アウレリオ・ロドリゲス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はロドリゲス第二姓(母方の)はイテュアーテです。
アウレリオ・ロドリゲス
Aurelio Rodríguez
Aurelio Rodríguez 1969.JPG
エンゼルス時代(1969年)
基本情報
国籍 メキシコの旗 メキシコ
出身地 ソノラ州カナネア英語版
生年月日 (1947-12-28) 1947年12月28日
没年月日 (2000-09-23) 2000年9月23日(52歳没)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手
プロ入り 1965年
初出場 1967年9月1日
最終出場 1983年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
メキシコ野球殿堂
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1995年

アウレリオ・ロドリゲス・イテュアーテ・ジュニアAurelio Rodríguez Ituarte, Jr., 1947年12月28日 - 2000年9月23日)は、メキシコソノラ州カナネア英語版出身の元プロ野球選手三塁手)。右投右打。

経歴[編集]

メキシカンリーグでのプレーを経て1966年カリフォルニア・エンゼルスと契約。1967年にメジャーデビューすると、1969年からは三塁手のレギュラーとなった。1970年には19本塁打・83打点、デトロイト・タイガースへ移籍した1971年には30二塁打(アメリカンリーグ3位)・7三塁打(同4位)を記録したが、打率は1978年の.265が最高だった。守備では敏捷な動きと抜群の強肩から、ブルックス・ロビンソン以上との評価もあったが、ゴールドグラブ賞の受賞は1976年の1回のみだった。

1983年を最後にメジャーから去った後も母国のメキシカンリーグで40歳過ぎまでプレーを続けた[1]

引退後はクリーブランド・インディアンス傘下のコーチやメキシコ・ウィンターリーグで監督を務め、1995年にはメキシコの野球殿堂スペイン語版英語版入りを果たした。デトロイトを訪れていた2000年9月23日交通事故に遭って亡くなった。

詳細情報[編集]

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

背番号[編集]

  • 12 (1967年)
  • 1 (1968年 - 1970年途中)
  • 2 (1970年途中 - 同年終了)
  • 4 (1971年 - 1980年途中)
  • 27 (1980年途中 - 1981年)
  • 20 (1982年)
  • 6 (1983年 - 同年途中)
  • 22 (1983年途中 - 同年終了)

脚注[編集]

  1. ^ 出野哲也 『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』 言視社、2013年、700頁。ISBN 978-4-905369-67-7。

関連項目[編集]