アンディ・パーマー

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アンディ・パーマー(英:Andy Palmer、1963年6月30日-)は、実業家自動車エンジニアイングランドストラトフォード=アポン=エイヴォン出身。

経歴[編集]

日産自動車時代[編集]

1991年日産自動車の欧州法人に入社。1999年に日産自動車がルノー傘下に入った後も残留し、2002年に日産自動車本社に部長級で異動。以後、13年の間、日本に居住した。日産ライトトラック出向して社長として実績を上げ、2006年執行役員2009年常務2011年副社長兼チーフ・プランニング・オフィサーに昇格。一時はカルロス・ゴーンに次ぐナンバー2と目されるようになった[1]

アストン・マーチン時代[編集]

2014年、日産自動車を退社すると帰国し、アストンマーティン最高経営責任者に就任。社内体制の変革を行い、赤字を続けていた会社の立て直しを行った[2]

2018年6月、F1チーム「アストンマーチン・レッドブル・レーシング」に来季からホンダエンジンが供給されることが決定されると、歓迎のコメントを述べるとともに「個人的には1980年代に(ローバー・グループに所属していた時代に?)ホンダと協力して働いたことがある」ことを明かしている[3]

出典[編集]

  1. ^ 丸山 尚文 (2014年9月3日). “なぜ日産から高級幹部の流出が相次ぐのか”. 東洋経済オンライン. 2018年6月27日閲覧。
  2. ^ 特別インタビュー|アンディ・パーマーの挟持と矜持”. OCTANE (2017年5月26日). 2018年6月27日閲覧。
  3. ^ ホンダF1、レッドブルとアストンマーチンの契約継続に「何の問題もない」”. autosport web (2018年6月27日). 2018年6月27日閲覧。