アディダス

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アディダス
Adidas AG
ロゴ
種類 AG
市場情報
FWB ADS
Pinksheets ADDYY
本社所在地 ドイツの旗 ドイツ
バイエルン州
ミッテルフランケン
ヘルツォーゲンアウラハ
設立 1949年8月18日
業種 その他製品
事業内容 スポーツ用品の製造販売
売上高 119億9000万ユーロ(2010年)[1]
営業利益 8億9400万ユーロ(2010年)[1]
純利益 5億6700万ユーロ(2010年)[1]
純資産 €46億1600万ユーロ(2010年末)[1]
総資産 106億2000万ユーロ(2010年末)[1]
従業員数 42,540人 (2010年末)[1]
外部リンク adidas-group.com
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アドルフ・ダスラーの像
アディダスのシューズ (スーパー・スター)
アディダスのシューズ (スタン・スミス)

アディダス (adidas) は、ドイツバイエルン州に本社を置くスポーツ用品メーカーである。

沿革[編集]

  • 1900年 - 創始者であるアドルフ・ダスラーがドイツ・ニュルンベルク近郊のヘルツォーゲンアウラッハで、靴職人の息子として誕生。
  • 1920年 - ドイツ・ニュルンベルク近郊のヘルツォーゲンアウラッハで、兄ルドルフ・弟アドルフのダスラー兄弟が、靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」を設立。主にルドルフが販売、アドルフが生産を担当。
  • 1948年 - 兄弟の意見対立により「ダスラー兄弟商会」を解消。アドルフはアディダス社を設立。「アディダス」はアドルフの愛称「アディ」と「ダスラー」をつなげたもの。なお、兄ルドルフはRUDA社を設立。これが翌年、プーマ社となる。
  • 1951年 - フィンランドのスポーツブランドKARHUより3本線(スリーストライプ)の登録商標の権利譲渡を受ける。
  • 1965年 - テニスシューズ「ハイレット」を発表。これが後のスタン・スミスとなる。
  • 1970年 - オールレザーのバスケットシューズ、「スーパースター」発表。
  • 1970年以降、アドルフの息子であるホルスト・ダスラーが実権を握り始める。ホルストはスポーツ広告代理店インターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー(ISL)を電通と共同で設立し、フアン・アントニオ・サマランチ(第7代IOC会長)やジョアン・アヴェランジェ(第7代FIFA会長)、プリモ・ネビオロ(第4代IAAF会長)らといったスポーツ界の大物達と太い人脈を持ったことなどから、後の近代オリンピックFIFAワールドカップといった大規模なスポーツイベントの商業化に大きな影響を与えたとされる[2]。また、これによりスポーツ界全般においても大きな力を持つようになった。この時期、アディダスは売上高で世界一のスポーツ用品メーカーであった。
  • 1987年 4月10日 - ホルスト・ダスラーが51歳で病死。アドルフの娘たちとホルストの息子たちとの間での経営権争いもあり、アディダスの経営は迷走を始める。
  • 1990年 - フランス人実業家ベルナール・タピが株式の過半を取得、経営権を握る。これによりダスラー家とアディダス社との資本関係はほぼ消滅した。この頃には、ナイキリーボックに次ぐ業界3番手に転落していた。
  • 1993年 - 銀行団主導でフランス人実業家ロベール・ルイ・ドレフュスが経営権を握る。ドレフュスのもとでアディダスは黒字化、復活を果たした。
  • 1995年 - フランクフルト証券取引所に上場。
  • 1997年 - ウインタースポーツ用品メーカー、サロモンを買収。世界ナンバー2のスポーツ用品メーカー、アディダス−サロモングループになる。これによりテーラーメイドゴルフを傘下とする。
  • 2005年 - リーボック株を取得し、リーボックをグループに加える。10月25日、フィンランドのスポーツ用品メーカー、アメアスポーツコーポレーションにサロモン部門を売却。
  • 2017年 - テーラーメイドゴルフを含むゴルフ部門(アパレル及びシューズ事業を除く)を投資会社に売却[3]

ロゴの種類[編集]

3本線は登録商標であるため[4]、ロゴ扱いとなり、2000年代のある時期からテニス4大大会などにおいて、ウェアの3本線の大きさ(長さ)の制限がなされている[5][6]。この3本線は1951年にフィンランドのスポーツブランドkarhuから約1600ユーロとウィスキー2本で使用権を買ったもの。

別バージョンのパフォーマンスロゴ
トレフォイルロゴ
  • ワールドマーク
    地球の形をしたロゴマークで、1960年代に使用されていた。
  • トレフォイルロゴ
    1972年に初登場。月桂樹の冠をモチーフにした三つ葉マーク。1995年までadidas社のカンパニーロゴとして使用された。その後2001年より、復刻シリーズ「adidas originals (アディダス オリジナルス)」やファッションアイテムにて再び使用されるようになった。
  • パフォーマンスロゴ
    1991年に初登場。別名:エキップメントスリーバー三本線で三角形をかたどったマーク。当初は高機能素材の商品のみに使用され、各カテゴリの最高機種「ベスト・オブ・アディダス」を意味していた。その後、一般ユーザーからの人気が高まり、1997年より通常アイテムにも採用されるようになった。
  • グローブロゴ
    2002年に初登場。円に斜めの3本線が入ったマーク。NEOレーベル、SLVRといった10代・20代向けのカジュアル、ライフスタイルを専門に採用。
  • リニアロゴ(「adidas」の文字のみのロゴ)

ライン[編集]

  • adidas ADVENTURE (アディダス・アドベンチャー)
    1990年代初頭にアディダスのアウトドアラインとして日本から登場したブランド。後にドイツのアディダスでも製造されるようになった。ロゴは「adidas ADVENTURE」の文字のみ。
  • adidas originals (アディダス・オリジナルス)
    トレフォイルロゴを用いた復刻シリーズ。
  • adidas skateboarding (アディダス・スケートボーディングス)
    通称:adidas SB。adidas originalsの中のスペシャルラインとして2006年に初登場。トレフォイルロゴを使用。「アディダス・スケートチーム」に所属するストリートスケーターたち(MARK GONZALEZ、DENIS BUZENITZ、TIM O'CONNOR、SILAS BAXTER-NEALなど)のために作られたが、一般に向けても少量のみ販売。

アディダスジャパン株式会社[編集]

日本でのアディダスブランドはそれまで販売代理店として兼松スポーツ(兼松の子会社)、デサントなどが請け負っていた。1990年代初頭からはアディダスのアウトドアラインとして「アディダス・アドベンチャー」というブランドが日本で登場(後にドイツのアディダスでもこのラインは製造されるようになった)。そして1998年、直営日本法人が設立された。

不祥事・社会問題[編集]

労働問題[編集]

1998年のFIFAワールドカップフランス大会の公式試合球「トリコロール」をパキスタン工場の10歳未満の子どもたちの手で作らせていたことが発覚。UNICEFILOは、1日12-16時間ずつ、指紋が消え去るほどにして皮切れを綴らせた行為は深刻な児童虐待だと結論を出したうえで、アディダスに巨額の児童保護基金を出させ公開釈明させた。

水着回収問題[編集]

2010年に発売した女児用水着で、に濡れると肌が透けて見える製品があったことが判明し、同社が自主回収を行った[7]

独占禁止法違反[編集]

2011年4月12日、同社商品「イージートーン」の安売り禁止を小売店に強制したとして、アディダスジャパンが独占禁止法違反(再販売価格の拘束)の疑いで、公正取引委員会の立ち入り検査を受けた[8]。同委員会は2012年3月2日に、同社に対し独占禁止法違反で排除措置命令を出した[9]

個人情報漏洩[編集]

2011年5月19日、契約しているサッカー選手が来店した情報を、東京都銀座店の店員がTwitterで流出させたとして、当該社員から事情聴取をしたうえで公式サイトで謝罪した[10]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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