荒川らの意を汲んだ村井嘉浩宮城県知事は、新たに当リンクの運営を担ってくれる企業探しを県教育庁スポーツ振興専門課の職員に命じ、企業回りの結果、2007年(平成19年)1月になって加藤商会(東京都)が手を挙げた[29]。このとき県と市の補助金支出も決まり、同年3月より「アイスリンク仙台」として営業再開した。当リンクは再開したが、2009年(平成21年)になると4月30日に勝山スケーティングクラブが閉鎖され、公的年金流用問題のあおりを受けたウェルサンピアみやぎ泉は民間に売却され10月3日よりベルサンピアみやぎ泉になる[30]など、仙台の選手育成環境は悪化していった。そのような中でも当リンクの専属スタッフとなった阿部奈々美や荒井万里絵の両コーチら[31]の指導により、羽生などが育った。

2011年(平成23年)3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で当リンクは被災し、営業を休止した。大規模停電も発生し、電気で製氷するリンクの氷は融解が進んだ。停電が解消されても東北電力管内の当地では、津波被害を受けた複数の発電所の復旧に時間がかかり、電力危機に陥った。そのため節電が呼びかけられ、製氷に多くの電力が必要なアイススケート場は営業再開に二の足を踏むことになる。このような中で4月7日宮城県沖を震源とする余震(最大震度6強)が発生。節電協力により氷を張っていなかった当リンクでは、露出していた冷却管を落下物が直撃して各所で潰れてしまい、営業再開の目途が立たなくなってしまった。

当リンクで練習中に震災に遭遇し、避難生活もした羽生は、各地で開催される復興支援チャリティーアイスショーに多数出演しながら、各地のリンクで練習を続けた。当リンクは様々な復興支援を受けて、7月24日に営業再開に漕ぎ着けた。自身の著書の印税全額を当リンクに寄付してきた羽生は2014年(平成26年)2月14日、ソチ五輪フィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得した。帰国後の会見で羽生は、報奨金を被災地支援やリンクに寄付すると話し[32]4月26日仙台市都心部東二番丁通りで実施された凱旋パレードの出発式において、報奨金600万円を県と市に寄付した[33]。さらに羽生は、震災後に出した二冊の本の印税2500万円を当リンクに寄付し、それで購入されたバス2台が当リンクで練習する子供達の送迎に利用されている[12][13]

年表[編集]

2017年のリニューアル前のスポーツ棟の外観(2016年5月撮影)
  • 2016年(平成28年)9月19日、核店舗の西友仙台泉店が閉店[61][62]
  • 2017年(平成29年)
    • 3月、「仙台泉ショッピングセンター」のスポーツ棟以外の解体開始。
    • 6月、スポーツ棟のリニューアル工事開始。
    • 6月14日、「仙台泉ショッピングセンター」を「三井不動産SPORTS LINK CITY FUN-TE!」(みついふどうさんスポーツ・リンク・シティ・ファンテ!)に改称することが発表された。
    • 12月1日、「三井不動産SPORTS LINK CITY FUN-TE!」のスポーツ棟がリニューアルオープンし、本田や荒川らがセレモニーに出席した[63]。このリニューアルによりアイスリンク仙台にはラウンジやステップシート等が新設され、内装および荒川や羽生らのギャラリー等が新装された。
  • 2018年(平成30年)

恒例の大会[編集]

  • 荒川杯争奪 七夕杯フィギュア・スケート競技会
    トリノ五輪後、荒川静香から宮城県スケート連盟(東北高等学校・泉キャンパスに所在)[71]に託された基金で運営され、当リンク再開後の2007年(平成19年)より開催されている大会[5]。開催時期は8月初旬、かつ、仙台七夕まつり8月6日7日8日)の前の時期。ただし、2011年(平成23年)のみ、東日本大震災の影響で開催していない。
  • 弘進ゴム「マッキンリーカップ仙台大会」
    東北各県および関東地区からチームが参加する長靴ホッケーの大会[72]

アクセス[編集]

宮城県のスケート環境[編集]

荒川や羽生が言及している宮城県のスケート環境について、当リンク以外も含めて以下に示す。

現状[編集]

宮城県内の屋内アイススケート場は現在、冬季営業のベルサンピアみやぎ泉(大和町、60m×30m)とプレナミヤギ(石巻市、外周120m[73])、通年営業のアイスリンク仙台(56m×26m)の3ヶ所ある。

当リンクは狭いため、ショートトラックスピードスケートの練習には不向きであり[74]、リンクが広いベルサンピアを主に使用している。県内のアイスホッケーリーグは「宮城県アイスホッケーリーグ」(宮城県アイスホッケー連盟主催)および「宮城県アイスホッケーエキサイティングリーグ」(MIEリーグ)の2つがあるが、練習は当リンクでも行うものの、試合はリンクが広く、観客席が152席あるベルサンピアで開催している。県内にはスピードスケート用の400mトラックが無いため、スピードスケートの選手は他県に出向いて練習している[74]。すなわち、フィギュアスケートはリンクが狭い当リンク、フィギュアスケート以外はリンクが広いベルサンピア等のような棲み分けが主に冬季に起きているが、当リンクは東北地方で2つしかない24時間、通年滑走可であるため、冬季以外は各競技で練習時間の奪い合いが発生している[74]

仙台圏[編集]

以下は、仙台都市圏にこれまで存在し、かつ、管理されていた主なスケートリンクの一覧である。常設のリンクは、名取市にあった「仙台スポーツセンター」、および、大和町にある「ベルサンピアみやぎ泉」以外全て、現在の仙台市内に所在した。「名称」には、同じ施設が過去につけていた名称も列挙する。営業時期が「冬季」となっているものは、夏季以外の秋季・冬季・春季に営業するものから、冬季のみ営業するものまである。

かつては結氷した湖沼・河川が、管理の有る無しに関わらずアイススケートの遊戯の場として利用されており、宮城県庁の敷地内にあった2つの池等も結氷期に子供がアイススケートを楽しんでいた。また、当地でモータリゼーションが発達する以前の昭和30年代までは、市内各所の凍結した道路上で子供たちがアイススケートをしていた[75]東京五輪が開催された1964年(昭和39年)10月、仙台市に東北地方で初めて人工氷を用いた屋内スケートリンク(仙台スケートセンター)が開場すると、数年で続々と屋内リンクが開場した。屋内リンクは冬季営業だったため、夏季の集客用にプール等を併設したり、通年で集客できるボウリング場等を併設する例がみられた。1978年(昭和53年)には仙台初の通年営業の屋内リンク(勝山スケーティングクラブ)が開場した。

1931年~1960年および1981年~2010年の各々の30年平均値を比較すると、冬季の各月の日最高気温は1℃未満の上昇に対し、日最低気温は2℃近く上昇し、ヒートアイランド現象が見られる[76]。また、仙台の冬(前年12月~2月)は長期変化傾向では100年で3.0℃上昇している[77]。このため当地では、アイススケートを実施可能な湖沼・河川の結氷は見られなくなり、一時的に開設されるリンクでは、屋外でも人工氷を用いたり、アクリル樹脂を用いたりしている。

なお、五色沼は「日本フィギュアスケート発祥の地」とされる[20]

仙台圏のスケートリンク(Star full.svgおよび太字は現在営業中。●はボウリング場併設)
名称 種別
(サイズ)
管理/運営 営業期間 営業時期 位置 所在地
(当時)
五色沼仙台城[78] 湖沼・天然氷 第二師団 1890年頃〜1970年[79][80] 結氷 地図 仙台市
進駐軍[※ 6]
仙台市[※ 7]
広瀬川[79][※ 8] 河川・天然氷 仙台市
結氷期 地図 仙台市
地図
海老沼(小松島沼) 湖沼・天然氷 結氷期 地図 仙台市
与兵衛沼(与平沼)[78][81][82][※ 9] 湖沼・天然氷 南光学園 結氷期 地図 宮城郡原町
大窪沼[83] 湖沼・天然氷 結氷期 地図 名取郡長町
斎勝沼[84] 湖沼・天然氷 結氷期 地図 宮城郡宮城町
赤生木地区[85]の沼[84] 湖沼・天然氷 結氷期 宮城郡宮城町
旗立遊園地スケート場[86][※ 10] 湖沼・天然氷 秋保電気鉄道 1926年1932年 結氷期 地図 名取郡西多賀村
尚志会二高スケート部
専用リンク(土橋リンク)[※ 11][87][88][89]
野外・天然氷
(60m×30m)
(旧制)第二高校 1931年度〜(廃止年不明) 冬季 地図 仙台市
湯元スケート場[90][※ 10] (民間企業) 1961年〜(廃止年不明) 地図 名取郡秋保村
小松島スケートセンター[78][81] 野外・天然氷 南光学園 1964年10月〜1974年3月[81] 冬季 地図 仙台市
仙台スケートセンター[83][※ 12] 屋内・製氷 (民間企業) 1964年10月[83]1995年10月[91] 冬季 地図 仙台市
八幡スケートセンター[78][91][※ 12]
荒巻娯楽センター 屋内・製氷
(57m×26m)
東北水交設備 1965年 冬季 地図 仙台市
荒巻スケートセンター[83] 仙台市 1974年12月29日1984年3月31日
水の森スケートセンター[78]
●アイスパレス[※ 13][92] 屋内・製氷 有楽会館 1965年12月20日1973年11月 地図 仙台市
●東北スケートセンター[78][93][※ 14] 屋内・製氷 青葉商工 1965年〜1969年 冬季 地図 仙台市
仙台スポーツセンター[※ 15] 屋内・製氷 今井乳業 1965年頃〜(廃止年不明) 冬季 地図 名取市
宮城厚生年金スポーツセンター 屋内・製氷
(60m×30m)
社会保険庁 1976年12月[83] 冬季 地図 黒川郡大和町
ウェルサンピアみやぎ泉
Star full.svgベルサンピアみやぎ泉 バイタルネット
勝山スケーティングクラブ 屋内・製氷
(56m×26m)
勝山企業 1978年12月9日2009年4月30日 通年 地図 仙台市
エンドーチェーン仙台駅前店・
屋上スケートリンク
[94]
野外・アクリル エンドーチェーン 1982年11月〜(廃止年不明) 冬季 地図 仙台市
オレンジワン泉 屋内・製氷
(56m×26m)
DLL[※ 16] 1988年11月1日2004年12月25日 通年 地図 仙台市
泉DOSCアイスアリーナ DOSC[※ 17]
コナミスポーツクラブ泉・
スケートリンク
コナミスポーツ
Star full.svgアイスリンク仙台 加藤商会 2007年3月22日
Star full.svgSENDAI WINTER PARK
Starlight Rink
野外・製氷
(26m×17m)
仙台放送 2008年12月〜 SENDAI光の
ページェント
地図 仙台市
Starlight kids square[95] テント内・製氷 (民間企業) 2012年12月7日12月25日[96] SENDAI光の
ページェント中
地図 仙台市
国営みちのく杜の湖畔公園
ミニスケートリンク[97]
野外・アクリル
(8m×8m)
公園財団 2014年1月25日2月23日 わらすこ雪まつり中 地図 柴田郡川崎町

このほか、ISUグランプリシリーズNHK杯が、2007年(平成19年)に仙台市体育館(仙台市)、2012年(平成24年)にセキスイハイムスーパーアリーナ(利府町)で開催されている。また、ゼビオアリーナ仙台(仙台市)はアイスホッケーの試合開催を想定して建設されており、2014年(平成26年)には羽生結弦の金メダル凱旋アイスショーが開催された[98]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b c 1988年11月1日に開業した「仙台泉ショッピングセンター」が、2017年6月14日に「三井不動産SPORTS LINK CITY FUN-TE!」(みついふどうさんスポーツ・リンク・シティ・ファンテ!)に改称されることが発表された。当施設は三井不動産が開発したが1995年に売却、2005年12月に同社が出資する特別目的会社が取得し、後に同社の所有に戻った。「仙台泉ショッピングセンター」と呼ばれていた時期は、核店舗のスーパーマーケットが入り屋上駐車場もあった「西友棟」(2006年以降の名称)、専門店が入る商業棟、そしてそれらに挟まれるスポーツ棟などで構成されていたが、スポーツ棟を残して西友棟と商業棟を解体し、再開発している。
  2. ^ 仙台・泉にフィギュアスケート用品専門店-元プロ選手が夫と開業(仙台経済新聞 2008年07月17日) … 2008年(平成20年)7月3日に市名坂交差点近くに開店し、後に仙台泉SC内に移転した。オーナーは阿部奈々美コーチ。
  3. ^ 山梨県出身。三大都市圏以外の出身者で初の五輪フィギュアスケート日本代表。
  4. ^ 宮城県出身者で初の五輪フィギュアスケート日本代表。
  5. ^ a b 会議録の検索・閲覧宮城県議会) & 会議録の検索と閲覧(仙台市議会) … 1994年(平成6年)の県議会では、同年の第49回国民体育大会冬季大会スキー競技部門が同県鳴子町で開催され、その一方で、フィギュアスケートでは及川がリレハンメル五輪に日本代表として出場し、次の長野五輪への出場が期待される有望選手が長久保コーチのもとで育っていることから、アイススケート競技部門の会場(大規模な観客席を持つ屋内スケートリンク)を県内に新設して、2001年(平成13年)第56回国民体育大会の夏季および秋季大会を開催予定の宮城県で冬季大会も実施する「完全国体」の実現に向けての議論が起こった。新設リンクの候補地は、宮城県が主導している仙台港副都心とし(他方、仙台市が主導する副都心には泉中央副都心長町副都心愛子副都心があった)、仙台市ガス局港工場が1997年(平成9年)に天然ガス (LNG) に切り替わることで利用可能となる冷熱を新設リンクのエネルギーとする案だった。仙台市でも1983年に市営の水の森スケートセンターを廃止した際、いずれどこかに代替のアイススケート場を建設すると当時の石井亨が言明していた。結局、県議会および市議会での議論は実を結ばず、リンクは新設されなかった。
  6. ^ 1945年(昭和20年)9月16日に進駐軍(米軍)に接収された。Camp Sendaiとして使用。
  7. ^ 1957年(昭和32年)11月13日に進駐軍から返還され、大蔵省(現財務省)所管の国有地となった。1964年(昭和39年)5月に仙台市に無償貸付されて青葉山公園として使用。
  8. ^ 広瀬川フェスタシンポジウム(仙台市「広瀬川ホームページ」) … 宮沢橋付近(郡山堀への取水のための郡山堰より上流側)、大橋付近(やや下流にあり)等において、結氷期にアイススケートが行われた。大橋付近では、戦後にフィギュアスケートの全国大会も行われた。
  9. ^ 冬季はスケート場として、夏季は仙台市立原町小学校の水泳場として用いられた。ボート遊びも行われていた。
  10. ^ a b 秋保電鉄が旗立遊園地を廃止後、1932年(昭和7年)に秋保温泉に開設した「温泉クラブ」(後に「あきう荘」に改称)には、温泉、旅館「あきう荘」に加えてスケートリンクもあった。このリンクと湯元スケート場がどのような関係にあるのかは不明。
  11. ^ 春日神社(青葉区八幡2丁目)付近でへくり沢と四ツ谷用水は立体交差するが、12月の5日間(8時~17時)、四ツ谷用水をへくり沢に導入し、土橋で堰き止め溢れさせた水を凍らせてスケートリンクを作った。リンク作成後は堰き止めを解除したため、リンク下をへくり沢の水が流れていた。
  12. ^ a b 「八幡町仙台スケートセンター」と書かれた幕が屋内に設置されていた。
  13. ^ 地下1階・地上4階建ての「有楽会館」の1階にアイススケート場「アイスパレス」があった。2階と3階はフランチャイズのボウリング場「仙台スターレーン」があった。
  14. ^ 100万都市の原風景 vol.157 『仙台駅東側、東八番丁の昭和と二十人町の「あの日」』(りらく 9月号 2012年8月28日発行 p.52) … 進駐軍払い下げ車両の販売業で1948年に創業した青葉商工(現・エルピダあおば)が、片倉製糸仙台工場(1905年1956年)の跡地の一角に1965年、「東北スケートセンター」を開場。1969年ボウリング場に転換し、「東北バッティングセンター」も併設した。ボウリング場が繁盛したため、バッティングセンターは早々に閉鎖した。
  15. ^ 今井乳業仙台工場(1963年3月開設)の隣接地に開設され、夏季はプール、冬季はスケートリンクとして営業した。
  16. ^ DLLは、ダイエーの子会社「ダイエーレジャーランド」(Daiei Leisure Land) の略称。
  17. ^ DOSC は、ダイエーの子会社「ダイエーオリンピックスポーツクラブ」(Daiei Olympic Sports Club) の略称。

出典[編集]

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関連項目[編集]

  • 仙台市立七北田中学校(当リンクから徒歩圏の中学校。当リンクのスケート留学生が通う例が見られる)
  • 東北高等学校(かつてスケートリンクとして使用された与兵衛沼の氷を管理し、小松島スケートセンターを開設・運営し、2名(延べ3人)の冬季五輪フィギュアスケート金メダリストを輩出した。小松島キャンパスに宮城県スケート連盟が所在)
  • 仙台のスポーツ
  • 佐藤渚(元TBSアナウンサー。当リンクの冬期スケート教室に通った経験がある)