アントン・コッポラ

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アントン・コッポラ
Anton Coppola
Anton Coppola.jpg
2001年のコッポラ
生誕 (1917-03-21) 1917年3月21日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
死没 (2020-03-09) 2020年3月9日(102歳没)
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 指揮者・作曲家
活動期間 1965年-2012年
配偶者 マリオン・ジェーン・ミラー(1943-1950, 離婚)
アルマリンダ・ドラーゴ(1950-?)
子供 3人

アントン・コッポラ(Anton Coppola, 1917年3月21日 - 2020年3月9日[1])は、アメリカ合衆国指揮者作曲家。本名はアントニオ(Antonio)。映画監督のフランシス・コッポラは甥、女優のタリア・シャイアは姪である。

来歴・人物[編集]

8歳でメトロポリタン歌劇場児童合唱団に入団して音楽活動に入る。第二次世界大戦中は軍楽隊のバンドマスターミュージックホールの指揮者を務め、マンハッタン音楽学校の管弦楽科とオペラ科の監督を務めた[1]。同音楽学校作曲科より、1964年学士号を、1965年修士号を取得した。後にタンパ大学やコネチカット州キニピアック大学から名誉博士号を授与されている。

1965年にニューヨーク・シティ歌劇場でデビューして、ジャック・ビーソンの歌劇《リジー・ボーデンLizzie Borden)》の世界初演を指揮したのに続いて、《カルメン》や《椿姫》、《セビリアの理髪師》、《蝶々夫人》を同年中に指揮した。《リジー・ボーデン》は録音も残している。1970年にはシアトル歌劇場においてカーライル・フロイドの《鼠と人間》の世界初演を実現させた[1]

作曲家としては、ヴァイオリン協奏曲交響曲を中心に『ゴッドファーザー PART III』のほか、『ドラキュラ』(1992年)の映画音楽も監督した。1950年代から1960年代にかけて6回ブロードウェイミュージカルシアターの音楽監督を務めており、《絹の靴下Silk Stockings)》や《ブラヴォー・ジョヴァンニ (Bravo Giovanni)》などを担当した。

指揮者としては、1996年タンパ歌劇場を設立して楽長を務めるほか、ソプラノ歌手アンジェラ・ゲオルギューとの共演により、プッチーニ作品の録音を発表した。2001年にはオペラ《サッコとバンゼッティ》を初演し、2004年にはゲオルギューのアリア・アルバムでミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団を指揮するなど、2012年に引退するまで精力的に活動した[1]

私生活では、バレリーナのマリオン・ジェーン・ミラーと結婚して一人娘のスーザン・マリオン(1943年 - 2008年)を儲けるも離婚した。後に、またしてもバレリーナのアルマリンダ・ドラーゴと再婚して、娘ルシアと息子ブルーノを儲けた。5人の孫と、2人の曾孫に恵まれた。

2020年3月9日ニューヨークマンハッタンの自宅で死去[1]。102歳没。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 訃報 〓 アントン・コッポラ, 米国の指揮者・作曲家”. m-festival.biz (2020年3月10日). 2020年3月11日閲覧。