アーサー・F・ライト

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アーサー・F・ライト英語: Arthur F. Wright)は、アメリカ東洋史学者。

概要[編集]

1913年12月3日生まれ[1]オレゴン州ポートランド出身[1]1935年スタンフォード大学で学士号[1]1937年オックスフォード大学で文学士[1]ハーバード大学1940年に修士号、1947年に博士号[1]

1947年にスタンフォード大学で教職に就き、1958年、スタンフォード大学教授[1]1959年イェール大学教授[1]

1976年8月11日 コネチカット州ニューロンドンで死去。62歳。

1940年から1941年1953年から1954年京都で在外研究[1]1941年から1942年1945年から1947年北京で在外研究[1]

英語フランス語ドイツ語中国語日本語を解す[1]

主な研究対象は、中国仏教史、特に中国古典学の欧米の権威[1]

学術的業績は、後趙石勒に仕えた仏図澄の研究[1]北周隋朝唐朝における仏教排撃を行った傅奕の研究[1]

ライトの仏教史研究の集大成である著書『中国史における仏教』における洞察は、アーノルド・J・トインビーに影響を与える[1]

エティエンヌ・バラーシュ英語版と深交があり、バラーシュの著書『中国文明と官僚制』の編集をライトが担当しており、バラーシュが中国学における原典解釈を脱皮し、原典の持つ歴史的意義に着目したが、ライトはこの影響を受けている[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o アーサー・F・ライト 『隋代史』 法律文化社1982年11月、274-275頁。