アフォンソ・デ・アルブケルケ級通報艦

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アフォンソ・デ・アルブケルケ級通報艦
NRP Afonso de Albuquerque.jpg
基本情報
艦種 通報艦
フリゲート
命名基準 ポルトガル史の人物
就役期間 1935年 - 1967年
前級 ペドロ・ヌネシュ級
次級 ジョアン・ベーロ級
(仏コマンダン・リヴィエル級派生型)
要目
基準排水量 1,780トン
満載排水量 2,440トン
全長 99.60 m
最大幅 13.49 m
吃水 3.81 m
ボイラー ヤーロー重油専焼水管缶×2缶
主機 パーソンズギヤード・タービン×2基
推進器 スクリュープロペラ×2軸
出力 16,000馬力
速力 21ノット
航続距離 10,000海里 (10kt巡航時)
燃料 重油580トン
乗員 189名
兵装 ・120mm単装砲×4基
・76mm単装砲×2基
39口径40mm単装機銃×4基
 (1940年代中盤に撤去)
70口径20mm単装機銃×8基
 (1940年代中盤に後日装備)
爆雷投射機×2基
機雷×40個
搭載機 水上機×1機
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アフォンソ・デ・アルブケルケ級通報艦ポルトガル語: Afonso de Albuquerque-class Aviso)はポルトガル海軍通報艦(後にフリゲートに種別変更)の艦級[1][2]。2隻が就役しており、1番艦の艦名はアフォンソ・デ・アルブケルケ、2番艦の艦名はバルトロメウ・ディアスに因む。

来歴[編集]

本級はポルトガルが世界中に持っていた植民地ポルトガル海上帝国)や保護国を警備するために建造された艦級である。当初、1931年にイタリアのオデーロ・テルニ・オルランド社に発注されたが、後にこれはキャンセルされ、イギリスホーソン・レスリー社に改めて2隻が発注された[2]

設計[編集]

リスボン博物館の「アフォンソ・デ・アルブケルケ」の模型。

本級の船体は艦首乾舷の高い長船首楼型船体で外洋での凌波性の良好なクリッパー・バウ式艦首を持っていた。艦首甲板上に「12cm(45口径)速射砲」を防盾の付いた単装砲架で背負い式に2基、その後ろに近代的な箱型の艦橋サーチライト探照灯台を載せた三脚式の前部マストと1本煙突が立つ。煙突の周りは艦載艇置き場となっており、煙突と後部三脚式マストの間が水上機置き場となっており、カタパルトは無く、水上機と艦載艇は後部マストの基部に付いたクレーンにより水上に下ろされて運用された。後部マストの背後で船首楼が終了し、甲板一段分下がった後部甲板上に3番・4番主砲が後向きに背負い式に2基配置された。

運用[編集]

同型艦一覧
# 艦名 造船所 起工 進水 就役 除籍
F 470 アフォンソ・デ・アルブケルケ
NRP Alfonso de Albuquerque
ヴィッカース・アームストロング社
ホートン・レスリー造船所
1933年
5月
1934年
5月28日
1935年
3月
1961年
12月13日
戦没
F 471 バルトロメウ・ディアス
NRP Bartolomeu Dias
1933年 1934年
10月10日
1935年
5月
1967年
2月

「アフォンソ・デ・アルブケルケ」はポルトガル極東艦隊に配属されていたが、1961年12月13日、ゴア州併合英語版ポルトガル語版のために侵攻したインド海軍ブラマプトラ級フリゲート「ベトワ」(INS Betwa)とブラックスワン級スループ「カーヴェリ」(INS Cauvery)と交戦して撃沈された。1966年に浮揚後、解体処分となっている。

参考文献[編集]

  1. ^ Raymond V.B. Blackman (1954). Jane's Fighting Ships 1953-54. Marston & Co. Ltd. p. 289. NCID BA6511657X. 
  2. ^ a b Roger Chesneau, Robert Gardiner (1980). Conway's All the World's Fighting Ships 1922-1946. Naval Institute Press. p. 397. ISBN 978-0870219139.