アグスティン・アランサバル

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はアランサバル第二姓(母方の)はアルコルタです。
アグスティン・アランサバル Football pictogram.svg
名前
本名 アグスティン・アランサバル・アルコルタ
Agustín Aranzábal Alkorta
ラテン文字 Agustin Aranzabal
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1973-03-15) 1973年3月15日(45歳)
出身地 ベルガラ
身長 186cm
選手情報
ポジション DF
ユース
1984-1987 スペインの旗 ベルガラ
1987-1991 スペインの旗 エアソ
1991-1992 スペインの旗 ソシエダ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-2004 スペインの旗 ソシエダB 34 (7)
1993-2004 スペインの旗 ソシエダ 331 (5)
2004-2007 スペインの旗 サラゴサ 31 (0)
2007-2008 スペインの旗 ベラ英語版 0 (0)
2010 香港の旗 傑志 0 (0)
代表歴
1985 スペインの旗 スペイン U-21 1 (0)
1994 スペインの旗 スペイン U-23 4 (0)
1995-2003 スペインの旗 スペイン 28 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

アグスティン・アランサバルAgustín Aranzábal1973年3月15日 - )は、スペインギプスコア県出身の元サッカー選手スペイン代表であった。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)。

経歴[編集]

クラブ[編集]

バスク州レアル・ソシエダの下部組織出身で、1993年2月21日のデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦(1-5)でトップチームデビューした。レアル・ソシエダBで2シーズンプレーした後、トップチームで不可欠な選手となり、約10年間をレギュラーとして過ごした。2002-03シーズンには32試合に出場し、レアル・マドリードに次ぐ2位となった。2004年7月にレアル・サラゴサに移籍し、パラグアイ人のデリオ・トレドの控えとして2007年までプレーした。2007年夏、ソシエダでチームメイトだったハビエル・デ・ペドロとともにカナリア諸島に渡り、2007-08シーズンはアマチュアのCDベラ・プエルト・デ・ラ・クルスでプレーしたが、即座に契約解除した。2010年初頭、同じスペイン人のアルベルト・セラーデスとともに香港サッカーリーグ傑志と契約[1]。両選手はシーズン中頃に親善大会であるルナール・ニューイヤー・カップに出場した。

代表[編集]

1995年6月7日、セビージャで行われたUEFA EURO '96予選アルメニア戦でスペイン代表デビューした。1996年にはアトランタオリンピックに出場し[2]UEFA EURO '96本大会のメンバーからは外れたが、1998年には1998 FIFAワールドカップに出場し、2000年にはUEFA EURO 2000に出場した。

家族[編集]

父親のホセ・アグスティン・アランサバル・アスカシバル(José Agustín Aranzábal Askasibar)はガステル(Gaztelu)という通称で呼ばれたサッカー選手であり、ミッドフィールダーとしてソシエダで14シーズンプレーした。ガステルは現役最終シーズンとなった1980-81シーズンにリーグ優勝を遂げた[3]

タイトル[編集]

  • レアル・サラゴサ
スーペルコパ・デ・エスパーニャ 優勝 : 2004
  • U-21スペイン代表
UEFA U-21欧州選手権 準優勝 : 1996

脚注[編集]

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