アハマド・レザ・アベドザデ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アハマド・レザ・アベドザデ Football pictogram.svg
Abedzadeh2008.jpg
名前
本名 アマハド・レザ・アベドザデ
愛称 アジアの鷹
ラテン文字 Ahmad Reza Abedzadeh
ペルシャ語 احمدرضا عابدزاده
基本情報
国籍 イランの旗 イラン
生年月日 (1966-05-25) 1966年5月25日(52歳)
出身地 フーゼスターン州アーバーダーン
身長 190cm
選手情報
ポジション GK
ユース
1981-1983 イランの旗 シャムラニ・ジェヴェレリー
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1983-1987 イランの旗 タム・イスファハーン
1987-1989 イランの旗 ゲンダルメリエ・テヘラン
1989-1990 イランの旗 タム・イスファハーン
1990-1993 イランの旗 エステグラル 13 (0)
1993-1994 イランの旗 セパハン 3 (0)
1994-2001 イランの旗 ヒルズィ 120 (2)
代表歴
1984-1987  イラン U-20
1987-1998  イラン 79 (0)
監督歴
2001 イランの旗 サイパ(GKコーチ)
2005 イランの旗 エステグラル・アフファーズ(GKコーチ)
2008-2009 イランの旗 ヒルズィ(GKコーチ)
2010 イランの旗 スティール・アジン(GKコーチ)
2011-2012 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス・ブルース(GKコーチ)
イランの旗 ラーフ・アーハン(GKコーチ)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

アハマドレザ・アベドザデペルシア語: احمدرضا عابدزاده‎、1966年5月25日 - )は、イランの元サッカー選手、現サッカー指導者。元イラン代表主将。ポジションはGK

1998 FIFAワールドカップ予選の大陸間プレーオフでメルボルンの悲劇を演出し、イラン代表を20年ぶりのワールドカップに導いた名ゴールキーパーであり、イラン史上最高のゴールキーパーの一人とされている[要出典]

クラブ歴[編集]

タム・イスファハーンSCで選手となった。その後、エステグラルFCセパハンFCを経て、ヒルズィ(ペルセポリスFC)に所属した。ヒルズィでは1996年から2000年にかけて主将を務めた。

代表歴[編集]

1984年、18歳の時にU-20代表に招集された。U-20代表で好調なパフォーマンスを見せると1987年にパルフィズ・デハダリ監督によってA代表に招集された。1987年2月27日のクウェート代表戦で初出場、1失点はしたものの2-1の勝利に終わった。1990年アジア競技大会では決勝の北朝鮮代表戦でPKを2回止めた。大会をつうじて2失点しか許さなかった彼であるが、その両失点もPKであり、堅守を見せた。

1998 FIFAワールドカップ予選の大陸プレーオフではオーストラリア代表との引分を2戦とも作りだし(オーストラリア側の視点からメルボルンの悲劇と呼ばれている)、イランを1978 FIFAワールドカップ以来のワールドカップ出場に導いた。本戦の初戦となったユーゴスラビア代表戦は怪我で欠場したが、アメリカ合衆国代表ドイツ代表戦ではキャプテンマークを巻いて出場した。このグループで3位と云う快挙を残し、グループステージ最終戦を終えてイラン代表のワールドカップが終わった後、代表引退を発表した。

監督歴[編集]

2001年には発作に苦しみ選手引退を決断した。その後闘病生活を続けているものの、今日でも副作用に苦しんでいる。2007年3月11日に母親が亡くなった時にも発作を起こした。

そのような容体ではあるが、選手引退後は多数のクラブでゴールキーパーコーチを務めている。2001年にはサイパFC、2005年にはエステグラル・アフファーズFC、2008年から2009年にかけてはヒルズィ、2010年にはスティール・アジンFC、2011年から2012年にはアメリカのロサンゼルス・ブルースFCでその職務を全うした。その後、ラーフ・アハーンFCのゴールキーパーコーチとなった。

プレースタイル[編集]

その尋常ではない安定性によって代表のゴールを10年以上に亘って守ってきた彼は「アジアの鷹」と呼ばれている。イラン史上最高のゴールキーパーは彼かナセル・ヘジャジと言われる程の評価がなされている[要出典]

個人[編集]

1988年、23歳の時に結婚し、娘と息子が一人ずついる。息子のアミル・アベドザデもサッカー選手であり、ゴールキーパーである。また、彼はファストフード店を経営している。

脚注[編集]

先代:
モジタバ・モハラミ
サッカーイラン代表主将
1996-1998
次代:
ナデル・モハマドハニ