アルナ・コネ

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アルナ・コネ Football pictogram.svg
Arouna Kone Everton.jpg
名前
ラテン文字 Arouna KONE
基本情報
国籍 コートジボワールの旗 コートジボワール
生年月日 (1983-11-11) 1983年11月11日(34歳)
出身地 アニャマ
身長 181cm
体重 81kg
選手情報
在籍チーム トルコの旗 スィヴァススポル
ポジション FW
背番号 2
利き足
ユース
コートジボワールの旗 リオ・スポール
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2002 コートジボワールの旗 リオ・スポール 30 (17)
2002-2003 ベルギーの旗 リールセ 32 (11)
2003-2005 オランダの旗 ローダ 63 (27)
2005-2007 オランダの旗 PSV 53 (21)
2007-2012 スペインの旗 セビージャ 40 (1)
2010 ドイツの旗 ハノーファー (loan) 8 (2)
2011-2012 スペインの旗 レバンテ (loan) 34 (15)
2012 スペインの旗 レバンテ 0 (0)
2012-2013 イングランドの旗 ウィガン 34 (11)
2013-2017 イングランドの旗 エヴァートン 48 (6)
2017- トルコの旗 スィヴァススポル 5 (2)
代表歴
2004-2013 コートジボワールの旗 コートジボワール 39 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年7月1日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

アルナ・コネArouna Koné, 1983年11月11日 - )は、コートジボワール出身のサッカー選手。元コートジボワール代表。ポジションはフォワード

クラブ経歴[編集]

初期の経歴[編集]

コートジボワールの首都アビジャン郊外にあるアニャマ(Ányama)に生まれ、他の多くの少年と同じようにストリートサッカーに興じた。父親は勉学に集中して欲しいと願ったが、アルナはプロのサッカー選手に憧れていた。9歳の時に父親が死去すると、母親はアルナの大志に賛同し、地元のリオ・スポール・ダニャマの下部組織に入団した。コートジボワールから世界に羽ばたいて成功を収めたサッカー選手は小さなクラブの下部組織に入団するのではなく、アビジャンにあるASECアビジャンの下部組織に入団することが多く、兄のバカリ・コネもASECアビジャン出身である。サッカーに集中するために16歳の時に学校に行くのを辞め、17歳の時にRSダニャマトップチームに昇格し、チームのコートジボワール・プレミア・ディビジョン(1部)昇格に貢献した。2002年にはフランスRCランスのトライアルに招待されたが、個人的な事情によりランスではなくベルギーリールセSKと契約した。リールセではチームメイトと良好な関係を築き、同じコートジボワール人のAdolphe TohouaもリールセSKに加入した。デビューシーズンの2002-03シーズンは32試合に出場して11得点を挙げる活躍を見せた。2003年夏には、わずか1シーズンプレーしただけでオランダローダJCに引き抜かれた。

PSVアイントホーフェン[編集]

ローダでも即座に結果を出し、2005年夏には2004-05シーズンのリーグ王者・PSVアイントホーフェンに移籍した。ローダには移籍金900万ユーロが支払われ、背番号10番を渡された。2005-06シーズンはペルー代表ジェフェルソン・ファルファンオランダ代表ヤン・フェネホール・オフ・ヘッセリンクと息の合ったコンビを組み、21試合に出場して11得点を挙げる活躍で自身の株を上げ、2位のAFCアヤックスに勝ち点10の大差を付けてリーグ優勝を果たした。UEFAチャンピオンズリーグでは2試合に出場したが、先発出場したのは1試合のみで、チームもベスト16に終わった。

2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグではチームのフォワード陣最多の9試合に出場し、ホームとアウェーのガラタサライSK戦でそれぞれ1得点ずつを決めた。3トップの頂点や3トップのウイング、2トップの一角など様々なポジションで起用され、チームのベスト8に貢献した。2007年冬の移籍期間にはイングランドアストン・ヴィラFC[1]ウクライナFCシャフタール・ドネツク[2] などから興味を持たれた。3月には練習中に膝を負傷し、クラブや代表の重要な試合を何試合も欠場した。PSVが2位との間に築いた勝ち点差は決して追いつくことができない差のように思えたが、負傷中にじわじわと勝ち点差が縮まっていった。21節終了時点で18勝2分1敗と首位を独走していたが、22節からの10試合は3勝3分4敗と苦しみ、最終的には2位のアヤックスと勝ち点差なしでのリーグ優勝であった。欠場する試合も多かったが、31試合に出場して10得点8アシストの記録を残した。UEFAチャンピオンズリーグでは決勝トーナメント1回戦でアーセナルFCを下したが、アルナとブラジル人DFアレックスは準々決勝のリヴァプールFC戦に出場できず、2試合合計0-4で完敗した。

2007年夏にはマラリアで倒れ[3]、モスクワで開催されたロシア鉄道杯に出場できなかった。アルナが欠場したその大会では、準決勝でACミランを、決勝でレアル・マドリードを破って優勝している[4]8月20日、2007-08シーズン開幕戦のヘラクレス・アルメロ戦(2-0)にフル出場した。得点こそなかったが、イングランドミドルズブラFCのスカウトがスタンドから観戦し、600万ポンドを支払う用意があったと報道されている[5]

セビージャFC[編集]

2007年8月21日にはスペインセビージャFCとの移籍交渉が「前進した」(advanced)と伝えられ[6]8月30日に5年契約を結んだ。移籍金は800万ユーロであるが、活躍次第で900万ユーロまで上昇する[7]9月12日にセビージャの選手としてメディアに出演し、背番号22を受け取った。9月16日レクレアティーボ・ウェルバ戦(4-1)でマリ代表フレデリック・カヌーテとの交代で後半途中から出場し、リーガ・エスパニョーラ初出場を飾った。この試合ではPKを獲得したが、フォワードでコンビを組んだアレクサンドル・ケルジャコフがPKを外した。9月25日RCDエスパニョール戦(2-3)で出場2戦目にして移籍後初得点を挙げた[8]。10月2日のUEFAカップSKスラヴィア・プラハ戦には後半から出場して1得点し、4-2の勝利に貢献した[9]。2008年4月までにリーグ戦の先発出場はわずか6試合にとどまり、途中出場が11試合と多かったため、セビージャからの移籍の可能性が報道された。兄弟に会いにローマを訪れたことも、セリエAのクラブへの移籍の噂に火を注いだ[10]。2008年夏には、リヴァプールFCアルバロ・アルベロアをトレードの一部としてアルナの獲得に興味を持っているという話や、トッテナム・ホットスパーFCが興味を抱いているという話、ミドルズブラFCからオファーがあったなどと報道された。

2008-09シーズンはFCディナモ・モスクワに移籍したケルジャコフが着けていた背番号9を与えられた。2008年8月20日2010 FIFAワールドカップ・アフリカ予選ギニア戦に招集されたが、その試合中に膝に重傷を負い、リーグ戦の欠場を余儀なくされた[11]。検査で左膝十字靭帯の損傷が確認され、長いリハビリ期間に入った[12]2009年2月4日に練習に復帰したことが伝えられ[13]、7ヶ月の離脱期間を終えて3月に復帰したが、2008-09シーズンの出場はわずか6試合にとどまった。

2009年夏に負傷したことや、既に十分な人数のフォワードが在籍していたことなどから余剰戦力とみなされ、2009-10シーズンは監督からの信頼を失った。9月には、アフリカネイションズカップ20102010 FIFAワールドカップに出場するためにセビージャFCからの移籍を検討していることを認め[14]レアル・サラゴサへの移籍がささやかれた[15][16]。12月にはイングランドのバーミンガム・シティFCウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCハル・シティAFCバーンリーFCからの関心が伝えられた。年明けの1月にはアフリカネイションズカップ2010に参加し[17]2月1日ドイツハノーファー96に半年間の契約でレンタル移籍することが決定した[18]ボルシア・ドルトムント戦(1-4)でデビューし、その試合で初得点も決めた。ハノーファー96では2009-10シーズン終了までに8試合に出場して2得点した。

シーズン終了後にセビージャに復帰したが、出場はわずか1試合に留まり2011年8月25日レバンテUDに期限付き移籍。移籍後はチームトップの15ゴールを挙げ、チームのUEFAヨーロッパリーグ出場権獲得に寄与した。

ウィガン・アスレティックFC[編集]

2012年8月14日イングランドウィガン・アスレティックFCに完全移籍。

エヴァートンFC[編集]

ウィガンの2部降格に伴い、2013年7月8日、恩師ロベルト・マルティネスが率いるエヴァートンFCに移籍した[19]。公式戦62試合に出場し10ゴール3アシストを記録した。

スィヴァススポル[編集]

2017年7月4日トルコスィヴァススポルに移籍した。

代表経歴[編集]

アフリカネイションズカップ2008でのアルナ(左から2番目)

世代別代表[編集]

2003年、Mama Ouattara監督が率いるU-21コートジボワール代表の一員としてアラブ首長国連邦で開催されたFIFAワールドユース選手権に出場し、Tohouaなどとともに活躍した。グループリーグではU-21メキシコ代表やU-21サウジアラビア代表を抑え、U-21アイルランド代表に次ぐ2位で通過した。決勝トーナメント1回戦ではU-21アメリカ代表と対戦し、0-2で敗れて大会からの敗退が決まった。2-1で勝利したメキシコ戦で1得点し、2-2で引き分けたアイルランド戦で2得点しており、国際サッカー連盟(FIFA)の公式ウェブサイトはアルナを「コートジボワールの攻撃の絶対的な要」と表現している[20]

A代表[編集]

2004年3月のチュニジア戦(2-0)でコートジボワール代表デビューした。アフリカネイションズカップ2006には背番号9を着けて出場して1得点し、開催国のエジプトに敗れたものの準優勝している。同年夏には2006 FIFAワールドカップの出場メンバーに選出され[21]セルビア・モンテネグロアルゼンチンオランダと強豪が揃ったグループリーグの3試合すべてに出場した。しかしアルナは得点を奪えず、チームもグループリーグ敗退に終わった。ハンブルクで行われた初戦のアルゼンチン戦はベンチスタートとなり、2点を奪われた後の77分にカデル・ケイタとの交代で途中出場した[22]シュトゥットガルトで行われた2戦目のオランダ戦はディディエ・ドログバとともに先発出場し、2度の決定機を迎えたが、結局得点できず、チームは0-2で敗れた。ミュンヘンで行われた3戦目のセルビア・モンテネグロ戦は先発してフル出場したが、早々に2点を奪われて敗れ、3戦全敗で大会からの敗退が決まった[23]

2006年10月8日アフリカネイションズカップ2008予選のガボン戦(5-0)では代表初得点を含む3得点を挙げた。クラブや代表での活躍が評価され、2006年のコートジボワール最優秀選手の候補に選ばれた。結局はドログバが受賞している。2007年6月3日、アフリカネイションズカップ2008予選のマダガスカル戦で代表に復帰した。首都アビジャンではなく北部のブアケで行われたこの試合には、ドログバやサロモン・カルーとともに3トップの一角として先発出場し、2得点の活躍で5-0の大勝に貢献した。8月17日には、エジプトで開催されるアフリカネイションズカップ2008に出場するコートジボワール代表メンバーに選ばれた[24]。背番号9を着け、グループリーグ最初の2試合はベンチから試合を見守ったが、3戦目のマリ戦では先発出場した。

人物[編集]

  • コネはムスリムであり、1日5回の祈りを欠かさず、モスクでの礼拝などではブブー(Boubou)と呼ばれる西アフリカのイスラム教徒の民族衣装を身にまとう。

家族[編集]

10人の兄弟と5人の姉妹がいる。2歳年上の兄バカリもコートジボワール代表歴のあるサッカー選手であり、オリンピック・マルセイユなどに所属した。バカリとアルナは2006 FIFAワールドカップに揃って出場している。カラモコ・コネ( Karamoko Koné)もサッカー選手であり、かつて所属したローダJCのリザーブチームに所属していた。クラブで得た報酬のいくらかをコートジボワールにいる母親や家族に仕送りしている。家族について「アフリカでは家族間の連帯意識がとても強い。僕が9歳の時に父親が死んで、僕の母親と家族は長い間を困難な状況で生きてきたんだ。僕は母親や家族に感謝しているし、僕が彼らをサポートすることができる」と語っている。2007年8月21日に初子が生まれた[25]

個人成績[編集]

クラブでの出場記録[編集]

2017年5月25日現在
クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ その他 通算
ディヴィジョン 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
リオ・スポール 2001 12 6 - 12 6
2002 プレミア・ディビジョン 18 11 - 18 11
通算 30 17 - 30 17
リールセ 2002-03 ジュピラー・プロ・リーグ 32 11 0 0 - 32 11
通算 32 11 0 0 - 32 11
ローダ 2003-04 エールディヴィジ 28 11 0 0 - 28 11
2004-05 エールディヴィジ 33 14 0 0 - 33 14
2005-06 エールディヴィジ 2 2 0 0 - 2 2
通算 63 27 0 0 - 63 27
PSV 2005-06 エールディヴィジ 21 11 0 0 - 2 0 23 11
2006-07 エールディヴィジ 31 10 0 0 - 9 2 40 12
2007-08 エールディヴィジ 1 0 0 0 - 0 0 1 0
通算 53 21 0 0 - 11 2 64 23
セビージャ 2007-08 ラ・リーガ 21 1 0 0 - 3 1 24 2
2008-09 ラ・リーガ 6 0 0 0 - 6 0
2009-10 ラ・リーガ 12 0 2 0 - 3 0 17 0
2010-11 ラ・リーガ 1 0 0 0 - 0 0 1 0
通算 40 1 2 0 - 6 1 48 2
ハノーファー 2009-10 ブンデスリーガ 8 2 0 0 - 8 2
通算 8 2 0 0 - 8 2
レバンテ 2011-12 ラ・リーガ 34 15 5 2 - 39 17
通算 34 15 5 2 - 39 17
ウィガン 2012-13 プレミアリーグ 34 11 4 2 0 0 - 38 13
通算 34 11 4 2 0 0 - 38 13
エヴァートン 2013-14 プレミアリーグ 5 0 0 0 1 0 - 6 0
2014-15 プレミアリーグ 12 1 0 0 0 0 4 0 16 1
2015-16 プレミアリーグ 25 5 2 2 4 0 - 31 7
2016-17 プレミアリーグ 5 0 1 0 2 2 - 8 2
通算 47 6 3 2 7 2 4 0 61 10
総通算 341 111 13 5 7 2 21 3 382 122

代表での得点[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Koné linked with Aston Villa MTN Football.com、2007年3月11日
  2. ^ Koné snubs Shakhtar Sky Sports
  3. ^ Koné adds to Koeman's woes ITV Football.com[リンク切れ]
  4. ^ PSV beat Real Madrid PSVアイントホーフェン公式サイト[リンク切れ]
  5. ^ Middlesbrough interested in Arouna Football Rumours.com[リンク切れ]
  6. ^ Sevilla in talks for PSV's Koné MTN Football.com、2007年8月21日
  7. ^ Del Nido: With Kone Sevilla Have Best Squad In History MTN Football.com、2007年9月13日
  8. ^ Arouna scores first Sevilla goal Team Talk.com[リンク切れ]
  9. ^ Kanoute And Koné On Target For Rampant Sevilla MTN Football.com、2007年10月3日
  10. ^ Arouna linked with a move away from Sevilla BBC Sport、2008年4月17日
  11. ^ Koné blow for Sevilla Sky Sports、2008年8月21日
  12. ^ Koné hopes for rapid return Sky Sports、2008年9月2日
  13. ^ Koné set for Sevilla return Sky Sports、2009年2月4日
  14. ^ Koné willing to move on Sky Sports、2009年10月1日
  15. ^ Zaragoza keen on Koné to replace Uche Goal.com、2009年9月25日
  16. ^ Arouna Koné May Join Real Zaragoza on Loan – Sevilla Coach Manolo Jimenez Goal.com、2009年9月26日
  17. ^ Koné – transfer target for Premiership Clubs Guardian、2009年12月22日
  18. ^ Arouna Koné zu 96! ハノーファー96公式サイト[リンク切れ]
  19. ^ エヴァートンがコネを獲得 Goal、2013年7月9日
  20. ^ Twelve shining stars in the Emirates FIFA.com、2003年12月12日
  21. ^ Côte d'Ivoire 2006 World Cup Squad FIFA.com
  22. ^ Argentina – Côte d'Ivoire Match Report FIFA.com
  23. ^ Côte d'Ivoire – Serbia and Montenegro Match Report FIFA.com
  24. ^ Koné back in Ivory Coast Squad Football Rumours.com[リンク切れ]
  25. ^ Arouna becomes a father PSVアイントホーフェン公式サイト[リンク切れ]