アニメ制作の国際化

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アニメ制作の国際分業化(アニメせいさくのこくさいぶんぎょうか)では、主に日本アニメーションの制作過程の一部が海外へ移される現象について解説する。

なお、制作過程の一部が日本へ移された海外アニメの解説や、個人製作のWebアニメーションなどについてはここでは除外する。

概要

元々、アニメーションの創成期は限られたスタッフが脚本演出原画動画 (アニメーション)・彩色・背景撮影などの作業はスタジオ内部で完結していた。それは、第二次世界大戦前・戦後初期までのアニメーションは劇場公開用などの短い短編アニメーションが主流だったからであり、制作期間にも十分な時間があったため、わずかな人数で制作が可能だったからである。1958年に東映動画(現・東映アニメーション)が年に数作ずつ定期的に長編アニメ映画を制作するようになっても変わらなかった。1963年に放送された日本国内初の本格的なテレビアニメ『鉄腕アトム』でテレビアニメ時代の幕が開き、大量生産の必要から外注体制が築かれて、外注システムが始まる。当初は日本国内のスタジオに外注に出していたが、1970年代に入ると、中国韓国、または台湾などの、人件費の低く地理的にも近い日本国外に動画や彩色の工程を主に外注するようになった。

ただし、これは日本に特有の事情のためではなく、アニメが労働集約型産業であり、人件費がコストに跳ね返るため、日本以外の国でも自国より人件費の安い国外に労働部分を外注に出すことは行なわれている。1950年代にハリウッドのメジャースタジオのアニメ部門が続々と閉鎖され劇場向け短編アニメの時代が終わったアメリカがテレビアニメを制作するようになると、日本を含む東アジアに下請けに出していた。一例として東映アニメーションが1980年代を中心にアメリカから受注し[1]、東京ムービー新社も1980年代以降、ウォルト・ディズニー・カンパニーワーナー・ブラザーズから作画などの仕事を請け負っている。

日本が国外に部分的に外注したもっとも早い例では、1968年に制作された第一動画の『妖怪人間ベム』が当てはまる。[2]。大手のスタジオとなると、1972年から労働争議に揺れていた東映動画が、1973年に韓国の東紀動画、大元動画、世映動画に作画などの技術指導しながら下請けを出すようになる。同国への発注は人件費が高騰する1980年代後半まで続いた[3]。 東映動画以外でも、タツノコプロダクションは1977年に設立した子会社のアニメフレンドを通じて、近隣諸国のアジアへグロス出し(つまり、脚本・演出・背景または作画監督以外の1話すべての労働工程を発注すること)を行っている[4]東京ムービー作品の制作を行なっていたAプロダクションもまた1970年代初めに台湾に外注先を求めて人材を育成した[5]

東映動画やアニメフレンドは多くの場合、脚本や絵コンテといったプリプロダクションと音響などのポストプロダクション、原画と演出など高付加価値な工程を日本側が行い、動画・彩色などを単価の安い工程を国外に外注に出すというのが通例である[6]。1990年代になると韓国の経済成長により人件費のメリットを失い、フィリピン中国ベトナムにも部分的な下請けをさせるようになる[7]

こうした状況の中でも、日本人の人材を育成することを目的として、設立以来、日本国外への発注をして来なかったスタジオジブリのような存在もある[8]、そのジブリも1997年公開のもののけ姫で初めて韓国にデジタル・ペイントの作業を一部依頼した。人件費の理由でなく日本の人材の空洞化やスケジュールの都合から仕方なく日本国外に発注をせざるに得ない状況もある[9]

出典

  1. ^ 『東映アニメーション50年史』東映アニメーション、2006年、p130.
  2. ^ 藤津亮太「21世紀式正しいアニメの作り方」『別冊宝島985 このアニメがすごい 絶対観たい超名作編』宝島社、2004年、p101。
  3. ^ 『東映アニメーション50年史』東映アニメーション、2006年、p48-p50.
  4. ^ 「押井守検証インタビュー」『前略、押井守様。』野田真外編著、フットワーク出版、1998年、p248.
  5. ^ 大塚康生『作画汗まみれ 増補版』徳間書店、2001年、p143。
  6. ^ 増田弘道『アニメビジネスがわかる』NTT出版、2007年、p207.
  7. ^ 山口康男『日本のアニメ全史 世界を制した日本アニメの奇跡』テン・ブックス、2004年、p145-p146.
  8. ^ 柴口育子『アニメーションの色職人』徳間書店、1997年、p31.
  9. ^ 野口哲典「アニメが抱えるいくつかの問題」『オタクになれないアニメ好きの本』キルタイムコミュニケーション、1997年、p54-p55。

関連項目

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