アサティス

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アサティス
Asathisu.jpg
2004年8月22日撮影(静内スタリオンステーション)
欧字表記 Assatis
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1985年3月28日
死没 2007年5月13日(22歳没)
Topsider
Secret Asset
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Claiborne Farm
馬主 Khaled bin Abdullah
→原田享
調教師 Guy Harwood(イギリス
競走成績
生涯成績 16戦6勝
獲得賞金 259,596ポンド
+250,000,000リラ
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アサティスAssatis1985年 - 2007年)とは、アメリカ産まれでイギリスで調教を受けた競走馬種牡馬である。祖母はアメリカで14勝を挙げたナンバードアカウント、伯父はアメリカの歴史的名牝パーソナルエンスンの父となったプライベートアカウントであり、従兄弟にアメリカでG1競走2勝のリズム、他にも近親には名種牡馬ウッドマンがいる名牝系(ファミリーライン)の子孫である。4か国で息長く活躍し、引退後は日本種牡馬として供用された。

戦績[編集]

1987年10月のイギリスニューマーケット競馬場の未勝利戦でデビューし4着。3戦目で初勝利を挙げると次走G3カンバーランドロッジステークスで重賞初制覇。その後もイタリアのG1ジョッキークラブ大賞優勝、イギリスのG2ハードウィックステークス連覇、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスでは柴田政人騎手(現調教師)が騎乗し3着などコースの中距離戦線で活躍した。その後日本にも1989年第9回ジャパンカップに招待されたが、ホーリックスオグリキャップによる世界レコード決着の前に12着に敗れている。1990年凱旋門賞12着を最後に現役を引退。その後は日本に輸入され、2007年5月13日に亡くなるまで同国で種牡馬として活躍した。

種牡馬[編集]

自身は芝コースでしか走っていないが、産駒ダートコースに良績が偏っている。総じて晩成気味で、ダートの中距離辺りで活躍する馬が多い。代表産駒はフェブラリーステークスジャパンカップダートを勝ったウイングアロー2006年にアサティス産駒で種牡馬登録されているのは、ウイングアローとスマートボーイの2頭。

主な産駒[編集]

太字はGI級競走

母の父としての代表産駒[編集]

血統表[編集]

アサティス血統ノーザンダンサー系Nearco 4×5=9.38%、Nasrullah 4×5=9.38%、Hyperion 5×5=6.25%) (血統表の出典)

Topsider
1974 鹿毛
父の父
Northern Dancer
1961 鹿毛
Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
父の母
Drumtop
1966 鹿毛
Round Table Princequillo
Knight's Daughter
Zonah Nasrullah
Gambetta

Secret Asset
1977 鹿毛
Graustark
1963 栗毛
Ribot Tenerani
Romanella
Flower Bowl Alibhai
Flower Bed
母の母
Numbered Account
1969 鹿毛
Buckpasser Tom Fool
Busanda
Intriguing Swaps
Glamour F-No.1-s