アレクサンドル・ルチンスキー

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アレクサンドル・ルチンスキーАлександр Александрович Лучинский1900年3月10日 - 1990年)は、ソ連の軍人。上級大将。ソ連邦英雄

経歴[編集]

1919年から赤軍に入隊し、小隊長、中隊長としてウラル及びルビシチェンで白軍と戦う。ロシア内戦終結後、小隊長、中隊長、連隊長、学校長、連隊参謀長を歴任。1936年から連隊長。1937年~1938年、義勇兵として日中戦争に参加。1940年、M.V.フルンゼ名称軍事アカデミーを卒業し、師団参謀長に任命。

1941年4月から第83山岳狙撃師団長となり、1942年11月からザカフカーズ及び北カフカーズ戦線で戦闘に参加。1943年5月から第3山岳狙撃軍団長となり、ヤルタ及びセヴァストポリを解放。1944年5月から第28軍司令官となり、バグラチオン作戦、東プロシア作戦、ケーニヒスベルク南西の敵の撃破、ベルリン南東の敵の撃破に参加した。東プロシア作戦での功績に対して、ソ連邦英雄称号が授与された。

1945年6月からザバイカル戦線の第36軍司令官となり、関東軍を撃破した。

戦後、軍司令官に留まり、1948年、高等学術課程を修了し、1949年から駐独ソビエト軍集団副総司令官。1949年、レニングラード軍管区司令官、1953年、トルケスタン軍管区司令官に任命。1958年~1964年、ソ連国防省第一副主任監督官。1964年から国防省監察総監の軍事監察顧問。

1952年~1959年、ソ連共産党中央委員会委員候補。第2期~第4期ソ連最高会議代議員。

ソ連邦英雄。レーニン勲章3個、赤旗勲章4個、一等スヴォーロフ勲章3個、一等クトゥーゾフ勲章、二等スヴォーロフ勲章、ウズベク・ソビエト社会主義共和国労働赤旗勲章、赤星勲章、三等「ソ連軍における祖国への奉仕に対する」勲章を受章。