イエローキャブ (芸能プロダクション)

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株式会社イエローキャブ
Yellow Cab Co.,ltd
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
100-0004
東京都千代田区大手町1丁目6−1
SPACES大手町ビル
設立 2019年5月
(株式会社Mプロダクション)
業種 娯楽業
法人番号 9010001201018 ウィキデータを編集
事業内容 タレントマネージメント
代表者 代表取締役:吉村美由紀
資本金 5,000万円
関係する人物 黒澤久雄(創設者)
野田義治(二代目社長)
佐藤紳司(三代目社長)
帯刀孝則
岡村信善
外部リンク https://yellowcab.jp
特記事項:現法人について記述。
旧法人(法人番号4010401057824)は1980年設立。2015年11月清算完了。
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イエローキャブ (Yellow Cab) は、現在も営業活動を続けている日本芸能事務所である。

概要[編集]

元々は、映画監督黒澤明長男である黒澤久雄が黒澤フィルムスタジオの芸能事務所部門として「黒澤プロモーション」という名称で1980年昭和55年)に設立。黒澤が、父・明監督の映画『』の制作を手伝うことになるなど多忙を極めたため、遊び仲間で、かつていしだあゆみ朝丘雪路などのマネージャーを務めたこともある野田義治に実質的な経営をバトンタッチする。所属タレント第1号は山咲千里だったが、芸能活動の方向性を巡って事務所と山咲の家族との意見が合わず、山咲は程なく事務所を去ってしまう。

1983年昭和58年)、野田が自ら運営に携わったクラリオンガールコンテストから、堀江しのぶを発掘する。堀江はグラビアページやテレビ番組アシスタントテレビドラマ出演などで成功するが、事務所自体は苦しい経営が続いた。更に堀江は人気絶頂の1988年昭和63年)にスキルス性胃癌のため23歳という若さで逝去し、事務所は堀江という大黒柱を失ってしまう。この年に現在の社名へ変更し、野田が社長に就任した。

堀江の死の直前、野田社長は堀江に続いてかとうれいこを発掘した[注釈 1][1]1989年平成元年)に第16代クラリオンガールに選ばれたかとうはグラビアで人気爆発、多くの雑誌の表紙や巻頭カラーを飾った。かとうは数年にわたり、高価な写真集の新作がまるで雑誌のごとく毎月のように本屋に並べられ売れ続けるという「写真集クイーン」となり大成功をおさめた[注釈 2][2]。その利益がイエローキャブの経営の基礎を作り、TV局に強いコネを持つ大手プロダクションの隙間を狙ってバストの豊かな女性を雑誌のグラビアで顔や名前を売る戦略を軌道に乗せた。その後も細川ふみえ雛形あきこらがテレビで人気者となっていった。また別会社として有限会社サンズ(後のサンズエンタテイメント)も設立したが、一方で野田社長のワンマン経営から資金繰りが悪化し、東洋コンツェルングループの傘下となった。 多くの所属タレントがTVで活躍するようになっていた2004年平成16年)末、経営上のトラブルで野田社長が辞任し、会社を去った。野田元社長が進めた多角経営が軌道に乗らなかった上に、野田元社長が親会社に無断で所属タレントに株を交付したことで裁判沙汰に発展。その結果、取締役会で野田元社長を代表取締役から解任する決議が了承された。野田元社長の後任には佐藤紳司が就任した[3]

佐藤江梨子根本はるみらは留まり、小池栄子がサンズエンタテインメントから移籍したが雛形やMEGUMIを筆頭に所属タレントの大半が野田元社長に追随し、野田元社長が社長を務めるサンズエンタテインメント(サンズから社名変更)へと移籍したことでイエローキャブの所属タレント数は大幅に減少し、規模も縮小した。

ただ、有力タレントである小池・佐藤・根本が残留したことや、また野田元社長が社長時代に培った「イエローキャブ」の名称が持つブランドバリューもあり、その後も大手芸能事務所としての体を保っていた。野田元社長が去った後は、グラビアアイドル路線ではなく女優などを所属させるようになった。

なお、サンズエンタテインメントはイエローキャブの子会社ではなく、資本及び人的関係はない。

佐藤社長が2006年に辞任し、帯刀孝則社長が引き継ぐが2012年6月に58歳で急死したため[4]、長らく役員を務めてきた松山弘志取締役[5]演歌歌手の五木ひろしの兄)が社長となった[6]

2013年3月にライセンスの商標利用により「株式会社イエローキャブプラス」を設立し岡村信善代表取締役が就任した。当該事務所では、イエローキャブ本体にて長く途絶えていたグラビアアイドル路線を復活させている。

2014年に入り、イエローキャブの経営危機及び小池・佐藤の新事務所移籍の噂が報道された[5]。この報道についてイエローキャブからのコメントは一切なかったが、4月に入り、京都のIT企業フェイスが立ち上げた新会社「ドリームキャブ」およびイエローキャブより、業務提携のアナウンスが行われた。内容は「ドリームキャブがイエローキャブの芸能マネジメント業務を受託する」というものである。これにより、事実上イエローキャブの業務はドリームキャブに移行し、フェイスが関連会社で行っていたアーティストのマネージメント部門と統合して再スタートすることとなった。後にドリームキャブは2016年4月1日にて「株式会社Faith Artists Music Entertainment」に変更し、正式にフェイスグループの一員として活動することになった。

ドリームキャブの営業開始後も法人としてのイエローキャブは存続していたが、2015年2月10日[7]と13日[8]と立て続けに東京スポーツが事務所消滅の方向へ向かっているとの記事を掲載した。

2015年1月末で小池・佐藤が契約満了となった事から事業を停止し、事後処理を弁護士に一任、自己破産申請の準備を始め、2015年2月3日に東京地裁に破産を申請、2015年2月12日に東京地裁から破産手続開始決定を受け、ここに同社は倒産(=経営破綻)となった[6]。負債は約4億円にのぼった[9][6]。2015年11月12日にイエローキャブ自体の法人格が消滅した[10]

2019年7月、株式会社Mプロダクション(東京・千代田区)が株式会社イエローキャブプラス(東京・渋谷区 代表 岡村信義)から「イエローキャブ」に関する全てのライセンスを買受け、アーティストのマネージメント活動を開始した。

バストの豊かな女性をメディアに露出させ名前や顔を売り出す従来のマネージメント手法を踏襲しながらも、ジャパンカルチャーと巧みにミックスする手法で海外のファン層を中心に幅広いアプローチをしている。尚、同社は東京相和銀行の子会社であった東京相和株式会社(東京・千代田区)の連結子会社である。

2020年4月1日、株式会社Mプロダクションから株式会社イエローキャブ へと社名変更を行った。

現所属タレント[編集]

  • 逢沢しずか
  • SANA
  • 宇佐美さくら
  • 明利那
  • 清世ゆきの
  • アリアナ
  • 渕上ひかる
  • Yue7-ゆえる-
  • 星あいみ

旧所属タレント[編集]

  • DJ TIARA
  • JULIA

旧イエローキャブ[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 最初の芸名は星野 裕子で、ほどなく星野 麗子と改名し、クラリオンガールとして発表された時にかとう れいこと改名した。
  2. ^ 写真集の場合、次の写真集を出すまでに最低でも3ヵ月から半年空けるという暗黙のルールが出版業界にあったが、かとうは売れると判断した野田はこのルールを破った。

出典[編集]

関連項目[編集]