アチーブスター

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アチーブスター
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1969年4月15日
死没 不明
シプリアニ
フォーテリング
母の父 プレモニション
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産 笹地牧場
馬主 山本信行
調教師 田之上勲(栗東
競走成績
生涯成績 32戦4勝
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アチーブスターとは日本競走馬である。1972年桜花賞ビクトリアカップの二冠を制した。1972年優駿賞最優秀4歳牝馬。

関西3強と言われたランドプリンス皐月賞)・ロングエース日本ダービー)・タイテエム天皇賞(春))と同世代に当たる。同期の牝馬には、トクザクラ(朝日杯3歳ステークス)・タケフブキオークス)・キョウエイグリーン(スプリンターズステークス安田記念)がいる。

※年齢は旧表記(数え年)

戦績[編集]

1969年、栗東の田之上勲厩舎から競走馬としてデビュー。3歳時は6戦して2着が2回あるものの未勝利に終わった。

4歳時の1月27日、8戦目のダートの未勝利戦でようやく勝ち上がる。その後200万下の条件戦を勝ち、滑り込みで桜花賞に向かった。桜花賞までに15戦を要していたこともあり8番人気だったが、2着ハジメローズに3馬身差を付けて快勝した。本馬に騎乗した武邦彦は初のクラシック勝利だった。

その後はオークスには参戦せず秋まで休養し、3戦した後ビクトリアカップに向かった。秋3戦の成績が振るわなかった(7着・6着・9着)ため、桜花賞馬ながら5番人気に甘んじた。しかし稍重馬場の中、2着のタイラップを首差で抑えて二冠を達成した。なお1番人気だったタカイホーマは故障発症のため競走中止となり、しかも折れた足の骨が刺さってコース上で死亡するという対照的な結果に終わっている。

その後は5歳まで現役を続けるが、ビクトリアカップ以降は勝つことができず、京都記念(秋)での4着を最後に引退した。

引退後[編集]

引退後は繁殖入りした。産駒に重賞勝ち馬はいないが、主な産駒としてワンダーヒロイン(1986年金鯱賞2着・阪神牝馬特別2着)、ワンダービクトリー(中央8勝、種牡馬入り)などがいる。産駒は全て母と同オーナーだった。

血統表[編集]

アチーブスター血統ナスルーラ系/Nearco4×4=12.50%) (血統表の出典)

*シプリアニ
Cipriani
1958 黒鹿毛
Never Say Die
1951 鹿毛
Nasrullah Nearco
Mumtaz Begum
Singing Grass War Admiral
Boreale
Carezza
1953 鹿毛
Rockefella Hyperion
Rockfel
Canzonetta Turkhan
Madrigal

*フォーテリング
Foretelling
1961 黒鹿毛
Premonition
1950 鹿毛
Precipitation Hurry On
Double Life
Trial Ground Fair Trial
Tip the Wink
Versitication
1954 鹿毛
Dante Nearco
Rosy Legend
Lovely Bubbles Colonbo
Sold'Or F-No.14-a
父系
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典