アメリカの音声記号

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アメリカの音声記号(アメリカのおんせいきごう、Americanist phonetic notation)とは、主にアメリカニストアメリカ州の先住民族を研究する人類学者言語学者)が使用するために発展してきた音声記号で、アメリカの著書や学術論文でしばしば使われる。

ウェブスター辞典などのアメリカの辞典で使われる発音記号とは別物である。

歴史[編集]

19世紀以来、アメリカの人類学者や言語学者は先住民族の言語を記述してきたが、その記号はかならずしも一定していなかった。フランツ・ボアズの記号を元にして、アメリカ人類学協会では音声記号の体系を定めるために数回の会議を開き、1916年にその報告を刊行した[1]。その後、ジョージ・ヘルツォークドイツ語版ら6人の学者によって1934年に改訂案が発表された[2]

特徴[編集]

アメリカの音声記号には国際音声学会のような専門の機関が存在せず、学者ごとに多少の違いがある。

国際音声記号が簡略表記と精密表記を区別するのに対し、アメリカの音声記号は簡略表記のみで精密表記は存在せず、音声に関する詳細な説明が必要があれば文章で行う[3]。また、国際音声記号のように汎用ではなく、アメリカ州の先住民族の言語によく用いられる音を表す文字を提供することを目的とした体系である[3]

国際音声記号と同一の記号も少なくないが、国際音声記号がダイアクリティカルマークの使用を特別な場合のみに限っているのに対し、アメリカの音声記号ではダイアクリティカルマークを多用する。たとえば [ ʃ ʒ y ø ] はそれぞれ š ž ü ö と書かれる。これは出版のための実用性を追求したことによる[3]。1916年の定義では、各ダイアクリティカルマークは以下のような意味を持っていた。

また、原則として大文字は無声音を表し、ギリシア文字摩擦音やゆるんだ母音を表すのに使われる。ただし、時代とともに取捨選択され、これらの記号がすべて今も使われているわけではない。

国際音声記号と異なり、破擦音のための専用の記号を持っている。

一覧[編集]

アメリカの音声記号は文献によって少しずつ異なる。ここでは、『北米インディアンハンドブック』に掲げられている表によった[4]

子音[編集]

同じマスに2つの記号がある場合、左が無声音、右が有声音を表す。

両唇音 唇歯音 歯音 歯茎音 後部歯茎音 軟口蓋音 口蓋垂音 声門音
破裂音 p b t d t d k g q ġ ˀ
破擦音 θ̂ δ̂ c ʒ[5] č ǯ[5]
摩擦音 φ β f v θ δ s z š ž x γ x̣ γ̇ h
鼻音 M m N n Ŋ ŋ ŋ̇
側面音 ƚ l
半母音 W w Y y

その他の子音

子音の記号[編集]

母音[編集]

ゆるみ母音の記号は「はり・ゆるみ」の対立がある場合にのみ使用する。『北米インディアンハンドブック』では中舌母音奥舌母音を表の上で区別しているものの、実際には対立がない。

前舌 中舌 奥舌
非円唇 円唇 非円唇 非円唇 円唇
狭母音 i ü ɨ[7] ɨ[7] u
(ゆるみ) I[8] U[8]
中央母音 e ö ə o
(ゆるみ) ɛ ʌ[9] ɔ
広母音 æ[10] a[7] a[7]

母音の記号[編集]

  • 長母音は、 のように表す。
  • 3モーラの母音は、 のように表す。
  • 鼻母音は、オゴネクを使用して ą のように記す。
  • 無声の母音は大文字を使用する。

強勢声調の表記は言語ごとに異なる。

脚注[編集]

  1. ^ Boas, Franz; Sapir, Edward; Kroeber, Alfred L. “Phonetic Transcription of Indian Languages: Report of Committee of American Anthropological Association”. Smithsonian Miscellaneous Collections 66 (6). http://www.biodiversitylibrary.org/page/29837318#page/229/mode/1up. 
  2. ^ Herzog, George; Newman, Stanley S.; Sapir, Edward; Swadesh, Mary Haas; Swadesh, Morris; Voegelin, Charles F. (1934). “Some orthographic recommendations”. American Anthropologist New Series 36 (4): 629-631. JSTOR 661852. 
  3. ^ a b c プラム・ラデュサー (2003) p.xx - xxi
  4. ^ Goddard, Ives, ed (1996). Handbook of the North American Indians: Languages. 17. Smithsonian Institution. p. viii. ISBN 0160487749. 
  5. ^ a b プラム・ラデュサー(2003) pp.207-208 によると、ʒ ǯ は現在ではあまり用いられない。ʒ のかわりに dzǯ のかわりに dž, ǰ を用いる。また c のかわりに ¢ も使われる
  6. ^ 下付きのドットが後ろよりの調音部位を表すという原則から外れるが、セム語学で伝統的にこの記号が使われている
  7. ^ a b c d ɨ と a は中舌・奥舌母音の両方に使用する
  8. ^ a b 古くはギリシア文字の ι υ を使っていた。本来大文字は無声母音の記号。
  9. ^ 『北米インディアンハンドブック』では、中舌で ɛ ɔ より広めの位置に置かれている。プラム・ラデュサー(2003) pp.18-19 によるとアメリカの ʌ の解釈は混乱している
  10. ^ æ は IPA と同じ音を指すが、アメリカでは「前舌広母音」と呼ばれることが多い。IPA で前舌広母音は [a] である。その一方 [a ɑ] の区別はなされない。プラム・ラデュサー(2003) p.3,12 ほか

参考文献[編集]

  • ジェフリー・K・プラム、ウィリアム・A・ラデュサー 『世界音声記号辞典』 土田滋・福井玲中川裕訳、三省堂2003年。ISBN 4385107564。

関連項目[編集]